ランス ~another story~ IF
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第3話 初めての仲間と異界の魔女
唐突に始まった冒険。
自由都市にある自分の故郷から外へと足を踏み出し、妙な出会いをいきなり経験し、モンスターと戦い、そして一休みしている時 エールはこう思った。
――今日は雲一つない快晴の空。冒険の始まりの日にはうってつけだね。この辺りのモンスターも特に問題ないし。
幸先の良いスタート、と言えない事はない。ゲームの様な展開で冒険が始まったが どんなゲームでも序盤は比較的簡単で そこから徐々に力を付けていく……と言うのが王道だから。
やっぱり無理矢理感があるのはぬぐえない事と、母親の最後の言葉がどうしても気になっていた。
「……それにしても魔王よりも重要で、大事な事って一体なんなんだろ」
母親クルック―がつい口を滑らせた言葉だった。この世界には人間同士の小競り合いから大小の戦争だってあるが、魔王を前にすると どんな大きな戦争があった所で人間間でのやり取りは大同小異。どれも小さな問題に過ぎない。それ程までに魔王の問題は大きすぎるから。
歴史上において 今の時代は比較的平和だという事も判る。
先々代魔王ガイが世界を二分。人間の世界と魔物の世界に分類したおかげで 其々の国が繁栄。何度も戦争が起きたり、事件が起きたりはしたが、それでも更に以前の魔王の時代に比べたらまさに天国と地獄の差。魔王の気まぐれ1つで世界は容易く壊れてしまう。そんな存在よりも大事な事……。
「……………考えても、判んないか」
考えても考えても判らないのは当然。つい1時間前に言われた事だし、何より母親の考えを読む事など無理難題だから。
「おうどーした? エール。難しい顔して。何か忘れもんか?」
考え込んでいた時に声をかけてきたのは、ハニーの長田君。
先程の《妙な出会い》とは彼の事である。
「いや、ちょっと考え事をしてただけだよ」
「ふーん。まっ、冒険してたらそう言う事もあんよなっ!」
少し心配気味? に想えたのだが一気に陽気な声になる長田君。
「それにしてもよー。今日はほんっとさいっこうだったよ。神の存在を信じた、ってか、エール自身がオレの神だっつーか。やーーっぱ、オレ馬鹿だから上手く言えねぇけど、その気分がぜんぜん抜けねぇわ」
「別に良いって言ってるじゃん。何度も聞いたよ、それ」
「いーや、何度も言わせてくれっ! マイベストフレンド!」
「……さて、と。次々」
このやり取りはエールも言う様に何度もあったらしい。いい加減面倒くさくなってきたエールは、無視して休憩を追えて先へと進もうと立ち上がった。
「ちょーーーっ!? 待って待って! やっぱなんか冷たくないっ!? オレ、もうお前から離れないって決めたし! 魔王退治だって最後まで付き合うんだから待ってぇぇー」
長田君は置いて行かれない様に頑張って立ち上がって付いていく。
エールも本気でおいていこうとしたワケじゃないから、比較的早く長田君は追いついて冒険を再開した。そして、さっきのやり取りなど忘れた様に普通に話しかける。
「そー言えばよぉ。さっき聞きそびれたけどエールって基本は結構出来てたよね。テントの設営とかも手慣れてたし、案外旅慣れてたりする?」
「ん? そう言う訳でも……。今回が初めての冒険だし」
「へ? マジ?? 今回が初めて?」
「うん。ずっと前から訓練は受けてたから。だからあのくらいなら大丈夫だよ。うん。1人で」
「ちょーーっ! さらっとオレいらねー、みたいに言わないで!」
長田君は時折あるエールの辛辣コメントに何度も何度も過剰に反応する。傍から見れば面白いかもしれないけど、ちょっと辟易するかもしれない。
「(うぅーん。色々コメントキッツイけど、何だかんだで優しいし、行き倒れてたオレに弁当くれるなんて 神ってるし……。あれ? これって虐待じゃね? 親に訳の分からない虐待を受けてるんじゃね? 魔王討伐とか、それが証拠じゃね? ……マジ許せねぇ親だぜ!)」
長田君の中で色々繋がったらしく、どれだけ辛辣で辛口なコメントを貰ってもエールについていく、と気を新たに持った。
「よーし! ならよ! 冒険ならオレの方が結構先輩だからよ。なんでも教えてやんよ! オレ達親友で、ベストフレンドじゃん? これくらい当然だって。ハニー界の絶世のハンサム男長田、命かけるぜ!」
ぐっ、と親指を突き立てた(様に見える)手を向ける長田君。
「んー……」
エールは 肩にかけてた冒険者バッグの中をごそごそと漁り、蜜柑を取り出した。母親がデザートに、と言う事で渡してくれたものだ。
「はい、これ」
長田君にそれを渡し……ではなく、長田君の頭にひょいとそれを乗せた。ハニーは元々陶器で出来ていて 物を乗せるのは少々難しいが、何故か長田君の頭には髪の毛がふさふさしててバランスよく乗せるのは問題なかった。……なぜ乗せたのかは判らないが。
「ちょっ!? なんで蜜柑!? なんで乗せたー!? あ、て、手が届かないっっ! おりゃ、ちょっ、くぅっ……!」
数分の格闘の末、なんとか長田君は頭の上から蜜柑をどかす事に成功。短い手足だから非常に難しかったらしい。振り落とそうとすれば、自分がすッ転んで割れてしまいそうだから、それも出来なかったみたいだ。
「はぁ、はぁ…… えー…… この子意味判らない……。最近の若者怖いわー……」
「うーん。なんで乗せたのかな?」
「いや、それ、オレが聞きたいって!」
何だかんだで、生まれて初めて出来た仲間の長田君。少しだけど仲良くなれた気がしたエールだった。
~ どこか別の空間 ~
この場所は何処なのか、どう表現したら良いのか判らないが あえて言うのであれば、空間が捩れ、歪み、あらゆる色が織り交ざって奇妙な空間を演出していた。
到底現実の空間とは思えない、いわば異世界、異空間と言う言葉が一番しっくりくるだろう。
「……さて、あの戦争から5年。そろそろあの男の中の血も暴れまわる頃、か」
その奇妙な空間にある、これまた奇妙な物質。自然の者とは思えない角ばった岩? のようなものに男は座っていた。
「どうする? そろそろ交代してもオレは良いと思うのだが。……主もそろそろ会いたいのではないのか? この世界の愛する者達に」
傍から見れば誰に話しかけているのか判らないだろう。ここには男一人しかいないのに、誰かに語り掛ける様に独り言を言っている様にしか見えないから。でも、それは違う。この場所には もう1人の男がいるのだ。
『…………今会えば、多分脚の2,3本は無くなる』
「ははっ、違いない、な。甘んじて受けるのが良いのではないか? それだけ心配してくれたんだろう」
『まぁ、……それはオレも思うよ。だが、しなければならない事があるし、 何より以前に決めた事、だろう? あの日に決めた事。それは お前達が楽しむ事これは終わらないんだから。始まった今は特に、お前が比較的傍にいなきゃダメだ』
「ん………」
見えない誰かとの会話を一時中断し、ふぅ……と息を吐いた。
「正直に言おう。ありがたい申し出だ。……が、オレも結構この世界には長く触れているんだぞ?」
『違う。お前は見てくれていただけだ。……厳密に言えば、全然違う。時折 力を貸してくれて、助けてくれたりした。それもその殆どが戦闘のみ。……本当の意味でこの世界に触れていない。漸く、触れたのはこの15年。……15年間は 決して長いとはオレは思ってない。……皆には悪いが、この物語の終わりを見る為には、我慢してもらうしかないんだ。終わった後に、皆には幾らでも我儘を訊くから。聞いてくれるか判らないが、ちゃんと説明も入れる』
「……ったく。本当に不器用な男だ。以前の我の様に この世界に降りる事も可能だろうに」
『そのためには、お前の力を使わなきゃいけない。初めてこっちの立場になったから判るが、オレの時。お前もかなり辛かった筈だ。……もう無理はさせたくない。……沢山、貰ったから』
話している最中に空間が ぐにゃりと僅かに歪みを見せたが、それには気付かず話は続く。
「我にそこまでの気を使うな。馬鹿者が」
『ふふっ、口調が戻っているぞ。昔に』
「っ……と。難しいものだ」
『いや、随分と柔らかくなったと思う。それに、クルック―も言っていただろう?』
「そうだな。自分を変えるのは少々難しく、苦痛にも感じると思ったが、……案外楽しいものだった。役を演じる様で楽しい時間だった」
陽気な声が続く中、景色がどんどん変貌していく。
色が赤、緑、青、黄……と変わっていき、軈て黒と白が周囲を飲み込んでいく。混沌が出来上がったと言える。そこで漸く気付いたのか、男はため息を吐いた。
「……どうやら バレたみたいだな」
『判る。オレも感じた。……どこまでも追いかけてくる様だ』
「随分と好かれてるみたいだな」
『今はお前だろ? その好かれている、と言うのは』
「違いない」
空間の歪みが徐々に形を成していった。それは大きな大きな扉にも見える。その扉は光を放ち、軈ては左右に大きく開いた。
「ふははははははははは!」
開いたのと同時に、高笑いが聴こえてきた。
どうやら、誰かが来た様だ。
「流石だ。マスターオブネメシスよ。この余でさえ ここまでせねば追えぬとは。やはり余の片腕として申し分ない様だな!」
どどんっ、と効果音までだしつつ 降臨したのは漆黒を纏った女の姿。漆黒の魔女、と言うべき姿。無数の骸兵に担がれてここに降臨した。
普通ならば、その威圧感と姿に気圧される事間違いないだろうが、その姿を確認した男は ため息を1つ出すだけだった。
そう、もう名はバレているだろう。この漆黒の魔女が『マスターオブネメシス』と言った時点で。
そう この男は《マスク・ド・ゾロ》。
年号がRAになった世界において、英雄と呼ばれている男である。
因みに、最近露出が減ったのも事実だから、少々人気にも陰りが出ているとかないとか。。
「それにしても随分と物好きな覇王さんだ。オレばかりに気を掛ける暇などあるのか? その熱意を娘に向ければ良いだろうに」
「はっはっはっ。余の可愛い娘であれば、ここ2年は会っておらぬな。久しぶりに余の隠れ家に招待するのもまた一興か」
「酷い母親がいたもんだ……」
マスク・ド・ゾロ……(長いので次からはゾロと)は深いため息を出すと同時に立ち上がった。
「おっと。主と出会ったのも随分と久しぶりの事だ。追いかけに追いかけこう言葉を交わすのは5年ぶり、と言った所か。故に早々逃がしはせんぞ? スリープ!」
「甘い」
眠りの魔法を唱えるが、その魔力が届く前に間に捩れた空間が現れ、そのスリープの魔法を飲み込んだ。
「く、くくく…… はーーっはっはっはっは!」
魔法を防がれたというのに、魔女は陽気に笑っていた。
「そうだったなぁ。貴様はスリープの魔法は得意中の得意であった。否、それ以前に魔法。魔の法則など寄せ付けぬ人外であった」
「ん。それは誰の事を言っている?」
「余の前でもまだ恍けるか? くくく。流石、あの魔想志津香を初めとする、貴様の正妻候補たちを前にしても欺き通しただけの事はあるな」
「あの時の事か。……壮大な勘違いだと、伝えた筈だが……? 納得してもらえたかどうかは別としてな。私はお前達の言う その男とは違う」
「……………む」
ぴくりと眉を動かした魔女。
どうやら、2人きりになれば、その正体を明かす……と言う展開まで想像していた様だ。結構無理矢理に。
「く、くっくっくっくっ…… そうかそうか。それは残念だ。我が愛娘、ミックスを此処へと連れてきて、親子感動の再会をさせようと思ったのだがな」
「2年も会ってないのならそれ位は……。ん? 親子?」
ゾロは一瞬疑問を浮かべた。ミラクルの娘については知っているし、その父親も知っている。だが、この場には父親はいないから感動の再会も何もない、と言おうとしたのだがミラクルの方が早かった。
「そう。余の愛娘ミックス・トーの父親は、ユーリ・ローランドだ。余も貴様こそが、あの稀代の英雄にして、嘗ての余の片腕の1人と睨んでいるのだが 違ったのか、はっはっはっはっはっ! まさに残念無念の一言だな!」
何処からどう見ても残念がってない。
どう見ても楽しそうに見える。だが、ここで一つの疑問が生まれた。
「私の記憶が正しければ……、お前……ミラクルの娘の父は魔王ランスだった筈だが」
あっさりと名が出てきたが、そう この魔女は現行この世界において最強の名をほしいままにする魔法使いミラクル・トー。この世に知らぬ事などない、と豪語し、そしてそう言うだけの事はある知識を持つ。魔法Lv3の魔法使いだ。
そして、そんな女と子を作る様な事をするのは、これまた この世界に1人しかいない。
かつて、英雄の1人と呼ばれ、現在では世界の敵である魔王ランスだ。
「ふむ……。私はお前達に勘違いをされて以降、少々ユーリ・ローランドと言う男については調べた。調べたつもりだったが、そこまで見境が無く、節操も男だとは判らなかった。……いや、あの時の娘の数を考えてみれば、そうとも取れるか」
何処かで否定の声が響きそうな問答だったが、その雰囲気さえも面白く思ったのか、ミラクルは笑った。
「ふははははははっ! 余と生殖行為をする様な命知らずは、カオスマスター以外おる訳がなかろう。くくく。ユーリ・ローランドがカオスマスター同様の色を好む性格であれば判らぬがなぁ」
「……ふむ。成る程。だが それを訊く限りでは、可能性はあるという事か。だが、ミラクル。お前が身体を赦すとは到底思えないのだが」
「くっくっく……、まぁそう結論を急ぐな。簡単な話だ。余とまぐわうまでもない。少しばかりユーリの精を採取しただけの事だ。あ奴が寝ている隙にな」
「……………」
説明を聞いて一瞬時間が止まった気がしたが、気のせいだった。
「くくく。以前カオスマスターは言っていた。セックスするのに相手の同意などいらぬと」
「それは一般的にはレイプと言うだろう」
「ふはははは。余と同じ回答をするのだな。マスターオブネメシスよ。―――――……まるで、その場にいたかの様だ」
ミラクルの視線が鋭くなるが、暖簾に腕押し。ゾロは全く動じなかった。
その反応も楽しむ様にミラクルは続けた。
「余が子を成すのは魔法で判っておったのでな。カオスマスターとマスターオブネメシス。いや、今は初代マスターオブネメシスと言っておこう。その2人の遺伝子をそのまま余の子へと受け継がせる為に、魔法で2人の精を結合させた。その結果が余の愛娘、ミックスだ」
「…………何だか、客観的に訊いて、凄く気持ち悪い。それを魔王ランスが訊いたら即倒するかもしれんな」
「くくく。それも面白いかもしれぬ。だが、2人が1つとなるのであれば、これ以上無いだろう? 流石の余も子を実験道具の様に扱う事には心苦しかった。……が、今の、その後に来る世界を考えてみれば これくらいしなくては、余の物にならぬのでな。常識とやらは見ぬ事にした」
「成る程……。ミラクルの中に常識と言う単語がある事、そこに私は驚いたよ」
「ふ―――はーーはっはっはっはっは! 相も変わらず、無礼な男よ。主に対してその問答。そこがまた良し。流石余の片腕だ」
楽しい楽しい会合だ。
ゾロは、クルック―に続く、懐かしい顔を少しでも見れて満足したので。
「では、私はそろそろ行く。……ミラクルにもあると思うが、私もしなければならない事があるのでな」
「む……? 余はまだまだ貴様とは話足りぬ。以前の様に簡単に逃がすと思うか? ブラックアームΩ」
ミラクルは、暗黒の触手を無数に張り巡らせた。
その暗黒は数100の数の手となり、ゾロを覆う様に構えた。
「以前は、異界に放り込んだ時点で捕らえた……と油断していたが、今度はそうはいかぬ。全力で足止めしてくれよう」
「………」
「はっはっはっは。では、余の楽しいお茶会に招待しようではないか。招待客は多い方が良い。マスターオブネメシスの他には、奴らを招待しようか」
ミラクルは勝ち誇った様に、異界ゲートを開きつつ、暗黒の手を取り囲む様に操作した。
………が。
「悪い。まだ、時期ではないのでな」
ゾロは、この異界の地に手を付ける。するとその中心に光が生まれ、軈てゾロ自身を包み込んだ。
「ぬ……? 捕らえよ」
無数の手に命令を出すが、最早手遅れだった。光があれば、闇は掻き消える。その手は光に届く事は無かった。
「では、な……。なかなか楽しかったぞミラクル。……また会おう」
そう言うと 光の消失と共に ゾロの姿は消えていた。
異界に1人残されたのはミラクル。
「く、………」
流石に悔しかったのか、顔を俯かせ、ぷるぷると震えていた。
そう思えたのだが……それも無かった。
「はーーーっはっはっはっは! やはり、一筋縄ではいかんと言う事か!? まだまだ改良が必要だな。余の魔法も。くくくく、こうでなくては張り合いがないというものだ」
世界一の意地っ張り、ととある男? が称したがまさにその通り。負けを認めようとせず、ただただ笑う。まるで何か、新しいおもちゃでも見つけた様に。
そして、ミラクルもこの場からいなくなったのだった。
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