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越奥街道一軒茶屋

作者:綾瀬紫陽
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忠器物

 この越奥街道ってぇのは、山越えをする街道なんですよ。それが一層ここを通る人の数を少なくしてる。
 当然起伏が激しいから、馬でいくのはちぃとしんどいんでさぁ。

 でもそのお客さんは、まあまあ上質の馬に、特に苦労した様子もなく乗ってきたんですよ。

 流石にどこかの偉い人ってわかじゃなさそうだが、かといって下のほうの身分ってわけでもない、そんな感じの旦那でした。
 歳は三十くらいですかねぇ。ちょっと気難しそうな雰囲気を纏ってたんで、出方を見計らわないと、なんて思いつつ出迎えたんでさぁ。

「茶を一杯頼む。馬はここに置いておいて邪魔ではないか?」

 馬から降りるなり、旦那はあっしにそういいやした。やっぱりちょっと気難しそうな話し方でしたねえ。
 ま、それが解ってるんなら相応の対応をすりゃいいだけなんで、無難な返事をして注文を受けやした。

 で、普段通り茶を淹れて戻ってきたんですが、そこでまぁまぁ見かけない物を見たんですよ。

 旦那の馬についてる鞍と鐙が、ひとりでに動いてるんでさぁ。

 まあ見るからにバケモノの仲間でしたねぇ。
 旦那はそれを見ていたんですが、特に驚いた様子もない。ってことは、それがバケモノだって知ってるってことになりやす。この旦那がバケモノと関係してたってのは、失礼な話ちょっと印象違いな感じで、そこに一番驚愕しやしたよ。

「旦那、あの馬具は?」

 茶を出した後で、あっしは旦那に聞いたんです。知っててバケモノの道具を使うなんてのはそうそうありやせんから。
 すると旦那は、あっしの反応に対してにやっと笑ったんでさぁ。

「あまり驚いていないな。慣れてるな?」

 こんときゃ、ええ、まあ、なんてもごもごした返事しか出てきやせんでした。

「付喪神ですかい? そんなのをどうして?」

 気を取り直して、あっしは旦那に尋ねやした。
 すると旦那は、茶を一口啜って、

「まあ、巡り合わせだ」

 と、それだけ言ったんです。
 自分の興味で追及し過ぎるのはあまり好きじゃないんで、それ以上は聞かずに、ちょっと馬に近づいてみたんですよ。鞍と鐙が、どんなバケモノなのかよく見たかったんでさぁ。
 すると旦那が、危ないからやめておけ、って止めるんですよ。
 なんでも、鞍のほうが慣れない人に危害を加えることがあるんだとか。
 それであっし、旦那がどうやって鞍を手に入れたのか聞いたんですよ。

「人づてに聞いた話だから真実かはわからないが、この鞍はどこかの偉い武将のものだったらしい。戦場で死ぬことが叶わず暗殺という形でこの世を去った武将だ。その念が憑いたらしく、こうやって一人でに動く付喪神になった。大層に封印されていたのを、俺が貰い受けたんだ」

 つまるところ、付喪神にさえなっていなけりゃ、かなりの価値がある鞍ってことなんでしょうなあ。
 戦を生業とする人達にとって、戦場で死ぬことが叶わないってぇのは、相当の無念だと思いやす。その無念が、戦の供、鞍に憑く。ありそうな話じゃないですか。

 鐙のほうのいわくも聞いたんですよ。したらこっちは呆気なかった。
 古戦場に落ちて動いてた、誰のとも知らねえ鐙なんだそうで。

「こっちはどちらかというと温厚だ。物に性格なんてのがあるのかはわからんが、そんな動きをする。そしてこれも俺の感覚だが、犬のような奴なんだ」

「犬?」

「そうだ。主と認めた奴にとことん従順で、忠義を忘れることがない。多分、こいつは人気もない荒れ野で、自分の役目を全うできるのを待っていたのだろう。物ってのは皆そうだ。人が作ったにも拘わらず、あるものは人よりも長命で、しかも必ず使命を持って作られる。だがこいつは、使命を持ちながら、使命を果たせる状態なのに、打ち捨てられた。想像のし過ぎかもしれないが、そう思うと使ってやらずにはいられなかった」

 物の使命、って考えには、感心させられやしたね。物を大切に使おうって人は多いが、その物に対してここまで情を移すことができる人ってのは、あんまりいないんじゃないですかねえ。
 気難しそうな人だが、多分、

「優しい人なんですねえ」

 そう、この人はとっても優しいんですよ。
 すると旦那は、肩を竦めてふっと息を漏らしやした。

「そう言われたのは初めてだ」

 口では言ってても、顔は照れを隠しきれてませんでしたねぇ。

 その後、旦那とは久しぶりに長話をしやした。
 やっぱりいい人とは、話してて楽しいもんですよねえ。 
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