柿の種
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第一章
柿の種
幕府に仕えている天海僧正はかなりの高齢だ、それも尋常な歳ではない。
百歳を超えてまだ生きている、それで将軍である東川家光も天海自身に言うのだった。
「人間五十年というがな」
「拙僧はですな」
「うむ、百歳を超えておるな」
「ははは、無駄に長生きをしておりますな」
天海は髭を頭と共に奇麗に剃っている顔で述べた、確かに老人の顔で背中も曲がっているがそれでも生きている。
「この歳まで」
「百を超えてな」
「左様ですな」
「五十年の倍以上じゃ」
そこまでというのだ。
「よくそこまで生きられるな」
「これまで幸い死病に罹ってもいませぬし」
罹れば確実に命を落とす病にというのだ。
「毎日風呂に入り屁をして」
「屁もか」
「はい、これがです」
「身体によいのか」
「やはり出すものを出させねば」
どうしてもというのだ。
「身体によくありませぬ」
「そういうものか」
「はい、飲み食いと共に」
そちらもというのだ。
「忘れてはなりませぬ」
「そうしたものか」
「そして食するものも」
それもというのだ。
「ある程度にしましても」
「気をつけるべきか」
「はい、まあ坊主なので」
天海は自身の身のことも話した。
「精進はしておりまする」
「生臭ものは食わずにじゃな」
「そうしておりまする」
世に僧侶といえど肉食をする者はいるがというのだ、もっと言えば妻帯をしている者もいたりする。
「殺生もです」
「せぬか」
「はい、そうしているせいか」
「齢百を超えてもか」
「まだ生きておりまする」
そうだというのだ。
「拙僧は」
「成程な、それでなのだが」
家光はその面長の顔をやや綻ばせて天海に話した。
「実はよい柿を献上されてのう」
「柿ですか」
「これが実に美味い、それで僧正にもな」
「その柿を」
「どうじゃ、柿は好きか」
「はい、甘いものは好きでして」
それでとだ、天海もその顔を綻ばせて家光に答えた。
「柿もまた」
「そうか、ではな」
「柿をですな」
「共に食しようぞ」
こうしてだった、家光は傍に控えていた小姓の一人に茶と柿を持って来させた。そうしてであった。
二人で柿を食べた、そうしてだった。
柿を食べた後の種をだ、天海は布に包んで己の懐に収めた。家光は天海のその行動を見てふと気付いた様に言った。
「その種をどうするのか」
「はい、寺に持って帰り」
そうしてとだ、天海は家光に答えた。
「そうして土の中に入れまして」
「木にしてか」
「その実を賞しようと考えております」
「ははは、それはどうかと思うぞ」
家光は天海のその言葉に思わず笑って言った。
「僧正はやはりな」
「百歳を超えてですな」
「こう言っては何だが」
天海を気遣いつつ言うのだった。
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