天使のような子に恋をした
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
天使のような子のライブを見に行った
『わたしね、──くんがだいすきなんだ!』
『ぼくも──ちゃんがだいすきだよ』
『ほんと!? じゃあじゃあ、おとなになったらけっこんしよ!』
『うん、いいよ。やくそくだよ?』
『やくそくだよ! ゆびきりげんまーん!』
◆
「……ん」
カーテンの隙間から差す光で目を覚ました。小鳥の囀りも聞こえる。時刻は6時30分を回ったところだった。誠に遺憾ではあるが、学校へ行かなければならない。
──それにしても、不思議な夢を見た。幼い男の子と女の子が思いを伝え合って将来を共にする約束をする夢。小さい頃の約束というのは、脆く儚いものだ。お互いに成長し、どちらか一方が忘れたらそれでお終い。こういうのは漫画や小説で王道のシチュエーションだよな。
そんな夢を見た俺だけど、部分部分に靄がかかっていて2人の顔は分からず。肝心な名前も上手く聞き取ることが出来なかった。
夢にも明晰夢だとか、予知夢だとか色々な種類があるけれど、今回の夢はどれに属するものだろうか。明晰夢と言えるほどはっきりした夢でもなかったし、予知夢とも考えにくい。
他に考えられるとしたら、たまたま見た夢か過去の夢。今回の場合、前者である可能性が高い。というのも、幼い頃の記憶が殆どと言っていいほど残ってないからだ。小学校低学年の頃はまだ思い出せるけど、幼稚園の頃になってくると全然思い出せない。というか記憶が抜け落ちているような、そんな感じがする。
──とにかく俺は、そんな女の子と将来を共にする約束なんてした覚えがない。そもそも仲の良い女の子すらいなかったし、やっぱり今回の夢はただの偶然だろう。
それよりも、学校へ行く支度をしよう。このままぼーっとしてたら遅れるし、待っているだろう翔真にも迷惑を掛けてしまう。
それに、いつも通りに家を出れば南さんに会えるかもしれない。それを考えただけでも自然とテンションが上がってくる。うん、間違っても遅れないようにしないと。
◆
「行ってきまーす」
7時を経過した頃、俺は家を出た。いつもより少し早いが、この程度なら差し支えない。
家を出て視界に入ってきたのは、見慣れた光景と見慣れない女の子の後ろ姿。その女の子は特徴的な髪型をしている。うん、もしかしなくてもあれは──
「あっ、神崎くん! おはよう!」
「お、おはよう」
俺が声を掛けるより先に声を掛けてきた少女──即ち南さん。彼女と会ったことによって全身に血が巡り、まだ覚醒しきっていなかった頭も一気に冴えた。
朝から南さんに会えるとは、今日はなんて素晴らしい日なのだろうか。
でも、朝からどうしたんだろう。俺が見た限りでは家の前で待っていたように見えたけど……
気になった俺は聞いてみることにした。
「えっとね……ちょっとお話がしたくて待ってたの」
……どうしよう、とても嬉しいんだけど。こんな俺の為に待っててくれたなんて。しかも話って何だろう。
まさか──まさかとは思うけど告白……?
いや、落ち着け。そんなことある訳がない。でももし本当だったらどんなに嬉しいことか。心臓が早鐘を打つのが嫌でも分かった。
「とりあえず、歩きながら話そっか」
「お、おう……」
告白なんて有り得ない。そんなことは分かりきっているけど、心のどこかではやっぱり期待せずにはいられない俺がいた。
そうして歩き出した俺と南さん。隣を歩き続ける為に、彼女の歩幅に合わせて歩く。遅すぎても速すぎてもいけない。
意識してるかどうかは分からないけど俺と南さんの距離が近い。少し手を動かしただけで触れそうなくらいの近さ。南さんの甘い香りも鼻を擽る。
隣を歩くだけでもドキドキするというのに、以上の要素も入ることで更に鼓動が早まる。俺の顔は赤くなっていることだろう。心なしか、南さんの顔も少し赤い。
「そ、それで話というのは?」
「あ、うん。えっとね──」
耐えきれず声を掛けたのが功を成し、何とか気まずい雰囲気から抜け出すことができた。
──だけど、まだこの時は知らなかった。南さんの話というのが俺の予想の斜め上を行くものだったことに。
「明日、UTX学院の屋上でライブをするんだ。それでなんだけど……良かったら見に来てくれないかな?」
「──何だって?」
──どうしてこうも、俺は色々なことに巻き込まれるのだろうか?
◆
──UTX学院。
それは秋葉原駅前に位置する近年新設された高校。音ノ木坂学院と同じ女子高で、白を基調とした制服が特徴。建物の外観はどうみてもただのビルにしか見えないが、れっきとした学校である。
そして、A-RISEがいるのもこのUTX学院。中にはそれだけの為にUTXに行く人もいたとかいないとか。
ただ……UTX学院は所謂お嬢様学校であり、受験料が五万円、入学金が百万円という話を聞いたことがある。それに追い討ちをかけるかのように、前年度の入試倍率はなんと15倍。そりゃああのA-RISEがいればそうなるよなぁ……。
さて、本題に入ろう。つい先程、南さんにライブへ来ないかと誘われた俺。あまりにも唐突過ぎて話に着いていくことが出来なかった故、事の顛末を聞いていた。長くなるから要約するけど、ライブの会場を探していたところ、直々にA-RISEから提案があったという。それでそのまま決まったらしいんだけど、μ'sってA-RISEと繋がってたのか……
「……なるほど、それでUTXの屋上でライブをすることになったと」
「うん、そうなの」
ちょっぴり困ったように微笑む南さん。
まあ仕方の無いことだろう。あのA-RISEの根城であるUTXの屋上でライブをするんだ。緊張は勿論するだろうし、少しの不安も抱いているのかもしれない。
「まあ話は分かった。でもさ、男が女子高に入って大丈夫なの? チケットとかの問題もあるだろうし……」
「うん、大丈夫。明日は一般の人も入場出来るから男の人も入れるんだ。チケットは……はいっ!」
カバンから2枚の紙切れを取り出し、俺に差し出した南さん。これはもしかして──
「ライブのチケットだよ。私がお願いしてツバサさんに貰ったの」
「……マジですか」
チケットには“1500円”と書いてある。しかも2枚ということは翔真の分も考慮してあるのだろう。
3000円というのはバイトをしてない学生にとっては少々痛い出費だ。そんなものをタダで貰ってもいいのだろうか。しかも南さんに頼ってまで。
「……いいの? 貰っちゃって」
「もちろん! その為にお話したんだから」
「でも流石にタダというのは……」
「ううん、気にしないで。ツバサさんも大丈夫って言ってたよ」
流石お嬢様学校だ。彼女達にとって3000円なんて大した金額でもないんだろうな。羨ましい限りである。
μ'sとA-RISEのライブが同時に見れる。これはどちらのファンでもある人からしたらたまらない。翔真だったら発狂するかもしれない。
「ありがとう南さん。明日、絶対に行くよ」
「ふふっ、ありがとう。待ってるね。ステージの上から探しちゃおうかな、なんて」
「あはは、たくさん人が来るだろうし見つけるの大変かもね」
「それもそうだね。でも、神崎くん背高いから、すぐに分かると思うな」
「うーん、どうだろうね」
南さんとの他愛もない会話。くだらないことやちょっとしたことでも南さんは真剣に聞いてくれるからこちらとしてもとても楽しい。
──この時間が永遠に続けばいいのに。
そう心から願うけど、現実は非情だ。すぐに南さんと別れることになり、至福の時間は長くは続かなかった。
「じゃあ明日、待ってるね」
「うん。南さんも頑張ってね。練習も、本番のライブも」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあ私は行くね」
いつもの場所で、彼女と別れる。今日も神田明神で練習をするのだろう。何せ明日が本番だ。力を入れるに違いない。
俺は、南さんの姿が見えなくなるまで彼女の背中を見続けていた。
◆
一つ、謝りたいことがある。
俺は今まで、“生のライブ”というものに行ったことが無く、どんなものなのかよく分からなかった。それだけだったらまだいいのだが、果てにはCDやDVDで十分だろうと思っており、ライブに行くなど金の無駄とさえ考えていた。
──だが、それは間違っていた。
会場に広がる歓声と熱気。ステージに響く音楽の生の重低音。観客とアーティストが一体になり、盛大に盛り上がる会場。アーティストがすぐ目の前に存在する事実。どれをとってもCDやDVDでは体感することができない。ライブに行くのは金の無駄だと考えていた昔の俺が恥ずかしい。ライブというのは十分金を払う価値があるものだ。
──そんな俺は今、ライブの真っ只中。
特徴的なイントロから始まり、そこから一気に盛り上がっていく。そんなEDM──エレクトロニック・ダンス・ミュージック──のような曲調の歌を歌っているのはあのA-RISE。彼女達のライブは動画で何回か見たことがあったが、やはり動画と生じゃ全然違う。
圧倒的なカリスマを放つ綺羅ツバサと、クールビューティな統堂英玲奈。2人とは対照的にゆるくふわふわした優木あんじゅ。一見混ざり合わなそうな3人だが決してそんなことはなく、物の見事に調和している。
──そのオーラが、空気が、俺達観客を突き抜く。彼女達がスクールアイドルだということを忘れるほど、A-RISEのパフォーマンスに圧倒されていた。
そう、これはプロのアイドルじゃない。あくまでもスクールアイドルなんだ。まさかスクールアイドルがここまでだとは。ちょっと前の俺に言っても信じないだろう。
『ありがとうございました!』
曲が終わり、俺達観客へと挨拶をするA-RISEの3人。一言で表せば、ただただ凄かった。元からA-RISEは凄いとは分かっていたが、今日改めてその凄さを実感した。
「ツバサさーん! 英玲奈さーん! あんじゅちゃーん! うおー!」
隣から我が親友の悲鳴に似た声が聞こえてくる。かなり盛り上がって楽しんでいる様子。少しはしゃぎすぎじゃないかと思ったけど、翔真に限らず他の観客も同じくらいに盛り上がっている。ライブではこれが普通なのだろう。
「……テンション高いな」
「当たり前だろ! A-RISEの3人がこんな近くにいるんだぞ! これでテンション低くてどうする!?」
「お、おう」
前述した通り、生ライブはこれが初となる俺。そんなことがあって、いまいち楽しみ方というか、盛り上がり方がよく分からないんだよなぁ。
「ま、お前もすぐに分かるさ。次、μ'sだぞ」
「……言われなくても分かってるよ」
本命。というかこの為だけにライブに来たと言ってもいいくらい。まあ、トップスクールアイドルのパフォーマンスを見れたから一石二鳥なんだけど。
──そう、A-RISEの次は待ちに待ったμ'sの登場だ。ようやく彼女達のライブを生で見ることが出来る。
南さん。既に俺の心は彼女のことでいっぱいだった。
舞台袖から9人の女子──即ちμ'sが入場してくる。水色を基調としたフリフリの可愛らしい衣装。頭には花冠を被っていて、それがまた可愛らしさを引き立てている。
──特に、南さんのその姿は他のメンバーと一線を画しているように見える。それほど、俺の目は彼女の姿に釘付けになっていた。
9人が位置について、曲が流れ始める。
切なさ、儚さ、哀愁──それらを感じさせるようなピアノのイントロ。次に聞こえてきたのは、穂乃果さんの透き通るような歌声。それに園田さん、絢瀬絵里さんと続く。当たり前のことだが、3人とも歌が上手い。やっぱりスクールアイドルって馬鹿にできないな。
そのままピアノが続くと思いきや、一気に盛り上がる。その瞬間、俺の身体中に鳥肌が走った。エレキギターのメロディが俺の好みの的を得ていたからだ。
μ'sの楽曲は、メンバーでもある西木野真姫さんが作曲しているらしい。何でも、ピアノがかなり上手で、幼い頃には賞をたくさん貰っていたとか。それでも高校生でこんなクオリティの高い曲を作れるなんて尊敬に値する。
「……あっ」
ステージ上の南さんと目が合う。俺に自然な感じで微笑み、ウィンクをしてきた彼女。
──もう、何というか。胸を特大の矢で貫かれたような感覚に陥った。言葉で表すことが出来ないこの感情。強いて表すなら、愛しさといった類のそれか。
ああ──やっぱり可愛いな。今日、ライブに来て本当によかった。チケットをくれた南さん本人にも感謝だし、A-RISEのツバサさんにも感謝しなければ。
ちなみにそれ以後、南さんだけしか見ることが出来なくなったのは別の話。
◆
「いや〜、ヤバかったなぁ!」
「ああ、ヤバかった」
ライブ後。俺と翔真は帰るべくUTX学院内を歩いていた。こうして見ると、俺達以外にも男性がいる。学生だったり、サラリーマンだったり。でも、やっぱり女性の方が多い気がするな。その中でも共通して言えるのは、みんな満足そうな顔をしているということだ。ライブの力って素晴らしいものだ。
「神崎くんっ!」
「ん?」
背後から聞き覚えのある声に引き止められる。この脳が蕩けそうな、可愛らしい声の持ち主はもしかしなくても──
「あ、南さん」
「よっ、ことりちゃん。ライブ凄かったよ!」
ライブで俺を魅了した、まさに南さんその人だった。着替え終わったのか、ライブ用の衣装ではなく既に制服姿だった。うーん、間近であの衣装をもう一度見てみたかった。ちょっと残念。
話し込むだろうから、帰宅する人の列から外れ、通行の邪魔にならない所に移動する。
「ありがとう前原くん。神崎くんも楽しめた?」
「うん、すっごく楽しかったし、すっごく感動した。実は生ライブって初めてだから余計にね」
「そうなんだ。ふふ、楽しめたみたいで良かった!」
「いえいえ、A-RISEとμ'sのお陰だよ」
先刻のことを思い返す。A-RISEの圧倒的なパフォーマンスとμ'sの素晴らしいパフォーマンス。あの時の光景が、音が、空気が今にも脳裏に蘇りそうだ。
そして何より、南さんのライブで踊って歌う姿。それが頭から離れない。
「それで、ことりちゃんはどうしてここに?」
「あ、うん。特にこれと言った用事はないんだけどね? ただ、2人の感想が聞きたくて」
「なるほど。ちなみに今日は一緒に帰れたりする?」
「あー、ごめんね? この後μ'sのみんなで打ち上げに行く予定だから今日は帰れないんだ」
「あれま、残念だけどそれなら仕方ないね」
打ち上げ……か。俺としても南さんと帰りたかったけど、我儘は言えない。というか翔真、それだとナンパしてるみたいだぞ。ちょっと複雑な感情。
「そういうことなんだ。私もそろそろ戻るよ。帰る所引き止めちゃってごめんね?」
「いや、大丈夫だよ。南さんと話せて楽しかったし」
「……私も神崎くんと話せて楽しかったよ」
──嬉しい。素直にそう思える。分かってはいたけど俺、やっぱり南さんのことが好きなんだなぁ。
「……じゃ、じゃあね! また今度!」
「あっ──待って!」
「えっ……?」
逃げるようにその場を後にしようとした彼女を今度は俺が引き止める。どうしても、これだけは言っておきたいことがあった。
俺の中の勇気を総動員して。
「今日のライブ、最高だった。衣装も似合ってたし──可愛かったよ、南さん」
「……っ!?」
「ほう……」
ボンッと音が響きそうなほど一瞬にして顔が真っ赤になる南さんと、何かを察したように感心する翔真。俺が彼女を好きだってこと、コイツは分かってるんだろうな。
こんなことを言ったのは南さんが初めてだし、よく言葉が出てきたなと自分でも驚いている。今、俺の顔は南さんに匹敵するほど赤くなっているに違いない。
「あああ、ありがとう! えっと、あっと、その……とりあえず私はこれで! さよなら!」
「あ、南さん!」
聞く耳持たず。南さんは俺の声を振り切って奥へと走っていってしまった。うーん、やらかしてしまったかなぁ。
「そ、う、やくーん?」
「何だよ気持ち悪いなぶっ飛ばすぞ」
「う、うそうそ! 冗談だって!」
調子に乗っている翔真は置いといて、今は南さんのことだ。流石に刺激が強すぎたかなとちょっと反省。でも、不思議なことに後悔はしていない。寧ろこれで良かったと思っている。でも、南さんには今度謝らないとな。
「……お前、ことりちゃんのこと好きだろ?」
「……やっぱりバレてたか」
「いや、バレバレだっつの」
俺、そんな分かりやすいかなぁ。これでも隠していたつもりではあるんだけど。
「まあとやかく言うつもりはないけどさ、これだけ、これだけは言っとく」
「……?」
「ことりちゃんを泣かせるような真似をしたら、俺が、そしてことりちゃんのファンが許さないからな。その時は蒼矢をぶっ飛ばしに行く」
いつになく真剣な様子の翔真。
俺を見据える目。酷く冷たい声。その要素から、冗談で言ってるのではなく本気で言っていることが分かった。
「……分かってるさ。というか俺達付き合ってないぞ」
「仮に付き合ったらの話だよ。ま、俺を含めたファンにとっては振られるのが一番だけどな」
「……仰る通り」
──でも、折角恋をしたんだ。出来ることなら南さんと付き合いたいし、恋人がするようなこともしてみたい。それを叶える為には、色々努力しないといけないな。
「よっしゃ、俺達もそろそろ帰ろうぜ。そうだ、ラーメン食べに行こう! 奢ってやるよ」
「マジかよ、翔真もたまには粋なことするんだな」
「まあな、今日は何かと気分がいいからさ」
「そっか。それじゃ遠慮せずいただきまーす」
もう一度、帰宅する人の列に並び直した俺達。
窓の外を見ると、そこには東京の夜景が広がっていた。いつの間にか日没していたようだ。時刻は午後7時を回った頃。夕食には良い時間帯だ。
改めて、今日のライブのことを思い出す。南さんにも言ったけど、本当に最高だった。これを機にスクールアイドルオタクになってみようかなと考えるくらいには。
もう少し早くμ'sを知っていれば良かった。今後も、μ'sのライブには足を運んでみよう。
そう、心の中で密かに決心する俺であった。
後書き
閲覧ありがとうございます。評価、感想、お気に入りなどお待ちしております。
ページ上へ戻る