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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第43話 『手加減』





 コタロウにとっては普通よりやや易しめに設定された訓練はティアナにとっては今までの訓練のどれよりも過酷であった。
 倒れそうになると、


「――アウッ!」


 身体のとある箇所を押させると反動で拒絶され、


「――かふッ!?」


 吐きそうになると全身に気合を入れられ飲み込んだ。
 その訓練模様は他の新人たちの近くで行なわれるときもあり、時々視界に入る彼女の佇まいは訓練の集中を欠いてしまうほどである。なのはの、


「ほら、集中して!」


 といわれてティアナへの心配を振りほどいた。
 なのはもそれを見てか数日の間はスバルとの連携訓練はせずにいた。朝昼夕食の食べる以外の時間は全てコタロウに委ねられ、室内でもできる集中力向上法で神経を極限まで衰弱させられた。夕食の後も寝る前まで室外での訓練法により心身ともにすり減らし、夜は泥のように眠った。
 ただ、朝は不思議なくらい疲労が取れていた。
 コタロウ曰く、


「全身隈無く刺激をし、マッサージをして、寝ることに対しても集中させています。一つ一つ説明をしても構いませんが、それは高町一等空尉に全て展開しています。ランスター二等陸士は訓練に集中してください。細工は流々。です」


 とのことだった。
 そして日を追うごとにボールに触れる機会が増え始め、神経衰弱も取得枚数を増やしていった。もちろん、コタロウに勝てるまでではなかったが。





 ところで、段々と無視できないことがティアナの中で起こリ始めいた。それはこの訓練を始めてからコタロウとの接点が以前よりずっと増えているのに、「ランスター二等陸士」、「ランスター二等陸士」と常に呼ばれ続けていることである。こちらは「ネコさん」、「ネコ先生」と呼んでいるのにも関わらずである。ティアナは失礼であるのはわかっているがもう抵抗がなく親しみや尊敬を含んでコタロウをそう呼びたいから呼んでいる。確かに、既に彼の呼び方を変える方法は知っているし、制服を着ていればそれがなおさらなのも分かっているので理解はしている。それでも、それでもである。彼女にとっては人懐こいスバルと同様にコタロウに名前で呼ばれたいと強く願い始めていた。だが、一日人権無視ともとらえかねない訓練で周りとの会話も減り、夜は気絶に近い睡眠をとるため、名前呼びの方法を取る時間を割くことができなかった。取るためには特訓による疲労からからくる睡眠に耐える決死の思いが必要である。
 そうしてとある夜。


「……んぅぁ」
「ティア、どうしたの!?」


 コタロウに運ばれ、寮の部屋で先に眠っていたティアナが突然亡霊のようにむくりと起きあがった。
 スバルは目を見開いて驚き呼びかけるが返事が無い。
 のそり、のそりとドアに向かって歩き出している。


「ちょっと、ティア~?」
「……」
「――ひっ!」


 瞳に生気はなかったが目付きは怖く、近づくな、邪魔するなというオーラだけが彼女を支配していた。不機嫌なときのティアナであり、付き合いの長いスバルにとっては知ったオーラであった。


「えと、あの……」
「……」


 ドアを開け、一歩一歩前に進むティアナを


(一体どこに行くんだろう?)


 と、スバルは後に続いた。月明かりだけが廊下を照らしているので誰かが見れば不気味であることこの上ないが、スバルは彼女が起きているのか寝ているのか分からないという不可解さが心を占めていたので気にすることは無かった。そして、段々と行き先がどうもコタロウの部屋に向かっていることが分かった。


「ティア~」
「……」


 返事は無い。
 彼の部屋のドアの前に立つとボタンを押して開けた。コタロウとの訓練が始まったタイミングで彼はティアナに部屋の開け方を教えていたのである。


「……」


 スバルが横に立っているのにも関わらずティアナは反応する様子がない。彼女はコタロウの寝ているベッドまでゆっくりと歩くと、


「え!? ちょ――」


 おもむろにコタロウに四つん這いで覆いかぶさった。


(よ、夜這い!? なわけないか。でも、止めないと!)

「ティア、起き――」
「私を、ティアって呼ん、で……スゥ」
「……」


 そのまま、ティアナはコタロウの耳に鼻先が付くほどの距離で身体を彼に預け、すぅすぅと寝息を立てた。


「あぁ、うーん、そういうことかぁ」


 スバルはそれを見て、最近彼女が訓練とは別のストレスと感じていることの合点がいった。






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第43話 『手加減』






「え、模擬戦、ですか?」
「はい」


 周りに隊長陣がいるなか、コタロウはなのはに許可を願い出た。


「ティアナと、ですか?」
「いえ、シグナム二等空尉です」


 以前、彼とティアナが模擬戦したとき、彼女の自信を打ち砕くことから禁止したのは数日前の話である。


「え、シグナム?」
「はい、主。お互いの時間が空いたときに約束をしまして。以前のテスタロッサ隊長が行なったものではなく、今回は傘なしでの戦いになります」
「というと?」
「コタロウも反撃するということです」
「マジか」


 コクリとシグナムは頷いた。彼から聞くに傘を使わなければ一般戦闘の心得はあるということらしい。


「あれ? でもトラガホルン二佐が言うには防戦一方ていうてなかったか?」
「はい。ですが、攻撃をしたことが無いということはないので」


 ふぅん。とはやて頷くとまわりも倣った。


「説明はいいから早速昼過ぎから行なうぞ」
「わかりました」


 彼は頷くと、生徒であるティアナのほうへ向き、


「ティア」
「はい、先生」


 ここで本人を含め数人が「あれ?」と眉を寄せる。


「訓練は模擬戦の後、新しいメニューを進めていきましょう」
「え、あ、はい。わかりました。ですが、今のボールの見極めがまだ、6割に届いてません」
「構いません。基礎は問題ないと判断したので、基本に入りましょう」
「その言い方ですが、今までのは準備運動程度の……」
「はい。今日から訓練を普通にします」
「うぅ……」


 スバルに肩を叩かれティアナは励まされる。
 そして、なのはは考えた末にある提案とした。


「うん。そしたら午後はまずシグナム副隊長とコタロウさんの模擬戦を見学して勉強。その後、訓練に移りましょうか」
『はい!』

 先ほどのティアナの呼び方については後で本人にスバルが話し、今まで見たことも無いほど相手が紅潮をしたのを彼女は楽しんだ。





△▽△▽△▽△▽△▽






 その日の午後、木の生い茂る訓練場になのは、フェイト、ヴィータ、そして新人たちが集まると、コタロウは多くの工具を置き、ティアナに傘を渡して準備体操を始めていた。シグナムは騎士甲冑に変身しており準備は万端なようである。いささか、彼女は早く戦いたいのか目が爛々としていた。


「ねぇねぇ、ティア」
「ん?」
「ティアはコタロウさんと模擬戦したことあるんだよね?」
「……1回だけだけどね」
「なのはさんに止められたんですよね」
「まぁねぇ」
「どうしてなんですか?」


 皆に聞かれ、ティアナは過去を振り返る。




――――


『では、模擬戦を始めましょう』
『えと、先生とですか』
『はい』


 そういうと、コタロウはティアナの背後数メートルの場所に傘を刺し、また戻ってきた。


『私がランスター二等陸士の背後の傘を取り返そうとしますので、それをなるべく長く守りきってください』
『守護という名目の模擬戦ですね』
『その通りです』


 ティアナは攻撃等何をしても構わないと言われ、クロスミラージュを構え戦闘態勢をとる。コタロウは彼女から10メートルほど離れた。彼は特に構えている様子は無い。


『それでは始めます』
『はい!』


 そうして彼が、一歩前へ踏み出したのを確認したと思えた瞬間、


『0.82秒ですか』
『……え?』


 既に彼は彼女の後ろにいて傘に手を触れていた。


――――




「何十回、いえ百いったかしら、どうやっても2秒以上守れなくてね。なのはさんがそれを見て、精神上よくないからって止められたのよ」
『……なるほど』
「まあ、でもね、その映像見直して最近やっと先生の動きが見えてきたところ」
「すごいじゃん!」
「まだまだよ。目標一分だから」


 遠めにシグナムとコタロウが対峙するように構え始めていた。彼女は剣を構え、コタロウは自然体であった。


「筋力トレーニングも土台は身についたみたいだから60秒、一分は動けるみたいだしね」
「へー」
「でも、アンタたちと連携プレイの練習はしてないからまだわからないけどね」
「じゃあ、今日はまた新しい特訓が待ってるけど、明日とかは一緒にできるかもね!! 見せてよ、実力~」
「そうだと、いいんだけど……ついたのは筋力だけな気もするのよねぇ」


 コタロウの特訓自体がきついことは間違いないが、なのは以上に地味な訓練なので、感触がよく分からないのだ。実戦のための特訓というより、特訓のための特訓ではないかという不安感が残った。


「そろそろ、始まるみたいですよ」


 エリオが指をさす方向を見るとシグナムとコタロウは宙に浮いていた。どうやら空戦を選択したようである。


「それじゃあ、始め!」






△▽△▽△▽△▽△▽






 その合図を切られてもどちらも動かなかった。


「そうそう」
「ん?」
「なんですか、ティアさん」


 思い出したようにティアナが口を開くと周りが反応する。


「ネコ先生ね、基本足技で手は使わないのよ。なんでも手は大事みたいで」
「へぇ」
「それで、技は2つ」
「どんな技なんですか?」


 目線は二人から逸らさずにティアナは続けると、


「1つは『ネコあし』」
「なんか、かわいい名前ですね」


 キャロが不思議そうに答える。


「トラガホルン二佐が考えたのかな?」
「かもしれませんね」


 スバルとエリオの言葉に頭を振る。


「どちらでもないし、文字だけ見ればかわいく聞こえるかもだけど、なのはさんたちの世界では――」


 そこで、シグナムの身体がくの字に折れて吹き飛び、


「蹴りがあまりにも早く、近くにいても音が後から聞こえてくる『()()あし』って言うみたい。よ」


 金属を打ち砕くような音が後から聞こえ、風で全員の髪が揺れた。
 ティアナは説明をいいながら、スバルたちはそれを聞きながら、初めて見るコタロウの技に息を呑んだ。


『……』


 シグナムは墜ち、地面を削りながら後ろへと追いやられる。
 土煙だけが彼女の居場所を把握する目印になり、その移動が止まるとゆっくりと浮かび上がった。


「ガハッ」


 咳を繰り返しながらも呼吸を整えたシグナムは魔力を練ると突撃していった。手甲が砕けてなくなっているのには誰もが気づいた。
 シグナムの一閃を彼は足でいなし軌道を変えて対応していた。傘ほど受け流しは滑らかでないが、対応方法は傘と変わらず基本は受け流すというスタンスらしい。
 そして、彼の繰り出す『ネコあし』は果敢に避ける、あるいはコタロウと同じようにバリア――必ず一撃で破壊される――を使用して受け流していた。彼女の目は獲物を狩る獣のような眼光で周りを気にする要素をひとつも見せていなかった。相手を確実に墜とす剣技を披露している。


「すごい」
「ですね」


 スバルにエリオが頷き、ティアナとキャロは見逃すまいと目を凝らした。


「今の一撃みた?」
「三撃よ」


 スバルの言葉をティアナは修正する。


「そうなんですか?」
「エリオ、黙ってみたほうがいいわよ」
「は、はい!」


 ティアナは「こう、こう、それで……」と全てコタロウの戦術を学び取ろうと目を凝らしていた。


(ティア、前とは全然違う)
(後で見直さないと、忘れそう)
(……見えない)


 とそれぞれ思うことがあったが口には出さなかった。


「ねぇ、ティア?」
「……ん、なに」
「あのさぁ」
「用件は簡潔に!!」
「はいぃ。ネコさんのもうひとつの技ってなに?」
「『ネコのて』っていう足技」


 ティアナは技名だけ答えた。目は戦闘から離さない。


「それもやっぱり、由来あるの?」
「聞いたところだと、『ネコあし』からつけたらしいけど、『あし』が『見えない技』なら『て』は『見える技』みたい。どんな技かは私も分からないけど、出すときは技名言ってやってくれるって、先生私にいってたわ」
「そっかー」


 シグナムの剣、コタロウの足はお互い致命傷にならずお互いの武器が当たるときの空気の圧縮音が鳴り響いた。


「コタロウさんの初撃を受けた分、シグナム副隊長のほうが若干不利かも」
「だな」


 隊長陣は互いの状態まで見れるようで、エリオが振り向いた。


「なのはさんやヴィータ副隊長は――」
「……私たちはエリオたちに教えてるだけじゃなくて」
「常にアタシらも研鑽してんダヨ」


 ちらりとこちらを向くなのはとヴィータの瞳がティアナと同じように全てを見逃すまいと瞳孔が開いているのが分かった。。


「フェイト隊長はどれくらいまで見えてる?」
「え、うーん……全部見えてる、かな。一応得意分野だし」


 二人の模擬戦は一見フェイトとのときより遅く見えたが、それは連撃のすき間で詰め合いをしており、それに気づいているのは隊長陣だけである。


「ティア」
「はい! 先生!」
「放ちます」


 突然の通信が入りすかさず反応すると、ティアナはよりいっそう集中力を上げ二人に焦点を絞った。それを聞き全員が反応する。
 コタロウは飛ぶというより、空中に地面を形成している状態であり、蹴りの反動を利用し距離をとった。


「……お前の表情を変えてみたいものだ」
「それを苦悶というものであるならば、トラガホルン両二等陸佐と同じくらいの脅威は感じています」
「フ、光栄だ」


 シグナム、コタロウ二人とも呼吸は乱れていない。


(距離をとったということは、技か)


 と思うのも束の間、彼は距離をつめてきた。


「くッ――」
「ネコのて」


 そうしてまたコタロウは蹴りを繰り出すが、先ほどの『ネコあし』に比べると遅く、視認できる速度である。シグナムは彼の攻撃が頭に横に薙ぐ蹴りであったため、腰を下ろし避け、切り込もうとする。


「ガァ!?――な、ん」


 避ける反動で髪が跳ね上がり、その蹴りが(かす)っただけなのに、打ち下ろす衝撃が頭に響き意識が混濁する。


「ネコ……」


 次は見極めようとするが


「あし」


 放たれたのは今まで『勘』で避け、弾き続けた蹴りであった。
 シグナムは初撃と同様に地面を削ろうとするも軌道を変えて飛び上がり、


「……」


 先ほどよりも高い位置でコタロウを見下ろした。


「……コタロウ」
「はい」
「今の蹴りで分かった。貴様、手加減したな」


 無傷でないシグナムの表情は冷静だ。


「はい」


 対するコタロウの表情は変わらず無表情である。


「理由は?」
「模擬戦であるからです」
『……』


 表情を変えずお互い無言で、風だけが彼らの髪を揺らすと、


「……フフフ」
『(シグナム(副隊長)が笑った……!?)』
 一瞬だが親しい人でも滅多に見ることのできない表情を彼らは見た。


「模擬戦、終了だ」
「わかりました」


 シグナムは騎士甲冑を解き、コタロウは魔力で一段一段降りて、地面に着地した。


「『シグナムの手加減』……か。ヴィータめ」


 どうしてくれようか。とヴィータを見据えると彼女は首を傾げていた。






△▽△▽△▽△▽△▽






「先生?」
「はい」
「あの『ネコのて』ってどんな技なんですか?」


 コタロウが工具をしまっている最中に、ティアナが話しかけた。
 そうすると彼は実演しながら説明したほうが分かりやすいと判断したのか、厚さ十数センチの鉄ブロックの壁をパネルから生成した。
 興味を示してか、隊長、新人たちも集まる。
 彼はその壁と向き合い、


「まず、『ネコあし』というのは……」


 造作なく凹み、吹き飛ばされ、その後に激しい破壊音がなり、壁は消える。


「音速を超える速さで蹴る技というのは説明しました」
「は、はい」


 名前に沿う技であり、間近で見てティアナは目を見開く。
 今度は蹴りやすいよう円柱状の人ほどある鉄柱を生成し、構えた。
「『ネコのて』というのは……」


 彼はゆっくりとつま先をコツンと壁に当てると、


「蹴りの方向と慣性の法則にズレを生じさせる技です」


 横一文字に鉄柱が凹んだ。


「……どういうことですか?」


 今度は。と、ゆっくりと横に蹴り、足の甲を柱に当てると釘を撃たれたように地に沈む。


「縦と横が分かりやすいので、それで説明しますと、基本的に蹴り上げれば衝撃は上へ、蹴り払えば衝撃は左に流れていきます。このけりこむ動作を小さく小さく絞り上げていくと、見た目と衝撃が必ずしも一致しなくなります」
「は、ぁ……」
「なので」


 もう一度鉄柱を出現させて横に蹴ると、今度は上に跳ね上がった。


「このようになるわけです」
「なんてぇ技だよ」
「見えない蹴りですと、勘の良い方には対処されてしまいますから、相手の認識できる速度で放つことに意味があります」


 隊長たちは原理とそのフェイントの重要さに気づき頷く。


「コタロウさん」
「なんでしょうか、高町一等空尉」
「その『ネコのて』はどれくらいで習得を?」
「4年前ですが、厳密に言うとまだ至っていません。『ネコあし』ほどの威力を出すことができていませんので。不意の威力は存じ上げているので手加減はできますが」
「今のでも実戦では十分通用するものだと思いますよ?」
「ありがとうございます」


 鉄柱を消し、傘をティアナから受け取るとシグナムのほうへ歩き、敬礼ををした。


「本日はありがとうございました」
「いや、依頼したのはこちらだ。礼を言う」
「お怪我のほうは?」
「たいしたことは無い、こちらとしてはお前に――」
「失礼します」


 初撃を受けた手を持ち、軽く押す。


「ぐぅ」


 彼女は顔を歪ませた。


「後でシャマル主任医務官に診ていただいたほうがよろしいと思います」
「……お前」


 彼女はため息をついて表情を戻すと、落ち着いたのか口調もトゲがなくなる。


「こちらも手加減できずにすまんな」


 シグナムはコタロウの左下腹部に触れると、相手は片目を閉じてそこを押さえた。


「私も後でシャマル主任医務官に診ていただこうと思います」
「そのほうがいい……フフ」


 模擬戦では見られなかった彼の表情を見て、その望みどおりにことが運ばないことがまた面白く顔を緩ませ、周りはそれを見逃さなかった。
 彼は振り返り、ティアナのほうを向いた。


「今の模擬戦で何か、ご質問はありますか?」
「えーと、違和感は少し感じましたが……」
「はーい。ネコ先生」
「はい。ナカジマ二等陸士」
「……あ」


 彼女が彼にお願いをうっかり忘れたことに今気が付いた。


「ま、後でも」
「ナカジマ二等陸士?」
「え、はい」


 ひとまず気づいたことを振り払り話題を戻す。


「先ほどの模擬戦のとき、シグナム副隊長もネコ先生も背後からの攻撃を分かっていたように対処したように感じましたけど、やっぱり見えていたんですか?」


 ティアナはスバルがなんだかんだ見えていて、自分の感じていた違和感を言葉にできることに才能の差を感じずにはいられなかった。


「少なくとも私は、見えていたときもあれば見えないときもありました。シグナム二等空尉はその辺りの技法が巧く脅威に値します。そして、シグナム二等空尉のほうはわか――」
「全て勘だな」


 彼を遮り本人が答えた。


「勘、ですか」
「そうだ」


 シグナムはすっぱりと回答したが疑問は払拭されておらず、彼に向き直り、解説を願い出た。


「戦うスタイルの違いです。私は相手の癖等を意識下において戦いますが、シグナム二等空尉はそれを身体が無意識に反応することに逆らわず戦います」
「スバルは私、ティアナはコタロウの視点だな。スバル自体全ては見えずに『だろう』でそう思ったのだろう?」
「はい」


 なるほどとティアナは才能の差ではなくスタイルの違いということに気が付く。


「どちらも突き詰めれば差はなくなっちゃうんだよね」
「そういえば、うちはティアナみたいに戦うスタイルをするヤツってネコしかいねェな」


 なのはとヴィータはその話を聞いて隊長同士で話をする。


「アタシはともかく、なのはもフェイトもなんだかんだ怒るとそうなるしな」
『うぅ』


 フェイトとなのははどちらも記憶に新しい。だが、それを理解したうえでなのははコタロウに訓練をお願いしたのだ。


「それは僕らもですか?」


 エリオとキャロはヴィータたちの会話に参加する。


「お前らはまだその段階に至ってねェ。だから……」


 言い出すのがこっぱずかしいのかフェイトが間に入って、


「大事に大事に育ててるんだよ」
「そういうこと」


 フェイトとなのはは笑顔で答えた。


「あ、でも先生、さっき見えないときもあるって言ってましたが、それでも対処できたのはどうしてなんですか?」


 ティアナはその説明を彼がしていないことに気づいた。


「それは、私が教える階級段階を過ぎているため教えられないからです」
「……え」
「それは私でも無理なんですか?」
「はい。ナカジマ二等陸士でもできません。これからの経験の中で掴んでいくしかできません」
「それは、アタシら、コイツらにも無理なのか?」


 ヴィータやなのはたちも参加してきた。
 コタロウはエリオとキャロを見比べると、


「もし教えられるとしたら、キャロになります」
「え、私ですか?」


 コクリと頷く。


「ネコ先生、説明お願いします!」
「死線との距離が見えていないからです」
『……??』


 結論からでは新人たちは理解ができなかった。


「コタロウさん、危険の及ぶ範囲でなければ見せていただいてもよろしいですか?」


 なのはが促すと、コタロウは頷き自分の前に全員を並べさせた。


「始めに体験していただきますが、つまり……」


 言葉を途中で止めたかと思うと、(おぞ)ましく禍々しげで、敵意に満ちて、激しい恐怖感情に狩られるほどの気配が正面の無表情な男から(ほどばし)った。
 並んだ人のうち、一人を除いて全員がその恐怖感に耐えられずほぼ衝動に近い形で変身し正面の男に構え、大きく息を吸い込み威嚇する。


「と、このように自分の死線の境界を判断できる場合、特に武装局員の場合は、この『殺気』に自らの恐怖を振り払い踏み込んでくるのですが」
『……』


 彼がその『殺気』を消していくまで全員警戒を解くことはなかった。


「い、今のは……?」
「『殺気』を意識して出せるのか」


 バリアジャケットも解き手のひらを一度強く握って身体の状態を確認して口を開いた。


「私は6歳まで山中にいましたので、獣から学びました」


 彼はそういうと、殺気を放った中で一人だけ身構えることをせず、倒れた人物に近づく。


「話が逸れました。話を戻しますと、まだ死線を自分では掴めていない人は恐怖に従い限界を超えると気絶してしまいます。もちろん、恐怖の質によって違いはありますが」


 コタロウは気付けを行い意識を取り戻させる。


「……うーん。あ、あれ?」
「体調はいかがですか?」
「だ、大丈夫です」
「キャロ、大丈夫?」


 ゆっくりと立ち上がりフェイトは大きく深呼吸をさせた。


「キャロ、申し訳ありませんが、よろしいですか?」
「あの、コタロウさん、キャロはもう……」
「先ほどは比較させるため大きく殺気を出しましたが今度は順を追っていきます」


 よろしいですか? と再度たずねるとキャロはおずおずと頷いた。


「それでは目を瞑ってください」
「……はい」


 隊長陣は少し不安げだが彼は構わず進めた。


「もう、限界だと思う早い段階で手を上げてください」
「わかりました」
「……これくらいの気はどうですか?」
「大丈夫です」


 ゆっくりジワリと殺気を繰り出す。


「これは?」
「大丈夫、です」


 それを何回か繰り返していくうち、キャロは手を挙げ、


「これ以上は……」
「わかりました」


 それでは。と、コタロウは目を瞑ったままのキャロの前に手を出すと、彼女はびくりと体を震わせた。


「反応できていますね。それでは今、私が何本の指を出しているか分かりますか?」


 彼は正面に指を立てると、


「1本です」
「正解です」


 では、さらに。と指の数を変えると全て反応できていた。


「では次に殺気を少なくしていきますので、私の気配を失わないように繋ぎとめてください」
「わかりました」


 周りの人たちが分かるほど少なくなり、キャロも繋ぎとめるために全神経で注意を払う。


「今からゆっくりと手を振り下ろしますので感じたら避けてください」
「……はい」


 コタロウは右手を上げるとゆっくりと振り下ろすと、キャロは目を閉じているにもかかわらず避けた。


『……』


 全員が黙ってみているなか、他にも彼は動作を繰り出し、キャロはその全てを避けてみせた。


「目を開けて構いません」
「……はい」
「ありがとうございました」


 目を開ける彼女に彼は礼を述べるとコクリと頷いた。


「と、このように恐怖という受信機に抗わずに研ぎ澄ましていくと、見えないものに対しても近づけば反応し、避けることができます。逆に死線を判断し恐怖を押さえつけてしまう方は、今の私の出した殺気以上の体験をして体に覚えこませないと見えないものを避けるのは不可能である。ということになります」


 彼はさらに続け、


「シグナム二等空尉の勘も似たようなものですが、今まで経験してきた研ぎ澄まされて生まれた『戦うための勘』であるので、私やキャロの『逃げるための勘』とは異なるものですが、どちらもある領域を越えると差は出てきません」
「私たちは構えた時点でその機能で避けることはできないということですか?」
「はい。これからくぐる今以上の死線や恐怖の中で学び取るしか方法はありません。私が教えられないというのはそういう意味です。シグナム二等空尉のような勘を磨きたいのであればあらゆるタイプの方々と戦い、自分の身体へ昇華することとなります」


 そういって、彼は締めくくった。


「……勘。か」






△▽△▽△▽△▽△▽






 キャロは時間のあるときにコタロウに気配の探り方をならうことを決め、ティアナは今までの訓練が次の訓練へのほんの触りであることを思い知らされた。ティアナはなのはに連携訓練はあと数日待っていただきたいと直訴するほどであった。


「ゼェ、ゼェ……」
「……」


 今、彼女はコタロウと対峙しており、一方コタロウは大きくした傘を広げ自分の姿を相手に見せないようにしていた。石突を彼女の額近くに構え、それは銃口を突きつけている状態に見て取れた。
 コタロウの次の訓練はいつトリガーが引かれるかも分からない銃口の前に立ち、撃ち出された弾に当たる前に避けるか弾くというものであった。銃口から撃ち出されるのは殺傷能力のない空圧弾だが、当たれば吹き飛ぶのは確実である。
 そして彼女はもう小一時間そうしている。打ち上げたボールに対処するというのは時間はある程度限られたものだが、この訓練は時間の長短に規則性が無く完全にランダムであるため、集中力を切らす暇が無いのだ。そして、これは3ターン目であり、転がった地面の汚れが目立っていた。


(もう、どれく――)


 ティアナは弾に当たり、また地面を転がる。


「立ってください」
「ガァ……は、い」

(だめだ、集中するんだ)


 全ては撃ち出される弾以外の気を持つと狙われたように撃たれた。


「お願いします!」


 彼女はふらりと立ち上がってまた全神経を額に集中する。


「ア゛ァ……」


 しかし、向けられた瞬間に撃たれ転がった。


「立ってください」
「は、はい……」

(え、えーと。違う。『集中しろ』と自分に命令するんじゃなくて)

「私は集中している。集中している……」


 呼吸を整え、自分で自分に言い聞かせて立ち上がる。もう自分の才能のあるなしより、弱気で失敗を想像して、失敗どおりに身体が反応し、失敗する可能性を育て上げるのが何より嫌だった。


(次は上手くいく、今よりちょっと……昨日よりずっと……)


 毎日毎日、心身ともに疲労で満足する日なんてないが、ティアナの目の光がくすむことが無いのは周りの誰が見ても明らかであった。




 
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