提督はBarにいる。
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艦娘とスイーツと提督と・26
~霞:蒸しパン~
「美味いか?霞」
「ふん、まぁまぁってトコね」
今回のチケット当選者は霞。リクエストは蒸しパンだった。感想を聞けばまぁまぁだの不味くはないだの言ってるが、手を休めずにパクパク食べている所を見れば気に入っているのが丸分かりだ。全く、素直じゃないというかなんと言うか……。
「ちょっと、人の顔見て何ニヤニヤしてんのよ!?」
「いいや、別に?」
そういや前にもこんな事があった気がするな。あれは何時の事だったかーー……
~20年以上前(回想開始)~
「……それで、遠征計画だけど鋼材には余裕があるんだから燃料と弾薬が獲得できる遠征を中心に計画を組みなさい」
「後、戦闘に関してだけど被弾を避けるような陣形を選択させるようにしなさいな?アンタ先手必勝で殺られる前に殺る、って戦法が好きみたいだけど、その分私達の被弾率も上がるんだからね?ホント迷惑だわ」
「……すまん」
「全く、折角のお茶の時間に何でこんな説教をしなくちゃいけないのかしら、私」
「いや、別に俺は頼んでないんだが」
「何よ、口応えする気!?そもそも、アンタのガバガバな計画書を見なければこんな話もしてないの!解る!?」
「いや、まぁ、その……すまん」
「はぁ……アンタの無謀な指示に従わされる私達の身にもなって欲しいわよホント」
~回想終了~
あぁ、思い出した。俺が提督として着任して間もない頃だ。確かその日の秘書艦当番の霞が、俺の立てていた作戦指示の計画書を見て、ダメ出しというかケチを付けながら茶を飲んでたんだっけな。あの時もお茶請けは蒸しパンだったな。まだ店も出来てない頃で、暇潰しにオヤツを作る程度の事しかやってなかったなぁ……懐かしい。
「何よ、気持ち悪いわね……」
おっと、ニヤケ面が直っていなかったらしい。
「いや、前にもこんな風に霞が蒸しパン食いながらダメ出しされた事があったなぁと思ってな」
「あぁ、アンタが着任したての頃でしょ?よくそんな昔の事覚えてるわね?」
「いや、そうやって言えるって事はお前も覚えてたんじゃねぇか?」
「う、うっさいわね!別にいいでしょ!?////」
霞は赤面しながらムキになって怒鳴り散らしている。そこまで怒らなくても良いだろうに……。
「今も無茶な作戦指示なのは否定させないわよ?でも、大破や轟沈が前提の作戦が無いのは評価してるわ」
「ったりめーだろ。艦への大ダメージ前提の作戦なんざ、立てる気すら起きねぇわ」
人の姿をしている艦娘とは言え、軍艦である事には変わり無い。維持するには相応の金が掛かるし、育てるには手間暇が掛かる。それを捨て駒同然に扱うなんざ、作戦とは呼ばん。ただの浪費だ。
「そんなアホな計画を立てる連中を沢山見てきてるからね……昔も、今も」
「艦のお前らが気に病む事じゃねぇと思うがなぁ?」
過去の海軍も追い詰められていたとは言え、無謀な特攻は無策と変わらないというのが俺のスタンスだ。今のブラック鎮守府なんざ論外だがな。
「人の姿をして、人の心を持っていても……私達艦娘は所詮兵器よ、最悪の事態に対して覚悟は出来てるわ」
「……だけど、その最悪の事態を引き起こした原因があの戦争の時のように下らない理由だったとしたら、少なくとも私は怨み続けるわ。間違いなくね」
戦争末期には根拠もない根性論や無茶な作戦、圧倒的な物量と戦力の差で幾つもの辛い別れを味わってきた霞。その小さく見える彼女の言葉は酷く重厚で、妖気のような陰鬱さを放っている。
「もし、もしも。私達艦娘が轟沈してその怨み辛みが深海棲艦を産むのなら……私は間違いなく、深海棲艦に化けるんでしょうね」
「バ~カ、何独りでダークサイド堕ちて浸ってやがる。遅れてやって来た厨ニ病ですかぁ?ベイダー卿にでもなってみるかコノヤロー」
ズビシ!と霞のデコの中心にデコピンを叩き込む。爪の部分がまともに当たり、バチン!と大きな音がする。赤くなってきた。痛いぞ~あれは。
「ちょっと、痛いじゃない!何すんのよ!?」
赤くなったデコを抑えたまま、涙目の霞が喚く。
「誰がお前を指揮してると思ってやがる。俺だぞ?四半世紀も提督やってるベテランもベテラン、古狸のレベルだぞ?そんな俺がお前ら沈めるような作戦立てるかよ」
「あ、あんたねぇ……そう言う慢心が隙を生んでーー」
「『帰ろう、帰ればまた来られるから』……いい言葉じゃねぇか」
「……え?」
有名な『キスカ島撤退作戦』の折、霞に座乗していた事もある木村昌福中将が残したとされる言葉だ。とは言え、キスカ島撤退作戦自体は、霞が木村中将を乗せてニ水戦旗艦になる前の話だが。
「死んだってこっちの戦力が減って敵との差が開くだけだ。なんの意味もねぇ。だが、生きて帰れば更に鍛えてリベンジ出来るからな」
俺は訓練こそ厳しくやるが、戦果を他の連中と競うように稼いだ事は無い。出来る限りのらりくらりと必要最低限の任務をこなし、むしろ現金収入になる企業からの護衛任務等に精を出している。お陰様で『昼行灯』やら『守銭奴』なんて陰口を叩かれたりする。明るい昼間に照明である行灯を点けてもぼんやりと光るだけで意味のない……ただあるだけの存在だと。俺は艦娘の安全を最優先にしてるんでな、昼行灯?結構じゃないか。南西諸島方面だけでなく、南方・西方海域への玄関口でもある要衝のここブルネイで、防諜をこなしつつ艦隊の出入りを捌き、程々に任務をこなしつついざという時の備えとして艦娘を鍛え上げる。それでいて自分のやりたいように楽しめればそれでよかった。何なら、一生ヒラでも良かったんだ、俺ぁ。それをあの隠居ジジィと来たら、
『自由に振る舞いたければ偉くなるんじゃな。偉くなれば、誰に気兼ねする事もなかろう?』
とか調子の良いこと言いやがって。気付いたら大将のイスに座らされてやがったぜ畜生が。まぁ、そんな生活の中でも他の奴じゃあこなせないだけの仕事をして来た自負はある。やれるモンならやってみろってな。
「俺は犬死になんて許さねぇ。勝手に沈みやがったら、俺が海の底から引き摺り上げてぶっ殺してやる」
「アハハ……何よそれ!」
「……だから、もう泣くな」
ずっと気になってたんだ。霞が過去の話を始めた辺りから下を向いたままだ。恐らく、過去のトラウマで涙が溢れてきてるんだろう。だが、強がりな霞が涙なんて見せたい訳もねぇ。顔を上げないんじゃなく、上げたくないんだろ。
「な、泣いてなんて!泣いてなんて……無いわよ」
必死にそう抗弁する霞の頭に手を乗せ、撫でてやる。
「へいへい、わかったわかった。んじゃその目から出てくる汗とっとと拭け」
「うっさいわね!解ってるわよ、もう!」
俺の差し出したハンカチで、乱暴に顔を拭う霞。痛くねぇか?そんなにゴシゴシやって。
「そ、その……悪かったわね!ちょっと昔の事が頭をよぎっただけよ。昔の司令部みたいに無謀な作戦を立てないアンタの事、ちょっとは、その……」
「あ?何だよ、ハッキリ言えよコラ」
瞬間、思いっきり霞に抱き着かれた。
「……信頼、してんだからね/////」
ボソッとだが、聞こえるようにハッキリと。涙目で赤面しながらも本心を伝えて来た霞がいじらしくて。
「……おぅ、任せとけ」
俺もその信頼に、笑顔で応えてやろうと決意を新たにした。
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