天使のような子に恋をした
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天使のような子の幼馴染と出会った
「お、おい……本当にμ'sの皆さんと会えるのかよ?」
「だから俺もよく分からないんだって」
今日の間に何度聞いたか分からない翔真の質問を適当に受け流す。
──尤も、本当によく分からないんだけど。
時刻は午後5時を過ぎた。俺と翔真はとある喫茶店で南さんが来るのを今か今かと待ち侘びていた。
窓際のテーブル席。対面には誰も座ってない空席がある。言うまでもないが、南さん達の席である。
「……あ、そういえば」
「おっ、なんだよ?」
「南さん、連れてくるのは全員じゃなくて幼馴染だけだよ」
「ことりちゃんの幼馴染……ああ、穂乃果ちゃんと海未ちゃんか!」
“穂乃果ちゃん”と“海未ちゃん” 。それが南さんの幼馴染の名前。中でも穂乃果ちゃんはμ'sを作った張本人だという。
「μ's全員に会えないのは残念だけど、それでも穂乃果ちゃんと海未ちゃん、それにまたことりちゃんに会えるんだ! これほど幸せなことはないぜ!」
「……そりゃあ良かったな」
相変わらず能天気にわくわくしている翔真。全く、こちとら胃が痛いってのに。
胃が痛い理由──それはμ'sのプライベートに関してのことだ。μ'sのような人気スクールアイドルが、易々とプライベートで男子と会って良いのだろうか? ファンの皆さんに反感を買ってμ'sの人気が落ちるかもしれないというのに。今回は南さんの幼馴染だけだからまだマシだけど。
どうしてこうなった。そもそもの始まりは南さんのあの一言だった。断ることも出来たんだけど、結局今回も南さんに負けてしまった。
──本当に、女の子ってずるいと思う。自分の弱みを見せて、それで男子の心を鷲掴みにして。
南さんの場合、それを無意識でやっているだろうから尚更質が悪い。
金輪際、女の子には勝てないだろうなと半ば諦めながら、今朝の出来事を思い返すことにした。
◆
「──はい?」
南さんの放った言葉の意味がよく分からず、俺は思わずその場で立ち止まってしまった。
「えっと、その……。私を助けてくれた神崎くんをみんなに紹介したいの。あ、もちろん前原くんもだよ?」
ああ、なるほど。そういうことか。なるほどなるほど……。
──って、納得出来るかっ!
いや、寧ろこれで納得出来る方が凄いと思う。ひとまず落ち着いて。俺も質問していこう。
「つまり……μ'sの他のメンバーと会うことになるんだよね?」
「そういうことになるかなぁ」
首を傾げ、考える素振りを見せる南さん。
可愛い……一つ一つの仕草が可愛いけど、今はそんなことを気にする余裕などない。段々と焦りが見え始めてきたのを嫌でも自覚する。
「ちょ、ちょっと待って! 確かに俺は放課後空いてるけど、μ'sの皆さんはどうかな? ほ、ほら、練習だってあるだろうし!」
「あ、それなら大丈夫だよ。今日の練習は早めに終わるみたいだし、終わったらすぐ帰るだけだと思うから」
何というタイミングの良さ……俺にとっては悪い事この上ないけど。とはいえ、俺もここで食い下がる訳にはいかない。
「そ、そっかぁ。でもさ、μ'sって確か9人だったでしょ? 俺達も含めれば11人。そんな大人数で集まれる場所ってあるかな? 店とかで待ち合わせするなら無理があるよね?」
「うーん……それなら公園とか?」
「いやぁ、公園はちょっと──」
そんな感じでやり取りをしていると、急に南さんが大人しくなった。もしかして、諦めてくれたのかも。
だが──俺の予想は外れることとなる。
「もしかして……迷惑、かな?」
「……えっ?」
「迷惑なら無理しなくていいよ? これは私の我儘だもん。神崎くんに無理をさせる訳にはいかないから」
「あっ、いや、別に迷惑って訳じゃ──」
先程とは打って変わって悲しそうに話す南さん。心なしか、声も震えているような気がする。
半端ではない罪悪感が俺を襲う。それと同時に、こんな時でも南さんを可愛いと思ってしまう俺がいる。不謹慎極まりないことは分かっているけど。
「ごめんね神崎くん。急にこんなこと言われても迷惑なだけだよね。今のことは忘れて欲しいな」
「あ──ちょ、ちょっと待って!」
心底悲しそうにしている南さんはこれ以上見たくない。出来ることなら、南さんには笑っていて欲しい。
そんな想いから、俺はある提案をすることにした。
「確かに9人は厳しいけど、少人数なら全然大丈夫だよ。ほら、南さんって2人の幼馴染がいたとか言ってたでしょ? まずはその子達だけに紹介すればいいんじゃないかな?」
「あっ──それ、いいね!」
これが今の俺に出来る最大の妥協案だった。俺も困ることはなく、南さんも困ることはない。これなら完璧だろう。
とはいえ、まだ少し困惑しているんだけど……
「決まりでいいかな?」
「うん! ありがとう神崎くん! 無理を聞いてもらっちゃってごめんね?」
「大丈夫。南さんには笑顔でいて欲しいから」
「……えっ?」
──やらかした。自分の思いを伝えようとしたのに勢い余ってつい口を滑らせてしまった。しかもかなりクサイことだ。
困惑する南さん。だけど顔が赤くなっているような……そんな気がした。
とにかく、一刻も早く弁解しないと。
「あっ、いや別に深い意味はなくてですね! と、友達の悲しんでる顔は見たくないからさ! 南さんだってそうでしょ?」
「う、うん、そうだね。もう、吃驚させないでよぉ……」
「あはは、ごめんごめん!」
「……うぅ」
「…………」
なんだこの空気。俺が作り出した訳だけど、とてつもなく気まずい。
やっぱり南さんの顔は赤くなっているし、俺の顔も赤くなっていることだろう。
傍から見たら初々しいカップルとか思われてるかもしれない。
もしそうだったら──嬉しいかも。
……こんなことを考えるってことは、やっぱり俺、南さんのことが好きなのかな。
「あ……そ、そうだ。待ち合わせの場所はどうする?」
「あっ、そうだね。えーと……」
南さんが上手く話題を転換してくれたことにより、気まずい空気から抜け出すことが出来た。
そして、肝心の待ち合わせの場所。これは南さんの提案でとある喫茶店に決まった。偶然にも、そこは俺と翔真が頻繁に訪れる喫茶店だった。
「じゃあ決まりだね。時間は大体5時くらいで大丈夫かな?」
「南さんがそれで良ければ。5時なら俺も余裕を持って行けるよ」
「うん、分かった。それじゃあまた放課後、でいいのかな?」
「そうだけど……。南さんはもう練習に行くの?」
「うん。予想以上に時間掛かっちゃったみたい。急がないと」
時計を見ると、家を出て既に10分が経過しようとしていた。普通だったらいつも翔真と合流している頃だ。まあアイツには訳を話せば分かってくれるだろう。
そして、遅れたのは間違いなく俺が原因。立ち止まって会話するわ、南さんの提案を渋るわ、遅れる要素がこれでもかとある。
もう少し南さんと話していたかったけど、我儘は言えない。
「あっ、そっか……なんかごめん。遅れたのって俺が原因だから」
「ううん、いいの。それよりこっちこそごめんね?」
「それに関しては大丈夫だって。放課後、待ってるからさ」
「……! ほ、本当にありがとう。それじゃあ私、そろそろ……」
「うん。練習、頑張って」
「ありがとう!」
南さんはそう言うと俺に背を向け、神田明神への道を走り始めた。昨日とは違い、結構本気で走っている様子の南さん。それだけ遅れてるんだなと胸の中が申し訳なさで一杯になる。本人は許してくれたけど、やっぱり気にしてしまう。
それにしても南さん──後ろ姿だけでも美少女だって分かる。綺麗なベージュの髪と、服を着ててもはっきりとしている大人顔負けのスタイル。
実際かなり──というか超絶美少女な訳だけど、それが後ろ姿だけでも分かるって本当に凄いことだと思う。
「……っと、俺も遅れてるんだった」
少々南さんのことについて考えすぎていたようだ。気が付けば、さっきまで確認出来ていた筈の南さんの姿がない。既に角を曲がったらしい。
「俺も急がきゃな」
翔真にも申し訳ないと思いつつ、このことを話せば許してもらえるだろうなんて考えながら、いつもの待ち合わせ場所へ向かった。
◆
こんなことがあった訳だけど、何というか俺も押しに弱いな。
あれからよく考えてみたけど、やっぱり何の関係もない俺らが人気スクールアイドルと会うのは御法度じゃないか?
うーん……押しに負けず断れば良かった。でも南さんの悲しむ顔も見たくないから複雑。
あ、ちなみに翔真についてだけど、俺の思惑通りこの件を話したらチャラにしてもらえた。うん、チョロい。
「ことりちゃん、遅いな。本当に5時なんだろうな?」
「その筈だけど……。多分練習が長引いたりしてるんじゃないか?」
「あー、それなら仕方ないな」
時刻は午後5時15分に差し掛かろうとしていた。確かに待ち合わせの時間は過ぎているけど、俺達は全然気にしない。南さん達にも事情があるんだろうから仕方が無い。
──と、その時だった。カランカランと喫茶店の入り口のドアが開かれ、そこに3人組の女子が入ってきたのは。
3人の内の2人はグッズや画面内でしか見た事がない子。残る1人は昨日俺が助けた子。この提案を持ち掛けた張本人──即ち、南さんだった。
「おっ、来た来た! こっちこっち!」
翔真が席を立ち、南さん達に向かって手招きをする。それに気付いた南さんは残る2人を連れてこちらへ向かってくる。
「こんにちは、前原くん。神崎くんは今朝ぶりだね」
「ん、そうだね」
「こんにちは! いやー、またことりちゃんと会えるなんてな! それに今日は穂乃果ちゃんと海未ちゃんとも……」
「アホ、落ち着け。自己紹介もしてないんだぞ」
早速暴走気味になっている翔真を手刀で制す。全く……俺がいなかったらどうなっていることやら。暴走して3人をドン引きさせる未来が見える。
「とりあえず座ったらどう? 立って話すのも難だし……」
「あっ、そうだね。それじゃあ、失礼するね」
「お構いなくー!」
今までずっと空席だった所に3人が着席する。大きめの席を選んだ為、3人が座っても余裕だった。詰めればもう2人くらいは座れるだろう。
かくして南さんとその幼馴染と対面した俺達。
何だか、合コンの会場みたいだ。経験したことないからこれは予想なんだけど。
「ええと、ことりを助けたというのはこの方達ですか?」
「そうだよ海未ちゃん。2人には本当に感謝してるの」
最初に口を開いた海未ちゃんと呼ばれた女の子に目を向ける。腰まで届くほどの青みがかった美しい髪。とても同い年とは思えないほどの凛とした佇まい。
品行方正で容姿端麗。大和撫子というのはまさにこの子のことをいうのだろう。
本名は園田海未。南さんの幼馴染の1人でもあり、μ'sのメンバーでもある。
見るからに真面目そうだし、ここは丁寧に挨拶することにしよう。
「初めまして。神崎蒼矢といいます。よろしくお願いします」
「は、初めまして……ご丁寧にどうもありがとうございます。園田海未です。こちらこそよろしくお願いします」
「……これ、本当に高校生同士の挨拶かよ」
翔真が何か言っているけど気にしない。そしてこれっぽっちも堅苦しいなんて思ってない。
……思ってない。
「……まあいいや。俺の名前は前原翔真っていうんだ。よろしくな海未ちゃん!」
「う、海未ちゃ……? あ、よ、よろしくお願いします……」
自己紹介もしたことだし、これからは南さんと同様、苗字で呼ぶことにする。
……しかし、今回も我が親友は気にも留めていない様子。さっき園田さん困惑してたぞ。
そしてどうやら、園田さんは男子が苦手なようだ。無理をさせて申し訳ないな。
「私、高坂穂乃果! よろしくね、蒼矢くんと翔真くん!」
園田さんと入れ替わるように自己紹介をしてきた少女。肩より少し長いくらいのサイドテールにした橙色の髪。性格は明るく、いるだけで周囲を明るくさせるまるで太陽みたいな子。彼女には天真爛漫という言葉がよく似合う。
本人も言ったけど名前は高坂穂乃果。南さんの幼馴染でもあり、彼女こそがμ'sのリーダーである。
「よろしく穂乃果ちゃん!」
「よ、よろしく……高坂さん」
どこぞの親友と同じように初対面でいきなり生呼びしてくる高坂さん。
基本、初対面は苗字で呼ぶということに先入観を抱いていた為に少々面食らってしまった。翔真の他にも例外がいるんだな。
「名前で呼んでいいよ!」
「えっ、いや。でも……」
初対面でそれは流石にハードルが高い。ファンとして遠くから接するなら別にいいんだけど、こうして友達として付き合うとなると話は別だ。
実際、女友達はみんな苗字で呼んでいるし、名前呼びしている女の子もいない。あまり親しくないというのもあるのだが、やはり名前呼びはある程度親しくなってからだと思う。
「私、翔真くんもそうだけど、蒼矢くんとも仲良くなりたいんだ! こうして友達になったんだもん!」
なるほど……そういう考えもあるのか。仲良くなりたいという意の表れ。なるほどいかにも高坂さんらしい。
やっぱり名前呼びをするのは気が進まないけど、高坂さんの好意も無駄には出来ない。
「そういうことなら……。それじゃあ、ほ、穂乃果さんでいいかな?」
「うーん、別に呼び捨てでもいいんだけど……。まあ、いいか!」
ごめんなさい呼び捨ては無理です。俺の精神が持ちません。
それにしても、いざ本人の前で実際に呼ぶとなるとかなり緊張する。
そしてちゃん付けではなく、さん付けな理由。ファンならともかく友達として接するならちゃん付けはやめた方がいいと思う。そういうの気にする人っているだろうから。事実、園田さんだって困惑してた。
小学校以来の名前呼び。慣れないものだけど、段々と慣れていくしかない。
──ふと、視線を感じたので、南さんを見ると何だか不満そうな顔をしていた。
もしかして……俺と穂乃果さんが話していたことに対して嫉妬? いやいや、そんな訳ないか。自惚れるのも大概にしないと。
だけど、そうじゃないなら一体どうして? 南さんが提案したはずなのに……
南さんと目が合う。だけど慌てるようにすぐに俺から目を逸らす彼女。俺も気恥ずかしくて視線をずらしてしまった。
「ことりちゃん? どうかしたの?」
「えっ、あっ、な、何でもないよ!」
「本当に大丈夫ですか? 慌てているようですけど」
「う、うん、大丈夫! 気にしなくていいよ!」
と言いつつ、やはり酷く慌てている様子の南さん。どうしてそこまで慌てているのか気になるけど、質問するのは流石に野暮か。これは心の内にしまっておこうと思う。
自己紹介を終えて、一段落。次は何を話そうかと考えていた時、意外にも園田さんが口を開く。
「自己紹介を終えたところで。遅れましたがお礼を言います。今回はことりを助けて下さって本当にありがとうございました」
「穂乃果からもお礼を言うよ。2人ともありがとう!」
「お、おう……」
深々と頭を下げる園田さんと、微笑む穂乃果さん。
まさか2人がお礼を言ってくるなんて思ってもみなかった。翔真も驚いているようだった。
まるで自分のことのように思い、心配する。これって並大抵の関係じゃ出来ないだろうし、心配したとしても自分のことのようには扱わないはず。
このことから、この3人の間には切っても切れない絆があるのだと確信した。
「私からももう一度。神崎くん、前原くん、本当にありがとうございました」
「そのことならもういいよ。俺達も好意を持って助けたんだから」
「そうそう。ことりちゃんは何も気にしなくて大丈夫!」
「2人とも……。ふふ、ありがとう」
慈愛に満ちたように優しく微笑む南さん。
──まただ。また胸がドクンと跳ねた。園田さんを見ても、穂乃果さんの微笑みを見ても起こらなかった胸の高鳴り。
それが南さん限定で起こるということ。それが意味するものはあまり多くはない。
そっか、やっぱり俺は──
南さんのことが好きなんだ。
南さんに恋をしてしまったんだ。
南さんの虜になってしまったんだ。
言うまでもなく、これが初めての恋──所謂初恋というものだ。
ああ……なるほど。これが、恋なんだ。
「──神崎くん?」
「……あっ、な、何かな?」
「ぼーっとしているみたいだったからどこか悪いのかなって。大丈夫?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしていて。大丈夫だよ」
「そっか。それならいいの」
これって、俺のことを心配してくれるんだよな。心配掛けて申し訳ない気持ちになるけど、同時にどうしようもなく嬉しい。好きな人に気にかけてもらえるってこんなに幸せなことなんだ。
「よーし! それじゃあもっと仲良くなる為に色んなことを話そう!」
「おっ、いいねー!」
「仲良く……ですか。ふふ、穂乃果らしいですね。殿方は苦手ですが、友達が増えるのは良いことですから」
「私も賛成。海未ちゃん、2人とも優しいから大丈夫だよ」
穂乃果さんを筆頭に会話が始まる。好きな物とか趣味とかを質問したり、お互いの高校生活を発表し合ったり。意外にも園田さんが積極的に質問してきたことが印象的だった。慣れてきたということかな。
対して、南さんへの恋心を自覚した俺は、会話に集中出来ずにいた。別に会話に入れないという訳ではなくて、本当に会話に集中することが出来ないのだ。
翔真や穂乃果さんが話してても、南さんのことばかり気にかけてしまうし、彼女の一つ一つの仕草が俺の心を揺さぶってくる。
時々、南さんが俺に話を振ってくるけど、緊張して上手く話すことが出来なくて。それでも頑張って話そうとしてみるけどやっぱり緊張しまって。
ああ──恋ってなんて甘く切ないのだろう。
結局、6時頃まで話していた俺達だけど、最後まで満足に会話することは出来なかった。
さらには今日、南さんは穂乃果さんと園田さんと帰るということで、昨日みたいに帰り道を共にすることはなく。結果、翔真と2人で帰路に就くことになった。
ああ──南さんと帰りたかったなぁ。でも、無理を言うことは出来ないし仕方ないか。
また一緒に帰れる機会があればいいけど……
ちなみに、
「ああーっ! 穂乃果ちゃんと海未ちゃんにサインもらうの忘れてたぁ!」
という我が親友の悲痛な叫び声が住宅街に響いたのはまた別の話。
後書き
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