英雄伝説~西風の絶剣~
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第33話 ヴァレリア湖での休息
side:リィン
リシャール大佐と別れた後、俺たちは軍が撤収した南街区で聞き込みを再開していた。その中でも有力な情報をくれたのがさっきは兵士がいて話せなかったセシルというお婆さんだった。
「あれは昨日の夜中のことさ。扉の前で何か音がしてね、あたしゃてっきり亭主が夜中に帰ってきたんだと思って扉を開けて大声で怒鳴りつけてやったんだ。だがそこにいたのは向かいの工房から出てきた覆面の男たちだったのさ!あの時はばっかりは心臓が止まるかと思ったよ」
「犯人と鉢合わせたんですか!?よく無事でいられましたね……」
俺はセシルさんの話を聞いてまさか犯人に遭遇してしまっていたことに驚いた。
もしかしたら目撃者を口封じに殺していたかもしれなかったからだ、セシルさんが無事で本当に良かった。
「相手も驚いたのかあたしに構わずに北の方に逃げて行ったよ、本当に運がよかったんだねぇ」
「なるほど、そいつらが空賊だった訳ね……でもご主人が遅かったのは酒場にでも言っていたんですか?」
シェラザードさんがそう質問するとセシルさんはプルプルと身体を震わせていた。
「あのバカ亭主は釣りが好きでね、昨日もカサギを釣るとか言って南の湖畔に行っちまったんだよ。しかも未だに帰ってきやしない」
「えっ?じゃあその人は事件が起きたことも知らないの?」
「だろうねぇ……まったくあの宿六め、帰ったらタダじゃおかないよ!」
「お~い、今帰ったぞー」
しかし噂をすれば影ともいうが絶妙なタイミングで誰かが帰ってきた、おそらく話にあったこの家のご主人だろう。
「はー、やれやれ。朝から粘っていたのにボウズで終わっちまったよ……ん?お客さんかい?」
「このスットコドッコイ!!」
セシルさんはお年寄りが出せるとは思えない音量でご主人に怒鳴った。
「な、なんだってんだ。いきなり大声出しやがって……」
「実は……」
状況が理解できてないご主人にヨシュアさんが昨日起きた強盗事件について話した。
「は~、空賊による強盗ねぇ、そりゃ大変なことがあったんだなぁ。しっかしこいつの怒鳴り声で逃げてったってのは傑作だぜ」
「なんだってぇ!?」
「まあまあ、落ち着いてお婆ちゃん……」
ご主人の能天気な反応にセシルさんがまた身体をプルプルと震えさせるがエステルさんがセシルさんを宥める。
「しかし闇夜に紛れて現れてどこかに消える空賊どもか……もしかしたらあいつの話と何か関係があるのか?」
「あいつ?どなたの事ですか?」
「ああ、俺の釣り仲間なんだ。南の湖畔にある宿屋に滞在してるんだけどそいつが宿屋の近くで妙な奴らを見かけたって言っていたんだ」
「妙な連中……?ねえお爺さん、もっと詳しく教えてくれない?」
「なんでも夜釣りをしたときに偶然見かけたらしいんだが真夜中に宿屋の出口から出て行った連中がいたらしいんだけど宿屋の亭主に聞くとそんな奴らは泊まってなかったらしいんだ。だからそいつお化けでも見たんじゃないかってビクビクしながらいうもんだから皆で笑ったんだがもしかしたら何か関係でもあるのかな?」
ご主人の話を聞いた俺たちは、少しでも空賊の情報が得られる可能性があると思い二人に礼を言ってからボースの南にあるヴァレリア湖畔に向かった。
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情報にあったヴァレリア湖に到着した俺たちは、町で聞いた不審な人物を目撃したというロイドさんに話を伺った。
話によると一昨日の晩に彼が怪しい男女の二人組を見たらしくその女性が学生服を着ていたらしい。前にエステルさん達が戦ったカプア一家のジョゼットという奴が学生服を着ていたことから彼女ではないかと思った俺たちは今夜また現れるらしいという情報を信じて宿屋に泊まる事になった。
「しかし夜中までは時間が余ってしまったし……どうしようかな?」
俺は宿屋の部屋で暫く休んでいたんだが流石に暇になってきた。
「……釣りでもしようかな」
俺は宿屋の人に貸し竿を借りて宿屋の裏に周る、するとそこにはエステルさんが釣りをしていた。
「あれ、リート君じゃない。もしかしてリート君も釣りをしに来たの?」
「ええ、俺も趣味で釣りをしていますから」
「そうなんだ。じゃああたしの横に来たらいいわよ、ここなら結構釣れるの」
エステルさんの足元にはカサギンやサモーナが入ったバケツが置かれていた。確かにここは良く釣れるみたいだ。
「じゃあ失礼しますね」
「ええ、どうぞ」
俺はエステルさんの隣で釣りを始めた。
「でもリート君も釣りが好きだったなんて嬉しいわね。ヨシュアは釣りとかしないからこうやって誰かと釣りをするのは父さん以来ね」
「そういえばヨシュアさんは近くにいないんですか?」
「ヨシュアならあそこで本を読んでるわ」
エステルさんが視線を向けた先にはヨシュアさんがいた。宿屋の裏にあるテラスに置いてあるパラソルの下で本を読んでいるみたいだ。
「ヨシュアさんはこういう事はしないんですか?」
「うん、ヨシュアの趣味は鍛錬と本を読むくらいなのよね。年頃の男の子なんだしもっとアクティブにならないとって思ってるんだけど……お姉さんとして心配だわ」
「あ、ヨシュアさんが弟さんだったんですか?てっきり逆だと思ってました」
「ちょっとリート君!あたしがお姉さんよ?まあ確かにヨシュアと比べるとまだまだだけど……」
「エステルさんなら直に追いつけますよ」
「ありがとう、リート君」
エステルさんはカサギンを吊り上げながら俺にお礼を言った。
「リート君って父さんの知り合いらしいけどどういう経緯で知り合ったの?」
「遊撃士の仕事関係で俺の父と知り合ってそこから俺も知り合いになったって感じですかね。俺は一回カシウスさんから手ほどきも受けています」
「へぇ~、リート君の父さんか。どんな人なの?」
「そうですね、酒癖が酷いですしだらしない所もありますがとても強くて優しくてこの世界で一番頼りになる男性ですね」
「そうなんだ、じゃあリート君の他人を放っておけない優しさはリート君の父さんから貰ったものなのね」
「あはは、そうだったら良かったんですけどね」
「うん?」
「俺は父さんとは血がつながっていません、捨て子だったので……」
「あ……」
俺がそう言うとエステルさんは少し暗い表情を見せた。
「ご、ごめん!あたしったら無神経な事を……」
「気にしないでください、たとえ血がつながってなくても父さんは俺の誇りですから」
「……ならあたしの家族の事を聞いてくれないかしら?それでお相子っていうのも変だけど」
俺は気にしないがエステルさんは悪いことをしてしまったという表情を浮かべていた、これでは彼女の気が晴れないと思い俺は頷いた。エステルさんは俺の了承を受け取って話し出した。
「あたしね、小さいころにお母さんを亡くしてるの。10年前の戦争で……」
「10年前……百日戦役の事ですね」
「うん、あたし父さんが戦っている相手が見たくてロレントの時計塔に上ったんだけどそこを降伏を進めた帝国軍が威嚇射撃で爆撃したの。あたしが助かったのは母さんが身を挺して守ってくれたからなの。そんな経験があったからあたしは遊撃士を目指したいって思ったの」
「……そんな過去があったんですね。俺のほうこそすいません、言いたくもないことを言わせてしまって……」
「いいの、もう吹っ切れてるから……それに今は父さんもヨシュアもいるからあたしは大丈夫、寂しくないわ」
「エステルさん……」
「それにいつまでも引きずっていたら母さんが安心できないしね」
「エステルさんは心が強いんですね、尊敬します」
「あはは、やだなー。そんなおだてても何もでないわよ!」
エステルさんは俺の背中をバンバンと叩いてきた、おそらく照れ隠しなんだろうがちょっと痛い。
「よーし、なんか気合も入ってきたしじゃんじゃん釣るわよー!」
エステルさんはそう言うと本当にどんどん魚を釣り上げていく、どうやら釣りの才能はエステルさんの方が上みたいだ。だって俺はカサギンとサモーナの二匹と破れた長靴しか釣れなかったからね。
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暫くエステルさんと釣りをしていたが疲れてきたので俺は釣りを中断して竿を返しにいった。因みにエステルさんはまだ釣りを続けるらしい。
「やあリート君、釣りはもういいのかい?」
テラスに向かうとそこで読書をしていたヨシュアさんに声をかけられた。
「あ、ヨシュアさん。はい、流石に疲れてきましたのでエステルさんには悪いですが休ませてもらう事にしました」
「そうか、それにしてもエステルってば楽しそうだったね。あんなにはしゃぐエステルは久しぶりに見たよ」
「そうなんですか?」
「うん、やっぱり父さんの事もあるからね。こうやってリフレッシュできる時に少しでも気を休めてくれるといいんだけど……」
ヨシュアさんは心配そうな眼差しでエステルさんを見ていた。そうだよな、エステルさんもカシウスさんのことが心配なはずだ。ああやって気丈に振舞っていても不安で仕方ないはずなんだ、それをヨシュアさんは気が付いていた。
「ヨシュアさんはエステルさんの気持ちがよくわかるんですね、流石は姉弟ですね」
「……姉弟か」
「ヨシュアさん?」
ヨシュアさんはどこか遠くを見つめるように空を見上げるとポツリと話し出した。
「リート君、僕はね、養子なんだ」
「養子……ですか?」
「うん、僕は11歳の時父さんに連れられてブライト家に来たんだ。それまでの自分が何をしていたのか記憶がなかった僕をエステルと父さんは温かく迎え入れてくれた……特にエステルは怯えていた僕をいつも引っ張ってくれたんだ、今の僕があるのはエステルのお陰だと言っても過言じゃないくらいにね」
「……大切なんですね、エステルさんの事が」
「そうだね、僕にとって何よりも大切な存在なんだ……でも時々思ってしまうんだ。過去の自分は何をしていたのかって……」
「過去の自分……」
父さんが俺を拾ったのは大体2~3歳位の時らしいが拾われる前の記憶はない。だから時々俺も考えてしまう、自分の過去の事を……
「父さんに聞いても話をそらされてしまうしもしかしたら自分は人には言えないような悪人だったんじゃないかなって思う事があるんだ。エステルは否定してくれたけどもしそうだったらと思うと不安でしかたないんだ……もしそうだったら僕がエステルの家族を名乗ってもいいのかって……」
ヨシュアさんは乾いた笑みを浮かべながらそう話した。
俺は猟兵だから戦場で人の命を奪ったり汚れ仕事をこなしてきたある種の悪の存在……今更自分の過去に何があっても正直動じないだろう。
だがヨシュアさんは遊撃士というある種の正義の味方をしている善の存在だから純粋に遊撃士という職業に憧れを抱いているエステルさんと比べてしまい、もしかしたら自分の過去が原因で彼女を傷つけてしまうんじゃないかって不安なんだろう。
「ヨシュアさん、俺はヨシュアさんに上手い言葉をかけることが出来ません。だって俺はヨシュアさんじゃないですから少しの共感はできても100%理解はできないでしょう。だからヨシュアさん、あなたはエステルさんを信じてください」
「エステルを……?」
「はい。エステルさんはヨシュアさんの事を大切な家族だって思っています、だから例えヨシュアさんの過去が人には言えないものだったとしてもエステルさんは絶対に受け入れてくれます」
「……そうだね、こんな風にウジウジしていたら僕を信じてくれるエステルに失礼だよね」
「まあ好きな女の子に嫌われたくないっていうヨシュアさんの気持ちも理解できなくはないですけどね」
「うえっ!?」
ヨシュアさんは珍しく狼狽えて座っていた椅子から転げ落ちた。
「リ、リート君?一体何を……」
「違うんですか?だって自分の過去が悪いものじゃないかって思うのはエステルさんに悪い印象を持たれたらどうしようって事だからですよね?それに普段からエステルさんには他の人には向けない優しい眼差しで見てますし気が付く人は皆知ってると思いますよ?まあエステルさんだけは知らないでしょうけど……」
「そ、そうだったんだ……あの、このことはエステルには……」
「勿論言いませんよ、男なら自分から告白したいですもんね」
「はは……」
ヨシュアさんは苦笑いをすると椅子に座り直した。
「不思議だね、こんなことを話したのは君が初めてだよ。年が近い同性がいなかったって言うのもあるけどリート君には不思議と近親感が湧くんだ」
「俺もなんでかヨシュアさんには初めて会った気がしないんですよね……」
「そうだね、こんなに楽しい気持ちは初めてだよ。こういう会話も楽しいものなんだね」
「じゃあもっと教えてくださいよ、エステルさんのどんなところが好きとかあるでしょう?」
「そ、それは勘弁して……」
俺は意地悪な笑みを浮かべてヨシュアさんと他愛無い話を続けた。
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ーーー
ヨシュアさんとの話を終えた後、俺は貸し竿を返してから部屋に戻ろうとしたがシェラザードさんに呼び止められた。
「あら、リート君。もしかして今暇かしら?暇だったら私の話し相手になってほしいんだけど駄目?」
「話くらいなら別に構いませんが……それにしても凄い量の酒瓶ですね」
シェラザードさんが座っていた席には大量の酒瓶が置いてあった。しかし凄い量だな、団長もここまで飲まないぞ……
「そういえばオリビエさんは一緒じゃないんですか?なんか一緒に飲むとか言ってましたが……」
「オリビエならそこよ」
シェラザードさんが指さした方にはオリビエさんが床に倒れていた……ってオリビエさん!?
「オリビエさん、どうしたんですか?こんな顔を真っ赤にして」
「リ、リート君……逃げろ。シェラ君はヤバい……飲んでも飲んでも全くつぶれないんだ……」
そういえばロレントにいた時一回アイナさんとご飯を食べに行ったがアイナさんも凄い飲んでいたな……しかも全く変化しないのが驚きだった。
「ほら~、そんな所で突っ立ってないでこっちにいらっしゃいよ~」
「うわっ!?」
シェラザードさんに腕を引っ張られて体を密着させられた。
「お姉さんと一緒に飲みましょう?相手がいないとつまんないのよね~」
「い、いや俺は未成年ですし……」
「ホント真面目ね~。今くらいはいいじゃない?ほらほら、お姉さんがサービスしてあげるわよ♡」
何を思ったのかシェラザードさんは俺の頭を捕まえて自分の胸元に引き寄せた。こ、この人酔ってるな!?
「シェ、シェラザードさん!?やめてください!恥ずかしいですよ!!」
「あら、いい反応するじゃない♪」
俺の反応が面白かったのかシェラザードさんは更に俺を抱き寄せてきた。正直柔らかくて嬉しい状況なんだけど、何故か涙目のフィーと怖い笑顔で大剣を振るうラウラ、青筋を浮かべた笑みをするレンが頭に浮かんだので抵抗するが逃げられない。
「ヨシュアにしても直に逃げちゃうしイジリがいが無いのよね~。だからこういう初心な反応は新鮮だわ♪」
「ちょ、息できないです!?苦しいです!?」
「ほらほらー、お姉さんの酒が飲めないのかー♪」
「んぐっ!?」
更にはお酒の入ったグラスを口に当てられてしまい呼吸しようとして口をあけていたのでお酒を飲んでしまった。
「ふ、ふにゃあ……」
元々お酒には弱い俺はあっという間に夢の世界に旅立ってしまった。
後書き
リィンは普段はお酒を飲みません、未成年という事もありますがお酒に弱いことを知ってるからです。何故かと言いますとゼノが一回イタズラで飲ませた時に酔っ払ってフィーにメチャクチャ甘えてしまったからです。その次の日が顔を赤面させて一日部屋に閉じこもってしまいました。因みにフィーはこれ以降西風の旅団で宴会などがあるとこっそりとリィンにお酒を飲ませようとしているくらい甘えん坊なリィンが気に入ったようです。
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