艦隊これくしょん~男艦娘 木曾~
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第五十四話
前書き
どうも、連日投稿です。ギアを上げていこう。
…………えっと、また夢か?
俺が立っていた場所は、真っ黒な雲に覆われた海の上だった。不思議なことに、波風はひとつもなく、雲のわりには雨も降りそうにない。
俺はそんな中、海面に立っていたのだが、艤装は付けていなかった。
「…………なんだこれ。まさかと思うけど、あのとき沈んじまって、死後の世界に来ちまったか?」
『いやぁ、違うぜ?』
そんな声が、俺の後ろから聴こえてきた。
聞いた瞬間、ドキリとした。
俺は思わず振り返り、俺の後ろにいた奴を確認した。
そこには、肌の青白い『俺』が胡座をかいていた。
「…………おいおい。何の冗談だよそれは?」
俺はおどけてそう言ってみた。そうじゃないと、受け入れようとは思えない光景だった。
『さぁな。俺にも分かんねぇよ。なんで人の姿のテメェが居るのか考えてる所だ。』
お前に分からないものが俺に分かるわけ無いだろ。
そう言おうかと思ったが、何を言っても無駄な気がして、諦めた。
『しっかし、絶望的な状況だな。レ級に大破されて回りの奴等もボロクソ。相手のレ級は小破すらできない始末。唯一の救いは護衛艦隊が離脱できてるってところか?』
…………『俺』は、嘲笑していた。
「うるせぇ。お前だってどうしようもねぇだろこんなの。」
そう。間違いなく俺達はレ級に沈められる。まさかあそこまで圧倒的な存在だとは思わなかった。どう考えてもここから逆転する方法はない。
『くっくっく。お前、切り札ならとっくに持ってるんだぜ?』
『俺』は、遠い目をしていた俺を笑っていた。
「…………切り札ぁ?」
俺は再び『俺』を睨む。『俺』はニヤッと笑った。
『だって、そうじゃねぇか。
春雨、プリンツと普通じゃない特性を持ってるのに、お前ができねぇハズがねぇだろ?』
それは、俺が人外であると言う宣言だった。
いや、知ってたけどさ。改めて言われると少し来るものがある。心のどこかでそれでも人間で居たいと思ってたのだろうか。
「…………まぁ、何ができるかはその状況にならないと分からないっぽいけどな。」
『フフフッ、気分はどうだ?』
『俺』は、あくまで嫌みっぽく笑っていた。
…………気分?
「もしかしたらあの状況を打開できるかも知れない、春雨と同じ立場になった…………そう思うと、最高だね。」
これで、完全に春雨の味方に成ることができる。
『…………全く、それでこそ「俺」だな。』
『俺』は立ち上がってこちらを向いた。さっきまでの笑顔とは違う、呆れたような笑顔だった。
『お前はこれから、アイツらを助けるんだな?精々、頑張るかことだな。』
「あぁ。そうさせて貰うよ。」
俺は『俺』に笑いかける。そのまま振り返ると、はるか彼方の海面に倒れている俺がいた。
俺はそのまま歩き始めた。アイツらを助ける為に。
『…………親父の言葉を借りるぜ?』
『俺』は背を向けた俺に、そう語りかけた。
『お前の人生において、お前の身に起こる出来事で、お前に必要のないことは、何一つない。』
それは、俺の親父が昔、俺に話した言葉だ。
『乗り越えて見せろや、七宮 千尋ぉ!!』
―海上―
意識が、ぼんやりする。
確か、俺は…………レ級に吹っ飛ばされて…………。
「サァテ、生キ残ラレテモ厄介ダシ、死ンデモラオウカナ。」
そのレ級の声が聞こえた。どうやら、全員が大破されたらしい。
…………このままじゃ、俺達全員海の藻屑か。
…………んなこと、させっかよ。
「待てやこら。」
気が付いたら、俺は立ち上がっていた。
――――――――――――
レ級は、驚きと笑いが混ざったような顔をしていた。
そりゃそうだ。恐らく全員が全員、驚いているだろう。
レ級はそのまま千尋に近付くと、その切り落とされた左腕を受け取った。
「……頭オカシイダロ?普通女ノ子ニ、切リ落トシタ腕ヲ渡スカイ?」
あくまで笑顔を崩さないレ級。もう戦う気は無いようだ。そんなレ級を前に、千尋は軍刀を落としてしまう。恐らく、限界が近い筈だ。
「……はっ。テメェがそれで逃がすっつったんだろ?俺の腕一本でそれなら、安い買い物だ。」
それでも、千尋はニヤリと笑う。
…………なんでだよ。
なんで、笑えんだよ。
痛ぇだろ?泣きたいだろ?
……なんなんだよ。レ級にしろ、千尋にしろ。
今、這いつくばってるだけのオレですら泣きたいのに……なんで、笑えんだよ。
「ンー、オモシロネナキミ!名前ハナンテ言ウンダイ?」
レ級の言葉に、千尋は笑顔のまま答えた。
「……千尋。七宮 千尋。」
「フゥン。千尋、ネ。覚エテオクヨ。後、ヤッパリモウヒトツ貰ウネ?」
レ級はそう言うと、千尋の右腕をグイと引き寄せて、千尋の顔に自分の顔を近付けたかと思うと―自分の唇を千尋の唇に重ね合わせた。
まぁ、あれだ。接吻ってやつだ。英語で言ったらキス。
「「「!!?」」」
俺達全員が、更に驚愕の表情を浮かべた。今回ばかりはオレも驚いた。
千尋はされるがままといった感じで、抵抗もしなかった。
レ級は数秒の間、千尋とキスした後、ゆっくりと離れた。
「……ドウダイ?深海棲艦ノ唇ハ?」
「…………冷てぇよ。」
最早、あの二人のやり取りに理解が追い付かないオレ達は、ただその異様な光景を眺めているだけだった。そんな中でも、体は動かない。動けたら、とっくにあのレ級に拳を叩き込んでる所だ。
「フフフ、イイ経験シタヨ。ソレジャア、アタシハモウ帰ラセテモラウヨ。」
レ級はそう言うと、クルリと後ろを向くと、そのまま進もうとした。
「アー、ソウダ。」
不意に、レ級は首にしていた黒と白のネックウォーマー的なものを外すと、千尋に向かって薙げて寄越した。
「アゲル。ソレヲ付ケテタラ、アタシハキミノコトヲ識別デキルカラネ。」
ソレジャア、と、レ級は後ろを向くと、今度は一度も振り返らずに、真っ直ぐ進んでいった。
その背中は、人のそれと何ら変わらなかった。
「…………あー、終わっ…………た…………。報告…………しなくちゃ…………な…………。」
千尋はそう言うと、懐の通信機を取り出そうとした。
しかし、千尋の体は、限界を超えていたようだった。
千尋は、そのままバタリと倒れた。
その顔は、ものすごく安心しきった顔だった。
―医務室―
「…………おぉ、生きてる。」
俺は目を覚ました。何回か見たことある天上。どうやら、医務室らしい。
…………生きて、帰ってこれた。
俺はその事実を、素直に受け止めていた。
「…………こーゆーのは、木曾や春雨の時に起きるのが普通じゃないかい?」
声のした方を見ると、呆れきった顔をした時雨が居た。
「…………今何日だ?」
俺はそんな戯れ言を無視して、時雨に質問した。
「…………今は、九月二十日。あれから二日は経ってるよ。」
…………わぁお。そんなに経ってたか。
俺は自分の体を起こそうとして、気付いた。
自分の左腕が無いことに。
「…………あー、そーいや、そんなことしたっけな。」
あのとき、俺は自分の腕を切り落とした。何の躊躇も無かった。
あれで皆が助かるなら…………安い、と思った。
「…………提督が、君の義手を用意してくれるってさ。」
時雨は、下をうつ向きながら呟いた。
「ふぅん。あ、他の皆は無事か?」
途端―時雨が、俺の胸倉を掴んだ。
その目は、完全に怒りの色だった。
「…………皆無事だよ。君が一番重傷さ。」
そんな状況なのに時雨は、律儀に俺の質問に答えていた。
「分かったから離せ。なんで俺はお前に胸倉掴まれなきゃならねぇんだよ。」
時雨は、顔色を変えずに聞いてきた。
「春雨が……あれから、ずっと泣いてる。君の腕が無いことに泣いてる。自分のせいなんじゃ無いかと……泣いてる。」
時雨はそのまま続ける。
「木曾は……ずっと、考えてる。あそこでボクは気を失ってたけど、起こったことは全部聞いたさ。それで、君の行動について考えてる。」
ボクからも聞かせてくれと、時雨はこちらを見上げた。
「君は、なんでレ級に対して立ち向かえたんだい?」
「男だからだよ。」
即答だった。
「俺は男だからな……後ろに誰とはいえ、女の子が居るんだ。どんな腰ぬけでも、女の子が危なかったら立ち向かうさ。」
時雨は目を丸くしていた。そりゃあ、時雨達には理解できない話だろう。
……ただまぁ、本音は違う。
春雨を……守りたかった。
これに尽きてしまう。いつぞやの覚悟とは何だったのか。これじゃあ、提督の言う通りじゃないか。
その方が、戦えるじゃん。
「…………はぁ。もういいや。」
時雨は諦めたのか、俺の胸倉から手を離した。
「…………あ、そうそう。その内、春雨が来ると思うから、考えときなよ?」
時雨はとんでもない爆弾を一つ残して、さっさと部屋から出ていってしまった。
残された俺は、ふと、レ級とのキスを思い出してしまった。
「…………春雨に見られてねぇよな?」
結局、春雨がやって来るまでの数十分間、俺は胃の痛い思いをすることになった。
後書き
読んでくれてありがとうございます。恐らく、後一、二話で第三部完……ではなく、スタートラインに立てます。お楽しみに。
それでは、また次回。
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