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万華鏡の連鎖

作者:fw187
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銀河動乱
  波瀾の種子

 帝国軍本隊中央部、後部の態勢が崩れた。
 後背を第二艦隊、左側面を第六艦隊が襲う。
 ファーレンハイト少将に避けられ、遊兵となりかけた失態は償った。
 反転を命じた第四集団指揮官、エルラッハ少将の訃報が届く。
 フォーゲル中将指揮の第三集団、数千隻の邀撃も鈍い。
 旗艦が連絡を絶ち、艦長の判断で散開が進む。

「第二艦隊を援護する、10時の方角に湾曲軌道を維持。
 奇襲した敵に直接、借りを返す!」
 再び、声が響いた。
「メルカッツ、離れろ。
 3割強の敵は葬った、帰還する。
 ファーレンハイト、攻撃中断。
 消耗戦に陥る愚を犯すな、戦略的意義は無い」

 帝国軍本隊の前衛、数千隻が速度を落とす。
 別動隊も第二艦隊と離れ、付け入る隙を見せない。
 数分後、勇戦を称える通信が届いた。
 宛先は第二艦隊臨時指揮官ヤン准将、第六艦隊臨時指揮官ラップ少佐。
 返信の誘惑に耐え、背後を振り返る。


「艦長、ありがとうございます。
 提督への説明は僭越ながら、小官にお任せください。
 事後処置も考えてあります、心配は要りません。
 艦橋の監視カメラ記録映像、動画複製を願います」
 ペルガモン艦長の瞳が泳ぎ、幕僚の視線と絡む。

「小官は第二艦隊指揮官代行、ヤン准将と懇意にしております。
 ムーア提督の声望を維持する為には、直接面談せねばなりません。
 宜しければ連絡艇で旗艦に赴き、調整して参ります。
 同期の(よしみ)、口裏を合わせて貰えるでありましょう」
 自己保身、打算の表情が覗く。

「君、伝言を撮影して貰いたい。
 他の者には頼めん、提督の雷が落ちる」
 イエスマン気質の副官、年若い幕僚の表情が歪む。
 拒否したくない筈は無いが、後が怖い。
 幕僚チ-ム全員を敵に廻せば、出世の道は確実に断たれる。
 視線を避け、不平不満が満載の顔で頷いた。


「ムーア提督の声望が損なわれぬ様、万全の策を考えてあります。
 小官に御任せ戴ければ、更に昇進の機会が得られるでしょう。
 名誉が傷付く事はありませんし、今後も第六艦隊を指揮していただけます。
 ヤン准将と協議の時間が長引くかもしれませんが、心配は要りません。
 ペルガモン艦橋に緘口令を敷き、情報漏洩に御留意を願えれば幸いです」
 片手を挙げ、敬礼。

「以上だ。
 何か、質問は?」
 引き攣った表情の幕僚チーム、全員が無言を貫いた。
「後は頼む、提督に宜しくな」
 麻痺銃(パラライザー)標準装備の皆に背を向け、歩き出す。
 発射音は無く、ペルガモン艦橋の扉が開じた。
 数分後に第二艦隊の旗艦、パトロクロス艦橋の扉が開く。


「ラップ、良く来てくれた。
 猫の手も借りたい、助かるよ」
「ヤン、すまん、厄介事なんだ。
 申し訳ないが、内密に話したい。
 人手が要るなら、応援を寄越させる」
 ムーア提督の雷から緊急避難は幕僚チーム、全員が望む所だ。
 お気に入りの副官と艦長に難題を押し付け、移乗の確率は高い。

 ペルガモン艦橋に連絡すると、期待は裏切られなかった。
 権限を委譲の通信も流れ、分艦隊指揮官達が態勢を整える。
 不満な表情の幕僚に後を託し、数分後に艦橋を離れた。
 ヤン准将と個室に着き、動画再生後に情報を補う。

「厄介事は越権行為だけじゃない、出撃の前に妙な情報が届いた。
 面倒な話だが、聞いてくれ。
 古代地球史にも触れる、ヤン以外の者には理解が難しいだろう。

 出所不詳の連絡、伝言は地球教の脱会者が自殺する直前に送ったらしい。

 フェザーン自治領の創設者が地球出身の商人、レオポルド・ラープだって事は知ってるな?
 帝国領の地球に権力、富は無い。
 天文学的な賄賂の資金源は謎に包まれているが、同盟市民から搾取していたんだ。

 地球教は数千年に及ぶ歴史、精神制御(サイコ・コントロール)の技術を持っている。
 ダゴン星域会戦の後、宇宙暦640年代中頃の帝国領逃亡者に信徒が紛れ込んだ。
 人類発祥の惑星に対する恩義を説き、洗脳して資金源とする為に。
 常識を無視した献金、負債の為に無数の信者が消息を絶った。

 古代地球史上、宗教組織が権力者と組んだ事例は数え切れない。
 権力者と組み摘発、報道を押し潰す術の蓄積も想像を絶する。
 1万年を優に超える間に繰り返された試行錯誤、研鑽が後ろ盾だからな。
 信者の献納する権利、《自由意思》と《志》を強調して負けた裁判は無い。
 150年の時を費やした長期計画で浸蝕は進み、最高評議会議員も過半数が操られている。

 国防委員長の権勢欲も煽り、使い勝手の良い傀儡と認識している様だ。
 秘密裏に軍需産業との癒着、マス・メディア言論統制が進んでいる。
 民主主義の理念、博愛の精神を蝕む輩の理論武装は鉄壁だ。
 自由惑星同盟は事実上、地球教の搾取地と化している」

「ラップ、ちょっと待った。
 何と言えば良いか、手に余るな。
 地球教の信者に確認、調査は無意味だろうね。
 国防委員長、いや、シトレ元帥に話してみるか。
 他に誰か話して、感触を探ってみたのか?」
「流石、ヤンだ、話が早いな。
 信じて貰えないだろうから、まだ誰にも話してない」

「ジェシカも?」
「当然だ、こんな危ない話、聞かせられるか!
 彼女の性格、知ってるだろ?」



「提督、御配慮に感謝致します。
 第二艦隊の臨時指揮官と協議も問題は無く、無事に終えて参りました。
 詳細な報告に移る前に、謝罪致します。
 誠に、申し訳ありませんでした」
 ムーア中将の顔を憤怒、不安、恐怖、打算が過る。
 多彩な感情の(せめ)ぎ合い、疑心暗鬼の闘争は数秒に及んだ。

「前置きは要らん、どうなった?」
 性急に声を荒げ、内心暴露の醜態に気を遣う余裕も無い。
「提督は被弾の際に発声不明瞭となり、筆談で指揮を執られました。
 閣下が第六艦隊を潰滅から救い、第二艦隊も援護されたのです。
 艦隊指揮官の負傷は戦意の低下、士気崩壊を招きかねません。
 千変万化する戦場に臨機応変、的確な措置で対処は当然でありましょう。
 小官は士官学校の同期、ヤン・ウェンリー准将と懇意にしております。
 エル・ファシルの英雄は統合作戦本部長、次長の評価も高いですからね。
 閣下の地位は安泰です、声望が傷付く事も御座いません」

 予想の通り、怒鳴り声は響かなかった。
 強張っていた表情が緩み、打算の優勢を匿す配慮は無い。

「気に喰わん、褒める気は無いぞ!
 それで機嫌を取った心算か、もっと、上手い遣り方を考えろ!!
 だが、まあ、済んだ事は、仕方が無い。
 貴様も案外、腹黒い様だな。
 杓子上記で肝の据わらん奴、小心者と思っとった。
 見損なっていた、かもしれん。
 今後、勝手な真似は断る。
 俺を裏切った奴に、未来(さき)は無いぞ」

 第一声に続く第二声も想定内、表面的優勢の維持に執着している。
 柔よく剛を制する(ことわざ)、下手に出て丸め込む懐柔策は念頭に無いらしい。
 出世の為に連携を望む気なら、相手が悪感情を抱く愚は避けるだろうに。
 逆効果になる事も薄々、感じていない筈は無いが。
 自分に自信が無いから、恫喝を織り混ぜ、虚勢を張る。

「御警告、肝に銘じます」
 短く言葉を返し、敬礼。
 不器用に表情を匿す瞳が泳ぎ、逡巡の色を覗かせる。

「言葉が過ぎました、御容赦を願えれば幸いであります。
 小官は閣下の御栄達に寄与致します、今後も御期待下さい。
 宜しければ帰還の際ヤン准将を伴い、統合作戦本部を説得に参ります。
 シトレ元帥の次席副官も懇意にしております故、御心配は要りません」
 ムーア提督が頷き、態勢を建て直す。

「言うまでも無いが、他言は無用だ。
 少しでも洩れた時は、連帯責任と思え!
 此の場に居る者、全員の首を引き抜いてやる!!」
 獰猛な声が響き、蒼い顔の幕僚に威嚇の視線を射込む。
 航宙士(アストロ・ノーツ)達も首を竦め、ペルガモン艦橋に静寂が訪れた。



 アスターテ星域戦から帰還の道中、ヤン准将と密談が認められた。
 ムーア提督の許可を得て、再び連絡艇に乗る。
 パトロクルス移乗の後、個室に籠った。

「グリーンヒル中将には、失望された事があってね。
 第6次イゼルローン攻略戦、だったかな?
 作戦を幾つか提案して、悉く却下された。
 やる気が失せて、怠け者してる所を、しっかり見られたのさ」
 流石、ヤン・ウェンリーだ。
 溜息を吐き、言葉を探す。

「納得だ、了解せざるを得ん。
 校長、いや、シトレ閣下は?
 第5次イゼルローン攻防戦の時も、幕僚だったんだよな。
 本領発揮して追い出された、とは聞いてないぞ」
「手厳しいな、ぐうの音を出ないよ。
 格好付けてる訳じゃないが、記憶に無い」
 また、これだ。
 本気か、冗談か、分らん。

当たって砕けろ(ゴー・フォー・ブローク)、だな。
 統合作戦本部に行く、一緒に来てくれるよな?」
「役に立つかどうか、わからないけどなあ。
 乗り掛かった舟だ、付き合うよ」
 魔術師の真意、本音は(うなぎ)の様に掴み難い。

「有難い、助かる。
 俺が話し終えるまで、黙っててくれるか?
 シトレ元帥が尋ねるまで、何も言うなよ。
 先に喋られると説得力、心理的影響が弱まる」

「なんだか、酷い言われ様だな。
 とりあえず、微力は尽くすさ。
 折角、生きて帰ったんだ。
 お前に何かあれば、ジェシカが悲しむ。
 一人で危ない橋は渡らず適材適所、役割分担を考えようじゃないか」
 『敵を騙すには、まず、味方から』、か。
 どう見ても輝かしい実績を挙げた軍人、英雄には見えない。
 外見と裏腹に、信頼の置ける男が肩を叩く。

 数分後ムーア提督に根回し、説得も済んだ。
 統合作戦本部長の側近、次席副官に超光速通信を送る。
 キャゼルヌ少将の事務処理能力、現状認識に問題は無い。
 秘密裏に接触の準備を頼み、高速巡航艦に乗り換えた。

 シトレ元帥の瞳は碧く、鷹の様に鋭い。
 伝説の銀河巡視(パトロール)隊士官、独立(グレー)レンズマン有資格者やもしれぬ。
「話は聞いた、実に厄介な問題だ」
「僭越ですが、言わせて下さい。
 認識が、甘過ぎます。
 本来は弱者を護る為にある憲法、民主主義の根幹が浸蝕されています。
 対策を練る前に、無数の犠牲者が餌食となった事実を直視しなければなりません。
 家族の幸福を謳う組織が信者を駆り立て、家族を借金地獄に追い込む加害者に変えたのです。
 約150年に渡り献金、法律の悪用、巧妙な論理の擦り替え、恫喝が繰り返されました。
 両腕両脚を縛られた儘、汚い手を使い放題の悪党と闘う覚悟が要ります。
 1万年を越える歴史に裏打ちされ、磨き抜かれた精神支配の技術は想像を絶しますからね。
 正義は無力、の認識を肝に銘じなければなりません」 
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