Raison d'etre
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二章 ペンフィールドのホムンクルス
17話 望月麗(7)
望月麗がこの世に生を受けた直後、母が息を引き取った。
物心ついた時から、何度もその話を聞いた。
誰から聞いたのかは覚えていない。
祖父母だったかもしれないし、遠い親戚だったのかもしれない。
どこかで引け目のようなものがあった。
母の命を犠牲にしてしまった、という自罰的な意識があった。
そして海上自衛官だった父の下、厳格な教育を受けて麗は育った。
父は遠洋に出ると長い期間家に帰らなかった。
父にも祖父母に迷惑をかけてはいけない、という思いが生まれた。
麗の人格は主体性を失って、その欠けた部分を補うように自己犠牲的な責任感が芽生えた。
それが望月麗という少女を作り上げた。
小学四年生の時、亡霊による大規模な侵攻が始まった。
多くのESP能力者の命が失われただけでなく、亡霊に対して威力偵察を実施した数多の自衛官も殉死した。
父の乗っていた護衛艦も、その例外ではなかった。
母だけでなく、父もいなくなった。
望月麗は頼るべき家族を失った。
彼女にESP能力が発現したのは、そんな時期だった。
選択肢はなく、亡霊対策室に身を寄せる事になった。
父の仇もあり、麗は銃を手に取った。
それが11歳の時だった。
「ここの最年少ね。ちゃんと小銃を持てるの?」
入隊当初、当時の小隊長は麗を見て心配そうに笑った。
麗はその小さい身体に似つかわしくない大きな小銃を構えて、ただその女性を睨んだ。
他の年上の少女たちに混じって、麗は死にものぐるいで訓練に参加した。
機械翼や小銃などの標準装備は、11歳の少女には重量過多だった。
実戦には参加出来ず、基礎訓練に励む毎日だった。
しかし、そのおかげで麗は死なずに済んだ。
じっくりと、基礎を固める事が出来た。
「待ってろよ。チビ助。すぐ帰ってくるからさ」
休暇の日に、よく街に連れ出してくれた人がいた。
家族のいない麗にとって、姉のように慕っていた人だった。
その人は、強かった。
いつまでも実戦に投入されない麗と違って、毎回のように主戦力として投入されていた。
中隊のエースだった。
しかし、いつかは終わりが来る。
終わりの見えない闘争で、ただ一度だけしくじってしまった。
それだけで、その人は死んでしまった。
その人だけではない。
多くの中隊員が死んでいくのを、望月麗は見てきた。
どれだけ強くても、繰り返される戦闘の中、一度のミスで誰だって死んでしまう。
出撃が許可されない中、望月麗はずっとその現実を近くで眺めてきた。
闘争が終わらない原因は、はっきりしていた。
数だ。
数が違いすぎる。
亡霊の圧倒的な数に対して、中隊は僅か数百人をローテーションで回すだけ。
この闘争は、危ういバランスの上で成り立っていた。
そのギリギリのバランスで、終わりの見えない不毛な闘争を続けるしか選択肢がなかった。
今までは。
桜井優。
その存在が確認された時、何故か両親の事を思い出した。
自らの命と引き換えに、新たな命を選択した母。
自ら危険な護衛艦に乗り込み、国を守ろうとした父。
そして、思った。
桜井優の存在は、闘争を終わりに導くのではないか、と。
闘争が未だに終わらないのは、亡霊との戦力差が顕著すぎるからだ。
もし、男性ESP能力者と女性ESP能力者によって新たなESP能力者が産まれるのだとしたら、その戦力差は爆発的に縮まるだろう。
恋愛なんてどうでも良い。
欲しいのは結果だけ。
誰かが、真っ先に証明をするべきだと思った。
ならば、私が。
「先輩」
麗は意を決して、戦闘服の胸元に手をかけた。
「もう一度言います。私を、好きになってください」
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