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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 儚想のエレジー  2024/10
  23話 彷徨う抜殻

 救助した子供達が言うには、彼等はとある女性プレイヤーの庇護下にあるとのことだった。つまり、SAOに誤ってログインしてしまった対象年齢以下のプレイヤーの世話を自ら負った殊勝な御仁がそこにいるらしい。ここだけに留まる話ではないのだが、今もなお《アインクラッドの住人》として染まらず今もなお互助的な思想を保ち続けられる人物がいるということに僅かばかり驚かされたものだ。死を恐れて、絶え間なく押し寄せてくる時間はプレイヤーに等しく襲いかかってくる。それが原因で死亡することはなくとも空腹感や睡眠欲は耐え難いストレスだし、何よりこの街に居続けるプレイヤーは剣を執ることを諦めたか、或いは何らかの理由を抱えた者が大半を占めるだろう。だからこそ、他の誰かを顧みる余裕を維持できるプレイヤーはごく限られる。ゲーム内のリソースを得られなかった彼等は、その行動範囲や行動力にまで制限が発生する。その日その日を生き抜くことに全てが向けられるあまり、周囲の変化や誰かの声にあまりに疎いのはその為なのだろう。その環境下においては、まだ会ってもいないプレイヤーが如何に慈愛に満ちた人物であるかが見て取れる。他人事ながら、子供達に行き先がない場合はそのまま野放しにせざるを得なかったのを考えと安堵させられる。
 まずはその孤児院紛いの集団住居である第一層主街区の東七区にある教会へと子供達を送り届けることを目下の指針として、この中で最も子供に懐かれて尚且つ幼い年代の扱いに長けるティルネルを先頭にその後を俺とキバオウが後に続くかたちではじまりの街を歩いていた。いつもとは異なる、大人数での移動に加え、何よりもこれまで再会することさえ予想していなかったキバオウがいる。それなりに恩義もあるが、だからといって別段顔を見せるような相手でもない。ましてや人として道を踏み外したとあっては、このまま会わず終いでいればまだ良かったのだろうが。


「………幻滅したやろ?」


 ふと、キバオウが呟いた。
 声量は抑えられていたからか、子供達の相手をしながら前を歩くティルネルには聞こえていなかったらしい。加えて語調から察するに独り言というよりは質問に近いように聞こえたため、一応聞き逃してはいないことを伝える程度に顔を向けると、再びキバオウが口を開く。


「『こんクソゲームからとっとと全員ログアウトさせたる』って息巻いとったのが、今ではこのザマや。下の連中の行動さえ把握できんまま、(てい)のいい御輿が精々っちゅうところか。………すっかり変わりきってもうたなぁ………」


 これは懺悔だろうか。ここに至るまでは見せなかった悲愴感がちらつく横顔で溜息混じりに言葉を漏らす。それはどことなく理解できる心情にも思えた。《笑う棺桶討伐戦》へ暗殺者として手を汚さんとする間際に、俺は意図せずヒヨリと対峙して、隠し通そうとしていた殺人について語ったのだ。当時はその全てを余さず吐露したわけではなく秘匿した情報もあるのだが、罪悪感を抱える人間は往々にして、その罪を重荷に例えることが出来るのだと思う。背負いきれなくなった重荷から解放されたいという心情が故に。


「でも、オっさんは過ちを見過ごせなかったんだろう」
「せやけどな……」
「俺が幻滅するとすれば、今の《軍》に危機感を抱かない場合か、或いはこの状況を意図的に引き起こしていた場合だ。………そうであったにせよ、所詮は他人事だ。正義感に駆られて直談判しに乗り込むような真似はしないがな」


 言い淀むキバオウに、それだけ告げては引き続きティルネルの背中を追う。
 僅かに間が開き、隣から濁声が向けられた。


「………人のこと言うわりに、ジブンはホンマ素直じゃないのう」
「何がだ」
「さっきの揉め事のあとにでも、わいのとこに来るつもりやったんやないか?」


 俺はそこまで殊勝な性格ではない。少なくとも真っ当な善性を持ち合わせてなどいない非人間だと認識している。目的の為に手段を選ぶ高潔さもなければ、平気で他人の命さえ奪える程度には残忍な生き物だ。と、脳内で否定するうちに一つだけ気付いてしまった。そもそもキバオウの評価基準は《今の俺》ではないのだ。彼が二十五層フロアボス攻略戦を経て、攻略組からアインクラッド解放軍もろとも撤退を表明するまでの、まだ人を殺していない《過去の俺》しか知り得ない筈だ。
 キバオウと離れてから、俺は手を汚し過ぎたのだ。時には、その罪から逃避したことさえあった。何せこのSAOでHPを全損させたアバターは間もなく消滅するが、実際にそれを操っていたプレイヤーが死亡する光景を目の当たりにしたプレイヤーはいないからだ。そんな詭弁に縋り付こうとすると、決まって掌に握っていない筈の片手剣の質量とアバターを裂く感触が蘇った。AIの単調な反応で行動するモンスターとは違う、妙に刃の通りにくい生々しい感触はゲームであってはならないものだ。
 ならば、人を斬る感覚を知った俺にその評価は正しくない。ましてや、PoHと刃を交えた際の俺は明らかに殺し合いを楽しんでいた。血の気が引くような怖気に反して昂る自分に悍ましささえ感じたが、律することも難しい黒い衝動は確かに己が内面から生じたものに他ならない。それにさえ自覚したのは遅過ぎると言わざるを得ないタイミングだ。畢竟、俺はキバオウが俺に向けた評価は酷い誤謬に満ちている。気付いてしまった乖離に後ろめたさを感じずにはいられなかった。


「………俺は、そんな人間じゃない」


 会話を打ち切り、並んで歩いていたキバオウを引き離して距離を置く。
 キバオウの中にまだ残っている俺の記憶を察すると、それがどうしても耐えられない責め苦となる。もう会話も最低限にして踏み込ませる余地さえ与えまいかと逡巡する最中、先程と同様の恫喝に似た内容の文言が進行方向から耳に入った。よもやティルネルが軍に絡まれたのかと自然と下方を向いていた視線を正すと、音源はティルネルの居る位置よりの更に先。曲がり角の向こうからするようだった。


「なんや、またウチのモンか?」
「迂闊に出ていくな。もう少し慎重に動け」
「せやかて我慢して見とれちゅうんはゴメンやで。ケジメは絶対に付けさしたる」


 今にも牙を剥きそうな形相のキバオウの肩を抑えていると、恫喝の声は唐突に止んで静まり返る。
 しかし、次いで聴覚に伝わったのは下卑た笑い声に、通常であれば耳にしないサウンドエフェクト。何かをカウントするような音は、攻略の前線にいるプレイヤーならば耳にしたことのある筈のもの。記憶が正しいとするならば、それはデュエル開始前のカウントを行う際に発せられる電子音であり、つまりそれが意味することは単純明快であった。


「あんのバカども………!」


 一にも二にもなく駆け出したキバオウを追う。軍のプレイヤーの前に保護した子供を晒すのは悪手だし、何よりもこれから誰かの生き死にの場面が繰り広げられることを考慮してティルネルに引き続きの保護を頼み、路地を曲がった先に躍り出る。
 その光景は、どう見ても弱者を虐げて愉しんでいる示威行為そのものだ。
 だが、明らかに何かが違っていたように思えた。違和感を醸すのは軍のプレイヤーではない。彼等から感じるのは嗜虐心のみであり、その結果としてプレイヤーを死に至らしめるという悪戯めいたものだろうか。行動の過激さに目を瞑ればついさっき遭遇した彼等と概して差はない。
 だが、対する和装の老爺からは表情と呼べるものが何一つ読み取れないのだ。これから自身に刃を向ける相手さえ眼中に捉えているようではない。目算で言うならば八十歳に届きそうな、およそSAOプレイヤー内最年長かと思われる彼は無表情のまま腕をだらりと下げ、カウントダウンが過ぎるのをあたかも無為に待つようにも見える。

 口元を僅かに吊り上がる。その変貌さえなければ、完全に察知することはできなかっただろう。
 軍側は冗談のつもりなのだろうが、老爺は一切のふざけがない。彼から漂うのは、獲物を前にした狩人のような殺意――――同類の匂いだった。


「……ダメだ。アンタ、今すぐリザインしろ!」


 全身が総毛立ち、声を挙げたと同時にデュエル開始を報せるブザーが周囲に響いた。
 大剣を構えた軍のプレイヤーは俺の声を無視して揚々と相手との距離を詰め、対する老爺は僅かにこちらに一瞥を向けるとゆっくりと左右に首を傾けて骨を鳴らす。腰に差した一本の太刀の柄をそっと撫でるや否や刀身が鞘から滑り出た。
 刀の刃は何も接触していないかのように振り抜かれ、軍のプレイヤーと老爺は交錯して位置を入れ替える。ソードスキルに頼らない個人の技量による斬撃はあまりにも鮮やかで、傍観者から声を発する権利さえ奪って静寂が辺りに張りつめる。無粋に音をたてたのは、大剣とその柄にしがみ付く両手のみ。防具の継ぎ目、関節の可動部を目掛けて繰り出された一太刀によって手首から先を切り離してみせたのだ。


「……なんでェ、このザマぁよぉ?」


 溜息混じりに、辟易する声はそう宣う。
 心底落胆したような面持ちではあるが、殺意は萎えていない。手負いの相手を見て更に気を研ぎ澄ませているのは、獲物を逃がさないようにという気構えだろう。状態異常とはいえ、部位が欠損すれば戦意は容易く削がれるのは自明の理であり、迫り来る老爺に後退りしながら震える声を絞り出しながら言葉を探す。


「リ、リザぃ――――ごぼッ!? がァ!?」


 そして思い出したように《リザイン(降参)》の単語を発音しようとする刹那、それを遮るように刀の切っ先が鎧に覆われていない喉仏を斬り掃い、言葉を詰まらせた瞬間に滑り込むような歩法を以て急接近し、口を覆うように顔面を掴んで叩き伏せた。ほぼ無抵抗のまま、何が起きたかさえ理解できないような驚愕を顔に貼り付けたまま全身鎧が派手な音を立てて石畳に衝突する。一連の運びはあまりにも鮮やかだった。しかし、巧いという感想以上に、狡いと思わずにいられなかったのだ。
 このSAOにおいて、プレイヤー(個人)の戦闘能力はレベルやスキルといったシステムが用意したルールに大きく依存する。しかし、戦闘能力という言葉で包括した強さの指標の中にはシステムに依存し得ない領域も当然ながら存在する。言うなれば、《剣の扱い》という技量面の問題だ。どれほど剣に慣れ、どれほど自在に刃を操れるかという、システムの補正が幾許も関与出来ない能力。一方的に相手を追い詰める老爺は、そのシステム外の能力値がこれまで見たどのプレイヤーよりも上回っていたのだ。俺達が如何に命懸けで剣を振るい、技術を見出して身に付けてきたとしても、剣士としての研鑽と蓄積は遥か及ばない境地にあると思い知らされる。


「……なァ、今、なんと言おうとした? 逃がさねェだのブッ殺すだのと息巻いてやがったのはどちら様だったかねェ?」


 静かな口調だ。揺らぎは無く、穏やかで、冷ややかで、それだけで肉を裂かんほどに鋭い殺意を滲ませた静かさだった。その存在感は相対する者を居竦ませ、老爺は刀を逆手に持ち替える。
 如何に重装備とはいえ、武器もなく組み伏せられているだけの軍のプレイヤーは抵抗する手段と気力を喪失している。ホロウィンドウによるタップ操作でのリザインは一手目の交錯で、そして発音によるリザイン申告も喉を潰されてすぐに口を覆われているためにシステムが正しい音声を認識することが出来ない。あとは無防備に老爺を見据える怯えた目に刀を突き立てれば頭部へのクリティカル補正によって増加したダメージが確実にHPゲージを全損させることだろう。システムの瑕疵を的確に突いたPKだ。無駄がなく、相手を乗せるお膳立てまで完璧だ。だが、故にその危険性だけは分かりやすかった。


「もう止めておけ」


 刀を握る老爺の腕を掴み、制止する。
 筋力ステータスは然程高いわけではなかったらしく、軽く腕を引くと二歩ほどつられて後退する。そのタイミングを逃すことなく、組み伏せられていた軍のプレイヤーは有らん限りの声量でリザインを宣言し、デュエルの終了を告げるブザー音が鳴り響いた。HPが全快し、欠損箇所も回復した彼は仲間と連れだって、自身の愛剣を拾うことさえないまま路地を反対側に逃走していった。
 その場に残された老爺は盛大に溜息を零すと俺の腕を振り払い、刀を鞘に納めた。鯉口の涼やかな音が響くや否や、しわがれた声が静かに語り出した。


「いけ好かねェガキだな。こんなジジィの邪魔するたァ、ろくな事になんねェぞ」
「無意味な殺し合いを止めただけだ。アンタが俺をどう思おうが構わないし、興味もないけどな」
「無意味な、ねぇ」


 蔑みに反論すると、老爺は押し殺したような笑い声を喉から漏らした。
 加害者と被害者の立ち位置が混濁したこの場に、見過ごすという選択肢を選ばずに飛び込んでしまったのは明らかに俺の非に帰せられるだろうが、仮にも軍のプレイヤーはキバオウの身内だ。彼と行動を共にする期間内だけでも、死なせる事を黙認することだけは精神的な部分で嫌悪感がある。無論、現状の軍の肩を持つというのも精神衛生上宜しくはない行為なのだが。
 ……などと考えている間に、老爺の草履が石畳に擦れて音を鳴らした。踵を返し、会話にも飽きて二歩三歩と場を離れる最中、ふと思い立ったように立ち止まっては振り返ることなく去り際に言葉を残す。


「まぁいい。テメェの面ァ()()()()()()()。今回ばかりゃァモノを知らねェってことで見逃してやる。だがよ」


 一拍置いて、煙管(きせる)に火を灯す。
 何かやりきれないような、苛立ちを押し殺すような吐息に紫煙が混じって宙に融けるのを他所に、冷たく鋭い視線が振り向きざまに寄越された。


「………また邪魔するってんなら、テメェもツレも、斬り捨ててやる。一切合切な」 
 

 
後書き
燐ちゃんサイド、主要メンバー出揃い回。

キバオウ編最後の主要メンバーはやはりオリキャラ。年齢八十歳前後のお爺ちゃんですね。キャラ名も不出ですが、本編や原作のストーリーとは完全に無関係な立ち位置ではありません。ちゃんと縁あっての登場となっています。(多分)
なので、ここに至るバックストーリーもご用意してあります。ちゃんと理由があって、ああなるべくして起きた展開ですので今後明らかにしていきたいと思っております。本文では唐突に軍のプレイヤーに絡まれたかよわい高齢者ですが、宙ぶらりんな設定には致しません。(多分)

とはいえ、まだ敵にも味方にもつかないポジションのお爺ちゃん。今後の展開も思いつき次第。プロットはないです。ほのぼの展開になればいいなぁ

次回、安定の不定期更新です。




ではまたノシ 
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