十六夜咲夜は猫を拾う。
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第14話
『ほわぁぁぁ…』
目の前に出した料理に感嘆の声をあげる白夜。
チーズがとろけるトマトグラタンに、
ガーリックバターを塗ったフランスパン、
具沢山のシーフードサラダ。
『こんなに綺麗なご飯、初めて見ました…!』
『…"綺麗な"?』
豪華なご飯、ならまだ理解はできるが
綺麗なご飯、とはどういうことだろう。
美しいと言いたいのだろうか。
文字に含まれた意味を汲み取れず、白夜に思わず聞き返す。
『私、ご飯はいつも床に直に置かれてて、こんな綺麗な容器にいれなかったです。味も美味しい不味いよりも無味無臭だったというか…、』
『…そうだったのね。
……貴方は、そんな所にまた帰るの?』
『…………え?』
『貴方、さっき帰り道を探す、って言ったわよね。
ご飯もまともじゃなく、朝昼も時間もわからないところに閉じ込められるような劣悪な環境に貴方はなんの理由があって帰るのかしら?』
『あっ……と…』
レミリアの鋭く赤い目と言葉に圧倒され、
何も言うことが出来ない。
『貴方を探す人は居るのかしら。閉じ込めていたものが忽然として居なくなるのはおかしいかもしれないけれど、あなたは囚人の類じゃないのだから、探す人なんてむしろいないんじゃないかしら。』
少し間をあけ、白夜の様子を少し伺いつつ
話を続けるレミリア。
『…まあ、貴方ほどの身体能力があれば帰ることなんて容易いかもしれないわね。でも、貴方はそんな環境で老いもしない、死ぬ事も無い人生を歩みたいと思うのかしら?』
『……でも、私…』
『……なにかしら?』
『あそこ以外に、居場所が…』
ああ、この子がそんな場所に帰る理由は
自分の居場所がそこしかない、からなのだな。
もっと環境が整っていて、綺麗で、普通の生活が送れるような居場所がなかったのだ。
そんな環境がなかったのも頷けなくはないが、
そこに帰る理由がそんな切ない理由だとは思わず、
少しばかり情が移ってしまう。
『…白夜は、お嬢様に沢山の恩があるはずよ。その恩を返さずに、自分の居場所へ戻ろうだなんて許さないわよ?』
ディナー運んできた咲夜がそう言った。
運んできたのはクリームスープ。
綺麗な乳白色をした、味付けも絶妙な咲夜オリジナルのクリームスープである。
『で、でも…私には返せるようなものが…』
『白夜。貴方にはここに居てもらうわ』
『え?』
『紫がここへ連れてきたのも、そういう理由だろうし…貴方がここにいて、デメリットは無いはずよ』
『…恩を、命をかけて返してもらうわよ?』
『…は、はい…っ、ありがとうございます…!』
そうして、最後ではなく、始まりのディナーが
幕を開けた。
ディナーが終わったあと、咲夜は白夜を部屋に案内した。レミリアに頼まれたからである。
できるだけ咲夜の部屋に近いところで、と指定があったので、自分の近くの空いてる部屋を白夜の部屋にすることにした。いつも自分が掃除をしている為、使っていなくても綺麗に保たれている。
人が使うには十分スペースもあり、生活するぶんには申し分ない家具も整っている。
『今日からここがあなたの部屋よ。好きに使ってくれて構わないわ。』
『…部屋…?私の…?』
『そうよ。設備はこれからもっと整えていくし、気に入らない部分があれば…』
『…ううん、凄く嬉しい…!ありがとうございます…!』
深々と頭を下げお礼をする白夜。
動作に合わせ、首と足首、手首についている手錠がじゃらりと金属音を立てた。
『…そういえば、ずいぶん重たそうな鎖をつけてるわね。外さないのかしら?』
『あ…は、外し方がわからなくて…でも、ついてた方が落ち着くので…大丈夫です』
通常、手錠なんてものが体に付いていたら違和感しかないと思うのだが、この子はついていた方が落ち着くらしい。
つくづく、感覚が狂ってしまっているのだなと実感する。
首についている鎖の後には大きい南京錠が付いていて、
これは鍵を開けるか、強行突破しか手段がなかった。
まあ、ついていて問題がないのなら構わないのだが。
『あ、あの…咲夜さん。私…レミリアさんに、恩を返せるように頑張ります…!』
『ええ、頑張って。』
そう宣言する白夜の顔は、あった時よりも輝き、希望に満ち溢れていていた。
まるで、漆黒の空に光り輝き存在感を放つ月のように。
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