ハイスクールD×D ~赤と紅と緋~ 日常風景のショートストーリー
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士騎兄妹の休日 千秋篇
ある日の休日。私、士騎千秋はとある場所で手鏡とにらめっこをしていた。
「うぅー・・・・・・」
前髪をいじりながら、低い唸り声をあげる私だけど、この唸りは髪型が決まらないことによるものじゃなかった。そもそも、髪型自体はもう整っているので、いじる必要など初めからないのだった。現にこうして前髪を指で軽くちょんと触れるというもはやいじっているとは言えないことしかやっていなかった。
この唸りの原因は、これから起こる行事に対する緊張によるものだった。
その緊張をまぎらわそうと、こうして変化も意味もない前髪いじりを私はやっているのだった。
そこまで私が緊張する行事──それは、イッセー兄とのデートだった。
―○●○―
私はイッセー兄こと兵藤一誠に恋をしている。
兵藤一誠。私を含め、兄の明日夏兄こと士騎明日夏と冬夜兄こと士騎冬夜、姉の千春姉こと士騎千春の幼馴染みであり、明日夏兄にとっては親友とも呼べるヒト。そして──私の初恋のヒト。
いつもはエッチで、覗き行為などを行ってしまっており、そのことで学園で(主に女子生徒に)嫌われてしまっているヒトだけど、本当は誠実で、やさしいヒトで、私を救ってくれたヒト。
子供のころ、私の両親は私の目の前で壮絶な死を迎えてしまった。そんなお父さんとお母さんの死に、私はひどいショックを受けてしまい、自分の部屋に引きこもってしまった。それどころか、ヘタをすれば生きる気力さえ、なくしかけていたかもしれなかった。そのためか、ごはんもまともに食べずにいたし、明日夏兄たちの励ましの言葉なども全然耳に入ってこず、泣くか、ボーッとするかしかしていなかった。
そして、いつの間にか、明日夏兄たちからの励ましがなくなった。冬夜兄は私たち養うために幼いながらにハンターになり、家を空けることが多くなったために。私と同じようにお父さんとお母さんの死にショックを受けていた明日夏兄も千春姉も、その悲しみを抱きながら私を励まし続けることに限界を迎えたために。
そんなときだった。いつものように泣いていたある日、私の部屋にイッセー兄が入ってきたのだ。どうやら、偶然私の部屋の前を通ったときに私の泣き声を聞かれてしまい、気になったイッセー兄が部屋に入ってきたようだ。それが、私とイッセー兄の出会いだった。
イッセー兄のことは当初、明日夏兄の友達だという認識でしかなかった。私も子供のころは人見知りだったこともあり、冬夜兄や千春姉とは違い、存在は知っていても、とくに関わることはなかったし、まともに出会うこともなかったから、ほぼ他人のようなものだった。
そんなイッセー兄との出会いに私はひどく驚いてしまい、イッセー兄を部屋から追い出してしまった。そして、そのヒトとはもうこれで会うことはないと思っていた。
けど、それ以来、イッセー兄は私を励まし続けてくれた。ときには他愛のない話を聞かされたりもした。けど、私はそれを無視した。そのうち、諦めるだろうと思いながら。けれど、イッセー兄は諦めなかった。
そんなイッセー兄に、私は次第に興味をもち始め、いつの間にか、私はイッセー兄に歩み寄っていた。
それを期に、私はイッセー兄を心の依るべにすることで立ち直ることができた。
そして、心の依るベだったイッセー兄のことを私は次第に想いを寄せるようになった。
それが、私の初恋の始まりだった。
―○●○―
イッセー兄に想いを寄せるようになり、十年近く経ったけど、未だにその想いはなかなか告げることはできず、アプローチも本当に些細なことしかできなかった。
そんなふうにうだうだしていたら、イッセー兄に想いを寄せる人がたくさんできてしまった。
鶫さんや燕、アーシアさん、そして、最近になって、部長ことリアス・グレモリー先輩がイッセー兄に想いを寄せるようになった。
とくに部長は本当にきれいで、スタイルもよく、イッセー兄も毎日のように見惚れていた。
しかも、いまあげた四人はイッセー兄と同棲までしていた。 おまけに、燕は素直じゃないから私とそう変わらないけど、鶫さんと部長は私とは大違いで、とても大胆で積極的だった。アーシアさんも、私に比べれば積極的なほうだった。
このままだと、イッセー兄とお付き合いする以前に、想いを告げる前にイッセー兄の気持ちが誰かに向いてしまう。
そう思った私は今日、勇気を振り絞ってイッセー兄をデートに誘ったのだった。
想いを告げる──まではできなくとも、せめて積極的なアプローチぐらいはしたかった。
そして現在、そのデートの待ち合わせ場所で私はイッセー兄が来るのを待っていたのだった。
家がお向かい同士なので、わざわざ待ち合わせする必要は本当はないんだけど、デート前日からすでに緊張で心臓が張り裂けそうな状態だったので、落ち着くための時間がほしかったため、このように待ち合わせをすることにし、二時間くらい前から待ち合わせ場所に来ていた私だったけど、結局、無意味な努力だった。
そんなふうに私が四苦八苦しているときだった。
「カーノジョ♪」
二人組の若い男性が私に話しかけてきた。髪を染めており、耳にはピアスをしていたりと派手な格好をしていた。
「キミ、一人? よかったら、俺たちとどっかいかない?」
男性の一人がそう言う。
ようするに、いわゆるナンパだった。
「・・・・・・いえ、ヒトを待っていますので」
さっきまで四苦八苦していた緊張はなくなり、私は淡々と返す。
「彼氏? 彼女を待たせるような男なんて放っておいて、俺たちと遊ぼうぜ♪」
「どうせ冴えない奴なんだろう? 俺たちのほうが断然カッコいいぜ♪」
だけど、男性たちはなおも私に声をかけてくる。
その場から離れようにも、イッセー兄との待ち合わせ場所なのでそれもできず、私はただただ、男性たちの誘いを断るだけだった。
だけど、男性たちは構わず、なおも絡んでくる。
「まぁまぁ、そういわずにさぁ──」
男性の一人が私の手を取ろうと手を伸ばした瞬間、私はその腕を躱し、そのスキだらけの足を払って男性を転ばせる。
「てめぇ! いきなり何しや──」
もう一人の男性が言い終える前にその顔面めがけて寸止めの蹴りを放つ。
「「・・・・・・・・・・・・」」
「・・・・・・次は当てます」
絶句している男性たちに低い声音で言うと、男性たちは一目散に逃げていった。
「ふぅ」
男性たちが見えなくなったところで、私が息を吐いた瞬間──。
「千秋! 大丈夫か!?」
「えっ! イッセー兄!?」
慌てた様子のイッセー兄が駆け寄ってきた!
たぶん、さっきのやり取りを遠目に目撃し、心配して慌てて駆けつけてきてくれたんだろう。
そのことに少し嬉しい気持ちになったけど、突然のイッセー兄の登場にさっきまでの緊張が戻ってきて、それどころじゃなかった!
「お、おい! 大丈夫か、千秋!?」
緊張に固まってた私を見て、イッセー兄はますます心配そうな表情を作って、私の肩を掴みながら私の顔を覗き込んでくる。
ゴメン、イッセー兄! 正直に言うとそれ、顔が近くて余計に緊張しちゃって逆効果!
なんてことを言えるはずもなく、なんとか頷いて答える。
「よかった」
「・・・・・・大袈裟すぎるよ」
安堵するイッセー兄に私はなんとか言葉を発する。
「まぁ、確かに遠目でも、危なげなく追っ払ってたのは見えてたんだけどな。それでもやっぱり心配だったからさ」
「・・・・・・・ありがと」
うぅぅ、嬉しいんだけど、顔が熱くなる。たぶん、いまの私の顔は真っ赤になってると思う。
「大丈夫か、千秋? 顔が真っ赤だぞ?」
イッセー兄に指摘され、ますます顔が熱くなる。
深呼吸をして、なんとか心を落ち着ける。
「だ、大丈夫だよ。気にしないで」
なるべく平静を装いながら言う。
「それにしても、まだ待ち合わせ時間には早いよ」
時計を確認しても、待ち合わせ時間までにまだ三十分以上もあった。
「いや、待たせちゃ悪いと思ってな。まぁ、結局は待たせちゃったぽいけどな・・・・・・」
「ううん。そんなに待ってないから」
実際は一時間以上も前に来ていたわけだけど、緊張を解すのに集中してて、正直そんなに時間が経っていたとは思えなかった。
「時間には早いけど、行くか?」
「うん」
一応、最初に比べれば緊張はだいぶ解れていたし、些細だけどデートの時間が増えるので、断る理由はなかった。
私とイッセー兄は待ち合わせ場所から移動を開始する。その際、私はドキドキしながらもイッセー兄の手を握る。イッセー兄も一瞬だけキョトンとしたあと、微笑んで手を握り返してくれた。
うぅぅ、私と違って、イッセー兄はあまり緊張してなさそうだった。イッセー兄にとっては、私は妹のような感じらしい。
せめて、このデートでもう少し私を異性として見てくれるようにがんばると誓う私だった。
―○●○―
「楽しかったな、千秋」
「うん」
洋服屋さんで洋服をみて回ったり、カフェで小休止をしながらいろいろ話をしたり、映画館で映画を観たり、ゲームセンターでついつい遊びすぎたりととても楽しいデートの時間は過ぎ、いつの間にかすっかり夕暮れになっていた。
結論から言うと──私とイッセー兄の仲に進展はとくになかった・・・・・・。
もちろん、少しは積極的なアプローチをしようとした──けど、すぐに恥ずかしくなって実行に移せなかった。そのたびに、脳内で明日夏兄の声で『ヘタレ』という幻聴が聴こえてきた。
でも、楽しかったのは事実だったし、勇気を出してデートに誘ってよかったと思えた。
「いやー、なんかこう、平和な日常的な一日はひさしぶりな気がするなぁ」
イッセー兄が何気なしにそう言う。
イッセー兄は最近になって人間をやめることになってしまった。
普通の一般人であったイッセー兄のその身に神器、それも十三種しか存在しないという神滅具、『赤い龍の帝王』と呼ばれるドラゴンが宿った『赤龍帝の籠手』を宿していたことで、それを危険視した堕天使によって殺された。そして、殺されたイッセー兄を部長こと上級悪魔であるリアス・グレモリー先輩に悪魔としてよみがえらせてもらった。
そのときの私は本当に大変だった。イッセー兄が死んだことにひどいショックを受け、悪魔として生き返ったことに心底安堵して泣いてしまった。悪魔になってしまったことに関しても、生きていてさえいてくれるなら関係なかった。そして、私たち兄弟の秘密もイッセー兄に知られることになった。
そこからは本当にいろいろあった。
アーシアさんと出会い、そのアーシアさんを助けるために堕天使と戦ったり、部長の婚約者が現れて部長の婚約騒動に巻き込まれ、その決着をつけるためのレーティングゲームに備えて合宿して修業したり、そのレーティングゲームで激戦を繰り広げ敗北してしまい、その結果始められた婚約パーティーに乗り込んで部長を取り戻したりと本当にいろいろあった。
イッセー兄がそう言ってしまうのも仕方ないかもしれない。そうなると、今回のデートで安らげたのなら幸いだった。
私はふと、イッセー兄の左腕に視線を向ける。見ると、イッセー兄も自分の左腕を見ていた。
イッセー兄は婚約パーティーに乗り込み、部長の婚約者であるライザー・フェニックスから部長を取り戻すために、『赤龍帝の籠手』に宿るドラゴンに左腕を差し出して一時的に強大な力を手にした。
その結果、イッセー兄は部長を取り戻すことはできたけど、犠牲にした左腕はドラゴンの腕という異形なものになってしまった。
イッセー兄自身は後悔も未練もなく、明日夏兄が見つけてくれた方法でとりあえず見た目だけは元の人の腕に戻っていた。
「千秋?」
イッセー兄に呼ばれてようやく、私がいつの間にかイッセー兄の左腕に手を伸ばして触れていたことに気づいた。
「・・・・・・もう、この腕はイッセー兄の腕じゃないんだよね?」
「・・・・・・ああ」
たぶん、いま私はとても辛そうな表情をしていたと思う。
「・・・・・・ねぇ、イッセー兄・・・・・・」
「・・・・・・なんだ?」
「・・・・・・もし、部長や仲間の誰かが危険な状態になって、どうしようもなくなったら・・・・・・」
「また、あの鎧を着るよ」
ためらいなく答えたイッセー兄に私は泣きそうになってしまう。
イッセー兄はとても誠実なヒトだ。その誠実さは、ときに自分の身を犠牲にしてでも近しい人を守ろうとする。
鶫さんと燕がいじめられているときに、その身を挺して庇ったりした。そのときの私は泣きながら必死にイッセー兄のケガの手当てしたことを覚えている。
アーシアさんのときも、命を捨ててまで助けようとした。
そして、部長のためにレーティングゲームで戦い、危うく死にかけて、二日間も眠ってしまうことにもなり、目覚めたらすぐに部長を助けに向かい、左腕を犠牲にして部長を助けた。
「鎧を着ずに解決──ていうか、何事もないのが一番なんだけどな。でも、本当にどうしようもないとき、俺の体の一部であの力を手にいれて、部長や仲間を助けられるのなら、安いもん──」
「安くないよ!」
あまりにも簡単に言うイッセー兄に思わず叫んでしまった!
「もう無茶はしないで! アーシアさんのときは命を捨てようとして、ゲームのときは死にかけて、部長のために片腕を差し出して!」
「・・・・・・ゴメン、本当に心配かけて」
イッセー兄の服をギュッと掴み、泣きながら必死に告げる私にイッセー兄はやさしく頭を撫でてくれる。
「でも、心配かけちまって悪いけど、取り返しのつかないことになるのは本当にいやだから。もちろん、死ぬ気はねえよ。命は惜しいからな」
やさしく告げるイッセー兄に私は言う。
「──じゃあ、ひとつだけ約束して! 死なないって約束して! ずっと一緒にいるって約束して! もう、大好きなヒトが死ぬのは・・・・・・」
最後にまた泣きそうになってしまう私を安心させるようにイッセー兄は笑顔を浮かべる。
「ああ、約束するよ! 俺は死なない! ずっと千秋と一緒にいる! ていうか、ハーレム王になるまで死んでたまるか!」
そう強く告げられた言葉を聞いて、私もようやく笑顔を浮かべられた。
「約束」
「ああ!」
強く約束をした私たち手を繋ぎ帰路につく。
その途中、ふと私の脳裏にお父さんとお母さんがこの世から去ってしまった光景が浮かんだ。
あんな思いはもういやだ! 大好きなヒトを守れる力がほしい──そんな想いから賞金稼ぎになるために力を付けた。その想いに応えるように神器が目覚めた。
今後もイッセー兄が無茶をするのなら、私は命をかけてでもイッセー兄を守る。そのとき、私はそう強く誓った。
―○●○―
帰り道の途中、冷静なった私はさっき告げた言葉を思い出していた。
『──じゃあ、ひとつだけ約束して! 死なないって約束して! ずっと一緒にいるって約束して! もう、大好きなヒトが死ぬのは・・・・・・』
こ、これって、ほぼ告白同然なんじゃ!? そう思った私は顔が火照ってきて、頭の中がパニックになり、心臓がバクバクと鳴り始めた!
な、なんとか落ち着いて、イッセー兄のほうを見る。
イッセー兄はとくに動揺している素振りは見受けられなかった。
その事実に内心で唸りながら、今日のデートの目的を思い出す。
「・・・・・・ねぇ、イッセー兄」
「ん、なんだ?」
「・・・・・・イッセー兄は上級悪魔になって眷属をハーレムにするんだよね?」
「うん、そうだけど」
それを聞き、私は意を決して言う
「じゃあ──私が立候補してもいい?」
「えっ」
私の言葉を聞いてイッセー兄は素っ頓狂な声をあげる。
いっぽう、私はいまにも心臓が破裂しそうなほどバクバクと鳴っており、顔がすごく熱くなっていた。
「え、えーと」
「・・・・・・・・・・・・私じゃ・・・・・・ダメ・・・・・・?」
すぐに答えないイッセー兄を見て、断られたらどうしようとすごく不安になった私は消え入りそうな声音でおそるおそる尋ねる。
「いや、むしろ歓迎だけど──いいのか?」
歓迎と言い、照れながら訊いてきたイッセー兄に私は安心と嬉しさと恥ずかしさで頭がごちゃごちゃになる。
・・・・・・とりあえずよかった。それってつまり、イッセー兄は私のことを少しは異性として意識してくれてるってことだよね?
「・・・・・・うん。それに一緒にいるって約束したし」
「えーと、それじゃあ、いつになるかわからないけど、上級悪魔になったら真っ先に千秋を眷属にするよ」
「うん。じゃあ、これも約束」
「ああ、約束だ」
思わぬ約束をしてしまった。イッセー兄、いまの約束のこと、どう思ってるのかな?
もちろん、それを尋ねる余裕など私にはなく、火照った顔とバクバク鳴る心臓を悟られないように帰るのが精一杯だった。
余談だけど、このあと、明日夏兄と合流してしまい、今日のデートのことがバレていろいろ訊き出されるのでした。
そうなると思ったから言わなかったのにぃぃぃっ!
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