魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第5章:幽世と魔導師
第144話「葉月の背負うモノ」
前書き
一応うつしよの帳を知らない(やった事ない)人にも大体は分かるようにしているつもりです。
=out side=
「……前世、私は姉と共に普通に暮らしていました」
思い出すように、懐かしむように葉月は過去を語り始める。
それを、優輝は黙って聞く。
「しかし、ある日、私達は幽世へと落とされました」
「幽世に……“落とされる”?」
「神隠しのようなものです。唐突に、何の前触れもなく落ちてしまいました。……本来なら、あり得ない事です。しかし、それが私達には起きてしまいました」
“そして、帰る事は叶わない”と葉月は続ける。
行方不明になるだけの神隠しと違い、幽世に落ちてしまえば……そのまま死ぬ。
「現世の者が幽世に落ちる……それは、現世と幽世の均衡を乱す事態です。二つの世界は対となって釣り合っているのですから」
それは、紙の裏表のようなもの。
決して交わる事のない世界だが、葉月とその姉は渡ってしまったのだ。
「私達は、本来なら均衡を保つために死ぬはずでした」
「…誰かが、その“負担”を背負ったのか?」
「はい。……土宇裳伊と言う、幽世を統べる記憶の神に力を与えられ、生き永らえていました」
「記憶の神……」
神である存在ならば、均衡を保つ事は可能だろうと、優輝は理解する。
「私達は何とかして幽世を出ようと模索していました。……そんな時です。一人の陰陽師が、生きたまま幽世へとやってきました」
「……“落ちてきた”ではなく、“やってきた”なのか」
「はい。私達が落ちた時には、既に幽世の大門は開かれていました。落ちたのもそれが原因で……しかし、その陰陽師の方は幽世の大門を通ってきたのです。自らの意志で」
「っ………!?」
その言葉に、優輝は驚く。
椿達の過去を優輝は知らない。だが、今ある状況だけでも大体は予想出来ていた。
それはすなわち、椿達の前の主が、幽世の大門を自身を犠牲に閉じたのだと。
「(まさか……そんな事が…?)」
「ただ、その方は記憶を失っていました。……そして、私達と同じく、均衡を乱す存在でもありました」
「………」
優輝は一旦考えるのを後にし、話の続きを聞く事にする。
「……私達は、その陰陽師の方を殺そうとしました。そのために、私は記憶を失っている所に付け込んで同行するようにしました……」
そう話す葉月は、どこか悪い事を思い出すように嫌な顔をしていた。
「……騙そうとしたけど、騙せなかったって感じだな」
「…はい。事実、私はその方と同行している内に、段々と殺すなんて事を考えられなくなりました。それほど、その方は良い人で……私も、騙している立場ながら友人と思うようになって……」
優輝に指摘され、葉月は俯きながら肯定する。
「…話が逸れましたね。……結局、別行動していた姉と合流するまで、私は同行したままでした。……彼女とは、その時に離れました」
「彼女……?女性だったのか?」
「あ、はい。成人していましたが、貴方ぐらいの方でした」
優輝の身長はあまり高くなく、同年齢の女子程だった。
“彼女”は、当時の成人(14歳前後)したばかりの見た目だったという事らしい。
なお、二人は知らない事だが、“彼女”は現代でも成人を迎える程の年齢だった。
「…また話が逸れましたね…。その後、私達は彼女の命を…殺すための別の方法を使おうとしました。実際、何度かその方法を使って命を狙いましたが……彼女は、それら全てを乗り越えて、土宇裳伊様の加護を受けていた姉さえも、打ち破りました」
「………!」
それを聞いた優輝は、素直に感心する。
土宇裳伊がどれほどの力量を持っているか知らないとはいえ、神の加護を受けた人間を、同じ生身の人間が打ち破ったのだ。
神降しに劣るとは言え、神の加護は強力なもの。それを打ち破る程の力を、その陰陽師は持っていたという事になる。
「それほどの力を身に着けていれば、土宇裳伊様も直接出てきます。そして言いました。……“三人共幽世から出る方法がある”と」
「………」
本当なら、それは事実なのか疑いながらも、喜べるような言葉だろう。
しかし、葉月の浮かない表情から、それで終わりではないと優輝も気づく。
「それは、土宇裳伊様が討たれる事で、均衡を保つというものです。私達三人が持つ因果などを全て背負って、土宇裳伊様は転生しました」
「因果などって……そんな事をすれば……!」
どうあっても、平穏とは程遠い来世になってしまう。
その事に、優輝は思わず声を上げてしまう。
「……はい。土宇裳伊様は、少なくとも忌み子として生まれ変わると言っていました。……事実、その通りになったのだと思います。確かめる術はありませんが……」
「……神がたった三人のためにその身を犠牲に…か」
何とも壮大な話だと、優輝は思う。
「話を続けますね。……幽世の神と言う立場は、姉が引き継ぎ、私達は幽世の出口を探しました。紆余曲折を経て、幽世の出口……つまり、幽世の大門へと辿り着きました」
「そこから出て終わり……って訳じゃないんだな」
「……はい。姉は、幽世の神になった事で出られず、あの人も、出た後は二度と会う事は叶いませんでした。どうやら、幽世を出てから長い事眠っていたようで……」
「………」
最後までハッピーエンドと見せかけた、バッドエンドに近い終わり。
本当なら三人で出られるはずだったのに、姉を残し、友人とは二度と会う事が叶わず、そのまま残りの人生を過ごす事になったのだから。
「私は、早死にでした。やはり、幽世に長くいた事が原因なのでしょう。普通よりも、寿命が短かったようでした」
「……人生に幽世が関わっていたから、見過ごせない……と言う事か」
「はい。……それに、もう一つ訳はあります」
「ん……?」
もう一つ、見過ごせない訳があると言う葉月。
むしろ、こっちの方が大きな理由になると言わんばかりの雰囲気だった。
「死ぬまでの間、私は何もしていなかった訳ではありません。私は必死になって、友人を……“とこよ”さんを探しました」
「っ、その名前は……!」
「知っているのですか?」
「……うちの式姫の、前の主の名前だ」
“繋がった”。そう優輝は思った。
まさか、こんな所で情報が繋がるとは思わなかったのだろう。
「……悪い、話を続けてくれ」
「…はい。とこよさんを探して回っている内に、ある場所に辿り着きました。当時、陰陽師を育成する学園として栄えていた、“逢魔時退魔学園”に」
「逢魔時……退魔学園……」
優輝にとっては聞いた事がない名前だが、心当たりはあった。
神夜が言っていた“かくりよの門”に舞台として登場しそうな名前だったからだ。
「そこで、方位師という陰陽師を補佐する一人に会いました」
「方位師……確か、有事の際は陰陽師を強制帰還とかする立場の……」
この辺りは椿たちに優輝は聞いた事があった。……ただし、触り程度だが。
「はい。“百花文”と言う方でした。私が学園に辿り着いた時、時を同じくして幽世の大門が閉じられました。……そして、閉じた陰陽師の方は戻ってこなかったのです」
「……その陰陽師の名が……」
「「“有城とこよ”」」
椿たちから聞いた事と、神夜が勝手に言っていた“かくりよの門”の情報を照らし合わせた優輝は、葉月とほぼ同時に同じ名前を呟く。
「……どう思っているんだ?君の友人と、大門を閉じた陰陽師の関係性は」
「……同一人物だと、そう思っています。同じ名前で、大門を閉じれる程の陰陽師は、あの人以外にいませんから」
「そうか……」
優輝には、否定も肯定も出来なかった。何も知らないからだ。
今聞いた話も要点のみなので、細かい事情などは全く知らない。
故に、軽々しい推測は述べられなかった。
「…話を続けますね。文さんと会った私は、詳しい話を聞きました。そして、共に探す事にしました。……ですが、文さんは病弱で、探す際の長旅に耐えられず……」
「………」
口ごもる葉月だが、それだけで優輝は分かってしまった。
病弱の身で無理をしたため、死んでしまったのだろう……と。
「きっと、無念だったと思います。……それに、他にもとこよさんを探す人達はいました。……ですが、やはり人間です。寿命には逆らう事が出来ず、そうでなくとも無茶が祟って…次々と死んでしまいました……」
「………」
「私もそんな人達とそう大差ない期間で死んでしまいましたが……それでも、背負っているんです。あの人たちの想いを…!」
「……それが、見過ごせない本当の理由…」
大切な人達が関わっていて、尚且つそれが完全に解決した訳じゃない。
それを生まれ変わってから知った葉月は、例え力不足でも見過ごす事はできなかった。
「……ですから、例え直接戦う事が出来なくても、じっとしている訳にはいきません」
「そうか……」
なんとなく、優輝は“同じ”だと思った。椿たちと……そして自分とも。
諦める事は出来ない。間接的にでもいいから、じっとしていられない。
それを優輝は椿たちからこの事件の最中に感じ取り、また、自分もかつてはそう言った感情を抱いていたからだ。
「…長々と、お話してしまいましたね」
「……いや、こちらとしても重要な話が聞けた。ただでさえ解決しなければと思っていたが……それが尚更強くなったようだ」
「…ありがとうございます」
話が一段落し、いつの間にか出されていた紅茶を飲み切る優輝。
そして、すぐに立ち上がる。
「……来るか?アースラに」
「アースラ……魔法を扱う組織の船…ですよね?」
「ああ。その物見の力は、今回は相当重要なものになってくる。君の背負っているもののためにも、協力して欲しい」
そういって、葉月に手を差し伸べる優輝。
葉月は、それを見て覚悟を決めた様子で握った。
「…はい。私の力が役立つのなら、是非」
「よし、なら、早速事情説明のためにも行かないとな。また転移するから掴まってくれ」
「分かりました」
直後、二人は転移魔法でアースラへと跳んだ。
もちろん、忍達が混乱しないようにアースラに戻る旨を書き記した紙を置いて。
=優輝side=
「……それで、結局連れてきたのか」
「ああ。“縁”を見る力…元凶を探すにはうってつけだろう?」
「……まぁ、そうなんだが…」
巻き込むのに気が引けるのは分かる。
だけど、彼女はそれに関係なく首を突っ込むだろうからな。
「各地の様子はどうなっている?」
「何とか持ち堪えている状態だ。交代しながら被害を抑えている。他の皆は大体が帰還して仮眠を取っているな」
「了解。……夜なのに持ち堪えているだけ上々だ」
夜は妖の力が増す。まぁ、魑魅魍魎の類は夜に出るのが普通だからな。
「椿は避難場所の人達への説明、葵は探索の続行でまだ出ている。……式姫の二人だからこそだけどな」
「朝ぐらいには休ませないとな」
いくら夜でも動けると言っても、不眠不休は厳しい。
「あの……それで、私はどうすれば…」
「そうだな…とりあえず、休んでくれ。寝ている所を襲撃されたんだろう?いいよな、クロノ」
「ああ。部屋は優輝に案内してもらってくれ」
……ふと思ったが、クロノはいつ休むんだ?
指揮自体はクロノ以外でも出来るだろうから、その内交代するんだろうけど…。
「でも……」
「鞍馬と言う式姫の事や、妖の対処は任せてくれ。大きな行動を起こすのは、夜が明けてからの方がいいのは、わかっているだろう?」
「……はい。…すみません、焦ってました」
「気持ちは分かる。安否も気になる所だしな」
…そう。大門の守護者以外にも不安要素はある。
式姫の姿をした何者か。……まるで、僕らの偽物の時のようだな。
「さて、案内しよう。……と言っても、必要な所以外は他の人達に聞いてくれ。そうじゃなかったら不用意に近づかないように」
「はい」
個室やトイレ、食堂などの場所を教えておく。
一応アースラの地図もあるから、それを渡しておく。
これで大丈夫だろう。
=葉月side=
「じゃあ、用があったら誰かを呼んでくれ」
「分かりました」
志導さんは、そういってどこかへ行ってしまいました。
「……はぁ…」
疲れを吐き出すように、大きな溜め息を吐きます。
「……上手く、隠せていたでしょうか…」
そう言って、私は“体の震え”を抑えていた力を解きます。
「志導…優輝さん……」
私の体が震えていたのは、志導さんが原因です。
あの人を“視た”時、確かに式姫との“縁”も感じていました。
ですが……本当は……。
「っ……!何なんですか、あの、“縁”は…!」
恐怖とか、そういうのじゃなくて、ただただ“混乱”。
そんな感情が、私の中を駆け巡りました。
「……っ…はぁ……」
言葉では言い表しようのない“縁”。それが彼から感じました。
私の力は、縁あるものが遠すぎると意味がありません。
その点に置いて、見える時点で遠くない事が判りましたが……。
見えた上で“不透明”か“不明瞭”…もしくは、その両方…。
まるで、“見えているのに見えていない”かのような……。
「(あれほどのものを、隠している…?いえ、あの素振りでは、あの人自身、気づいていませんよね……)」
まるで、見てはいけないものを見てしまった気分です。
「(それに、あの人の中に見えた“縁”。あれは一体……?)」
あまりに大きな存在感を放つ、異質すぎる“縁”に隠れていましたが、それ以外の“縁”も見えていました。その一つが、彼の内側から見えていたのです。
「(別人格?いえ、人格なら、あんな風に“縁”としては見えないはず…。見えたとしても、もっと彼自身と混ざり合った感じになるはずです…!)」
二重人格などの場合、別の“縁”として見えるはずがありません。同じ場所にあるのですから、“縁”も何もありあませんからね。
……しかし、彼の場合は別でした。まるで、同じ位置にあって全くの別物のような…。
「(…まぁ、確証がないのですけど…)」
飽くまで“未知”だったから引っかかっただけの事です。
もしかしたら、大したことがないかもしれません。
………尤も……。
「(もう一つの“縁”は、明らかにおかしいですけど…)」
見えているようで、見えていない…。
それは、言い換えると近いようで遠いようなものです。
距離によって私の物見の力が通用しなくなったりしますが、今回の場合は、通用しない距離なのに見えているようなものでした。
「(……“距離”じゃないと言うのですか?)」
“縁”が見えても、不明瞭。…これ自体は経験した事がありました。
しかし、“縁”の中身が不明瞭と言うのは、経験した事がありません。
まるで私には見る資格がないかのような……。
「…………」
……彼の異質さに気づいている人は、いるのでしょうか?
私には、ただただ不安に思えてきます。
「(“縁”があると分かっても、正体不明……)」
私の能力がここまで役に立たない……いえ、逆に混乱させてくるなんて…。
……ただ、唯一分かったのは、その“縁”は……。
「(……八百万の神なんて、目じゃない…途轍もない強さの存在が、関わっている…)」
それこそ、今起きている状況が、“他愛のない”と言ってしまえる程の……それほどの存在感が、鮮明に見えた訳でもないのに、伝わってきました。
「……考えても、仕方ありませんよね…」
少し考え込んで、私はそう結論付けました。
大事なのは、今の状況です。
例え後に関わってくるとしても、私にはどうしようもありません。
「(大門からの“縁”。その正体は間違いなく大門の守護者です。それはおそらく彼も気づいているはず…)」
そもそも大門に“縁”があるのは守護者ぐらいです。
……もしくは、“閂”になった存在……。
「(向かった先は東。……そこに何かあるとすれば……)」
なぜ、大門の守護者が門から移動したのか。
それは、未練や因縁など、守護者に強い関係がある場所があるからです。
人の霊が、生まれ故郷を追い求めて彷徨うように、守護者もそう言った場所へ向かう性質があるからです。……私の場合、守護者の性質はそこまで詳しくないですが…。“トバリ”ならわかるんですけどね…。
「……逢魔時…退魔学園……」
東に心当たりがあるとすれば、それだけです。
あの時、同じことを呟いていた鞍馬さんも、同じ事を思っていたのでしょう。
「………嘘、ですよね……?」
守護者の移動する際の性質、大門との“縁”。
もし、逢魔時退魔学園が関係しているのだとしたら……。
「……どうして……なんですか…?どう、して……」
行き着いたその考えに、私は信じられずに呆然とします。
「……いえ、いえ…!飽くまでこれは逢魔時退魔学園が関係していたらです…!そんな事が、あるはずありません…!」
大門の守護者の正体。憶測でそれを考えるのは精神衛生上やめた方がいいですね…。
「(幽世の大門の閂に、“あの人”は確かになりました。……だと言うのに…)」
本来ならとこよさんがなる所を、“あの人”は友人を助ける体で成り代わりました。
大門を閉じるための閂に。そして、無理矢理私達を現世へと追い出しました。
……それなのに、今現在、各地の幽世の門は開いてしまっています。
「(……やっぱり、許せません…!)」
とこよさんが、姉さんが、“あの人”が、土宇裳伊様が、色んな人が自分に出来る事をやり尽して成し遂げた事。
……それなのに、それを台無しにしてしまうなんて…許せるはずがありません。
誰が悪いとか、何が原因とか関係ありません。
「(絶対に、閉じなければ……!)」
私は……皆さんの想いを背負っているんですから…!
=out side=
「ッ……!」
「…あら、目が覚めたのね」
どこかの山の中で、鞍馬は目を覚ます。
「ここは……」
「さぁ、どの辺りかしらね。まぁ、どこかの森よ」
「………」
鞍馬は、先程から独り言のような疑問に答えてくれる相手に目を向ける。
そして、その相手に驚愕した。
「……生きていたんだな」
「ええ。…私がいなくなったら、誰が七夕の人々の願いを叶えるのよ」
「…それもそうだな」
その相手は、織姫。
鞍馬と同じ、現代まで生き残っていた式姫の一人だった。
ちなみに、七夕での願いは、彼女が出来るだけ叶えているらしい。飽くまで現実的且つ可能な分だけだが。
「それよりも、何があったの?貴女程の式姫が、あそこまでやられるなんて」
「……式姫だ」
「え?」
「式姫の姿をした、何かが襲ってきた。……私もそれに面食らったのもあってな……逃げ切ったのはいいが…」
「途中で倒れてしまったと……。…移動しておいたのは正解だったわね…」
織姫が鞍馬を発見した時、すぐにそこから移動した。
何とも言えない危険を感じた故の行動だったのだが、それが功を奏したようだ。
「通りで直前の場所と違う訳か…助かった。そしていい判断だ」
「世辞はいいわ。それより、式姫の姿をした……って…?」
「ああ。直接相対したからわかる。……いや、“何か”と言うのは語弊があるな。むしろアレは“空虚”だったと言うべきだ」
「空虚…?空っぽだったって言うの?」
「そうだ。中身がなかったと言う方が合っている」
そう言われても、織姫にはピンと来なかった。
説明する鞍馬も、そんな様子の織姫に“無理もない”と思っていた。
これは、実際に相対しないと分からない事だからだ。
「……まぁいいわ。言葉だけでは分からない事もあるしね」
「そうだな。……それはそうと、お前はなぜここに?」
鞍馬は織姫が現代に生きている事は知らなかった。
それほど、織姫はそこまで表に出ずに暮らしていたのだ。
それなのに今ここにいる事に鞍馬は疑問に思っていた。
「それはもちろん、妖を討伐するためよ。……見れば、幽世の門がまた開いているじゃない。それなのに籠ったままって言うのは自分で許せなかったの」
「そうか。…私もお前も、やはり式姫だな」
「そうね」
妖に対抗すべき存在。それが式姫。
そんな式姫だからこそ、再び戦場に赴いたのだと、二人は言った。
「……となると、そうだな…」
「…今後の行動方針かしら?」
「ああ。どれほどの式姫が残っているのかは分からない。だが、どのみち私達だけでは大門を閉じるには力が足りないだろう?」
「……そうね」
それは、覆しようのない事実だった。
ましてや、鞍馬と織姫はかつて大門を閉じに行った際に、同行した式姫ではない。
それはつまり、大門を閉じるには力不足だったという事。
さらに、現在は少し戻っているとはいえ、力も衰えている状態。
どう考えても、そのまま大門を閉じに向かうには力が足りなかった。
「そちらで、他に生きている式姫を知らないか?」
「……いえ。残念ながらこっちも把握していないわ」
「そうか……他にいればいいが…」
どうしたものかと悩む鞍馬。
「とにかく、他の式姫も探そう」
「そうね。どこかで痕跡が見つかるかもしれないし」
結局は地道に行くしかないと、二人は結論付ける。
「っ……そうだ、葉月……!」
「え?」
「すまないがついて来てくれ!至急確かめねばならん事がある!」
「ちょ、待ちなさいよ!」
そこで、葉月が一人取り残されている事を思い出し、鞍馬はその場所へ戻ろうとする。
慌てて織姫が、それについて行く。
もちろん、既に優輝に保護されたのだが、それを知るはずもない。
「さっき聞きそびれたから、移動しながら聞くわ…!」
「なんだ?」
翼をはためかせ滑空する鞍馬に並走しつつ、織姫が聞きそびれた事を聞く。
「さっき言っていた式姫の偽物…誰の姿をしていたの?」
「ああ、その事か」
偽物がいると知っていても、それが誰の偽物なのか知らなければ意味がない。
だから、織姫は尋ね、鞍馬もまた、それに答えるように名を告げた。
「……薔薇姫だ」
……そう、優輝達が良く知る名を。
後書き
土宇裳伊…うつしよの帳に出てくる記憶の神。由来はおそらくドウモイ酸と言われる、記憶喪失性貝毒の原因物質(神経毒)と思われる。
閂…幽世の大門を閉じておくためのロックのような存在を示す言葉。かくりよの門、うつしよの帳に出てくるワード。閂自体はトイレなどにあるロックみたいなもの。
トバリ…うつしよの帳での敵の呼び名。実質妖と変わらない(描写的に)。
“あの人”…うつしよの帳で主人公たちを現世に出した存在。クリアしていた人なら誰か分かるはず。
葉月が見た優輝の内側からの“縁”は、優奈のものです。まぁ、“縁”が見えたのはそれ以外の訳がありますが…。本来なら二重人格の場合“縁”なんて見えないはずですがね(一心同体ですし)。ちなみに葉月は二重人格の式姫を見た事があるので、その違いは分かっています。
この小説と、うつしよの帳・かくりよの門の設定には、大きな違いがあります。本来なら、うつしよの帳の主人公はかくりよの門の主人公の母親ですが、この小説は母娘に近い同一人物と言う設定になっています。簡単に言えば、かくりよの門の方は、うつしよの帳の方の式神(依代)みたいなものです。式神の主→生み出した者→母親みたいな感じです。
ページ上へ戻る