二本足の犬
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第一章
二本足の犬
廣澤吉能は才気煥発、しかも容姿端麗な将来を渇望されている若手の女性学者だ。生物学の権威である。
一本の感じの左右の眉に優し気な奥二重の瞳と濃いめのピンクのやや大きい口がトレードマークで黒髪を奇麗に伸ばしている。背は一六〇程で助手の辻美祐とよく一緒にいる。美祐は吉能より年下ということもあるがそれを抜いても童顔で優しい感じのアーモンド形の瞳と薄い眉、奇麗なピンクの唇に長い波がかった黒髪をツインテールにしているのが目立つ。吉能は美人で美祐は可愛いという感じだ。ただし背は美祐の方が四センチ位高い。
ある日吉能は美祐に自分の研究室で一緒に紅茶を飲みつつこんなことを言った。
「犬って四本足で歩くわよね」
「はい、そうですけれど」
美祐も紅茶を飲みつつ応える。
「イヌ科の生きものは全部そうですね」
「それで私考えたけれど」
美祐にあらためて話した。
「二本足で歩いてもらおうかなってね」
「思ってるんですか」
「そう、アニメとか童話みたいにね」
「あの、そうしてですけれど」
美祐は吉能の話を聞いて眉を曇らせて返した、
「何か意味は」
「あるかっていうのね」
「はい、ありますか?」
「実はね」
吉能は一口飲んでから美祐の質問に答えた。
「何となくよ」
「何となく、ですか」
「そうしたら面白いかなってね」
そう思ってというのだ。
「考えてみたけれど」
「面白いから、ですか」
「そう、どうかしら」
「面白いってだけでそうすることは」
「学者として?」
「よくないですよ」
真面目な顔で吉能を注意した。
「やっぱり」
「美祐ちゃんは相変わらず真面目ね」
「真面目っていいますか」
眉を顰めさせてだ、美祐は実は敬愛している吉能に返した。
「博士がそういうところ非常識過ぎるんですよ」
「だって立てるのは人間かお猿さんだけか」
それはというのだ。
「そうした決まり決まった考えはね」
「打破すべきですか」
「そこから先に進歩があるでしょ」
人類のそれがというのだ。
「コロンブスの卵よ」
「コロンブスの卵は違う意味なんじゃ」
簡単なことでもそのやり方を見付けることは容易ではないということだ、卵を立たせることにしても。
「それは」
「そうだったかしら」
「博士文系の成績は」
「私は理系の天才よ」
これが吉能の返事だった、白衣に黒いズボン姿で闊歩しつつ言い切る。見れば美祐も白衣だが膝までの可愛らしいスカートだ。
「文系は普通だったわ」
「だから今みたいな間違いするんですね」
コロンブスの卵のそれをというのだ。
「成程」
「それが私の天才に何か影響があるか」
理系のそれにというのだ。
「ないでしょ」
「だからいいんですか」
「私の中ではそうだしね」
「それで二本足で立つのはですか」
「人間やお猿さんだけじゃない」
「そのことを世に知らしめるんですか」
「それが面白そうだから」
吉能はその整った顔をにこりとさせて言った。
「やるわよ」
「そうですか」
「じゃあいつも通りアシストお願いね」
「わかりました」
こう話してだ、そしてだった。
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