ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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コラボ
~Cross over~
Reincarnation;再生
「……ぱい。……先輩?あの、大丈夫ですか?」
呼びかけられ、慌てて漂流していた意識を引っ張り上げると、白いテーブルの反対側からハルユキが心配そうな表情でこちらを見つめていた。
「あぁ、すまない。少しぼーっとしていた」
苦笑し、紙コップのブラックコーヒーで唇を湿らせる。
放課後の学食ラウンジは閑散としていて、他の生徒の姿はない。それでも念を入れて周囲をちらりと見渡し、会話が誰にも聞かれていないことを確認してから、黒雪姫は少しもったいぶるように一拍を置いて口を開いた。
「実はな、おかしなバーストリンカーと対戦してな……」
そこからハルユキに話したのは、おおよそ先日の奇妙な対戦の顛末だったのだが、そこからは意図的に『梅郷中で』という位置情報を欠落させている。
学内ローカルネットに正体不明の新たな敵性リンカーが出現したということは、《シアン・パイル襲撃事件》を例に出すまでもなく一大事だ。本来ならばレギオン内で充分な情報共有の上、十全な対策を立案、敵のリアルを割らなければならないところである。
だが、黒雪姫はそうしなかった。
《赤の王》であるニコとの共同戦線でも容易ではなかった敵、という黒雪姫の言に仰天するハルユキの顔を眺めながら、脳裏で思案を巡らせる。
―――おそらくあれは、勝ちじゃない。掌の上でさんざん転がされた挙句に、楽しみ飽きて捨てられただけだ。
すっ、と目を細める黒雪姫に相対するように、黒雪姫の《子》は興味津々といった体で身を乗り出してくる。
「正直、信じられません。近接で先輩を圧倒した上に、ニコの弾幕を潜り抜けるなんて……。なにか特殊なアビリティや必殺技とかなら分かるんですけど」
「いや、私も赤いのも見ていたよ。あれは純然な身体性能と体捌きだ。まぁもっとも、信じられないというのには大いに同意だがな」
肩をすくめた黒雪姫は、紙コップの縁を指でなぞりながら言葉を重ねた。
「奇妙なリンカーだったよ。立ち振る舞いはまるで対戦フィールドに初めて降り立った初心者のようにおぼつかないのに、いざ戦闘となるとスイッチが切り替わるような怪物になった。武器は持ってなかったが、もしあれでナイフなどの近接戦用武器を持っていたら、何か思う前に終わっていただろうな」
「そ、そこまでですか……」
「能力値構成は単純なんだ。真正面から真正直な敏捷値一極型。だが、その度合いが常識外れだった。……あんな体験は初めてかもしれないな」
いっこうに出口の見えないジャングルのような底知れなさと、底に辿り着かない深海のような不気味さが同居しているような、あの月のない夜の色を宿した瞳を思い起こし、知らず二の腕をさする。
そして、その恐怖ゆえに、あの少年の最後の言葉を思い出す。
―――私とあれが同じ、か。さて、的を射ているか否か極めて複雑なところだが、たぶん、ある意味でそれは合っていて、そして絶対に何割かは違っているのだろうな。
あの世界を――――加速世界を愛しているか。
レンホウというあの闖入者が放ったその言葉に応えるなら、そんなどっちかつかずとも取れる答えだろう。
確かにあの世界は好きだ。あの世界がなければ、今の自分は存在していない。自分を信じ、ついてきてくれるレギオンの皆と触れ合うこともなかっただろう。
だが――――
己の底。初代《赤の王》レッド・ライダーを討った頃から背負う十字架と、それに付随して蔓延る粘度の高い憎悪の感情もまた、あの世界を知らなかったら存在しなかったのも事実だ。
あの極悪の白にいつか相対し、その首を刎ねた先、自分はどうなるのかは分からない。
でも絶対に、その行為の代償でまた、何かが歪むのだろう。
それがどれだけ大切なものかは関係ない。けれどきっと、歪みは歪みしか生み出さないのだから。
「先輩」
「……ン?」
ぼんやりと思索の海に眼を泳がせていた黒雪姫は、ハルユキの呼びかけで視線を戻した。
そして、冷たくなりかけていた心を、彼は、
「え、と……それでも今回、先輩と赤の王が勝てたように、絶対に負けない人なんていないと思います。失敗から学ぶってよく言いますけど、勝ってもそれだけ悔しがる先輩なら、次は絶対勝てますよ!」
必死だった。
赤い顔を隠さずに、カップを包む黒雪姫の両手をさらに抱え込むように握ったハルユキは、一息に言った。
一瞬驚いたが、その内容は彼の行動ではなく、その言葉の内容だった。
―――くやし、がっているのか?私は。
違う。悔しがってなんかいない。なすすべもなく振り回されて、遊ばれて、ふてくされているだけだ。
だけど。
―――ああ、そうか。君は、そうだったな。足掻いて、藻掻いて、王の私でさえ圧されるような《災禍》に打ち勝ったんだったな。
連綿と続いてきた歪みの極致。
あの《鎧》の負の連鎖さえ断ち切った君ならば、君とならば――――
「……そうだな」
ぽつりと、華の花弁が舞い落ちるような呟きを落とした後。
黒雪姫は、手から伝わる暖かい熱につられるように、睡蓮の蕾がほころびるような笑みをいっぱいに浮かべた。
唐突に、目が覚めた。
無機質なLEDライトに照らされた蓮は、それだけでついウトウトしていたことに気付いた。
―――……?
だが、何かがおかしい。
いつもはよく分からない夢を見、しかもその内容がすぐにすくった水のように消えていくため、理由のないもやもやが残ることが常だった。
だが今は違う。相も変わらず寝ていた間に見ていた夢はさっぱり覚えていないのだが、妙な高揚感がある。起きた直後だというのに、引きずるような倦怠感がないのはそのせいだろう。
まるでずっと洞窟型のダンジョンに潜っていて、十数時間ぶりに日の光を見たような、そんな爽快感さえ伴う不可思議な快感。経験値稼ぎと頭では分かっていても、単調な作業に飽きていた頃にふと違うものを見た時のような、ささやかな意外感。
ピピッ、と小さな電子音が、車椅子と直結するために嵌めた首の操作部品から聞こえたような気がしたがよく分からない。チョーカー型のそれも含め、車椅子本体は運動力学も考慮した最新型だ。これまで気になるような音はしなかったのだが、システム面で何かあったのだろうか。
だが、首を傾げてカバーを撫でるが詳細など分かるはずもない。基本蓮は、プログラミングは使う側であり創ったり弄ったりするほうではないのである。
『次、189番。小日向蓮さん、3番診察室へ入ってください』
「おっと……」
クリアな放送音声に従い、リノリウムの床を車椅子が滑っていく。
埼玉県所沢市――――その郊外に建つ最新鋭の総合病院。SAO事件の最中、ずっと蓮が入院していた病院だ。
正直、ひどく無機質な病院独特の空気は好きではない。現実にいながら、常に死の匂いが色濃く匂うこの場所は、まるであの鋼鉄の魔城に連れ戻されたようで混乱してしまう。
―――いや、それもたぶん違う。僕が病院が嫌いなのはきっと……。
一瞬だけ、眠っているようにしか見えない一人の少女の死に顔が想起され、そして張り裂けるような彼女の声が――――
「…………っ」
軽く頭を振り、痛切な思い出を振り払う。
その間にも、無意識下で命を下していた車椅子は通路を器用にすり抜け、目的の部屋の前まで来た。一か月ごとに必ず来るここも、もう今となっては勝手知っている。少しだけ前身を倒し、薄いグリーンに塗装された扉を素早くノックした。
中の応答をロクに聞く間もなく、取っ手に触れる。
軽い電子音とともにスライドする向こう側にいた恰幅のいい中年の医者は、軽く額を掻きながら出迎えた。まるっきり人を出迎える態度ではないが、その理由というかそもそもの元凶である身としては何も文句は言えない。溜め息をつかれないだけでマシだろう。
回転椅子の上でくるくる回っている医者は、自分がカエルに似ていることを自覚しているのか、胸元のIDカードには小さなアマガエルのシールが貼り付けてあった。
「来たね、問題児?」
カエル顔の医者はこちらをチラリと見ただけで視線を手元に戻した。そこにはおそらく自分のものであろうカルテがあった。他にも、レントゲン写真や何かの診断結果を記した書類がデスクの天板が見えない程度に積もっていた。
「君、また何かやらかしたね?今回の検査結果、この前の診断結果から予想される値よりさらに悪くなってるね。患者のワガママに応えるのも医者としての仕事だと思うんだけど、それはそれとしてちょっと思うところがあるというかいい加減ブチ切れてもいいくらいだと思うんだけどどう思う?」
「……後半はともかくとして、とくに思うところはないと思いま――――」
「ほう……、そういえばこの間なんとかっていうゲーム内での大会がムチャクチャになったって聞いたんだけど、まさか君、関わってる訳はないよね?そこまで言うんだからね?」
「……………………………すみませんでした」
素直に両手を挙げる車椅子の少年に向かって、医者は今度こそ溜め息を吐くとカルテを机の上に投げ出した。
「別にやるなとは言わないよ?というか、派手なスポーツとかやられるよりはよっぽどマシだからね?でも、たとえ現実では眠ったようなものとはいえ、ゲーム内で緊張状態を強いられたら当然、心拍数や血圧が上がったりするんだよね。そうしたら当然、身体の方には相応の負荷がかかったりするんだね?」
淡々と重ねられるように報られる言葉はどれも正論だ。というか、一方的に非があるのはこちらなので何も言えない。
正論と正直は最強の武器ですね、と蜂の巣にされる心を必死に防衛しながら蓮は苦笑いを浮かべる。
それを見て、処置なしとばかりに肩をすくめるカエル顔の医者を前に、これ以上は分が悪いと思った少年は話題を切り替えるように咳払いした。
「そ、それで先生。どうなったの?」
前置きを省いた言葉。
主語を抜いた言葉。
だがそれでも主治医の医者は顔色一つ変えずに、カルテへ目を落とした。「うん」と一つ軽い一拍を置いて彼は、
「まぁ変わらないかな?君の余命は変わらず一年だね?」
まっさらな言葉を。
当たり前のように放った。
後書き
とんでもないカミングアウトがありましたが、あえて語りません。というか語れません、無粋ですw
さて、そんな些末なことは置いといて(オイ)、初期の初期、それこそこの物語の最序盤の辺りから、ず~~~~っといつか出そうと思っていたキャラをようやく出せました!
そうです。知る人ぞ知るカエル医者さんです。たぶんググれば出てきます、はい。
出したかった理由?好きなんだよォ、味があるこのキャラがよォ!(迫真
なんだろうね。出せただけで満足だね。いやまぁまだまだ書きたいシーンはあるんだけどさ……。
こうやってチェックポイントのように当初の目的を回収するのもまた、いいもんですねぇ。
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