SAO-銀ノ月-
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「わかりません」
暖かな日差しに広がる草原、向かう先は巨大な山。非常にピクニック日和と言わざるを得ないこの日を、リズとともに歩いているという幸せを噛み締めたいところだったが、二人の表情は少しばかり困惑した表情で固定されていた。……以前リズに、『どうせ根暗は治らないんだから、むしろ突き抜けて寡黙な感じになればいいんじゃない?』と茶化されたことがあったな、とショウキはふと思い出していた。言われてみれば自身の父は寡黙という言葉が相応しく、何も言わずともちょっとした表情の変化に母が即座に対応する、というのが我が家の基本スタイルだった。それだけ聞けば亭主関白のようだが、実態は何をしても母に突き抜けという恐ろしい――というのは関係のない話だ。
「ほらショウキ、脱・根暗の第一歩よ」
「適当なことを言うな」
確かに寡黙な男というのに憧れないわけではないが、あくまで脱・根暗を掲げているショウキからすれば、それは全く逆の方向性と言っても過言ではない。だからこうしてリズに、たまに無茶ぶりのような何かを言われるわけだが、今回ばかりはリズの適当なアドバイスに耳を傾けるわけにはいかなかった。
「…………」
「……連れてきちゃったけど、結局は何なのかしらね。あの子」
伊達眼鏡を抑えながらも苦笑するリズがチラリと背後を振り向けば、こちらの歩く方向にてことこと付いてくる、件のNPCの少女がいた。ぱっつんと切り揃えた黒髪を揺らしながら、表情をいっさいがっさい変えることなくただ付いてくるその姿は、まるでカルガモの親にでもなった気分で。
イグドラシル・シティに新装開店したリズベット武具店を、黒髪の少女が訪ねてきたのがつい先程。ホットドックを食べ終わった少女から、またもや違う場所へ連れていって欲しいという願いを聞いて。何やら新しいクエストかと期待に胸を踊らせたショウキたちは店番を専用のNPCに任せると、ついでに鍛冶屋としての商品に使えるレアな鉱石でも見つからないかと、藁にもすがるような思いで少女のクエストを受託した。
……問題があるとするならば、急いで来た為にショウキがイメチェンした、シルクハットを被ってゴーグルを装着し、マフラーを巻いたローブ姿の大道芸人兼暗殺者の格好ままということだが。見た目だけみれば寡黙な感じに見えなくもないため、イメチェンという意味では微妙に正解しているような気もしなくもないのが、ショウキにとっては複雑なところで。
「根暗なら根暗どうし、気が合うわよ絶対! ……さっきなんて抱いてたし」
「人聞きの悪いことと適当なことを言うな……!」
そしてクエストを受託したとはいえ、そろそろ何者かぐらいは知っておかなくては、こちらも少しやりにくいのは確かで。リズにはこうは言うものの、あの少女をただ連れて歩くという謎のクエストを受注したのは、他でもないショウキ本人であって。翼がないため空を飛べないという少女を、ここまで抱いて飛んできたことなどは一切の関係はなく――鍛え直している途中のこのアバターでは、抱えるのに途中で限界が来たのも関係なく、一息ついて観念しながら少女の方向を振り向いた。
「……なあ」
「どうしましたか?」
鈴の音のように綺麗な、人形のように無機質な、そんな言葉が浮かんでくるような声色で、黒髪の少女はこちらを見上げてきていた。その瞳はこちらをただ見据えていたが、やはりどんな感情を抱いているのか分からない――もしや、感情などないかのようなと伺わせてしまう深い瞳に、少しだけ言葉を失ってしまうものの。
「……お前は誰なんだ?」
「わかりません」
「へっ!?」
腹の探り合いなど望んでいないとばかりに、すぐさま確信を突いたショウキの言葉は、すげなく少女によって否定されてしまう。とりつく島もないというか、すぐ背後にいるリズ同様にすっとんきょうな声でもあげたくなるが、目を泳がせながらも諦めることはなく。
「何が目的なんだ?」
「わかりません」
「……名前は?」
「わかりません」
「リズ、お手上げだ」
「えぇ……」
のれんに腕押し、糠に釘。何も分からないと表情一つ変えてはくれない少女に、降参だとばかりにリズへバトンタッチする。とはいえリズも、まさかここまでだとは思っていなかったのか、胸を置くように腕ぐみしつつもどうしたものかと困ったような表情を浮かべていて。それでも気にはなるのか、リズは屈んで少女の目線に合わせてから、ゆっくりと笑顔で語りだした。
「ね、何か覚えてることはないの?」
「わかりません……何も、わからないんです」
……今までは何の感情も感じさせなかった少女だったが、今回の祈るように手を合わせる姿はどこか悲壮感を漂わせていた。自分でも自分が分からない恐怖か……悲しみかはともかくとして、人形のような外見も相まって、どこか守ってあげたくなる雰囲気を漂わせる。
「なら、自分が何か探すために、こうして色んなところを回ってるのか?」
「はい」
「なるほどねぇ……ま、それぐらいなら付き合ってもいいわよね。同じく自分探し中のショウキ?」
「……自分探し中かどうかはともかくとして。乗りかかった船だし」
少女の答えに納得したように、立ち上がりながらニコリと笑うリズに振られた言葉は半ば否定すると。あまりショウキの返答がお気に召さなかったらしいリズが、ジト目でこちらを見つめてきた後、自分の指をそっとショウキの口に置くと。
「ほらほら、乗りかかった船だし……だなんて見栄を張った言い方はしない、ってさっきも言ったでしょ?」
「……着いたぞ」
リズベット先生からのありがたいアドバイスを意図的に無視すれば、少女から今回に連れていって欲しいと頼まれた、アインクラッド第二層《マロメの村》が山の下に見えてきていた。二層の主街区からはそこそこの距離が離れていて、鍛冶屋としてはそこそこの鉱脈はあったものの、特にこれといった名所はなかったと記憶している。
「まったく、もう。それじゃあね、あたしの名前はリズベット。リズでいいわよ」
「ショウキだ、よろしく」
「リズに、ショウキ」
「そそ!」
そんなショウキに不満げな様子を隠さないまま、リズは再び少女に視線を合わせて自己紹介する。そういえば自己紹介すらしていなかったと、リズとともにショウキも名乗ってみせれば、今度はリズにとっても合格だったらしく笑顔を見せてきて。
「では、リズにショウキ……アレはなんでしょうか」
「アレ?」
巨大な山の眼下に存在する小さな村、そんな形容が相応しいそんな場所で。少女を連れてきたついでに、二人で鉱脈を掘って帰るか――などと話していた、当の少女から《マロメの村》がある場所とは異なる方向へ指を指されて。指に釣られてリズと二人で振り向いてみれば、不可思議な光景が目についた。
「ちょっと! 大丈夫!?」
走りだすリズの向かった方向に倒れていたのは、竜人――と呼ぶべきモンスターだった。不可思議な光景というのは、ここはすでにモンスターが現れる場所ではないということ。モンスターとしても高位な竜人が、二層程度で倒れているということ。とはいえ放っておくわけにもいかずに、ポーションを取り出して先を走ったリズへ投げ渡すと。
「……人間の薬でも大丈夫?」
『……背に腹は変えられん』
「大丈夫ってことね!」
ふと、疑問に思ったらしいリズの呟きに竜人の重苦しい返答が告げられた後、リズから容赦なくポーションが放り込まれて。とはいえ流石は竜人といったところか、むせ返るようなことはなく飲み干すと、HPゲージを回復していくとともにゆっくりと身を起こした。その身体には全身に切り傷が刻まれている上に、それ以上に何らかの理由で衰弱が激しいようで、こちらとコミュニケーションが取れるまでに高いレベルの竜人とは思えぬ弱々しさだった。
『……礼を言わせてくれ。私の名はギルバート、ご覧の通りに竜人だ』
「その竜人がどうしたわけ?」
知り合いのタンクのような名前にショウキが反応するとともに、竜人ギルバートの頭上にクエスト発生のマークが浮かぶ。もしやと思い、背後にいたままのNPC少女を振り向いてみたものの、そちらには何の反応もない。少女に反応してクエストが発生したわけではないようだ、とは思いながらも、竜人ギルバートの話を聞いていく。
『……我々の一族は、ある聖樹から命を得ている。その聖樹が……寄生虫に巣食われ、命を終えようとしているのだ』
「……で、その聖樹が死にそうだから、あんたも弱ってるわけ?」
『ああ……恥を承知で頼みたい。どうか、私に協力してくれないだろうか?』
実際に戦えば、今の自分では勝つ見込みがない竜人が弱っている理由は、力の源である聖樹が寄生虫に巣食われているからだと。その衰弱ぶりと先程の傷から、恐らく他の仲間はもう――とまで想像させた後に、ショウキは虫が嫌いだと公言するリズと顔を合わせれば、やはり彼女は顔をしかめていて。
「い、いいわよ。一緒に戦いましょ!」
『……助かる。着いてきてくれ、友よ』
若干、言葉を震わせながらも、リズは竜人ギルバートからの問いかけを受託する。NPCと言えども放ってはおけなかったのか、それとも何か理由があるのかは知らないが、ともかくクエストのログは更新されていた。HPゲージが完全に回復した竜人ギルバートの後を歩きながら、ショウキは未だに嫌そうな顔を隠さないリズに小声で問いかけた。
「……よかったのか?」
「ほっとくわけにもいかないでしょ! ……それに、ちょっと気になることもあって」
「気になること?」
「ええ。前の浮遊城の時に、ちょっとこの《マロメの村》には縁があったんだけど……前はこんな山はなかったのよね」
『あの山は私たちの領地として、つい先日に聖樹が作りたもうた山だ。見覚えがないのも当然だろう』
前の浮遊城――つまりはここがまだ妖精境ではなかった時には、まだ《マロメの村》の近くにこんな山脈は存在しなかった、と。妖精境になるにあたってリメイクされた地形ということか、とショウキが思えば竜人ギルバートから訂正が入り、どうやら山脈となったのはつい最近らしい。
『山で取れた恵を人にも与えて共生していたが……まあいい、着いたぞ。種族は違えども、三人の勇者に、感謝を』
「三人……?」
そうして竜人ギルバートに連れていかれた土地は、山脈をポカリと切り抜いた洞穴のようで。かのラストダンジョン《世界樹》のように、山を切り抜いて生活スペースにしているのだろう。深々と頭を下げてくる竜人ギルバートを見れば、戦いは近いと予感させ――三人だと呼ばれて、ショウキもリズも揃って背後を振り向いた。
「どうしましたか?」
「いや……悪い。着いてきてくれてたんだな。頼まれてた《マロメの村》は向こうなのに」
「リズが怖がっているようでしたので」
「え?」
もちろんそこに立っていたのは、そもそもショウキたちをこの場所に連れてきてほしい、と頼んだNPCの少女。もう《マロメの村》のすぐ直前には着いていたため、新しいクエストの方に集中していたことを謝罪すると、少女はまるで気にしていない様子で。それどころかリズにピッタリと離れずにいるのを見るに、どうやら彼女は――苦手な虫に相対するリズを勇気づけに残ったらしい。
「『こわい』時は他人と一緒にいた方がいいと聞きました」
「……そうね、その通り。代わりに、あたしがあんたを守ってあげるからね!」
『……準備はいいか?』
「ああ」
見上げてくる黒髪の少女のことが気に入ったのか、少女の髪をくしゃくしゃと撫でて自らの背後に下がらせるリズを見つつ、ショウキは専用の薙刀を取り出した竜人ギルバートと肩を並べる。見るからに業物と分かるその薙刀は、竜人らしいこの世ならざる意匠がなされており、ひどく興味を引かれるものであったが自重する。
『聖樹に巣くう寄生虫は、自身の兵士を防衛にあたらせている。大したことはないが、数は多い。しかも聖樹の前では、ただでさえ弱っている私ですら全力を出せん……そこでだ』
そして竜人の薙刀は炎を纏うと聞いてはいたが、どうやらデマではなかったらしく、竜人ギルバートの薙刀が小さく炎を纏う。ただ、その一撃は寄生虫に巣食われ弱った聖樹すらも粉砕しかねない威力であり、そうなれば竜人ギルバートの命もない。かといって長期戦ともなれば、数で劣るこちらが不利になるのは必定であるならば。
『私が隙を突く。君には寄生虫の手下を抑えてほしい』
「……了解」
自慢の薙刀を投げ放つポーズを取りながら、竜人ギルバートはこちらを見据える。聖樹に巣くう寄生虫の本体を一撃で仕留めてみせるので、それまでは手下を抑えて時間を稼いで欲しいと。その作戦でいいと頷きながらも、ついついこんな格好のまま来てしまったが、とにかく動くのに邪魔なマフラーやシルクハットをしまっていく。
「あ、ショウキ。そのゴーグルだけは補正あるらしいから、装備してても大丈夫よ」
「あいよ」
ローブの下に着ていた簡素なハーフメイル姿になりながらも、同じく着崩していたツナギをしっかりと着るリズの助言に、首にかけていたゴーグルを装備する。ゴーグル越しの視界は良好だったが、明らかに防具は今までのものより簡素でいて、イメチェンはともかくとしても装備を整える必要はあるらしい、などと今更に思いながらも。
『……では、行くぞ!』
そうして竜人ギルバートを先導として、本来ならば竜人が住まうであろう洞穴へと突入する。内部にはまずかの世界樹を思わせる巨大な樹が鎮座する空間が広がっており、アレが話に聞いている『聖樹』であろう。どこかで見たかのような錯覚を覚えたが、それもそのはず――かの第百層ボスが操っていた、生命を与える白い大樹だ。その周りを竜人たちが暮らしていたと伺わせる生活スペースが広がっていたが、今やその場所は侵略者に奪われていて。
『ぬん!』
カマキリを人型にしたような、それが寄生虫の手下というモンスターであろう。入口に潜んでいた個体が両手の鎌を――というか両手が鎌であるといった方が正しいが、とにかく鎌を振るってくるが、よりリーチの長い竜人ギルバートの薙刀が胴体を両断する。
「うぇ……こっちは、ま、任せなさいショウキ!」
「あの」
「出来るだけ引き寄せ――え?」
「フレー、フレー」
「あー……ありがとう」
そうして寄生虫の位置を探ろうと聖樹に目を凝らす竜人ギルバートと、どこか気の抜ける応援を相変わらずの無表情な黒髪の少女、二人のNPCの護衛を変わらずメイスとバックラーを構えるリズに任せながら。それでもカマキリたちに苦悶の声をもらす彼女には、出来るだけ戦わせまいとショウキは疾走する。
「よし……」
とはいえヘイト集中スキルなどは持ち合わせていないため、どうやって群体を相手に囮になるか考えていなかったが。どうやら聖樹に一直線に向かうショウキに、寄生虫が何やら指示でも出したのか、手下カマキリたちは一斉に向かってくる。結果オーライだと安心するショウキの眼前に、人型カマキリがすぐ立ちはだかり、無手のままだったショウキへその手鎌を振りかぶる――
「……ナイスな展開じゃないか」
――ことは叶わず。突如として放たれた細剣に、人型カマキリは首を正確に貫かれていた。倒れ伏してポリゴン片と化す人型カマキリから解放され、地面に転がった細剣を蹴り飛ばすと、前方で待ち構えていた人型カマキリの足に突き刺さった。
「せやっ!」
さらに空中から襲いかかってきた人型カマキリ複数体は、出現した鎌を両手で力任せに振るうことで、先程のギルバートの薙刀にやられた個体よろしく胴体をまとめて両断されて。重量のある鎌を振り回す隙を狙ってきた個体は、鎌が消える代わりに出現した大盾に攻撃を防がれ、カウンターに放たれたシールドバッシュに麻痺させれて。
「……っと!」
盾が消えることでショウキと対面し、バットの如く腰をいれてフルスイングしたメイスに、顔面を粉砕されながら吹き飛ばされて。そのまま聖樹に向かって攻め込めば、寄生虫に指示されたのか無理やり割り込んでくる人型カマキリの集団を、先程まで持っていたはずのメイスではなく大剣で薙ぎ払う。ただしこれ以上に足を踏み入れることはなく、もう充分にヘイトは稼げたとばかりにバックステップで退いた。
「……悪いな、持っててもらって」
そうして後退した先には、蹴り飛ばした細剣で膝を穿って身動きを封じていた人型カマキリがおり、丁重なお礼とともに細剣を引き抜いた。継続ダメージにHPが削られていたのか、引き抜くとともにポリゴン片と化してしまったけれど。その細剣も手からストレージに消えていき、再び無手へと戻っていくけれど、それはただの見せかけでしかなく。
その正体はOSS《サウザンド・レイン》。いつぞやレインから貰った秘伝書の効果により、ショウキにもそのOSSを使用可能になった――とは言えなかった。レインのOSS《サウザンド・レイン》が単純な剣術ではなく、レプラコーンとしての鍛冶魔法やスキルを駆使して初めて発動する、彼女にしか使えない代物だったからだ。
そもそもOSS《サウザンド・レイン》は、空間の狭間に武器を潜ませ素早く連続で取り出し中空に固定させた後、ソードスキルを伴ませてそれを発射するというものだ。それがショウキに秘伝書だけで再現できたのは、ソードスキルを伴った武器をストレージから取り出すことのみだった。ただし空間の狭間に潜ませられないために、中空に固定させることは出来ずに手で掴む必要があり、ソードスキルを伴っていると言えども武器にのみであり、ショウキの動きにシステムアシストが加えられることはなかった。
――そんなものは元から必要ない。システムアシストなどなくデスゲームを生き抜いたショウキには、ただソードスキルの威力を伴った武器を出現させる、それだけで充分だった。
「このっ! ……っと!」
鞭をしならせて飛翔する人型カマキリの足に巻きつけ、地面を走る他の個体へと叩きつける。そして二体ともにまとめて切れ味自慢の日本刀で一閃するとともに、縮地を利用したステップで背後から襲ってきた人型カマキリの視界の死角へと入る。アバターのステータスの問題から、《縮地》による高速移動術は出来なくなったものの、まだ近距離で死角に潜り込むことは造作もない。
「……ぐっ!」
そうしてメイスで真正面から人型カマキリを潰すものの、筋力値がギリギリだったからか、大きくショウキの身体はふらついてしまう。OSS《サウザンド・レイン》の効力は、あくまでソードスキルを伴った武器を出現させることが出来るまでであり、それを振るうことが出来るかは別問題だ。そして作ったばかりのこのアバターでは、大剣や両手斧、メイスなどを軽々と振り回すなどということは出来ない。さらにはその武器のスキルを習得しているわけではないので、武器を持ったままにしていようが、その武器のソードスキルを別に使うことも不可能だ。
「リズ!」
振るう武器は全て、鍛冶スキル上げのためにリズベット武具店で造った武器であり、必要なステータスなどは把握しているつもりだったが、彼女が見ている前だからとやり過ぎたらしい。こちらが体勢を崩した隙を見逃さず、ジリジリと包囲を狭めてきた人型カマキリの群れを尻目に、二人のNPCを守っているリズの名を叫ぶ。
あくまで今回のクエストの勝利条件は、敵を引き付け時間を稼ぐこと。自らの一族のことは自分で決着をつける、誇りたい竜人が終わらせてくれる。
「いいわよ! 伏せて!」
リズの言葉が告げられた刹那、頭上に一本の流星が走った。よくよく見てみればその流星はギルバートが持っていた薙刀であり、脇目もふらずに聖樹へと向かっていくと、その外壁を伝っていた蜘蛛のようなモンスターに突き刺さった。危険を感じて逃げ出そうとしていたのか、それともより的確な指示を手下に告げようとしていたのか――それは分からないが。少なくとも、あの蜘蛛タイプが寄生虫とやらだったらしく、ショウキを囲んでいた人型カマキリの群れも活動を停止していた。
「ショウキ! 大丈夫?」
「ああ……なんとか。でも少なくとも、使えはするらしい」
「そっか。ま、そこそこかっこよかったわよ」
主を失って沈黙する人型カマキリの群れが自動的にポリゴン片として破壊されるなか、メイスを片手に振り回しつつリズが心配そうに駆けてくる姿に、多少だけ驚いてしまうものの。どうにかその驚きを内心に留めながらも、ひとまずOSS《サウザンド・レイン》は実戦でもどうにか使えるらしい、と無事なアバターを見せながら示す。竜人ギルバートの一撃がもう少し遅かったならば、危なかったことには触れないでいて。
『……助かった。人族の勇者よ』
そうして装備していたゴーグルを頭部に外すと、先程よりかは楽になった様子の竜人ギルバートが、こちらに歩み寄りつつも聖樹を見上げていた。その瞳は悲しみに包まれており、やはりギルバート以外の竜人は――と思わせると、湿っぽいところを見せてたまるかとばかりに、ギルバートがこちらに振り向いた。
『……とにかく、助かった。お礼をしたいところだが、こんな有り様だからな。あるものと言えば……鉱石ぐら――』
「鉱石……!」
「鉱石……鉱石があるの!? ねぇねぇ、ちょっと見せなさいよ!」
新生リズベット武具店が慢性的な鉱石不足に悩まされていたのを謀ったかのような、そんな竜人ギルバートの言葉にリズ共々に二人で食いついた。とにかく鉱石を見せろと要求してくる二人の人間に、ギルバートは割りと引いていたような気がしなくもなかったが、特に目を輝かせるリズが止まることはなく。
「…………」
――そんな二人の姿を、黒髪の少女は何も言わずに、ただ見つめていた。
「いやー、最高だったわね!」
それから竜人ギルバートにお礼として案内された鉱山は、竜人たちの住みかとして聖樹が生み出したものだということで……あの第百層ボス由来の木であるならば、何があっても驚くまいと決心しつつ。そこから産み出された鉱石は多少なりともプレイヤー間で出回っているものとは勝手が違ってはいたが、充分に店の主力商品ともなるポテンシャルを秘めた鉱石であり、むしろその物珍しさでいい客引きになる代物だった。それをストレージ一杯に貰ってきた後に、足りなくなったらまた来てほしいというありがたい申し出を受けて、ショウキたちは本来の目的地であった《マロメの村》に戻って来ていた。
「それもこれも、あんたがここに連れてきてくれたからよねー」
「……? 連れてきてくれたのは、お二人です」
「そういうことじゃないの! もー可愛いわね!」
予想だにしていなかったところから抱えていた問題が解決したリズは、大変にご満悦でテンションも圧倒的で、鍛冶とメイスを振るうために鍛えてきた筋力値で少女を振り回していた。あくまで子供に対しての高い高いといった感じではあるが、あそこまでブンブンと振り回されていては少女の方が心配になってきてしまう。ついでにツナギを半脱ぎにしていなければ、本来は隠れているはずの部位がツナギとともに、しっかりと揺れるのがショウキにとって目に毒で。
「リズ、そろそろ」
「むう……でも本当に、ありがとね」
「よく分かりませんが、そう言われると嬉しいです。つまり、どういたしまして」
見ているショウキが冷や冷やとしてきたために止めれば、不満げだったがようやくリズはゆっくりと少女を地面に下ろしていた。当事者である少女は相変わらず無感情な表情で、怖がっていたのか楽しんでいたのかも分からなかったが、地上に降りるとともにショウキに向けて手を伸ばしてきていた。
「連れてきてくれて、ありがとうございました。お礼です」
「ああ、そういえば……お礼をしたいのはこっちなんだけど、何か欲しいのはあるか?」
「そうそう、何でもいいわよ!」
「……何でもいいのですか?」
そういえば、この少女をマロメの村に連れてくるのが、本来のクエストだったな――と、報酬の1ユルドを受け取りながら思い出す。とはいえリズではないが、むしろお礼を言いたいのはこっちの方だという気持ちはショウキも同じで、その問いに少女は初めて困惑した表情を見せた。
「では……来る前に食べたものを、またいつか」
「来る前っていうと……ホットドッグ? それならお安いご用よ、ねぇショウキ」
「むしろいいのか、あれで」
「はい」
リズベット武具店の期待の新商品ことホットドッグを、そういえばクエストに来る前に少女へご馳走していた。とはいえシェフからしてもそこまで喜ばれるものを作っている気にはなれないので、また少女にご馳走する時にはもっと腕を上げておこうと、ショウキは内心で密かに決心する。
「しっかしあんたは、いったいぜんたい何者なのかしらねぇ」
「それはオレっちも聞きたいところだナ」
今さらながらリズが少女に向けて放った疑問に、ショウキたちの前にいたプレイヤーから、思いもよらぬ肯定の言葉が返ってきた。今までは気にも留めていなかった相手であり、小柄な女性でフードを被っていたが、その奥から覗く猫のような髭に尻尾から、かろうじてケットシーということは分かる。鍛治屋という商売柄、リズとともに顔は広いつもりではあったが、リズもショウキも見たことがないプレイヤーで。
「……あんたは?」
「《鼠》のアルゴ……なんて呼ばれてた時もあったナ」
……ショウキの問いに、彼女はそう答えていた。
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