提督はBarにいる・外伝
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エピローグと真相
「加賀さん、起きて。加賀さんってば!」
気持ちよく寝ていたのに、身体を激しく揺さぶられて叩き起こされる。うっすら目を開けると、そこには困惑したような瑞鶴の顔があった。
「私を起こそうなんて、随分と偉くなったわね瑞鶴」
「そりゃ起こすよ、もう演習まで30分しかないよ!?」
「……えっ、あっ、ちょ、えぇっ!?」
珍しくテンパってしまった。確かに窓の外を見ると、陽の位置は昼頃を示している。
「それにしても珍しいよね、加賀さんが寝坊なんて。何かあったの?」
瑞鶴に言われるのは癪だが、確かに私が寝坊なんて滅多にあることではない。その原因が昨夜あったのか?と問われればあったのかも知れないが……ダメだ、記憶が抜け落ちたかのように思い出せない。
「それなら起こしてくれれば良かったのに」
「起こしたよ?7時頃だったかなぁ。それでも起きなかったから、提督さんが寝かしといてやれって」
相変わらず、厳しい所は厳しいクセに、そういう所は甘いんだ……あの人は。
「あ、それと食堂に提督さんがお昼用意しといてくれたからそれ食べて演習頑張って来いってさ」
「そうね、身支度を整えたら演習場に向かうわ。貴女は先に向かいなさい」
「は~い、それじゃあね!」
瑞鶴はそう言って扉を閉めた。
加賀を起こした瑞鶴は、演習場へと急ぐ。その途中、珍しく鎮守府の中を見回っている提督と出くわした。
「よう瑞鶴、加賀は起こしてくれたか?」
「うん、今起きたよ。提督さんのお昼があるって言ったら、すっごい喜んでた」
「そうかそうか、なら作った甲斐があるってモンだ」
「………………」
急に黙り込み、提督を見据える瑞鶴。
「何だよ、俺の顔に何か付いてるか?」
「……提督さん、昨日の夜加賀さんと何かあった?」
「……いや?何も?」
しばしの沈黙。重苦しい空気が2人を包む。
「そっか、ならいいや。ゴメンね?変な事聞いて」
「いや、いいさ。それより演習頑張れよ?」
「うん、じゃあね!」
瑞鶴はパタパタと元気よく駆けていった。その背中を見送りながら、提督は呟いた。
「…………そうさ、昨夜は何も無かったんだ、何も」
そして提督はポケットからスマホを取り出し、何処かへ電話を掛け始めた。
「あぁ、俺だ。例の件だがな……見られた加賀にはAクラスの記憶処理を施した。丁度いい実験材料にもなったしな……流石に、ケッコンまで達した空母を喰わせるのは忍びない。まぁ、それによって思わぬ変化が出るかも知れんがな?」
ハハハハハ、とまるで冗談でも交わしているかのように電話口の相手と会話している提督。
「あぁ、計画の方に変更は無い、と言いたい所だが……念の為に17番通路は潰す。あそこが一番使い勝手が良かったが、流石に記憶は消去したとはいえ見つかった通路は使えん」
「あぁ、また今度」
そう言って電話を切ると、提督は気晴らしの為か煙草を銜えて火を点けようとした。
「こらっ!廊下は禁煙ですよ提督!」
「うおっと、うるせぇのに見つかった!」
そこにいたのは、大淀だった。こうしちゃおれんとスタコラサッサと逃げ出す提督。まるで、闇より深い裏の顔を覆い隠す為に道化を演じるかのように。
~数日後・加賀視点~
あの怪談話をした夜から数日が経った。あれから特に私の身体には変化は特にない。前よりも寝付きがよくなった事位だろうか。あの書斎の噂がどうしても気になって、非番の日に赤城さんと調べてはみたけれど、何かしら仕掛けのような物は発見できなかったし、呻き声も聞こえなかった。あの呻き声は空耳か何かだったのでしょうね。提督は前よりも構ってくれるようになったし、良いことですね。
「加賀さ~ん、間宮にあんみつでも食べに行きましょう!」
あぁ、赤城さんが呼んでいる。私の道楽に付き合って貰ったのだからあんみつ位はご馳走しましょう。
「えぇ、お付き合いします」
そう言って加賀は、書斎のドアを閉めた。中には誰も居ない……ハズであった。が、例の一番奥の書棚からまるで幽霊のようにスルリと抜け出してきた少女が一人。
「ふぅ、やれやれ。全くどこの世界線でも特異点たるここの提督さんは厄介な存在ですよ……あ、読者の皆さんお久し振り!1年ぶり位?……え、『お前誰だ?』って、酷いなぁ。こういう場面で出てくるご都合主義キャラって言ったら一人しかいないでしょ?」
そう言って、妖怪猫吊るしと呼ばれる少女はニッコリと笑った。
「さてと。『あれ、あの提督さんが乱心しちゃったんじゃね!?』と不安に思ってる読者さんの為に、その不安を取り除いておかないとね」
よっこいしょ、とどこからともなくちゃぶ台と座布団、それにお茶とせんべいを取り出す猫吊るし。どこまでもフリーダムな存在である。
「結論から言わせてもらうと、この世界はいわゆる『提督はBarにいる。』の世界に限り無く近い平行世界……パラレル・ワールドという奴なんだよね。だから、あっちの世界の提督さんはこんなマッドな実験はしてません……まぁ、もっとえげつないダーティな事はしてるかもね~」
にゃはははは、と笑いながらせんべいをモシャモシャして茶を啜る猫吊るし。
「もちろん、こっちの世界の提督さんもバーは経営してるしほとんど違いも無いんだけどねぇ。1つ違いを挙げるなら、こっちの世界の提督さん、ちょっとばかし知識欲が強すぎるんだよねぇ……」
「深海棲艦の誕生の秘密を解析して、艦娘の強化とかに利用しようとしてるみたいなんだけどね?大分イカれてきてるよ。このままじゃあその内この鎮守府は破綻しちゃうね、ウン」
とんでもない事実を平然と、せんべいをモシャモシャしながら言ってしまう辺り、猫吊るしのこの作品での扱いが解ろうという物である。
「でもまぁ、パラレル・ワールドの1つが消滅した所でほとんど他の世界にも影響は無いよ。そもそも艦娘や深海棲艦だって、存在としてはよく似ててもその発生の仕方や進化の仕方は全くの別物、と言っても過言じゃない。この世界で提督さんが真実に辿り着こうが、他の世界には何ら影響が無いんだよねぇ……実の所」
そう言ってせんべいを完食した猫吊るしは、茶をズルズルと啜る。
「しかしまぁ、色んな世界との繋がりを持ちやすい体質ってものも困ったもんでさぁ?ここの提督さん、というか『提督はBarにいる。』の提督さんて人気者過ぎて色んな世界とごっちゃになっちゃってて……世界の管理人やらされてるこっちの身にもなって欲しいんだよねぇホント」
と、愚痴をこぼし始めた所で猫吊るしのポケットから携帯の着メロが流れる。
「あ、もっしー?あぁ、うん……え、また別の世界とリンク繋がっちゃったの!?うえ~、マジで~?あ~、でもアタシ行かないとそりゃ片付かないかぁ。うんわかった~、今行くー」
そう言って電話を切った猫吊るしは、取り出していたちゃぶ台セットをいきなり異空間らしき場所に放り込んだ。
「いやーゴメンね?急に仕事入っちゃった。まぁ本編にはこの話は全く影響が無い、って事だけ読者の皆には理解して貰えればいいよ。んじゃね!」
そう言い残して、猫吊るしは瞬間移動でもしたかのように消え去った。これは、もしかしたら訪れていたかも知れない可能性の物語。もしくは、様々な選択肢の中から生まれたよく似た世界の物語である。
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