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フルメタル・アクションヒーローズ

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第24話 和士の選択

 ――濁流に落ち、水の暴力に飲み込まれる。その直前の一瞬が、運命を分けた。

「くぅ……あッ!」

 水面を滑るようにギリギリまで高度を下げた和士は、掬い上げるように雲無のボディを抱え込む。そのまま川岸へ滑り込んだ和士は、素早く彼の身を岸の上に横たえた。
 胸からは蒼い電光が走り、マスクの隙間からは血が流れ出ている。息も絶え絶えであり、時折痙攣までしている。誰の目にも明らかなほどに、雲無の体調に異変が現れていた。

「雲無……! おい、雲無!」
「ぅ……ぁ、っ……」

 呼びかけに対する反応も曖昧であり、意識が混濁しているようにも見える。その状況と胸元の電光から、和士は雲無に起きた事態を察した。

「……まさか、『動力強化装置』にガタが来たのか!?」
「――す、み、ません。今日一日だけ、なら……持つ、と……思っていたのですが……」
「もういい喋るな! 要救助者は俺が助け出す、麗も必ず守り抜く! だから今は、俺を信じて待っていてくれ!」

 雲無の窮状は予想外だったが、こうしている間にも麗達のピンチは続いている。ならば迅速に二人を岸に帰し、雲無を基地まで連れ帰るしかない。
 僅かな逡巡でそう決断した和士は、雨に晒されない木陰に雲無の身体を隠した後、現場を目指してバーニアを噴かして飛翔する。メタリックイエローの鋼翼が、雨粒を切り裂き空高く舞い上がっていった。

「和士……さん……!」
「必ず迎えに行く! だからそれまで無茶をするんじゃないぞ、いいな!」

 震える手を伸ばす雲無に向け、和士は力強い声色で厳命する。そして振り返ることなく、現場を目指してバーニアを急加速させた。――僅か一瞬でも早く、ここへ戻るために。

「く、うぅ……う……!」

 そして、ここまで来たところで動力強化装置の限界に見舞われ、妹の窮地を前に何もできなくなった事実に――雲無は拳を握り締め、思考を乱す高熱と混濁する意識の中で、悔しさゆえの嗚咽を漏らす。
 その声にならない叫びさえ揉み消していく雨音だけが、絶えずこの空間を支配していた……。

「――いたッ!」

 その頃。ついに現場へと辿り着いた和士は、岩にしがみつく二人を見るなり急降下を敢行する。突如空から「翼の生えた人型の何か」が現れたことで、スタッフは声を上げてパニックに陥った。

「うおわぁああ! なんだアレ!」
「鳥人間!? なんでこんなところにあんなのがいるんだよ、なんなんだよこの島ァァ!」

 ――だが。
 暗雲を仰ぐ麗の瞳に映るその姿は、鋼の天使とも言うべき神々しさを放っていた。そして、こちらに手を伸ばす謎の男の細かな仕草、動きに現れる「表情」が、彼女に実態を気付かせる。

「和士……! 和士なのっ!? 他のアテってその着鎧甲冑ってこと!? し、しかも自在に滞空可能な着鎧甲冑なんて、どこのデータベースにも――!」
「訳は後だ、全くムチャクチャしやがって! 待ってろ、今助けてやる!」
「う、うん……あッ!?」
「ぐッ!?」

 だが、「至高の超飛龍」の深緑の籠手が彼女の白い手を掴む直前――流れが勢いを増し、彼女が捕まっていた岩が大きく傾いた。
 さらに彼女の身体をロープで繋いでいた岸側の岩が、川の勢いに接地面を削られふらつき始めている。

 ――命綱の根元まで流されれば、麗も少女も自分で身体を支えられなくなる。そう判断した和士は急いで麗の手を掴み直そうとする――が。

「きゃあぁぁあぁあ……!」
「ああっ!」
「……クソッ!」

 水の流れに二人が負け、支えるものもなく濁流に放り出されるのが――先だった。

 和士は咄嗟にバーニアを噴かしたまま着水し、命綱ごと流されかけた麗の豊満な肢体を抱き留める。だが――この弾みで投げ出された少女の手は、深緑のスーツに触れることさえ叶わず……濁流の中へとその姿を消して行った。

「そんなっ……そんなぁ!」

 悲痛な表情で、麗は少女が流された方向へと手を伸ばす。彼女の人影は、和士達が翔んできた方向へと流れていた。

(流れが速すぎて今からでは追いつけん……どうする!? ――そうだ、流れる先には雲無がいたはず! あいつに連絡、を……)

 水に足を取られ、思うように飛行するための姿勢が取れない。そんな状況に平静を奪われた和士は、とっさに雲無を呼ぼうと腕の無線機をマスクの正面に構え――その寸前で手を止める。
 ――できるはずがない。彼は今、「要救助者」の一人なのだ。

「……くそッ!」

 着鎧甲冑を着ている以上、流される心配はない。だが、波に煽られ体勢が安定しないまま無理に飛び出せば、明後日の方向に急発進して事故に繋がる。だから先程、雲無を助け出した時も水面に触れまいと心掛けたのだ。
 ――先に麗の身柄を岸まで運んで安全を確保し、その後に少女の救出に向かう。それが本来あるべき手順である。急がないと流されてしまうから、と無理に飛行しようとして事故を起こすより、時間を掛けてでも歩きで川を渡り、確実に一つでも多くの人命を救う。それが、レスキューヒーローとしての在るべき姿なのだから。

 だが、たった僅かでも助けられる可能性があるのなら――懸ける他ない。そう判断してしまうのが、伊葉和士という男であった。

「……雲無、聞こえるか!」
『は、い。こちら雲無』
「すまない、一人助け損ねた! ビキニを着た女の子だ! 今、お前がいる方向へ流されている!」
『……!』
「だが最優先されるべきは『お前を含む』より多くの人命だ! 人一人抱えたままだが、俺も向かう! お前は下手に動かず、彼女の姿が見えたら状況を報告しろ、いいな!」

 言うべきことを矢継ぎ早に伝え、和士は目一杯の力でふんじばる。そして流れる先へ身体を向け、麗の身体を抱いたまま――バーニアを噴かした。

「聞いての通りだ。麗、ここまで来たからには付き合ってもらう。しっかり掴まれ!」
「うん……! 私に構わず、目一杯飛ばして! 和士ッ!」

 突き上げるような爆炎が波を吹き飛ばし、二人の身体を舞い上げて行く。そこから榴弾砲のように弧を描き、堕ちようとする瞬間――

「……ぐぅあぁあぁあッ!」

 ――絶叫と共に身体を弓なりにそらした和士は、墜ちかけた背部ウイングを上方に引き起こし……ギリギリのところで飛行体勢を安定させた。

「やった……やったよ和士!」
「ああ! ――さあ、急ぐぞ! しっかり掴まれよ!」
「うんっ!」

 渾身の力で抱きついていた麗は、彼の言葉に応じるように、さらに背に回していた腕を締め付ける。まるで、逃がすまいと木に掴まるカブトムシのように。
 そんな彼女を抱えたまま、和士はさらにバーニアを加速させ、川の激流を追い続けていく。今この瞬間も、助けを求めているはずの少女を追って。
 
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