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フルメタル・アクションヒーローズ

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第190話 「二号ヒーロー」の影

 久水茂――彼女の、兄との、再戦。
 それが、俺のエゴに少しでも応えるために提示された、「譲歩」だった。

「……らしくないな。力押しの解決なんて、俺くらいしか好まないようなやり方を、先輩がやるなんて」
「だからこそ、ですわ。理屈で制御が効くような利口な方ではないということくらいは、ワタクシでもよく知っていましてよ。あなた様の行動パターンを踏まえた上で、すでにお兄様にも話は通してあります」

 先輩自身の感情としては、是が非でも俺と四郷を止めたかったはずだ。持ち前の胆力と強引さで、否が応でも説き伏せる。それが、本来の彼女のやり方だった。
 もし、彼女が微塵も四郷姉妹の意思に共感していなければ。俺の言い分に、聞く耳を持たなければ。茂さんとの再戦などという提案を出すこともしなかっただろう。
 理屈を抜いた感情を否定しつつも、その言い分を受け止め――平行線を避ける。そんな彼女なりの理性が働いた結果、この譲歩に至ったのだとすれば……俺の情けなさは、さらに浮き彫りになってしまうな。

 だが――それでいい。言葉より力。俺が現実に戦う力が残されているかを見定める、最もシンプルな落とし所と言ったところだろう。
 茂さんは特定の警察組織やレスキュー隊とは独立した、自身専用の「救済の龍勇者」を保持している。その戦闘力は、甲侍郎さんの直属であるエリート部隊にも引けを取らない。
 四郷を巻き込んで戦う俺の身体が、そもそも使い物になるのかを確かめる上では、これ以上ない相手と言える。

「ルールは単純ざます。一年前と同じように――どちらかがギブアップするか、行動不能になるか。実に、龍太様に相応しい方法ではなくて?」
「そいつはどうも」
「皮肉ですのよ」
「わかってる」

 一年前に戦った時はそれなりに苦戦したものの、ある程度の余裕も残しつつ勝つことができた。この体の中身さえまともなままなら、決して勝てない相手ではなかっただろう。
 ――しかし、今の俺はあまりにも脆い。これまで当たり前のように繰り返してきた「戦い」が成立するかどうかさえ、怪しいかも知れないレベルで……だ。
 あくまで量産型でしかない「救済の龍勇者」G型とワンオフ専用機である「救済の超機龍」との性能差を差し引いても、今の俺で果たして勝てるかどうか……。

「かつてあなた様が一蹴して見せたお兄様ですが、多忙な現在でも鍛錬は積み重ねておりますし、有事に備えて最新鋭のG型装備を加えた強化改修機も最高のコンディションを維持しております。一年前ほど楽に勝てるとは、思わないでくださいまし」
「強化……改修機?」
「『救済の龍勇者』G型を原型に、まだ正式にG型にロールアウトされていない新型装備や『救済の超機龍』に引けを取らない人工筋肉等を採用した、『お兄様専用』のG型ですわ。つぎ込んだ予算は『救済の超機龍』に迫る額ざます」

 なんと、まぁ。そんな秘密兵器があったとは。さらに鍛えた上に、「救済の超機龍」に迫るスペックの改修機か……。
 こいつは、思い通りには行かせてくれそうも――

「ちょっ――ちょっと待って! そんなの、聞かされてないわよ!?」

 ――というところで、目を剥いた救芽井が身を乗り出すように久水先輩に顔を近付ける。勢いのあまりキスしそうな体制で。
 自分が迫られてるわけでもないのに、気圧されてしまいそうな剣幕を放つ彼女だが――その気迫を真っ向から受け止めているはずの久水先輩は、至って澄まし顔。

「樋稟さんがご存知なはずありませんわ。だって、このプロジェクトはお兄様とワタクシ、そして甲侍郎様だけで話し合われて完成した企画ですもの」
「な、なんですって……お父様が!?」
「瀧上凱樹の一件で、龍太様の行動に危うさを覚えられた甲侍郎様の提案で、『救済の超機龍』を抑えられる『二号ヒーロー』を作る計画が始まっていましたの。あの四郷研究所の事件から、一ヶ月後のことですわ」
「そんな時期から……!? じゃあ梢先輩は……その頃からずっと、龍太君を止めるための開発計画に携わってたって言うの!?」
「――それも、全ては龍太様のため。このようなことのために、そのかけがえのない命を潰させないための『砦』を造るためですわ」

 詰め寄る救芽井に対し、久水先輩は淡々とした口調でいきさつを説明する。どうやら、俺が学校で補習に追われている間に、大人達の間できな臭い計画が進行中だったらしい。
 瀧上を助けようとしたことで、確かに一年前の俺は周りの大人達から散々な評価を受けた覚えがある。あんな奴は助けるな、助けるだけ無駄だ、と。
 そういう選別に慣れてしまうことへの恐ろしさが杞憂だとは、どうしても思えないのだがなぁ……。

「……梢。茂さんも、あなたも、甲侍郎さんも……龍太先輩のやること、そんなに許せないの……?」
「想うがゆえに、壁にならざるを得ない時もあるのですよ、鮎子。例え『超機龍の鉄馬』への改造があなた自身の望みだとしても、ワタクシは『生きて欲しい』と願う者として、そのやり方を認めるわけには参りません」

 親友からの追及に対し、先輩は僅かに熱の篭った言葉遣いで応えてみせる。こういう暑苦しい言葉を躊躇なく言い放つところもあれば、俺に隠れて『二号ヒーロー』なんてものに協力するところもある。
 熱血なのか、狡猾なのか。……どっちも、か?

「……わざわざ久水財閥の経営で忙しい茂さんを、その対『救済の超機龍』用の『二号ヒーロー』とやらに任命するとはな。甲侍郎さんも、なかなかえげつない真似をしなさる」
「水面下で進んでいた計画に感づいて、参加したいと飛び込んできたのはお兄様の方ですわ。あなた様の暴走を止めたいという点においては、完全に価値観が甲侍郎様と一致しておりますもの。同じ考えを持つ者同士のシンパシー……のようなものを、感じたのでしょう」
「――で、そのままあいつがその『二号ヒーロー』の座をぶんどったってことか。そんなに、俺のやることが気に食わないのかよ」
「……お兄様も、甲侍郎様も。ワタクシも。あなた様に会えたから、今がある。そんなあなた様を死なせたくないから、こうしておりますの。それをどう受け止めるかは、あなた様次第になるでしょう――しかし、例えあなた様の不興を買うことになろうとも、ワタクシ達は『賭け』に敗れるまで考えを曲げるつもりはありませんわ」

 裏でコソコソされるってのは、正直、気分のいい話じゃない。だが、それが自分のためだとはっきり言われちゃあ、振り上げた拳の下ろす先がわからなくなっちまうのが普通だ。
 ――俺は、構わず振り下ろすけどな。

「そう……か。すまねぇな、いらん手間を掛けさせちまってよ。でも、やっぱ俺としちゃあ、ここでダウゥ姫を見捨てるのは思わしくないわけで」

 様子を見守る矢村達――そして、不安げに視線を彷徨わせるダスカリアンの姫君を一瞥し、俺は久水先輩の方へ向き直る。
 突き刺すような眼光に対し、刺し違える思いで更に鋭い眼差しを向ける。そして、僅かな沈黙を経て――

「重ね重ねすまないが――勝たせて貰いたい」
「お断りざます」

 ――交渉は、敢え無く決裂し。俺と茂さんの一騎打ちが決定した。
 
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