フルメタル・アクションヒーローズ
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第169話 嘘だと言ってよ誰か
「そんな……そんなことってッ!」
「――返す言葉もない。だが、事実として将軍殿が話された通り、一煉寺君が戦わない限りダスカリアン王国の衰退は避けられないのだ」
救芽井の叫びが轟き、それに次いで男性の声が静かに響き渡る。
壁、テーブル、椅子、床、天井。それら全てが白塗りで統一された、とある一室。「着鎧甲冑部の部室」とされているその空間には、ここにいるはずのない大人達がいた。その彼らを含むほぼ全員が、この部屋の椅子に腰掛けている。
黒いスーツを纏う、初老の男性と若い男の二人組。救芽井に言葉を返していた元総理大臣・伊葉和雅と、彼の付き人である古我知剣一。彼らは今、ある日本人に滅ぼされた国の復興のため、海外に身を置いているはずだった。
そんな彼らが、突然この部室に現れた理由。それを明らかにしたのが、この巨漢――
「……私としても、恩人たる貴殿らとの争いは避けたかった。しかし、こうなってはもはや逃れることは出来ぬ。不本意であろうが、私達は戦わなくてはならない」
――「ダスカリアン王国」を率いる、漆黒の肌を持つ男。ワーリ・ダイン=ジェリバン将軍なのだ。
彼が身に纏うブラウン色で統一されたスーツは、巨大な筋肉でパッツンパッツンに張り詰めており、いつ内側から破けるかわからない状況である。これ以上のサイズを作れと言われたら、仕立屋さんも大変なのだろう。なにせ、二メートルを悠に越える体格なのだから。
……それにしても、まさかこんなゴツいオッサンと戦うことになるなんてな。それも、国の命運を賭けて。
伊葉さんの尽力で復興が進んでいたダスカリアン王国で広まる、瀧上凱樹に纏わる噂。そのために、今は国全体が傾きかけているというのだ。
「将軍より強い戦士が日本にいる」と証明することで過激派の威勢を削ぎ、より多くの国民を救い――王族の権威と居場所を犠牲にするか。それとも憎しみのままに真実を明かし、全ての国民を道連れに王族共々衰退の一途を辿るか。
それを決めるための決闘に敗れた古我知さんに代わり、「より多くの人命」を取るためのピンチヒッターとして、俺が指名された……ということらしい。つまり、俺の話を聞いた彼らが真の決着のために挑戦して来た、ということだ。
「済まない……龍太君。本来なら僕が勝ち、この話を終わらせるはずだったんだ……」
「本来なら戦闘用であってはならない『着鎧甲冑』が、戦闘特化の『必要悪』を差し置いて瀧上凱樹を倒した――となれば、着鎧甲冑の兵器化を目論む勢力に付け入る隙を与えかねん。そういった事態を未然に防ぎ、君の活動を妨害しないためにも、私達で解決するべき問題だった。……恨んでくれても構わん。それでより多くの国民が救われるのであれば」
「おいっ! なに勝手にワーリが負ける前提で話してんだっ! こんなケダモノジャップに、ワーリが負けるわけねーだろっ!」
伊葉さんと古我知さんは、揃っていたたまれない表情のまま目を伏せている。絶対に許されない領域に踏み込み、それを強く自覚している――かのような面持ちだ。
確かに、むやみやたらに着鎧甲冑の「戦闘力」が明るみに出れば、「兵器じゃなくてもそんなに強いんなら兵器にしちゃえば最強じゃね?」という考えが出て来たって不思議じゃない。そういった事態を回避するための嘘を破ってしまった以上、ここに彼らを連れて来るしかなかったのだろう。
「ケダモノですって……!? 聞き捨てなりませんわね。龍太様はただ身に余る程の燃えたぎる獣欲を、ただワタクシの柔肌にぶつけているに過ぎませんわ! それはもう、ケモノのように何度も何度も熱く激しく……むぐ!?」
「捏造はそこまでやッ! ……とにかく、これ以上龍太をバカにしよったらアタシが許さんでっ! さっきから黙って聞いとったら、助けられたクセして言いたい放題やんけっ!」
「……右に同じ。気持ちはわかるけど、許容はできない……」
そんな俺達日本人全て――とりわけ、俺個人を執拗に罵倒する少年、もといダスカリアン王女のダウゥ・アリー・アル=ダスカリアニィ。
彼女はここに来るや否や、親代わりだというジェリバン将軍に俺のことをものすごく悪い様に言い付けてしまったのだ。今ではそんな彼女に、着鎧甲冑の面々が突っ掛かる事態に発展している。……約一名、ベクトルがおかしいOGも居るのだが。
他の部員が揃って制服姿だというのに、一人だけスリットがやけに深い黒のチャイナドレスって、どういうことだ。しかも、腋までよく見えるノースリーブというおまけ付き。
おかげで白くしなやかで、程よく肉の付いた脚や腕が黒との対比でよりエロスに映えて――って、今はそこじゃねぇ!
「皆、ちょっと落ち着いて! ……ダウゥ姫、あなたのお気持ちも尤もです。確かに瀧上凱樹の犯した罪は、決して時間だけで解決できる重さではありません。しかし、龍太君も剣一さんも、その罪を清算するために戦っているのです。日本人全てに責任を求め、彼らの誠意を否定するような発言だけは、どうかお控え下さい」
「ふ……ふん、勝手にしろっ! いくらお前達が償おうったって、オレは認めやしないからなっ! お前達が死ぬほど頑張ったって、父上も母上も帰ってこないんだ! ……それに、テンニーン……だって……!」
「ダウゥ姫……」
そんな中でも比較的冷静な救芽井が、なんとか双方の対立を止めようと、ダウゥ姫と向かい合う。だが、そんな彼女の姿勢を目の当たりにしても、当の姫君は反感を示すばかりだった。
その際に呟かれた「テンニーン」の名に、救芽井は思わず目を伏せてしまう。
ダウゥ姫が頻繁に話題に出していた「テンニーン」。それは俺が思っていたような単なる友人などではなく、彼女にとっての兄代わりであり、初恋相手だったのだ。そして、ジェリバン将軍の息子でもあるのだという。
十一年前、瀧上凱樹にダスカリアン王国が滅ぼされた時に殺されたらしい。最期まで勇敢に戦った――と、父であるジェリバン将軍は語っていた。余談だが、俺とは瓜二つなんだとか。
王族という浮いた身分が災いして、気兼ねなく付き合える友人がいなかったダウゥ姫にとっては、生前は気さくだったというテンニーンの存在はまさに希望だったらしい。彼や両親が生き延びていれば、彼女は今ほど激しく俺達を憎んではいなかったのかも知れないな……。
「――だからこそ。だからこそ、オレはお前達を許すわけには行かねぇんだ! 特にそこのジャップ! テンニーンの皮を被ってオレを騙そうったって、そうは行かねぇ。テメェなんか、ワーリにボッコボコのギッタンギッタンにされちまえばいいんだ! オレは日本人の情けなんか受けねぇぞっ!」
「なっ……なんやてぇ〜! このチンチクリン、言わせておけばッ! あんたんとこの将軍なんか、龍太に掛かったらグチョグチョのゲチョゲチョなんやけんなっ!」
「ざっけんなっ! ワーリならジャップなんざベキベキのバキバキだっ!」
「なっにをぉ〜っ! 龍太なら将軍なんかモチョモチョのクチャクチャやっ!」
「ズコズコのガチムチだっ!」
「バコバコのムキムキやっ!」
……という俺の思案を余所に、席を立った矢村とダウゥ姫が何やら口論を始めている。途中から日本語じゃなくなってる気もするが、あんまり水を差すのも難だし今は止めない方がいいのかもな。
肌が濃い者同士、波長が合う可能性も無きにしもあらず、だし。
「あら? そういえば鮎美先生はまだいらっしゃらないのかしら?」
「……お姉ちゃん、昨日から徹夜で何かの研究してた。多分、今頃は地下室で寝てる……」
「そっかぁ……最近ちょっと疲れてるような雰囲気もあったし、今は寝かせておいた方がいいわね。この件のことは、後で教えてあげればいいし」
そんな矢村とダウゥ姫の喧嘩をほったらかしている三人が話題にしているのは、この着鎧甲冑部の顧問にして養護教諭の資格を持っている、四郷鮎美先生だ。四郷のお姉さんであり、瀧上凱樹の元恋人という経歴の持ち主でもある。
一年前に彼の束縛から妹と共に逃れた彼女は、この松霧町で保健室の先生というポジションを手に入れ、着鎧甲冑部の顧問を兼任するようになっていた。今ではここの地下に造った研究室にて、それまで瀧上に利用されてきた科学力を活かし、人々の役に立つ発明品を作り出すことにも精を出している。
……素晴らしいことさ。いつも俺を実験台にさえしなければ。
「ハァ、ハァ……やるじゃねーかテメェ。ジャップのくせに」
「ヒィ、ヒィ……へへ、アタシは龍太のためなら鬼嫁にだってなれるオンナやからなぁ」
「何をさっきからノロケやがってっ……! テンニーンだって凄くカッコイイんだぞ! オレをいつも大事にしてくれて、どんな時だって駆け付けてくれて……えへへ」
「龍太やって! アタシが襲われた時なんか、大怪我してでも助けてくれて、手まで握ってくれて……そ、その上、ちゅーまで……にへへ」
一方その頃、矢村とダウゥ姫はさすがに叫び疲れたのか、お互い息を荒げて睨み合っていた。
……かと思えば、突然二人とも柔らかな表情を浮かべ、蕩けきった笑顔で何かを呟き始めている。
「――って、うるせぇうるせぇうるせぇ! オレはジャップと馴れ合う気はねぇっ!」
「ムッ! そんなん、こっちから願い下げやっ!」
「フン!」
「ふん!」
そこで、とうとう和解したのか――と思いきや、すぐに両方とも鋭い面持ちに変貌し、やがては互いにそっぽを向いて鼻を鳴らしていた。……女の子って、やっぱ不思議だ。
「とにかく! オレ達はこれ以上、お前達ジャップの情けを受けるつもりはねぇ! この決闘、ワーリが勝つぜっ!」
「――ゴホン。つまりは、そういうことだ。決闘は一週間後の正午、廃工場にて行う。あそこならば、衆目を浴びることもない」
矢村から飛びのくように引き下がり、ダウゥ姫はジェリバン将軍の傍にピタリと引っ付く。そんな彼女を匿うように立ち上がり、将軍はようやく俺の方へ視線を向けた。
「それで、構わないな? イチレンジ殿」
「……上等だ。救える命は救うのが俺の仕事だからな。あんたのやり方を捩じ伏せるために勝つしかないというなら、こっちも全力で行かせて貰う」
こちらへ向けられる、歴戦に裏付けられた鋭利な眼光。その威圧を真っ向から見上げ、俺は啖呵を切る。
――確かに、すげぇ気迫だ。古我知さんが負けた、という話もわかる気がする。
だが、たかが視線一つで屈するような俺じゃない。ダウゥ姫の、何があっても故郷に居たいという想いも捨てるわけには行かないが――全ては、命あっての物種だ。
それを通すためにも、俺はまず……あんたに勝つ。今は、それだけだ。
だから。
「つ、つーわけだからさ。も、もういいじゃん。いい加減コレ解いてよ?」
「私達が退室した後に解いて貰えばいいだろう。息子の面影を持つ上に瀧上凱樹を討ち取った勇者となれば、最大限の敬意を以って接するべきだと心得ていたが……さすがに姫様に手を出されてはこうせざるを得ん。我が国で同じことが起これば、極刑も有り得たのだからな」
……という俺の願いは、悉く打ち砕かれてしまった。縛り上げた張本人に。
「まぁ、仕方ないわよ……一国のお姫様にそんなことしちゃったら……ね?」
「ホンット、龍太は相変わらずなんやから……困ったもんやで」
「ワタクシは納得行きませんわ! あんな子供に色香で負けるなど、断じて認めないざます!」
「……自業自得……」
しかも、着鎧甲冑部の女性陣もやけに厳しい。誤解だというのに。
伊葉さんと古我知さんも、バツが悪そうに俺から目線を逸らしている。「その件については僕らじゃどうにも……」という声が聞こえて来そうだ。
――そう。
俺は今、海老反り状に縛られるというマニアックな体勢で拘束されたまま、部室の隅に追いやられているのである。みんなが席につき、お茶を嗜みながら決闘について議論している間、ずっと。
いや、俺にも非はあったと思うよ? やらかした、とは思うよ? だからってさ、三時間もこの状態で放置はヒドイって思うんだ。もう夕暮れだよ? 部活が終わって皆が帰ってる時間帯だよ?
一国の王女を男呼ばわりした挙げ句、胸を触って執拗に迫り、逃げれば息を切らせて追い掛ける。言われてみれば、俺が犯した罪は確かに重い。
だけど、しょうがないだろう。あんな格好で王女様だと判別する方が無理な話だ。将軍に問答無用で縛り上げられて、ダウゥ姫が女であると約二時間に渡って力説されても、しばらくは納得が行かなかった。というか、整理が追いつかなかった。
「とは言え、私とはぐれていた姫様を連れて来てくれたことには感謝せねばなるまい。まさか、姫様の居所を尋ねている最中に貴殿と会うことになるとは思わなかったがな。――では、今日のところはこれで失礼する。決闘の当日に、また会おう」
そんな俺を完全放置するように、ジェリバン将軍は荷物のトランクを抱え上げると、ダウゥ姫の肩に手を置き踵を返す。
「……良き少年でしたな。僅かでも、息子に会えたような――そんな気がしてなりません」
「……オレ、わかんねぇ……わかんねぇよ……」
――錯覚なのだろうか。一瞬、彼女が名残惜しげにこちらを見たような気がしたのは。
「将軍殿。貴殿は――それで構わないのか」
「――私は言ったはずだ。『想い』こそが、『命』なのだと」
その時。白い扉を開けて部室を出ようとしたジェリバン将軍の背に、伊葉さんが訝しむような声色で声を掛ける。その問いに、彼は振り向かずに断じるのだった。
姫君の想いを踏みにじるならば、生きていても仕方ないのだと。
それだけを言い残し、将軍は部屋から立ち去っていく。彼を追うダウゥ姫が、一瞬振り返って全員に「あっかんべー」をした時、その扉は大きく音を立てて閉じられたのだった。
――『想い』が『命』、か。殊勝なお話だが……気に食わない。死んじまったら……それで全部おしまいじゃないか。みんなが死んだら……その気持ちは、いつか消えちまうんじゃないのかよ。
正しくなんかなくたって、俺はそんなの認めたくない。認めたら、どんな悪い奴でも救う「怪物」を目指したこの一年を、全て否定することになるから。
俺は――この戦いにだけは、絶対に負けるわけには行かない。戦う相手は将軍じゃない、それでいいのかと問う自分自身だ。
「ふぅ……」
「許されないことをしたな……私達は」
「……えぇ」
そして――長い喧騒と議論を経て、ようやく静寂を得た純白の部室。その沈黙を初めに破ったのは、彼らを連れて部室にやって来ていたという、伊葉さんと古我知さん。
彼らはこの件に強く責任を感じているらしく、二人とも周りと目線を合わせずにいた。互いを見合わせ、沈痛な面持ちで俯き続けている。
これくらい、なんてことない。人命救助が俺の仕事なんだから、ここは俺に任せとけ!
――と、元気付けてやりたいのは山々なんだが……。
「お、おい! 頼むからそろそろ……!」
その前に、このロープを解いて緊縛プレイから解放して貰わないと。いい加減、腰の辺りが苦しくなってきたし……!
「あら、龍太君。それをお願いするより先に、私に何か言うことがあるんじゃない? 言わないと……じ、自宅までおんぶの刑よ……」
「それとは別に、聞かないけん話もあるけんな。あのチンチクリンと何をしとったとか、何をしとったとか、何をしとったとかっ! 白状せんと、でぃ、でぃ、でぃーぷ……き……刑……やで……」
「も・ち・ろ・ん、答えて頂けますわよね? もし答えられないとおっしゃるなら……ワタクシが今夜一晩中、一滴残らず……!」
「……梢がやると先輩が死んじゃう。だ、だから、その……ボクが……」
だが、そんな状況であるにも関わらず。俺が死にかけているにも関わらず。彼女達は、縄を解く気配を微塵も見せずにいた。
――むしろ、これ幸いと目を光らせ、野獣のような笑みすら……!?
何を言っているのか要領を得ない発言の多さが、得体の知れない恐怖を引き立てていた。伊葉さんと古我知さんに至っては、我関せずと言わんばかりに、目線どころか首まであさっての方向を向いている。
ちょっと待て。詰みじゃないの? 詰みじゃないのコレ?
――嘘だと言ってよ誰か!
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