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フルメタル・アクションヒーローズ

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第165話 無断出動と開幕タックル

「『伝説のレスキューカッツェと肩を並べる、謎の赤き英雄! ドラッヘンファイヤーとは一体!?』……かぁ。龍太君のことを、全世界が知りたがる日も近いわね」
「ハハ、すげぇのは俺じゃなくて『救済の超機龍』だろ。俺個人のことなんて知って何のネタになるんだか」
「……そーやろか? しゅしゅ、週刊誌に載るくらいのネタはあるんちゃうの? 『赤いレスキューヒーロー、夜の町に小麦色でセミロングで小柄な女子高生と共に消える!?』と、とか……」
「えらくピンポイントだな!? さらっと捏造するとか、どこのゴシップ誌だッ!」

 俺達はあの後、いたたまれなさから逃れるべく普段の遠回りルートを全力で疾走し――今は学校の休み時間。
 窓際にある俺の席の傍で、新聞紙を開く救芽井とそれを覗き込む矢村。松霧高校の制服に身を包む彼女達は、周囲の男子生徒達の視線を自らの美貌に集中させていた。

 そんな男性諸兄を含むクラスメート達は各々のグループに纏まり、いつも通りのお喋りに興じている。何度かこちらに視線を送られて来ることもあるのだが……無理もない。
 あの事故でますます知名度を上げ、注目を集めている救芽井エレクトロニクスの令嬢と、彼女が来るまで校内人気を独占していた学校のアイドル。その二人が、一人の男を相手に談笑しているのだから。
 普通ならマスコミが大騒ぎして、報道陣のヘリが町中を飛び回っているはず。甲侍郎さんや久水財閥の力添えでそれが封じられているとは言え、この状況が成立しているのは奇跡としか言えまい。

 今のクラスメートや町民達がセレブ界隈や都会のような価値観をあまり持たず、「凄く有名なアイドル」ということくらいでしか救芽井を認識していないことも、彼女のような存在が町の中でそれなりに受け入れられている理由の一つとなっている。
 時には、救芽井と仲の良い農家のおばちゃんが、通り掛かった彼女に取れたての野菜をプレゼントすることもあった。常に高価な物で彼女を引き付けようとしている世の資産家達からすれば、卒倒モノの光景だろう。

「つーか、ここでそんな話してどうすんだよ……! 皆に俺の素性がバレるだろうが。話すならもう少しボリュームを控え目にだな……!」
「まだバレてないつもりなのね……」
「……そら、アタシらの気持ちにも長らく気づかんかったわけやわ。世の乙女の純情を悉くスルーしていくはずやでぇ……」
「え? ちょ、何だよそれ」
「ハァ……全く、皆あなたのために気を遣ってるって言うのに……当のあなたったら何? 鈍感の神でも降臨してるのかしら? もう少し、周りに気を配れるようになった方がいいわよ」
「お、おう……?」

 ――それにしても妙だ。
 最近、なぜか俺が「鈍い」と罵倒されることが多くなっている気がする。「仕事に打ち込み過ぎてるせいで悪化してる」、とも。……俺は何かの病気なのか?
 だとすれば早急に原因を突き止め、改善に努めなくてはならないはずなんだが……その話を振ってみても、今のようにため息をつかれるばかりで、全く取り合って貰えないのである。
 まるで、自分で気づいて何とかしろ――と、呆れているかのように。

「ねーねー、一煉寺君また鈍感スキル発症してない? 全然気づいてる気配が見えないんだけど」
「その線で間違いねーだろうなぁ……。アイツ、野球部マネージャーの琴美(ことみ)ちゃんのアプローチも『親切心』で片付けやがったしな……いい加減爆ぜろよマジで」
「ま、そのあとに野球部全員から追い回されてたんだし、そこは勘弁してやれよ。世間的に考えたら、今のあの状況が既に滅殺モンだろ」
「全くだ。あの救芽井樋稟がクラスメートってだけでも信じられねーってのに……よりによって、あいつが婚約者だなんてなぁ……。ヒーローの仕事で苦労してる〜なんて話が町に出回ってなけりゃ、嫉妬されるどころじゃ済まなかったぜ」
「あの病的な鈍感のおかげで、こっちのことにも気づいてないみたいだし……案外、アレは治らない方が本人のためかも知れねーな」

 そんな俺を遠巻きに眺めるクラスメート達の視線も、どこか冷たい。いや――生暖かい。いつものことではあるのだが。
 さながら、「どうなるか見物」という気持ちを訴えるような眼差しだ。俺に一体、何が起こるというのか? ……クッ、どうにもわからないことだらけだぜ。

「おーし、授業始めるぞーテメーら。そこの爛れた青春送ってる三名も、いい加減席に戻りやがれ」
「たた、爛れてるってなんやねんっ!? アタシらのはちゃんと清い青春やからっ!」

 そこへ現れる担任の言い草も、普段通り教師にあるまじきものであった。矢村の「お前が言うな感」が僅かに漂うツッコミも、今となっては様式美となりつつある。

 ――資格を取る前から、何も変わっていない。この松霧高校で過ごす日々も、町の人達も、クラスメートも。
 それはきっと、いいことなんだと思う。少なくとも、この場所が何かに脅かされているわけではないのだから。

 しかし、いつまでもここで居心地のいい思いをすることはできない。
 この一年間、俺は松霧町を拠点にした上で、東京や外国にレスキューヒーローの一人として赴いてきた。この先プロとして生きていくならば、外部からの出動要請も増えて来るだろうし、この町に留まることは難しくなる。
 生まれ育ったこの町、松霧町。そこで暮らす商店街の皆やクラスメート達、着鎧甲冑部の仲間。彼らと、ずっと一緒にいることは……許されないのだ。

 ――いつかは、ここを出ていく時が来る。それは決して、遠い先の話ではない。

 授業の傍ら、青く澄み渡る空を見上げ、俺はいつか見ることがなくなる町並みをこの目に焼き付けていた。

「あだっ!?」
「なーに授業中によそ見してんだバカヤロウ。黄昏れてる暇があったらこの公式解いてみろ」

 ……というように、授業中にブッ叩かれることもなくなるのだろう。嬉しいような寂しいような――複雑だ。

 そして、放課後。

 部活がある生徒や、真っ直ぐ家に帰る生徒、友達と喋りながら一緒に近場のゲーセンへ向かう生徒――クラス全体が、各々の時間を過ごすために散り散りになっていく。
 その中で俺は、救芽井や矢村と共に部室へ向かう……予定だったのだが。

「パトロールに行くの? 今から?」
「ああ。お前らは先に部室に行っててくれ。今頃、久水先輩も部室に居座って四郷や鮎美先生と喋ってる頃だと思うし」
「あのスーパーボイン、卒業しても当たり前のように部室でくつろぎよるからなぁ……。しかも、相変わらず大事な仕事をノーパソ使って片手間で済ましながら……。それにしても、どしたんや? いつもやったら部室で腕輪に充電して、一息ついてからの出動やのに」
「……んー、何となくだけどさ。今すぐ行かなくちゃ、って気になったんだ」

 廊下に出たところで、いきなり「すぐにパトロールに行きたい」と言い出す俺に、何事かと二人は目を丸くしていた。
 ――特に、これといった理由はない。いわゆる、第六感。
 今まで俺が何度も無断で出動し、後になって始末書に泣かされるハメになってきたのは、この背中を突き動かすような直感が原因なのだ。
 具体的に何故出動したいのか。それを上手く説明できない上に、グズグズしていたら万一の事態にも成りかねない。そうなれば、結局は理由もなしに出動することになり、帰った後はお待ちかねの超説教。予測は可能だが回避は不可能、というわけだ。
 しかし、自慢ではないが――この直感が今まで外れたことは一度もない。俺の無断出動が、結果的に功を奏したケースもある。
 要救助者の居場所を的確に探知する、救芽井所有の特殊コンピュータより先に、何と無くで駆け付けた俺が早く現場を発見したことまであった。それでも勝手な行動をしたことについては、後でこっぴどく叱られたわけだが。

「何と無く……って、何よソレ。むやみやたらに飛び回ったって、バッテリーを浪費しちゃうだけよ? 電気だってタダじゃないんだし……資格を取ってやる気満々になってくれるのは有り難いけど、いざって時にバッテリー切れになったら元も子もないじゃない」
「やけど、龍太がこう言っていきなり出動した時って、大抵何かが起きるんよなぁ……せっかくプロにもなれたんやし、少しくらい好きにさせたってもええんやない?」
「逆よ、賀織。プロになったからこそ、他の資格者達との連携を乱さないよう、規律に従った無理のない判断を常に――って、龍太君ッ!? どこに行くのよッ! 待ちなさいこらぁ〜ッ!」

 ――ゆえに、今日も俺は逃げるのだ。
 まだ俺が住んでいるうちに、この町を少しでも危機から遠ざけるために。

「わりぃなー! ちょっとだけ見回ったらすぐ帰るから、先に部室でお茶でも飲んで待っててくれー!」

 憤慨して子供っぽく両手を振り回す救芽井に、俺は手刀を縦にして「ゴメン」とジェスチャーを送る。そして生徒達の脇を駆け抜け、人通りの少ない体育館の裏手へ向かった。
 そこで俺は、人知れずヒーローへの変身を遂げるのだ。

「着鎧甲冑ッ!」

 腕輪に入力された音声が、封じられていた赤い帯を外界へ導いていく。その帯が俺の全身に絡み付き、やがて光に包まれ――着鎧が完了した。
 そこから校舎の屋上へ一気に跳び上がると、俺は周囲の町並みを見渡し、些細な異変も見逃すまいとバイザー越しに眼を光らせる。普段の景色や日常を見慣れている分だけ、異常の発見が早い……という点は、数少ない俺の長所だ。

「どこかで、何かが起ころうとしてる――そんな気がしてならねぇ。なんなんだ、一体……?」

 自分でもわからない、この無断出動の動機。その実態を追い求めるように、俺は屋上から住宅街へ跳び移り、パトロールを開始した。
 馴染みの商店街、交番、町外れの畑を次々に回っていく。俺自身にとっては庭も同然の松霧町だが、だからといっていつでも不測の事態に完璧に対処できるわけではない。万に一つも町に危険が及ばないようにするためなら、例え根拠がない出動であっても欠かしてはなるまい。

「おっ、ありゃあ龍太じゃねーかお巡りさん!」
「あーホントだ! なんだかいつもより精が出てるって感じですねぇ。おーい、いつもありがとうねー!」

 そんな時。小さなビルの屋上に降り立つ俺に向け、下にいる二人の男性から声援が送られてきた。
 一人は、今朝の登校の際に絡んできた八百屋のおっちゃん。もう一人は、武章さんに妙なことを吹き込んだ、お喋りでお調子者の若いお巡りさんだ。
 二人共、屋上に立っている俺を見上げ、眩しい笑顔で思い切り両手を振っている。そんな彼らに対し、俺は小さく片手を振って挨拶を返した。
 一年前にここでヒーローを始めた頃は、こっちも両手をブンブン振って応えてたんだが――そんなことやってると、正体がバレかねんからな。今では力一杯応えてやりたい気持ちを堪え、敢えてスマートに取り繕っている。

「おーおー、余裕っぽい反応しちゃって。にしてもここ最近、龍太君って振る舞いが大人っぽくなってきてますよねぇ。顔も、結構お兄さんに似てきてるし」
「そーだなぁ……しかしあいつ、高校卒業したらどうする気なんだ? やっぱりお兄さんみてぇに上京しちまうのかねぇ……」
「寂しくなりますねぇ……。ま、その時は皆笑顔で送ってやりましょうよ」
「ハハ、じゃあ俺はそれまでに、大量のニンジンでも用意しといてやるかな。餞別ってことで、さ」

 ――なんだろう。何を話しているのかはよく聞き取れないが、突き刺さるような悪寒を覚えたぞ……?
 ま、いいか。今はそれより、自分の仕事に集中しないと。

 俺はもう一度二人に手を軽く振り、すぐにビルからビルへと跳び移っていく。次に視界に入ったのは――矢村の家だ。
 武章さんは未だに自宅の前で俺を待ち伏せしているらしく、宙を舞っているこちらを見つけるや否や、大声で何かを叫んでいた。

「見つけたぞテメェー! よくも賀織を汚しやがったなーッ! 降りて来やがれッ、それでも男かコンチクショオォー!」
「あんた、いつまでも大声で何言ってんだい! ご近所様に迷惑だろっ!」
「ムグ、フングッ! ぷはっ、い、一発ッ! 一発殴らせねぇと、俺はテメェを認めねぇからなぁあぁああッ! フグ、ムグゥッ!」

 しかし、程なくして玄関から飛び出してきた矢村の母さんに首根っこを引っつかまれ、口を塞がれてしまう。それでも意地で、俺に何かを訴えるように叫び続けていた。
 ――八百屋のおっちゃんやお巡りさんみたいに、応援してくれてるんだろうか? もし正体がバレたら、ブン殴られそうだけども。

 俺はひとまず武章さんの雄叫びを「エール」だと解釈することに決め、彼に親指をグッと立ててからパトロールに戻っていく。そうして俺が屋根から屋根へと跳び移っている間も、彼は奥さんの隙を見て叫び続けていた。

 それからも、魚屋やぬいぐるみ屋のおばちゃん達住民の安全を確認しつつ、俺は建物から建物へ跳び回り、パトロールを続けていた――のだが。

「んっ……マズい! バッテリー切れか!?」

 視界を覆うバイザーが赤く点滅し、マスク全体に警告音が響き渡る。充電がなくなりかけていることを知らせる、シグナルだ。
 このまま跳び続けて、万が一空中で着鎧が解除されたりしたら、いきなり生身でノーロープバンジーを敢行するハメになる。……クッ、救芽井の言う通りだ。プロにもなって、こんな初歩的なミスをッ……!

 ――だが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。早くどこかに着地して、身を隠さないと……!

 俺は近場にある公園に人気がないことを確認し、住宅の屋根から一気にそこへ飛び降りる。すると、ここまでが限界だったのか、着地と同時にとうとう着鎧が解除されてしまった。辺りには……よし、人はいないな。

 次の瞬間、視界がバイザーに包まれた景色から、肉眼によるものへと変わっていく。手も着鎧時のグローブ状のものから、本来の素肌へと戻っていた。

 やれやれ、こうなっちまったら一旦部室に帰るしかねぇか……。また救芽井にドヤされちまう……。
 しかも今回はプロになって早々の無断出動だからなぁ。予感が当たる前に着鎧も解けちまったし、一体何枚の始末書を書かされるのやら……。
 つーか、こんな状況じゃ予感が当たったとしても対応しきれねぇ。何をやってんだ俺は……!

 色々な思いが脳内を駆け巡り、俺は思わず公園の中心で頭を抱え、うずくまってしまう。――と、とにかくすぐに部室に戻らねぇとッ!

 そう思い立ち、両足に力を込めて素早く立ち上がった――その時。

「い、いたっ……! とうとう見つけたぞっ! テンニーンの偽物めえぇっ!」

 背後から、やけに幼い声色の叫びが突き刺さってきた。……な、なんだ? 偽物?
 そして、何事かと振り返った俺の瞳には――見知らぬ顔の「少年」が映されていた。

 年齢は恐らく八歳か九歳くらい。少女と見紛うくらい美しく整った顔立ちや、腰に届く程の焦げ茶色のロングヘア、矢村より少し濃いくらいの褐色肌……。少なくとも、この町の住民ではなさそうだ。
 顔だけ見れば将来有望な美少女のようにも見えるが、真っ平らな胸――そして、男物の短パンやTシャツを着ているところを見るに、恐らく女子ではないのだろう。
 髪さえ短く切れば、どこから見ても立派な「日に焼けたスポーツ少年」になれるというのに。親は息子の髪を切ろうとは思わなかったのだろうか?

「えーと、君は……?」
「へんっ! ワーリが戦うまでもねぇっ! お前なんか、このオレが今すぐ成敗してやるぜ!」

 ――それにしても、この子は一体どこから来たのだろう? 隣町か?
 いや、それよりも「偽物」って何だ? 俺を誰かと間違えてるのだろうか……?

「行くぞジャップ! うぉおぉおーッ!」

 そんな俺の疑問が解消される間もなく、少年はいきなりこちらへ向かって、頭から突っ込んで来る。まるで美少女のように、艶やかなロングヘアを靡かせて。

 な、何なんだよこの子は……?
 
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