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フルメタル・アクションヒーローズ

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第137話 それは歪な正義の味方

「どういうつもり――か。察しの通りさ。俺は、瀧上さんを助けにいく」

 全てを刺し貫くような眼光から目を逸らし、俺は海の一部と化しているアリーナの浅瀬に、片足を踏み入れる。
 古我知さんは、そんな俺の肩を無言のまま掴まえた。それだけで、言葉がなくても伝わる意志がある。

 ……「そんなことは許さない」。この肩に感じる強硬な力が、そう叫んでいるかのようだった。

 当然だろう。
 国を滅ぼし、四郷姉妹を苦しめ、古我知さんの両親まで死に追いやった悪夢の元凶。そんな存在を今から助けに行こうなどと口走る人間が、放っておかれるはずがない。
 確かに端から見れば、俺には正義などないだろう。悪魔の手先、という評価の方がしっくり来るくらいかも知れない。
 ましてや、古我知さんにとっては瀧上さんは両親の仇。「殺すな生かしましょう」なんてお花畑な道理が通じるはずがない。瀧上さんを助けても、更正できる見込みなんて期待できないだろうしな。。
 ――そう。何をどう考えても、俺の行動には正当性などないのだ。

 だが、俺に彼を見捨てるという選択肢はない。そんなものは、俺にだけはあってはならない。
 無駄であろうと、救う価値などなかろうと、そんなことはどうでもいい。それに、そいつを決めるのはここにいる俺達じゃない。
 どんな人でも助けたい、そんな救芽井の理想を背負った「レスキューヒーロー」だから助ける。「救済の超機龍」だから助ける。他に必要な動機があるだろうか?

「……樋稟ちゃんだって、君にそこまで求めはしないよ。彼女が君なら、躊躇こそするだろうが結局は見捨てるはずだ」
 古我知さんは、俺の胸中をそこまで読んだ上で止めたいらしい。救芽井の理想は、瀧上さんだけは見捨てることをよしとしている――とでも言いたいのか。
「躊躇? なんで躊躇なんてしなくちゃならない? 最初から見捨てる気なら、躊躇いなんて出てくるはずがないだろう」
「だから君は、助けると言うのか? 瀧上凱樹がどれほどのことをしてきたのか……知らないわけではあるまい。君自身だって殺されかけたのは一度や二度じゃないはずだ」
「知ってるさ、だいたいは。俺も、あの人だけは助けるべきじゃないとは思う。四郷をあんな目に遭わせておいて、何の後ろめたさも出さなかったあの人が、生かしたところでまともに心変わりするとは思えないよ」

 口をついて出てくるのは、これからやろうとしていることと真っ向から矛盾している言葉ばかり。普通の神経を持った人間なら、こんなトンチンカンなことを口走る奴を見たら寒気がすることだろう。

 ――だが、残念ながら俺は正気であり、本気だ。どうしようもない悪い奴でも、取り返しのつかない悪だったとしても。それは、失いかけている命を見捨てる理由には繋がらない。

「復讐しなきゃ気持ちを抑えられないっていう、あんたの事情ももっともだ。瀧上さんがイイ奴になるわけないってのもわかる。ただ、俺は『死にかけてる人を助ける』っていう、俺の仕事を済ますだけだ。そんなに仇を討ちたいなら、後で裁判にでも掛ければいい。悪いが、今だけは邪魔しないでくれ」
「……復讐、か。確かにそれもある。だけど、僕が君をこうして引き留めているのは、僕自身の都合のためだけじゃない。君と、君を愛する女の子達のためでもあるんだ」
「どういうこった?」

 復讐のためではなく、俺と――たぶん、もしかして、あわよくば、ものすごく幸運な話なら、矢村と久水と救芽井……の、ため? なんでそこで俺達が出て来るんだ……?
 今まで肩を掴まれながらも、特に振り返ることなく肩越しで話し続けていた俺だったが、その言い分に思わず首を後ろへ向けてしまう。

「はっきり言おう。今の君は、瀧上凱樹とそう変わらない――『怪物』になりつつある。自らの正義のために、際限なく他者を傷付けるか。それとも自分自身を傷付けるか。君達二人の違いは、その程度でしかないんだよ」

 そして、重くのしかかるような声を響かせ――古我知さんは、俺を「怪物」と断じた。……俺と瀧上さんが、同じ……?

「君は着鎧甲冑の矜持にこだわり過ぎるあまり、樋稟ちゃんや甲侍郎さんでも及ばない程に『人命救助』という使命感に囚われている。君の生来の真っ直ぐさがそうさせたのかも知れないが……そんなものはもう『実直』だとか、『ストイック』などという次元じゃない。瀧上凱樹と同質の――常人の理解を超えた『妄執』だ」

 瀧上さんと同じ妄執――か。となると、どうやら俺は伊葉さんが望む正義の味方にはなり損ねてしまったらしいな。

「和雅さんは、客観的に状況を見て、冷静に正当性のある行動ができる人間を『正義の味方』としていた。その考えに準えるならば、君の主張は『歪な正義の味方』そのものなんだよ」

「……伊葉さんが望んだようにはなれなかったかも知れないがな。だからといって、辞める気はないぜ。あの人に認められたくてヒーローやってるわけじゃないからな」
「君はそれでいいのだろうな。見ていればわかる。だが、君の周りはどうかな?」
「なに……?」

 古我知さんは責めるような強い口調で、さらに俺を圧迫する。何が彼をそうさせているのだろうか。嫌なところはあれど、基本的には温厚な彼がここまで高圧的になるなんて、なかなかない。

「別れる寸前まで君を案じていた樋稟ちゃんや梢君。君のことで何度も泣いていた矢村ちゃん。そして、瀧上凱樹の脅威を知っているからこそ、彼に挑もうという君の行為を恐れていた鮎子君。君を愛している女の子達が、この先も君を失う恐怖に晒され続けることになるんだぞ。君の、歪んだ正義のために!」

 ――ッ!
 古我知さんが言い放った主張は、俺の言葉を詰まらせるには十分な効果があった。喉の奥を、石で塞がれるような感覚が襲って来る。
 今さっきまで、矢村を散々泣かせ続けていた俺には、この発言はどうしても来るものがあるのだ。自分の都合で、自分以外の人まで苦しめていく。それを突き詰めれば、俺と瀧上さんとの間には「正義のために、他人を傷付けるか自分を傷付けるか」という違いすらなくなるのかも知れない。
 俺を憎からず思ってくれている皆が、俺の妄執で苦しんでいく。確かにそれは、瀧上さんと何も違わない。

「……なんで四郷までそこにカウントされてるのかは知らないが……あんたは、そこまでして俺を悪い怪物にしたいのか」
「とんでもない。僕はむしろ、君をその怪物にさせないために言っているんだ。いいか、龍太君。君は『怪物』になる必要なんてない。ごく普通の感性でいいんだ! ここで瀧上凱樹を見捨てて帰還しても、君を咎める者は誰もいない。皆のためにも、『普通の』レスキューヒーローになってくれ……!」

 俺を責めているようにも見えていた、古我知さんの説得。いつしかその声色は、糾弾から哀願へと変質していた。

「……!」

 その変わりようを目の当たりにして、俺はようやく彼を突き動かす存在に気がついた。――所長さんだ。
 彼女は瀧上さんの正義を信じたいと願って、裏切られ、追い詰められてしまった。妹のように想っていた救芽井が、そんな彼女と同じ道を辿りかねないと感じていれば、こうして懸命に俺を食い止めようとするのも自然な流れと言えるだろう。

 彼は瀧上さんを憎む以上に、残された人に齎される不幸を憂いているのだ。俺が「怪物」になることで、再現されるであろう悲劇を未然に防ぐために。
 ただ個人的な憎しみに囚われているだけだったなら、強引にでもこの肩に置かれた手を振り払い、海中に飛び込むことは容易い。それならば、相容れないエゴ同士の対立に過ぎないからだ。

 だが、彼は違う。彼は憎いという自身の気持ちよりも、救芽井や所長さん達の心情を配慮した上で、俺に瀧上を見捨てて「普通のレスキューヒーロー」になれと言っている。個人の都合を加味しながらも、あくまで客観的に判断しているわけだ。
 ――恐らくは彼こそが、伊葉さんが望んでいた「正義の味方」なのだろう。周りを冷静に見つめ、より安全で平和な道を探し出す。そんな彼のありようには、素直に尊敬せざるを得まい。

 だが。

「……悪いな。俺は、歪でいることを辞めはしない」

 俺は、俺だけはそうはなれない。彼のような生き方は、似合わない。
 皆のために誰かを見捨てる。それを正義として受け止めてしまったら――いつかきっと、助けられるはずの誰かを見放してしまう。そんな気がして、ならないのだ。
 四郷と矢村の危機を目の前にしていながら、何もできなかった自分を見つめる度に、そう思わずにはいられない。

 ――だからもう、独善でもいい。瀧上さんと同じでも構わない。
 俺がヒーローでも正義の味方でもない「怪物」だと言うなら……せめて、俺は「どんな奴も助けに行ける怪物」になりたい。

 それで皆に心配を掛けていくのなら――心配するのがバカバカしくなるくらいの、世界最強の「怪物」になってやる。
 呆れるくらい強くて、レスキューバカな、「怪物」に。

 そのためにも、俺はここで帰るわけには行かないんだよ。古我知さん。
 ……すまねぇな。あれこれ気を遣わせちまったのに。

 肩に置かれた銀色の篭手を優しく外し、俺は身体を翻して真っ向から彼と向き合う。仮面越しに伺える古我知さんの瞳は、どこと無く悲しみの色を湛えているようだった。

「どうあっても、引き返す気はないのか」
「そういうことになる。俺を殺してでも止めるつもりなら、今のうちだぜ。世界最強のレスキューバカにならないうちに、な」
「……そうか」

 俺があくまで退かないことに、彼は深いため息をつくと――僅かに距離を置き、両手の拳を強く握り締めた。

「なら、力ずくでも『普通』になってもらうしかないな。怪物候補の龍太君」
「……そうこなくっちゃな。それでこそ『正義の味方』だぜ、古我知さん」

 そして、ボクシングのように顔の前で握り拳を構えながら、古我知さんはKOを宣言する。俺もそんな彼に敬意を払いつつ、水平にした右腕を腰の下に、左腕を垂直にそれぞれ構え、「待機構」の姿勢に入った。

 こうなる予感は、前からあった。
 瀧上さんが両親の仇だと知った時から、古我知さんとの対立の瞬間は遅かれ早かれやってくる、と。

 それは、仕方のないことだ。向こうにもこっちにも、引き下がれない理由がある。
 なら結局は、戦って決めるしかないのだ。いくら口でそれっぽいことを言っていても、最後に物を言うのは道理ではなく、力なのだから。

「来いよ――古我知さん」

 俺は垂直に構えた手の平をこちら側へ向け、手招きするように挑発する。一触即発の空間に、一石を投じたのだ。

 それを受けて、古我知さんは腰を落として地面を蹴るモーションに入った。……一気に仕掛けるつもりだな。
 彼の鋼鉄の両拳に細心の注意を払い、俺も迎撃の準備を整える。
 ――来るなら来てみろ、そっちの拳より先に待ち蹴を見舞ってやる。

 そして、古我知さんの強靭な脚が、瓦礫の床に減り込んだ、その瞬間。

「……!?」

 背後から、次元が歪むような殺気が噴き出し、

「――ゴガァアアアァアァアアァアッ!」

 全てを吹き飛ばす勢いの轟音が響き渡り。

「あ……ッ!?」

 あの巨大な槍で突き刺すような威圧が、噴火を引き起こしたのだ。闇のように深く険しい、あの威圧が。
 ……際限なく広がる闇となり、あらゆる空間を飲み込んでいく憎悪。それが人の姿を借り、具現化している存在を、俺は――俺達は知っている。

 猛烈な水しぶきと共に俺の背後に浮き上がった「ソレ」は、かつてない程に負の感情を剥き出し、俺の背中からグランドホール全体を闇で覆い尽くさんとしていたのだった。

 ――その名は瀧上凱樹。俺と同じ、歪な正義が生んだ怪物なのだ。

「龍太君ッ!」

 俺が振り返り、憎悪と怨念に汚染された眼光と視線を交えた時には、既に全てを破壊する鉄拳は振り上げられていた。
 脳裏に過ぎる、死。
 それを覆したのは、声を荒げて俺に躍りかかる白銀の騎士だったのである。

 俺に迫る古我知さんの瞳に、さっきまでの敵意はない。あるのは、焦燥の色。
 彼は急に背後から現れた「怪物」に、反応しきれなかった俺の肩に再び手を置くと――強烈な勢いで水平に突き飛ばしたのだった。

「うあッ……!」

 憎しみも敵意もない。ただ俺を助けるためだけの、捨て身の行為。
 彼は敵対しているはずの俺に、そこまでのことをしていたのだ。悲しみを繰り返させまいという、己自身の正義のために。

 だが、そんな彼に待ち受けていた現実に、情けはない。
 「新人類の巨鎧体」の爆発から生き延び、亀裂だらけの満身創痍となりながらも、執拗に俺達を付け狙う灰色の鉄人。
 そんな彼が振り下ろした鋼鉄の拳は、右腕を除く古我知さんの手足を全て、再び奪い去ってしまったのである。まるで、蝶の羽を裂くように。

「――ぐあッ!」

 力無く地に落ちる古我知さんの身体。瀧上さんは、立ち上がることすらも許されない彼の腹を蹴り上げ、数メートル先へ吹き飛ばしてしまった。
 もはや戦う力も残されていないというのに、この仕打ち。「歪んだ正義」とはこれほどの狂気を生むのかと、俺は凄まじい戦慄を覚えさせられてしまった。

 ……そして、その恐怖に次いで浮かんできた感情がある。怒りだ。
 古我知さんを蹂躙した瀧上さんだけにではない。偉そうに語っていながら、また何もできず、彼がやられる様を見ていただけだった俺自身にこそ、だ。

「――わたぁああぁあッ!」

 弓矢から放たれた一閃の如く、俺の赤い拳が鉄人の顔面へ向かう。効く効かないは問題じゃない。
 ただ、殴らずにはいられない。それだけだったのだ。

「……がッ!?」

 しかし、現実という障壁はそれすらも許さない。
 彼の顔面を確実に捉えたはずの拳が、ひしゃげるような鈍い音と共に、弾けるような激痛を浴びたのである。

「あ……!」

 だが、俺に絶望を与えたのはその痛みだけではない。

 その痛みを受けた手は――ユニフォームのグローブになっていたのだ。

「バッテリー……切れッ!?」

 思わず手を引っ込めると、俺は驚愕と焦燥に染まっていた表情を強引に切り替え、鉄人の凶眼を懸命に睨みつける。

 心の動揺を隠す仮面がなくなった以上、弱みを持った顔はできない。怒りと焦りと混乱に塗れた精神を抑え、俺は屈しない表情だけを武器に、勝ち目のない巨壁と相対する現実を強いられていた。

 の、呑まれてはならない……呑まれてはッ!
 
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