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フルメタル・アクションヒーローズ

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第135話 強襲、ヤークトパンタン

 「新人類の巨鎧体」に捕まり、今まさに骨も残さず焼き尽くされようとしていたところへ、突如として現れた伏兵。
 それは、俺自身が誰よりもこの場から遠ざけようとしていたはずの矢村だったのだ。

 俺と交わったばかりの、桃色の愛らしい唇を噛み締め、彼女はその小柄な体躯からは想像も付かない程の「強さ」を、眼差しから突き出している。
 これ以上は絶対に許さないと、瀧上さんに宣言しているかのように。

「……まだ、小悪党が残っていたとはな。死ぬと解っていながら顔を出す勇気は、敵ながら評価に値する」

 だが、その瞳に力は伴わない。小刻みに震える小麦色の脚を見れば、誰にでもわかることだ。彼女の勇姿は、虚勢が作り上げたものに過ぎないのだと。

 瀧上さんもそのことはとうに解りきっているのだろう。自分に刃向かう彼女を見下ろし、悠然とした佇まいのまま、鼻を鳴らしている。

「や、矢村ッ……!? なんでここに来た!? 逃げろって、言ったはずだろッ!」
「――ごめん、龍太。アタシやっぱり、今のままで逃げ出すことなんて、出来んッ……!」

 巨大な両手に捕まえられたままの俺は、彼女がここに居る現実を跳ね退けるように声を荒げる。

 ……俺が捕まっているのを見て、戻ってきたってことかよ!? ちくしょう! それじゃあお前までッ……!

「その無駄な勇気を讃えて――貴様の身体を、『新人類の巨鎧体』の塗料にしてやろう」

 ――ッ!?

 その発言に、俺は全身が総毛立つ感覚に襲われる。矢村が、このままじゃ矢村がッ……!?

「ざけんなよ瀧上さんッ! あんたの相手は俺だ、生身の人間を狙ったってッ……あ、ぐァアッ!?」
「オレの『勲章』も、『敵』の生き血が作り出した栄誉の象徴だ。その一部にすることが、失礼に当たるとでも?」

 俺は血相を変えて噛み付こうとするが、自分を握る両手の力を強められ、あっさりと言葉を封じられてしまった。後一歩力を入れられたら、瞬く間に全身の骨を握り潰されてしまうッ!

 一方、瀧上さんは人殺し云々を「名誉」の度合いで定義しており、取り付く島もない。わかりきってはいたことだが、やはりまともな話合いが通じる相手じゃないみたいだッ……!

「に、逃げろ、矢村……! は、はや、くッ……!」

 もう、俺に出来るのは矢村に逃げるように訴えるだけ。掠れつつある声を絞り出し、生き延びて欲しいと願うことしかできないのだ。

「りゅ、龍太ッ! こ、こんのオンボロボットッ! さっきから、離せって言うとるやろォッ!」

 しかし、彼女はあくまで俺が解放されるまで動くつもりはないのか、じたんだを踏みながら必死に声を張り上げている。自分が置かれている危機的な状況に目もくれず、ただひたすらに俺のために叫び続けていた。

 なんとかこの状況を覆せないかと、俺は縋るように古我知さんの方へ視線を移す。だが、いつの間にか彼はその姿を消してしまっていた。……何がどうなってやがる。古我知さんはどこへ!?

「――!?」

 ……そこで俺は、彼女が立っている位置に気がつく。
 彼女ががむしゃらに「龍太を離せ」と叫び続けている場所。そこは、俺がゴール地点としていた「アリーナ跡地」のど真ん中だったのだ。
 確か彼女は、俺と古我知さんのやり取りを傍で聞いていたはず。――作戦のことを知っていてもおかしくない。

 もし瀧上さんが彼女の居るところへ進み出ようものなら、「新人類の巨鎧体」はたちまちアリーナに相当するゾーンへ足を踏み入れることになる。そうすれば、後は古我知さんが背後から狙うだけだ。当の本人は何故か姿を消してしまっているが。

 ――しかし、そんなことをすれば矢村も一緒に海の藻屑となってしまう! まさかあの娘、それを知った上で……!?

「……よし。望みを叶えてやれ、鮎子」

 そんな俺の思考を掻き消すかの如く、「新人類の巨鎧体」のブースターが巨大な火柱を噴き出した。
 ただでさえ小さい矢村の姿が、さらに遠退いていく。これから俺の手が届かない世界へ、連れ去られてしまうことを示すかのように。

 その時、これから見せる残酷な結末を象徴するように、「新人類の巨鎧体」が鋼鉄の片足を振り上げる。急降下の勢いに質量を乗せ、彼女を踏み潰すつもりでいるのだろう。

「や……やめろ。やめろ、やめろ! やめろォォォオッ!」

 矢村が殺される。その事実を言葉だけでも拒絶するため、俺は血を吐くような想いで雄叫びを上げる。だが、その願いが聞き入れられることは有り得ない。

 「新人類の巨鎧体」の急降下に潰され、矢村賀織という少女が死ぬ。
 それが、現実。
 俺の力では曲げようのない、定められた結末なのだ。

 自分が辿る末路を自覚し、キュッと瞼を閉じる矢村。俺はそんな彼女に、手を伸ばすことも出来ない。

 ……なんだよ。何やってんだよ!
 逃げろよ! 走って逃げるんだよッ! 逃げてくれよ、矢村ァッ!

 ――そう心の最奥から唸ろうとも、俺は、現実に何も為すことは出来ない。死に行く彼女を、止めることすら。
 「救済の超機龍」としての責任? 笑わせる。四郷どころか、助けられたはずの矢村にこんな無茶をさせて、何が人命救助のヒーローだ。

 たった一人の女の子すら、守れないでッ……!

 そして、上昇を終えた「新人類の巨鎧体」の身体が、重力に引かれてアリーナへ吸い寄せられていく。

 その両手に掴まれている俺も、下から突き上げて来る勢いに内臓を押し上げられた。

 あらゆる動きを封じられたまま、矢村の死に際を見届ける。
 拒みきれなかったその現実が、眼前に差し迫った――瞬間。

 俺の聴覚を、壮絶な金切り音が襲う。

「――ッ!?」

「なんだとッ!? ……まさかこれはッ!」

 何事かと俺がマスクの下で目を見開くのと同時に、瀧上さんが驚愕の声を上げる。次いで、ガクンと「新人類の巨鎧体」の姿勢が大きく傾いていくのがわかった。
 このタイミングで、「新人類の巨鎧体」に起きる異変。瀧上さんが首を向けた先。そして――鉄人の背面から立ち上る煙。
 これらの材料から判断出来る結論は、ただ一つ。

「――おのれ小僧ォオォオオッ!」

 ジェットパックに高電圧ダガーを突き立てる、古我知さんの姿を認めた瞬間。瀧上さんは火炎放射にも劣らぬ勢いで、けたたましい絶叫を上げる。

 だが、この世の憎しみ全てをかき集め、一点に放出するかのような雄叫びを浴びても、白銀のサイボーグは微塵も動じはしない。

 彼は淡々とした様子で「新人類の巨鎧体」の背中から飛び降りていく。どうやら、瀧上さんと俺が矢村に気を取られている隙に、ジェットパックの部分に便乗していたらしい。

 俺の視界から遠ざかっていく時に手ぶらだったところを見るに、高電圧ダガーを突き刺したまま離脱したようだ。後は時間差で電流がジェットパックに流れ込めば、暴発を起こして「新人類の巨鎧体」はアリーナのプールに水没してくれる。

 だが、そうなったら矢村と四郷が――んッ!?

「しめたッ!」

 ……どうやら、まだ彼女達を諦めるには早過ぎたらしい。

 瀧上さんがジェットパックに気を取られている間に、俺を捕まえている両手の力が緩んでいたのだ。今なら、容易にすり抜けることが出来る!
 俺は彼の注意をかい潜るように、自分を握り締めていた巨大な親指に両手を乗せ、己の身体を一気に引き抜く。そして巨大な鉄拳の上に乗り上げると、すぐさまそこから飛び降りた。

「間に合え……間に合えッ!」

 落下しながら身体を垂直に伸ばし、弾丸のような速さで瓦礫に突撃していく。いくら脱出できたと言っても、「新人類の巨鎧体」より速く地面にたどり着かなければ、結局は同じことだ。

「えっ……!?」

 予想だにしなかった展開に、思わず目を丸くする矢村。今の俺が第一にすべきは、一刻も速く下に到着して、彼女をここから逃がすこと。

「……クッ!」

 俺が急降下していく先の地面に映る影が、次第に大きくなっていくのがわかる。――「新人類の巨鎧体」の墜落も、目前に迫っているのだ。

「――うおぉおぉおおッ!」

 それでも、諦めることはできない。
 自分達が全員生き延びる、その僅かな可能性に望みを託し、俺は気合いを絞り出していく。

 ……そして。

 俺の紅い脚が、身体が、瓦礫の上に降り立った瞬間。クラウチングの姿勢で着地していた俺は、間髪入れずに地面を蹴り――矢村目掛けて疾走する。

 刹那、すぐ後ろから猛烈な轟音が襲い掛かり、俺が走っている足場を坂道に変えていった。

 「新人類の巨鎧体」が、俺の背後に墜落したのだろう。狙い通り、あの巨体は瓦礫の山を突き破り、その下のプールと化したアリーナへ水没しようとしているのだ。
 作戦成功、と言うべきなのだろう。その煽りで俺達が死なない限りは。

 巨大ロボットの質量に押し潰された瓦礫の山々は、波紋のように広がり、周囲を海水と破片で飲み込んでいく。そう、俺の足場も例外ではない。
 ましてや、俺はその震源地の傍にいたのだ。「新人類の巨鎧体」の墜落がもたらす衝撃波の影響を、モロに受けることになる。
 俺は背中に浴びた空気の壁を追い風にして、波状と化した瓦礫の海を駆け抜けていく。走っているというより、ほとんど後ろから吹っ飛ばされているようなものだ。

 一方、矢村も衝撃のせいで安定を失い、四つん這いの体勢のまま動けずにいた。あのままじゃ、すぐに海水と瓦礫の濁流に飲まれてあの世行きだ。

「――や、むらァァァァアッ!」

 彼女を死なせたくない。どうか、生きていて欲しい。そんな懇願を込めた叫びと共に……俺は彼女の居場所へ飛び掛かる。
 そして、舞い散る瓦礫に追われながら、彼女の小さな身体を抱きしめ、その場から逃げるように再び跳び上がった。

「ふうッ……!」

 ついさっきまで矢村が這っていた場所は、俺達が離れてすぐに濁流に飲み込まれていた。俺の移動が少しでも遅れていたなら、例え瀧上さんに勝ったとしても、レスキューヒーローとして大手を振って帰ることは出来なかっただろう。
 がむしゃらに宙に舞い上がった俺達を出迎える、影響の少ない安全な足場を見ても、安堵感を覚えることはなかったはずだ。

「いっ……て!」
「きゃあ!」

 無事に矢村を助けられた。その束の間の安心が災いしたのか、俺は安定した瓦礫の上に着地した途端に、勢いあまって転んでしまう。矢村を正面から抱きしめた格好で、咄嗟に彼女を守るために仰向けに倒れたのが功を奏したのか、彼女自身に怪我はなかった。

「し、死ぬかと思うた……。りゅ、龍太、大丈夫!?」
「……ああ、なんとかな。矢村、お前はもうここから動くんじゃないぞ。ここなら安全だからな」
「えっ……ちょ、龍太ッ!?」

 ――だが、これで終わりじゃない。まだ、矢村に負けないくらいに肝心な娘が残っている。

 俺は彼女に安全な足場で待機するように言い渡してから、即座に踵を返して来た道を戻る。
 ひとしきり瓦礫と海水を撒き散らし終えていたアリーナは、コンクリート製の残骸と塩水で絶妙にブレンドされたプールに成り果てていた。その材料の中には、当然水没している「新人類の巨鎧体」も含まれている。

 ……この中で、俺の助けが必要な娘がいる。なら、俺は行かなくちゃならない。
 今度こそ、レスキューヒーローの意地を見せてやるッ!

「待て龍太君ッ! もう高電圧ダガーが起動する時間だ! 今向かったら命はないぞッ!」

 遥か向こう側の安全地帯にいる古我知さんが警告を発している――が、俺は聞く耳を持たず、プールに飛び込んでいく。

 ……いや、聞いたところで俺の判断は変わらない。
 確かに今は彼の言う通り、「新人類の巨鎧体」に近づくべきではない。今まさに爆発しようとしているロボットに自分から突っ込むなど、愚の骨頂だろう。
 俺の向かう先に助けるべき人がいないのであれば、俺も大人しくしていた。今こうして動いているのは、俺が必要とされているからなんだ。
 さっきは果たせなかった責任を取り返すには、今しかない。何もやらずに黙って彼女が消し飛ぶ様を見ていることを選んでしまったら、この右手の赤い腕輪は飾りになってしまう。

「いた……! 四郷ッ!」

 瓦礫と海水で満たされた、全てを飲み込まんと渦巻く暗黒の世界。その彼方に見える、薄い水色の長髪を靡かせた機械少女の頭部。
 それが手に届く瞬間まで、俺は逃げ出すわけにはいかない。俺自身が支えたいと願った、あのスーパーヒロインの理想のためにも。

 俺は水を蹴り、掻き分け、海中を漂う四郷の首を目指す。
 着鎧甲冑に搭載されている、水中移動用の小型ジェットを使用しながら泳いでいるはずなのだが……「新人類の巨鎧体」がもたらした波紋が渦潮を起こしているのか、思うように直進することができない。
 下手に巻き込まれたら余計に時間を浪費してしまい、古我知さんの忠告が実現してしまうことになる。そんなカッコ悪い事態を回避するべく、俺は着鎧甲冑の機能より己の身体能力に可能性を懸け、四郷の元へ向かっていく。

 ――もう少し。あと僅か。
 そんなところまで差し迫った時、俺は彼女のサイドテールを思い切り掴み、強引に引き寄せる。少々手荒な気はするが、今は彼女の命が先決だ。

 瀧上さんがどうなっているのかまでは暗すぎてわからないし、「新人類の巨鎧体」の状況は、水中でぐったりと漂っている姿しかよく見えなかった。だが――悲鳴も出さず、苦悶の表情も見せていない彼女の面持ちを見るに、長い生き地獄から解放されたことだけは間違いないように思える。

「……」

 俺は無言のまま、白目を剥いたままだった彼女の瞼を静かに降ろし、自然な形の眠りへと導く。まだ血の涙のような液体は出続けているようだが――今の俺にできることは、これだけだ。

 瀧上さんの安否も気になるところではある……が、今は脱出を第一に考えた方が良さそうだな。

 俺は四郷の首を優しく抱え、矢村が待つ地上へと帰るべく、水を蹴――

「うッ……!?」

 ――る瞬間。

 水没し、ガラクタと化したはずの「新人類の巨鎧体」。

 その巨体が突然まばゆい輝きを放ち、俺の視界を閃光で覆い尽くしたのだ。

 そう。まるで、消えかけていた火が最期の瞬間に、激しく燃え上がるかのように。

 ……何が起きたのか。俺達はどうなるのか。

「――うわ、あぁああぁあああッ!」

 その疑問ごと吹き飛ばすかのように、「新人類の巨鎧体」が遺した残り香は、俺達の目の前でみるみる広がっていく。

 そして限界まで膨れ上がった輝きは、やがて激しい波動となり、俺達を新たな濁流で容赦なく押し流してしまうのだった。

 四郷の首の感触を胸元に感じながら、俺はどこまでも流されていく。これが自分の限界だったのかと、心のどこかで自嘲しながら……。
 
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