フルメタル・アクションヒーローズ
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第121話 鉄の咎人
何が起きたのか、すぐにはわからなかった。
一斉に瀧上さんを包囲し、捕縛に掛かるはずだった六人のG型。その全員が宙を舞い――床にたたき付けられるまでは。
「お父様ッ!?」
その中の一人である父親に向けて、救芽井の悲鳴が上がる。
「なんだ……アレは!?」
そして、うめき声を漏らし、床を這う白きヒーロー達の先には――両腕から飛び出している「光る鞭」をしならせ、甲侍郎さんを睨みつける鉄の咎人が立ちはだかっていた。
今まで見せなかった瀧上さんの『武装』に、客席の茂さんが驚愕の声を上げる。
「貴様ァァア……! オレが『怪人』!? この瀧上凱樹が『怪人』だと、そう言ったのか!? 卑劣な策を巡らせ、家族をたぶらかし、徒党を組んでオレをおとしめている貴様ら風情が、オレを『怪人』呼ばわりするというのかァァアァッ!?」
もはや――いや、とっくに、正気の沙汰ではない。あの腕から出ている鞭で甲侍郎さん達を薙ぎ払ったようだが……対テロを想定して、R型より重装甲に造られているはずのG型を、六人同時に跳ね飛ばすなんて……!
「ぐッ……こ、この光線兵器は……!」
「しゃ、社長! こ……これは我が祖国アメリカが擁する、陸軍の兵器開発部門で研究されていたレーザー兵器に通じるものが――ぐふッ!?」
倒れていたG型部隊の一人が、追い打ちを喰らう。光る鞭の一撃を受け、救芽井達のいる客席の辺りまで吹っ飛ばされてしまったのだ。突然の来客に、客席全体がどよめきに包まれる。
「……!? 救芽井、危ないッ!」
「きゃあッ!?」
「くッ――着鎧甲冑ッ!」
そのG型は客席の救芽井目掛けて突っ込んで行った……のだが、俺が叫ぶのと同時に、彼女を庇うような位置で着鎧した茂さんが受け止めてくれたおかげで、事なきを得る。
だが、鞭によるダメージは俺達の予想を遥かに超えていたらしい。G型の着鎧は解けてしまい、そこから出て来た装着者は茂さんの胸の中で気を失っている。
しかもあの人――よく見たら救芽井のマンションにいた、グラサンのオッサンじゃないか! 一際ゴツい外見だとは思ってたけど、まさかG型の資格者だったとは……。
「……『勲章』を壊さないために封じていたこのレーザーウィップは、いわば眠れる獅子。貴様らは、それをたった今起こしてしまったのだよ。――卑怯者の分際で『怪人』呼ばわりとはふざけた連中だ。皆殺しにしてやる……!」
G型六人を屠る、圧倒的な力。光の鞭によるこの一撃を簡潔に説明するならば、そう形容する他あるまい。
「くっ――ウオォアァアッ!」
「……デヤァアァアッ!」
「い、いかんッ! 下がれッ!」
だが、それを目にしてなおも挑む人達がいた。甲侍郎さんの制止も省みず、二人のG型が電磁警棒を構えて瀧上さんに挑み掛かる。
「バカどもが……!」
「ウッ――ぐあぁあっ!」
「うぁああっ……!」
しかし、鉄人の両腕から飛び出す鞭は、それよりも遥かに速いスピードで二人を捕らえる。縄のように彼らを縛り上げた瀧上さんは、いたぶるように締め付けたかと思うと――再び救芽井達のいる場所に放り投げてしまった。締め付けのダメージによるものなのか、既に着鎧も解かれてしまっている。
「三人のG型――それも精鋭部隊の者達が、一分も経たぬうちに……!? ウッ!」
「ちゃ、着鎧甲冑ぅッ! ――くうっ!」
今度は既に着鎧している茂さんに加え、「救済の先駆者」に着鎧した救芽井も受け止め係に回ってくれている。彼女の着鎧した姿を見るのは久しぶりだが――懐かしんでいる場合じゃない。
さすがに目の前で仲間を三人も瞬時に倒されては、士気なんてあったもんじゃない。甲侍郎さんを除く残り二人は、すっかり怯んでしまい後ずさりを始めている。俺の傍を固めているR型の連中も、腕で俺を庇いつつ、誰もが足を震わせていた。
そんな彼らを一瞥し、瀧上さんはギリッと拳を握ると――今度は審判席を睨み上げた。
「この程度の連中で、オレを消せると思っていたのか……伊葉」
『……思っていようがいまいが、未来は何も変わらない』
「なに?」
『ここに来てから数日間、君をずっと見ていた。あの時とは変わっているかも知れない、そんな兆候があるかも知れない――そう期待しながら、な』
「……」
『だが、やはり君は変わってはいなかった。強すぎる信念ゆえか、君は今も昔も変わらないままだ。甲侍郎と連絡を取り合い、君の現状をリークする時も――私はただ、君の「変わらなさ過ぎる」在り様を伝えるだけだった』
「……何が、言いたい」
『――君が変わらない以上、君をこの世界に受け入れるわけにはいかない、ということだよ。ここで我々を消したところで、君がいずれ倒れる未来には変わりない。せめてこれ以上傷付く者が出ないよう、降伏してほしい』
伊葉さんの声色には、嘆きのような哀れみのような――敵意とは明らかに違う、「哀願」に近しい色があった。
自分が見込んだヒーローが、これ以上堕ちていく様を見ていられないのだろう。どんなに落ちぶれようが、一度そいつに移った情ってものは、簡単には引っぺがせないものらしい。
「鮎美。お前も同じ意見だと言うのか?」
『……』
だが、瀧上さんの反応はあまりにも淡泊だ。彼は伊葉さんの訴えにまるで耳を貸さず、何事もなかったかのような様子で所長さんに話を振っている。
所長さんは伊葉さんと僅かに目配せして、心配そうに自分を見上げている四郷を一瞥する。
そして――
『……聞いて、凱樹。あなたと私は、許されないことをしたのよ。数え切れない程の人々を苦しめて、傷付けてきた。そんなの、ヒーローのすることじゃないでしょ? 鮎子も私も、今のあなたの姿を望んではいないの。――大丈夫、あなただけに罪は負わせない。私も一緒に行くから、もうあなたが戦うことなんて――』
――所長さんが自らの願いを、全て語り終えるよりも早く。
「そうか」
瀧上さんの光の鞭が――審判席全体をガラス張りごと切り裂いた。
「……え?」
理解が、追いつかない。
いや、理解することを本能が拒否しているのだろうか。
目の前で起きた惨劇を、俺は間抜けな声を上げて眺めることしか出来なかった。
激しく飛び散るガラスや通信機の破片。それらはアリーナの遥か上を舞い――雨のように、白い床に降り注ぐ。
まるで、自分達の想いを軽々しく踏みにじられた二人の、涙のように。
「……お、姉、ちゃん……!? お姉ちゃん、お姉ちゃんっ……お姉ちゃああぁああんッ!」
「か、和雅ァァアァッ!」
そして、状況をいち早く理解してしまった四郷と甲侍郎さんの悲鳴に連動するように……客席もアリーナも騒然となる。
「い、いやぁあッ! いやぁああ! なんでぇ、なんでぇえぇッ! お姉ちゃん、お姉ちゃぁああぁあんッ!」
「な、なんでなん!? どうなっとん!? こ、こんなん、こんなんッ……!」
「おッ……落ち着きなさい、二人共ッ! こ、ここで……ここでうろたえている場合ざますかッ!」
突然の惨劇にパニックに陥った四郷と矢村。二人を抱き寄せ、懸命に励ましている久水もさすがにショックが強いのか、その顔にはまるで血の気がない。
くそッ……! なんだよ、なんだってんだよッ! どうしてこんなことにッ!? 俺は、俺はなにをやってんだッ!
状況に理解が追い付いていくのに比例して、自分のふがいなさとやるせなさ、そして瀧上さんへのムカッ腹が全てないまぜになり、膨れ上がっていく。
身体の芯から脳天や足先にかけて広がっていくソレに、もはや止まる気配はない。
「あ、鮎美さん……鮎美さんッ……お、おのれェェエェッ!」
「し、茂さんッ!? ダ、ダメぇぇえッ!」
そして、腹の奥から噴き出す激情に任せ、瀧上さんに向かって挑み掛かろうとした時。
救芽井の制止を振り切り、俺より速く瀧上さんに飛び掛かる人がいた。……茂さんだ!
客席から飛び出して電磁警棒を振りかざし、怒りに駆られるままに襲い掛かる茂さん。本来、俺が辿るはずだったその姿を見て、一気に頭に昇っていた血が引いていく。
――ダメだ茂さんッ! 瀧上さんの鞭には、マンション並に高いところにある審判席を、地面に立った状態から直接叩けるくらいの異常なリーチがあるんだッ! 正面から向かっても、間合いに入る前に捕まるだけだぞッ!
「また痛い目に遭いたいようだなッ!」
「ぐおゥアッ!」
……だが、それを口にするよりも早く、茂さんも他のG型と同様に鞭で弾き飛ばされてしまった。
しかし鞭で薙ぎ払われる瞬間、電磁警棒で咄嗟にガードしたおかげで、着鎧を解除させられる程のダメージは免れたらしい。ふらついてはいるが、着鎧したまま無事に着地している。
「ぐッ……く、くそォォッ……!」
手痛い迎撃を喰らい、悔しげに歯ぎしりする茂さん。瀧上さんは、そんな彼を嘲笑うように鼻を鳴らすと、今度はこちらに向けて手招きをして見せた。
――挑発している。まだ挑む勇気があるなら、今すぐ掛かって来い、と。
「くッ……!」
正直、勝てる見込みはあるとは言い難い。単なる格闘戦ならまだしも、あのレーザーウィップとかいう光の鞭を持ち出されちゃあ、こっちの間合いは初っ端から殺されたも同然だ。
「い、いけません龍太様ッ! お下がりくださいッ!」
「……ご忠告ありがたいけどね、ここは行かせてもらうよ。御指名されちゃあ、ヒーローの端くれとして逃げるわけにもいかんしな」
――かと言って、彼との対決を避ける道理にはならない。ここまで好きにされて、大人しく引き下がれるほど……俺は優しくはなれない。
あの自信満々な鼻っ柱をへし折らないうちは、俺は帰る気はないぜ。四郷を泣かせたツケも、払って貰わなくちゃならんしな……!
俺は瀧上さんの力に動揺しているR型の人達を押しのけ、彼に向かって少林寺拳法の型を構える。
そして、それを見た向こうが第二ラウンド開始と言わんばかりに、鞭を振り上げた瞬間――
「あっ――アレッ! アレ、何やッ!?」
「えっ!? あ、あの人は……!」
矢村の声が、アリーナ全体に轟く。次いで、救芽井が驚いたように叫んだ。
それと共に全員の視線が、彼女達の指差した方向に移り――時間の流れが停止した。
いや、正確には、時間が止まったかのように、全員が動きを止めたのだ。
破壊された審判席の上に立つ「彼」の存在は、それほどまでに大きな衝撃を、俺達に与えている。
――だが、甲侍郎さんや彼が率いる精鋭部隊には、そこまでのショックは見られない。どうやら、「彼」が来るのはある程度想定されていたことだったようだ。
だが、少なくとも俺からすれば、「彼」の登場はいささかサプライズ過ぎた。
「救済の龍勇者」とはまた違う、輝かしい白銀のボディの持ち主である「彼」は、両腕にぐったりしている伊葉さんと所長さんを抱え、悠然とこちらを見下ろしている。
機動隊のプロテクターのような鎧と、純白のマント。そして、白く輝く西洋騎士を思わせる鋼鉄の兜。得体の知れないその格好は、初めて会った時から何も変わってはいなかった。
そして、「彼」――すなわち「必要悪」は、俺達と視線を交わすと同時に、優雅に宙を舞うと――客席にふわりと降り立つ。
その仮面の奥にある素顔はやはり……俺が知るあの顔、なのだろうか……?
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