フルメタル・アクションヒーローズ
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第114話 最強のお守り
広大なアリーナに降り立った、たった一人の男。本来、その平らな世界に比べれば、ちっぽけな存在に過ぎないはずのその男が放つ威圧感は、アリーナ全体はおろか、俺達がいる客席にまで及ぼうとしていた。
この威圧感の震源地――瀧上凱樹。彼の宣言に、この場にいる全員が、目を見張る。
近くにいれば、気迫だけで殺されてしまいそうな、この殺気。その危険性は、遠く離れた客席にも十分伝わっており、しばらくは誰も口をきけないまま、グランドホール全体に静寂が漂っていた。しかし――
「な……何をおっしゃいますの!? このコンペティションは龍太様と鮎子の一対一で行われる真剣勝負ざます! あなたが関わる余地はありませんのよ!?」
「そ、そうよ! 第一、新型救命装置の正式採用を決めるこのコンペティションに、『新人類の身体』の体を持たないあなたが代わると言っても――」
まず最初に久水が口を開き、それに続くように救芽井が反論の声を上げる。彼の素性を知らない彼女達は、この威圧感の理由がわからず困惑した様子で、彼の発言内容に食ってかかろうとしていたが――
「……ぬぅおぁあぁあァァッ!」
――彼の雄叫びと共に放たれた、身を焼き尽くす核爆発を思わせる、壮絶を極めた殺気。その巨体を包み、アリーナ全体にほとばしる激しい電光。そして、身構えるように腰を落とした彼の体重に圧迫された瞬間、グランドホールに轟いた、床が変形させられたことを意味する鈍い衝撃音。
全て同時に発生した、この三つの「災害」に、彼女達はもちろん、それに続こうとしていた矢村や茂さんさえ、完全に言葉を封じられてしまったのだ。
そればかりか、四郷の時とは比にならないほどの巨大さを誇る電光を前に、視界すら奪われた俺達は、全員腕で顔を覆って視力を守るしかなかった。
目を閉じても、その上から更に腕で顔を隠していても、眩しさが伝わりそうになる。その感覚が時間と共に薄れていき、やがて完全に消え失せたとわかった時、ようやく俺達はありのままの光景を視界に映した。
そして――驚愕することになる。
「……これで文句はないな」
アリーナの一端に佇む、中世の騎士を彷彿させる巨大な甲冑。その大きさは二メートルを悠に越え、明らかに元の体格を凌ぐサイズになっている。
加えて、その甲冑は赤黒い塗装に全身を包まれており、血塗られた鎧のような不気味さを漂わせている。前情報で付いたイメージも相俟って、彼の全身に付いている小さな亀裂の数々が、地獄の中でのたうちまわる犠牲者達の形に見えてきた。
……それだけではない。腕や脚の太さも。鉄兜の下に隠された、鋭利な眼差しから放たれる殺気も。全てが暴力的なまでに増幅し、その力が生み出すこの威圧感が、グランドホール全体を飲み込もうと激しく波打っているのがわかる。
しかも、この存在の異様さを成り立たせているのは、その荘厳な外見だけではない。彼の体重に耐え切れなかったことを意味し、無惨にひしゃげたアリーナの床が、その威圧感を無機質なまでに表現していたのだ。
瀧上さんも、四郷と同じ「新人類の身体」。しかも単純な迫力だけで、彼女を大きく凌ぐ存在でもあるという事実を突き付けられ、俺達は瞬く間に戦慄に包まれる。
「こ、こんなのって……こんなのって、アリなんっ……!?」
「あの時、ワガハイを捕らえたあのパワー……なるほど、これで合点がいく」
「あ、あんな人が、な、なんで今まで……!?」
「……あのお方。ワタクシ達だけならまだしも、鮎子まであんなに怯えさせて……! 強そうなのは認めてもいいでしょうけど、それ以上に気に食わないざます!」
思い思いの反応をさらけ出し、それを隠す余裕もない救芽井達。彼の素性を既に知らされ、心に防波堤を持っていた俺でさえも、実物を目の当たりにして怯みかけていたことを考えれば、こうなるのも仕方ないと言える。
そして「新人類の身体」への変身を遂げた瀧上さんは、審判席の方をゆっくり睨み上げ、審判側に了承を求めるような視線を送る。……求めるというより、もはや脅迫するような眼光であるが。
『――あなたの気持ちもわからなくはないけど、原則として選手交代は認められてはいないのよ、凱樹』
『そういうことだ。君があくまで一選手として、どうしてもこのコンペティションに参加したいと申すなら、救芽井エレクトロニクス側に了承を得るがいい。それができないのなら、君には退場してもらうしかない』
だが、そんな瀧上さんに対する二人の反応は実に淡泊。審判席ごと貫かれそうなあの殺気に晒されてなお、眉一つ動かさずに、にべもない返事を出せるその胆力には感嘆するしかないな。
――欲を言えば、こっちに振らないで欲しいもんだが。
「……ほう」
瀧上さんは審判側からの指摘を受けると、食い下がることも舌打ちすることもなく、新たな獲物に目を付けるかの如く、俺達に視線を移した。
「――ひっ!?」
その視線に包まれた威圧に、救芽井は思わず顔を引き攣らせ、眩しい脚を震わせる。俺は彼女を庇うように前に立ち、瀧上さんと静かに視線を交わした。
「……」
目を合わせているだけで、どこまでも飲み込まれてしまいそうな闇。彼の眼差しを真正面から受け止めて、一番に感じたものが、それだった。
触れるもの全てを切り裂くようなこの眼光ゆえに、彼は堕ちたのだろうか。それとも、堕ちた後だからこそ、この眼差しなのだろうか。恐らく、その答えはもう本人にすらわからないのだろう。きっと、それがわかるのは、彼をずっと前から知っている所長さんと伊葉さん――そして四郷だけだ。
俺達より近くで、彼が放つ殺気にさらされている四郷。その表情には救芽井ほど露骨に顕れてはいなかったが、小刻みに震える小さな肩を見れば、不安と恐怖に包まれているのがよくわかる。
……恐らく彼の姿を見て、思い出しているのだろう。十年間の闇、その全てを。
――大丈夫。もう、大丈夫だからな。確かに怖いっちゃ怖いけど……俺は、こんなことで逃げ出したりなんかしない。
その意思は気付かぬ間に顔に出ていたようで、俺を見ていた瀧上さんは何かに感づいたように一瞬顔を上げると、両手を頻繁に開いたり閉じたり……という手足の動作確認のような動きを繰り返し始めた。――どうやら、こっちがやる気だってことは十分に伝わってるらしいな。
「……ん?」
その時。俺はふと、四郷と目が合った。
――次の瞬間、彼女はハッとした表情で目を見開くと、勢いよく席から立ち上がり、アリーナと客席を隔てる手すりをなぞるように走り出した。こちらに向かおうとしてるみたいだが……一体どうしたんだ?
「そ、そんなの認めるわけがないじゃない! 私達救芽井エレクトロニクスは、絶対にあなたの参加を認めないわ! おとなしく、元の客席に帰って!」
その時、俺の背に隠れていた救芽井が、震える脚で俺の前に出たかと思うと、思い切り彼を否定する旨を叫び出した。脚だけではなく、声も微かに震えていたが……彼女の視線は、しっかりと瀧上さんの姿を捉えていた。
……救芽井も、嫌というほど感じているのだろう。今の瀧上さんが、いかに危険な存在なのか。
「オレが尋ねたいのは、直に闘うそこの少年だ。君の了見など知ったことではない」
「なっ……私は救芽井エレクトロニクスの名代よ!? 何をバカなことを――うっ!」
しかし、瀧上さんに退く気配はない。あくまで了解を求めたいのは、実際に戦う相手である俺の意志らしい。
救芽井はその言い草に反論しようとする――のだが、瀧上さんの無言の眼力に、思わず腰を引いてしまう。ここまで言えば引き下がるだろう、という油断もあったのか、さっきまでの威勢はすっかり崩されてしまったようだ。
俺は再び彼女を庇うように、瀧上さんと視線の交わる位置に立つ。
――きっと、このままやらせたら危ない、って解りきってたんだろうな。ここまで頑張ってくれて、ありがとう、救芽井。……だけど、心配はいらない。俺は逃げないし、負けない。お前のためにも、四郷のためにも、そうしたいと願った俺のためにも。
俺は右手に嵌めた、真紅の「腕輪型着鎧装置」に一瞬だけ視線を落とし、すぐに瀧上さんに向けてキッと顔を上げる。
――俺には、救芽井がくれた最強のお守りが付いてる。兄貴がくれた技が付いてる。久水兄妹がくれた度胸が付いてる。矢村がくれたパワーが付いてる。きっと、負ける理由なんて、どこにもない。……どこにも、ないんだ。
「……おしッ!」
そう自分に言い聞かせるように、俺は両手で頬を叩き、気合いを入れる。
「ま、まさか……!? ダ、ダメよ龍太君ッ!」
「龍太、受ける気なん!? いけん、いけんよぉっ! いくらなんでも、これは危な過ぎるやろぉっ!」
その様子から俺の意志を汲み取ったのか、救芽井と矢村が制止に掛かる。だが、瀧上さんがそうであるように、俺にも退く気はない。
――これは、言うなればチャンスだからだ。ここで俺が瀧上さんをブッ倒し、問答無用で完勝すりゃあ……救芽井エレクトロニクスや政府から、変に干渉されて事が荒立つ前に、この事件にカタを付けて四郷を解放させることができるかも知れない。恐らく、伊葉さんと所長さんもその望みがあると見たから、俺達に振ったのだろう。
もちろん、事がそううまく運ぶとは限らないだろうし、あの瀧上さんに楽に勝てるだなんて、微塵も思えない。
……それでも、可能性が少しでもあるなら、ダメかどうか確かめてみるしかない。どの道、彼とは戦うことになるかもって考えはあったしな。
「一煉寺龍太……貴様、奴の挑戦を受けるつもりか」
「……あんたも反対?」
「まさか。貴様が倒れれば樋稟が悲しむだろうが……貴様が逃げれば、貴様を信じた梢が悲しむ。ならば、ワガハイの願いは一つだ。――受けて立つ以上、敗北は許さんぞ」
一方、茂さんは救芽井や矢村とは違い、随分と落ち着いている。もしかしたら瀧上さんに頭を掴まれた時から、彼の恐ろしさの片鱗を既に感じていたのかも知れない。
「――厳しいこと言うねぇ、それでエール送ってるつもりかよ。……おかげで負けるに負けらんなくなってきたわ」
俺はそんな茂さんの容赦なき応援に、背を向けたまま返事をする。その時、俺の隣に人影がスッと入ってきた。――久水だ。
彼女は俺の右腕と、その手に嵌めた腕輪を優しく撫でると、無言のまま真剣な表情で強く頷いて見せた。いつもやかましいくらいだった彼女にしては珍しい、静かで淑やかな激励。そのギャップに戸惑う俺に微笑むと、彼女は踵を返して兄の傍へと引き返していく。
「良いのか? もっと言いたいことはあるだろう」
「……それはこの戦いが『無事に終わってから』いくらでもお話しできますわ。戦場へ赴く殿方に、言葉など無用。よき妻とは、殿方の帰りを信じ、家を守れる女のことを言いますのよ。――龍太様が受けるとおっしゃるなら、ワタクシは彼の勝利を信じ、待つだけざます」
兄妹で、このような言葉が交わされていたことなど、知る由もなく。
そして、そんな久水兄妹に感化されてか、救芽井と矢村もあまり反対の声を上げなくなって来ていた。その代わり、心配そうな表情で、二人とも上目遣いで俺を見つめている。
「心配すんなって。簡単に負けるつもりなんてないし、別に命まで懸けて戦おうってわけじゃない。ちゃちゃっとやっつけてくるから、ちょっとだけ待っててくれよ」
「う、うん……」
「……む、無理だけはしないでね、龍太君……」
俺はなるべく心配させまいと、ニッと笑って見せる。だが、二人の不安を拭い去るにはどうにも不十分であるらしく、二人とも渋々納得している程度だった。
かと言って、いつまでもこの娘達の相手ばかりしているわけにも行かない。
俺は悠然と腕を組み、こちらを睨み続けている瀧上さんを一瞥すると、彼と同じように客席からアリーナへ颯爽と飛び降りるべく、手すりの上に足を乗せる――
「……ダメえぇえーッ!」
――が、その瞬間。聞いたことのない叫び声が、俺の足を止めさせた。
愛らしい少女を思わせる声色だが、こんな声は聞いたことが……いや、これは、まさか……!?
俺は声が聞こえた方向へ急いで首を回し――そして、目を見開く。
「……ダメッ……! 絶対に、ダメッ……!」
あの叫び声を発した、声の主。それは、ここに来て初めて、「大声」を上げた四郷だったのだ。
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