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フルメタル・アクションヒーローズ

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第110話 着鎧甲冑のお仕事

 人形の数も本来の二体に戻り、ルール説明も終了。いよいよ、始まる。
 この研究所と……あの娘の命運が懸かっているであろう、第二課目の試験が。

『ルールはさっき話した通り。ダミー人形に対して心肺蘇生法による応急救護処置を行い、伊葉氏の指示があるまで迅速かつ安全にその動作を繰り返すこと』
『また、今回は正確な心肺蘇生法として要求されるレベルからどれだけ離れているか、という減点方式で検査する。過剰な行為で救助対象者の危険を高めたり、逆に控え目になりすぎて効果が期待できなくなる行為は、マイナスとなるので各自で注意すること』

 双方とも、事務的な口調でルールの詳細をアナウンスしている。試験開始の秒読みが始まっている証拠だ。

 四郷は未だに肩を小さく震わせて、弱々しく視線を泳がせている。うっかりつられて弱気になってしまいそうであるが、ここで勝たなければ後がない、という事実がなんとか俺を奮い立たせていた。

「久水が言ってただろう、気にすんなって。俺達は俺達の思うようにやればいいんだから」
「……うん……」

 一本先取され、リーチを決められているこの状況で、相手を気遣う余裕なんて本来なら俺にはないはず。だけど、あんな調子で試験を始められて俺が勝ったところで、後味の悪い結末以外に何が有り得るのだろう。
 というわけで、せめて「心構え」だけは同じ土俵に立たせてやろうと、俺はそっと彼女に語りかける……のだが、返ってきたのは生返事一つのみ。

 ――無機物(かりそめ)の身体で十年間を過ごしてきた彼女にとっては、ダミー人形でさえも人と変わらない存在に見えてしまうのだろうか……。

『では、各人の健闘を祈る。では、試験開始!』

 ……とか悠長なことを考えるヒマすら与えてはくれないらしい! くそっ、若干四郷の方がスタートダッシュが速かった気がする!
 だからといって、諦めるにはまだまだ早い。俺は後ろの腰にある応急救護パックに手を伸ばし、小型AEDを準備する。

 まずやらなくてはならないのは、気道の確保と呼吸の確認。人形相手とは言え実践感覚の試験である以上、はしょることはできない。
 最初に顎をクイッと持ち上げ、人形の目線が上に行くように首の向きを変える。こうすることで、呼吸の流れがスムーズになるわけだ。
 次に、作り物とは到底思えない、艶やかな桜色の唇に耳を寄せ、あるはずのない呼吸の有無を確認し、「ない」と判断。当たり前だけどね。

 さて、肝心なのはここから。
 まず、AEDの電極パッドを付けて心電図を解析し、電気ショックが必要か否かを見定めなくてはならない。次いで、必要なら電気ショックを行い、そうでないなら迅速に胸骨圧迫と人工呼吸を二分間交互に行う。
 だいたいの流れはそんなところで間違いないはず。……まずは、電極パッドの装着だな。

 俺は早速、用意した機械の箱から、管に繋がれた長方形の白いパッドを取り出し――人形の身体を見遣る。
 ……ここで重要なのは、パッドと肌の間に隙間を作らないこと。要するに、服などが邪魔なら脱がさなくてはならないのである。
 本来、女性が対象であるなら倫理的な理由で、女子トイレなどに連れ込んでから行うのだが……今はその過程を審査する試験である以上、この身体を移動させることはできない。
 つまり、その……脱がすのか? 本人の前で? ――ええい、迷うな止まるな戸惑うな! ここが正念場だぞ一煉寺龍太ッ!

 俺は気まずさを全力で押し殺し、門外不出の特盛マウンテンを本邦初公開する覚悟で、人形の上着を左右に開き、胸元を一気にはだけさせる!

「いやぁぁあんッ!」
「久水さん落ち着いて! アレは立派な救命活動だから……仕方ないのよッ……! なんだか腹が立つけど、仕方ないのぉッ……!」
「ちょっ、あんたが腹立てたらあかんやろっ! ……まぁ、アタシもやけど……」
「一煉寺龍太ッ! 貴様人の妹をーッ! 責任取れ責任ッ!」

 後ろの淫らな叫びとヤジが痛い……耳に突き刺さる……。だが、ここで止まるわけには行かない。すまん久水、親友のためだと思って耐えてくれ! 俺もイロイロ限界なんだから!
 つか、なんでこんな部分まで忠実に再現してんだ所長さんッ! ここは別にテキトーでよかっただろッ!

 盛り上がった右胸の上と、左胸と脇の少し下の辺り。ここに電極パッドを装着し、心電図の検査が始まる。

『心電図ノ検査ヲ開始シマス。シバラクオ待チクダサイ』

 AEDに搭載された人工知能の指示に従い、俺は人形の傍で待機する。すぐに助けるための処置をしなくちゃならないって時に動いちゃダメと言われるのは、なかなかのもどかしさがあるな……。

 この間に、四郷の方の進捗具合を拝見させてもらおうかな――って、もう電気ショックが完了していらっしゃる!? どんな解析ペースなんだよッ……! つーか、AEDまで腹の中に仕込んでんじゃねー!
 ――マ、マズい、処置の速さじゃ向こうの方が上っぽいな……! こうなったら正確さで勝負するしかない、のか……!?

『解析完了。電気ショックガ必要デス。ショックヲ与エタ後、胸骨圧迫ト人工呼吸ヲ行ッテクダサイ』

 おっ――来たな!

「了解。お早めに頼んまっせ……!」

 俺はAEDにある電気ショックのボタンを押し込み、再び様子を見る。向こう側は既に胸骨圧迫と人工呼吸のサイクルに突入済みのようだ。こりゃあ、キツイかも知れないな……。

 ――向こう側で繰り広げられている、親友同士(片方ダミー)の、命のやり取り。冷たい唇同士が、友の垣根を越えて重なり合い、許されざる愛が芽生え――

『電気ショック完了。タダチニ胸骨圧迫ト人工呼吸ヲ行ッテクダサイ』
「あ、はい」

 ――などというあらぬ妄想に耽る余裕なんて、俺にはないはず。何をやってるんだよ、俺は。

 久水人形に向けて放たれる、電極パッドを介した電流。その影響により、筋肉の痙攣を示すように人形の身体が跳ね上がった。
 その反応と共にAEDの人工呼吸から指示が入り、俺の意識は現実へと引き戻される。あまりにも切羽詰まった状況に立たされたせいで、無意識のうちに妄想で気を紛らわせようとしていたのだろうか。
 ……なんにせよ、勝負はまだ着いちゃいないはず。同じ土俵まで追いついたからには、ここから先は絶対に譲れないッ!

 俺は両膝立ちの体勢で久水人形を見下ろし、超巨大山脈に挟まれた麓――すなわち胸の谷間に、パーに開いた左手を乗せる。続いて、その左手に重ねるように、右手で左手の甲を握り締めた。
 この形から、垂直に圧迫を続ける。胸骨圧迫の開始だ。
 圧迫する深さについては、少なくとも五センチ以上くらいでなくてはならない、と救芽井に教わったことがある。それ以下の深さでは、胸骨圧迫の効果としては不足してしまうのだそうだ。
 一般人の体力で五センチ以上も押し込むのは困難であり、よほど鍛えているレスキュー隊員でもなければ、要求された分だけの圧迫をこなすのは難しい。だが、着鎧甲冑のパワーを以ってすれば、こんな力仕事はお茶の子さいさいなのだ。

 ……とは言っても、なんの心配事もない、というわけではない。
 やり方をミスれば、肋骨を折ってしまうかも知れない。しかし、それを恐れて力を抜けば、心肺蘇生法としての効能は半減してしまう。その力加減という課題が、どうしても付き纏うのだ。
 一般人の胸骨圧迫でも、老人が相手なら力次第で肋骨なんてヘシ折れてしまう。ましてや、こっちは超人的パワーを持つ着鎧甲冑を着込んでいるんだ。相手が健全な成人であるとは言え、加減を僅かに誤れば、最悪の事態に至らないとも限らない。

 それだけでも相当なプレッシャーだというのに、当のお相手が久水だとはね……。
 全く、所長さんもとんだ無茶振りをやってくれたもんだ……! これで焦るなってのが無理な話――

『あなた方は、呑まれてはならないのです』

『やることは何一つ変わらないのですから』

 ――ッ!

 ……あぁ、そうだったよな。

 誰が相手だって、救わなきゃなんないのは一緒。「着鎧甲冑の仕事」ってのは、そういうもんなんだから……。
 ――だから、こんなことでいちいちッ……!

「悩んでちゃ、いられないよ……なッ!」

 俺は悩み抜いた末に来る、何かもかもが吹っ切れたような感覚に襲われると、一際強く胸を押し込んでいた。あの娘にエール貰っといて、あの娘の姿に惑わされて負けたんじゃ世話ないよなッ!
 こっちの電気ショックが終わって以降、向こうの様子は一切見ていないが――もう、四郷がどんなスゴイペースで救命処置を行っていようが、構うもんか。あの娘はあの娘、俺は俺だ!

 ――そして、唇型マスクと柔らかな二本の角(に詰められた酸素)を用いた人工呼吸も行い、心肺蘇生法のサイクルを繰り返していく。
 この作業は、本来なら救急隊が駆け付けて来るまで永久に行わなくてはならない。流れが途絶えれば、救助対象者の生存率は急速に低下することになる。伊葉さんの合図が来るまで、この流れを繰り返して行かなくちゃならないわけだ。
 ……よし、どこまで持つかはわからんが……やったるかッ!

 ――俺と四郷が同じ作業に突入してから、どれくらい経ったのだろうか。何十回というサイクルをただひたすらにこなし続け、伊葉さんの終了を知らせる合図を待つのみという現状だが、四郷は機械の身体ゆえか疲弊する気配がないらしく、息遣いが全く聞こえて来ない。

「あれから随分経つわね……いつまで続けるつもりなのかしら。本来ならとっくに救急隊が来て、救助活動は引き継がれてるはずなのに……!」
「ひたすら続けさせ、持続力を測ろうという考えかも知れんが……まずいな、あれでは一煉寺龍太のスタミナが……!」
「りゅ、龍太……」
「――心配ありませんわ。ワタクシの愛する龍太様が、こんなことに屈するなど、ありえないざます」

 一方、俺は客席の皆が言う通り、現状のペースを維持するのがほぼ不可能、と言いたくなるところまで来ていた。酸素の詰まった二本角もすっかり萎んでしまい、垂れた犬耳のようになってしまっている。男の犬耳とか誰得なんだよ全く……。

 おかげで人工呼吸は自分で吸い込んだ空気を使わなくてはならなくなり、胸骨圧迫の時も息は絶え絶えになっていた。

「ハ、ハァッ……! ハァッ……く、くそっ……!」

 俺がヒィヒィ喘いでいる間も、四郷の方からは何の声も聞こえて来ない。様子こそ見れてはいないが、涼しい顔で流れ作業を繰り返すようにサイクルをこなしている姿は容易に想像できる。

 くそっ……やっぱりダメなのか!? 所詮、生身の人間が機械の身体に勝とうってのが無茶だったってのかよ!?
 それとも、俺だから……? ち、ちくしょうめッ……!

『試験終了! 各自、活動を停止せよ!』

 ――その時だった。やるべき事を全てやり尽くし、それでも届かなかったであろう俺にトドメを刺さんと、伊葉さんのアナウンスが響き渡ったのは。

『二人とも、長い時間の中でよく頑張ったわね。……さて、伊葉氏。判定をお願いします』

 いつになく柔らかい口調の所長さん。その優しげな声には、どのような意味が隠れているのだろうか。心配そうにこちらを見守る皆の表情に釣られて、俺の顔色も曇ってしまう。
 四郷の方へ息を荒げながら首を向けてみれば――予想通り、全く息を切らした様子もなく、相変わらずの無表情のままで佇んでいた。どことなく顔色が悪いようにも見えるが、普段が普段だからイマイチ確証が持てない。

 ……いや、今はそのことは別にいいか。今は――結果が全てだ。

『第二課目「心肺蘇生法による応急救護措置」。勝者は――』

 その先に待ち受けている、勝者と――敗者の選定を告げる言葉。

 それだけで。その一言だけで。全ての命運が決まってしまう。

 自分にできることは――できただろうか? 後悔は残らないだろうか?
 そんな自問自答を繰り返して、俺は……最後の一言に身構えるように、仮面の奥の瞼を閉じた。
 
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