フルメタル・アクションヒーローズ
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第108話 第二科目の序曲
気を抜いていたわけではない。今までに積み重ねてきた特訓で、何かを怠っていたわけでもない。
そこだけは自負できるくらいのことは、してきたつもりだった。
だが、それで勝てるほど現実は甘いわけではなく、実際に軍配は四郷に上がっている。
……予想はされていたことだ。そもそも全く違う技術が同じ課目で競うのだから、次元の違う結果が出たってなんら不思議ではない。それに、まだ最初の一本しか失ってはいない。挽回の機会なら、まだいくらでもある。
それは、わかっていた。
「……ッ!」
――わかっていたが、割り切れないものもある。
気がつけば、俺は崩れるように両膝を仮想世界の床に打ち付け、そこへやり場のない「何か」を、ぶつけ続けていた。
勝てなかった自分への怒り? 一本を先取されたことへの焦り? ――いや、違う。
……きっと、悔しいんだ。今の俺は。
あれだけ救芽井と一緒に特訓して、町でもヒーローとして活動して。この課目でだって、彼女のアドバイスがなければ救出対象にたどり着くことさえ出来なかった。
元々、自分一人の意志だけで、この競争に臨んだわけではない。それでも、あの娘と一緒に重ねてきた時間と、その中で得たものに、言い表しようのない意義を感じていたのは確かなんだ。
――なのに、返ってきた結果は敗北の二文字。
あの娘にあれだけ、見栄を張ったのに。あの娘にあれだけ、応援してもらったのに……!
何度も床に減り込んでいる、赤い拳。――これが俺の血の色だったなら、少しは気分も晴れたのだろうか。
危ない発想だとわかっていながら、客席で静まり返っている皆に、どんな顔をすればいいのかもわからない俺にとっては、そんな考えに傾倒してしまうことが心地好いとも思えてしまう。
……そんな自分が、堪らなく情けない。そんな自分に全てを賭けてしまった救芽井に、俺は今、何をしてやれるのだろう。
「ちょっ……ちょお待ってやッ! 今の絶対龍太の方がマシやったやろッ!」
その時、底無し沼のように沈みつつあった空間の静寂を、紙切れのように切り裂く一声が上がる。……矢村だ。
彼女の声が届いた瞬間、少し……ほんの少しだけだが、視界に光明が戻ったような感覚が芽生えた。誰かにフォローしてもらえたことで、僅かに心の余裕が戻ったのかも知れない。
他にも、励ましてくれる人がいるかも知れない。……そんな期待が、どこかにあったのだろう。俺はまるで機嫌を伺うかのようにゆっくりと、首を客席の方へ向けていく。
「そうざますッ! 両者の動きを見る限り、鮎子には悪いざますが龍太様のほうがスピーディ――むぐ!?」
「……ううん、ダメよ。残念だけど」
「えっ!? ちょ、ど、どういうことなんや救芽井っ!?」
――だが、ただ単純に俺の肩を持ってくれたのは、矢村と久水だけだったようだ。
久水は激しく胸を揺らしながら語気を強めていたが、言い終える前に茂さんに口を塞がれてしまっていた。その茂さんも、「悔しいが、やむを得ない」といいたげに、沈痛な表情で視線をやや下に落としている。
そして、救芽井はやけに率直に「ダメ」と断じていた。……少なくとも、あの二人にはちゃんと分かっているんだな。俺の、何が敗因に繋がっているのか。
『……それでは、納得の行かない人もいるようですし、説明をお願いします。伊葉氏』
客席の反応が一通り確認できたその直後。静かに諭すような声色で、所長さんのアナウンスがグランドホール全体へと響き渡る。……そうだ。そうだよな。負けたら負けたで、理由はちゃんと教えて貰わなくちゃ。
一本取られたショックのせいか、そんな一番に沸くはずの疑問すら吹っ飛んでいたらしい。伊葉さんの返答を聞こうと首を上げた時には、既に俺の視界の光は「いつも通り」になっていた。矢村と久水の後押しがなければ、こうは行かなかったかも知れない。
『確かに、マニピュレーターのような特殊なアドバンテージを持っていないのにもかかわらず、「新人類の身体」と同等のタイムを出した「救済の超機龍」の身体能力は驚異的だ。装着者の判断自体も迅速さを欠いていたわけではなかった』
「むぐぐ――ぷはっ! で、でしたらッ……!」
『――だが、そのハンデから来る焦りが、救助対象者への配慮という、最優先事項に問題を来す結果を招いた。よって、単純な移動能力に優れていた分、そうした配慮に割ける余裕を持っていた「新人類の身体」の方が優位であると判断した。判断基準を身体能力のみに限定すれば、確かに「救済の超機龍」の方が上であることは間違いない。が、今回の主題は固定装備込みでの移動力にある』
「そ、そんなんアリなんッ!?」
『「新人類の身体」のマニピュレーターは本体に内蔵された固定装備であり、外付けのオプションではない。これを用いて「救済の超機龍」以上に動いていたとしても、「基礎能力」の範疇から外れているとは判断されない』
俺にはないスピードと、それによって生まれる余裕。それが四郷の勝因だと、伊葉さんは語る。
なまじタイムが同じだったために、四郷よりすばしっこく動き回っていたであろう俺の方が、矢村や久水には優秀に見えたのだろう。だが、それは「身体能力だけ」を見た時の話だ。
実際には、スマートに少ない動きで結果を出す方が信頼されるものらしい。救芽井から教わったことが、まさかアダとして出てくるとはな……。
『ここは、実際に見てもらった方がよさそうね』
その時、しばらく「ぐぬぬ」と唇を結んでいる久水と矢村を一瞥していた所長さんが、呆れたような口調と共に何かの操作を始める。
それから僅か数秒後。彼女達のいる審判席の辺りから、「ガコン」と何か重いものが外れるような轟音が響き、思わず俺も皆も目を見張った。……なんだ? 設計ミスか?
――い、いや違う! 審判席の下から、何か巨大な板が出てきてる!?
「な、なんやアレッ!? なんか出てきよるでッ!」
「あの形……もしかしてスクリーン!?」
そこから実際に起きた変化に全員が驚く中で、一番に口を開いたのは矢村だった。次いで、救芽井もその実態を目の当たりにし、思わず声を漏らしている。
審判席の下部から出てきた、謎の板状の物体。言われてみれば、確かに形状からしてスクリーンのように見える。
あの近くまで行けば、さぞかし映画館のように見えるのだろう。ここ、本当になんでもアリなんだな……。今更か?
『これが、二人のそれぞれのアクションを撮った映像よ』
――だが、これに感心していられる場合じゃない。その巨大スクリーンに映し出された世界は、俺の傷心をえぐりかねないほどに克明に現実を語ろうとしている。
左右二つに分けられた画面の中で動いている、赤と青の二人の超人。青い方は巨大な腕を使い、まるでトビウオのように宙を舞っている。色使いも相俟って、シルエットによっては人魚のような優雅さすら感じてしまいそうだ。
一方、赤い方は――壁を蹴り、道路を走り、瓦礫を持ち上げ、とにかく忙しく駆け回っている。動きそのものは迅速なようだが、なんとも余裕のなさそうな雰囲気だこと……。まぁ、俺なんだけどね。
『さぁ、いよいよクリアする瞬間ね』
その所長さんの声が聞こえた瞬間、自虐から沈みかけていた俺の視線が、一気に元通りになる。この瞬間だけは、見逃せない。自分にきちんと納得させて、次の勝負まで引きずらないためにも。
顔を上げた俺の目の前に映っていたのは、救助対象者のオッサンの手を引き、跳び上がる俺と――同じ外見の対象者をマニピュレーターで包み込み、自分の脚でビルの壁を駆け上がる、四郷の姿だった。
何食わぬ顔で「ビルの壁を走って登る」という荒行をこなしているのも驚きだが、一番凄まじいのは、津波との距離が俺より縮んでいたのにもかかわらず、表情にも動きにも「焦り」がカケラも見当たらなかったことだ。
ギリギリまで津波が迫っていても焦燥感を見せず、それでいて救助対象者の保護も一切欠かしていない。その無駄のなさ過ぎる一連の動きは、まるで彼女自身が「水流」と化したかのような錯覚を起こさせるほどに滑らかで、競った相手の俺ですら、思わず見とれてしまいそうな「鮮やかさ」を感じさせられてしまう一瞬だった。
「津波を乗りこなす水の妖精」。柄にもない例え方で彼女の身のこなしを表現するならば、そんなところなのだろう。
一方、俺はオッサンの手だけを引っ張り、猛スピードでその場から強引に跳び出している。四郷の救出劇を見た後にこれを見せられてしまうと、焦燥感モロ出しの動きに頭を抱えたくなる。自分のことなのに。
しかも、片手を引いたまま「救済の超機龍」の力をフルに使って跳び上がったせいで、オッサンの首が反動でガクン、と下に向いてしまっている。行き先のビルの屋上しか見ていなかったせいで、オッサンへの配慮が致命的に足りていなかったのだ。
『――これを見たら、もう説明するまでもないわよね。救助対象者の肉体的耐久度は、成人男性の平均値を基準に設定されてるわ。健常者なら、あの勢いで首が下に向いても別に命には関わらないかも知れない。けど、耐久度の落ちた老人や幼い子供が救助対象者だったら……わかるわね?』
……ああ、わかるさ。わからないもんか。
諭すような口調の所長さんの言葉に、俺は無言のまま俯くしかなかった。言い訳など、しようもない。こうしてハッキリと映像で見せられてしまっては、なおさらだ。
「キィィィッ! 悔しいざます〜ッ!」
「りゅ、龍太……」
客席の反応はそれぞれだ。
くしゃくしゃに顔を歪め、白いハンカチを噛み締めている久水。俺が落ち込んでいるのが気掛かりなのか、心配そうにこちらを見遣る矢村。
この競争の行く末に不安を感じているのか、唇を結んで顔を逸らしている救芽井。「なんてことはない、まだまだこれから」と言わんばかりに、澄まし顔で踏ん反り返る茂さん。
そして――さも当然の結果と言うように、冷めた目付きで成り行きを見つめている瀧上さん。
この競争が終わる時……今日という日が終わる時、みんなは――どんな顔をしているのだろう。俺の勝利を喜んでくれてるんだろうか。
それとも……。
『さて、もう気は済んだわね? それじゃ、第二課目「心肺蘇生法による応急救護処置」に移るわよ!』
そんな思いが、ふと脳裏過ぎる。次いで、それを遮るかのように所長さんの声が再び響いてきた。
あぁ、そうだ……まだ負けたわけじゃない。まだ、試合が終わったわけじゃない! うじうじ悩んでばっかりでどうする、しっかりしなさいよ一煉寺龍太ッ!
『まずは、それぞれ表示された場所へ移動しなさい。そこで試験を行うわ』
所長さんの指示がアナウンスされると同時に、マップデータに新たな黄色の光点が追加される。二回目のデータ受信ゆえか、ローディングはかなり早めに終わっていた。
「……おし」
俺は喝を入れる気持ちで、両膝を縮むバネのように曲げ――渾身の力で一斉に伸ばす!
コンクリート製(という設定?)の床がひしゃげるのと同時に、俺の体はカタパルトで打ち出されるかの如く、今まで以上のスピードで舞い上がった。
マップデータを見る限りじゃ、ここからかなり近いことだし――気合い入れがてら、ひとっとびで現場まで行かせてもらおうかい!
『このコンペティションで重きを置くのは、外付けのオプションに依存しない基礎能力よ。いくら装備をゴテゴテ付けても、元がからっきしじゃいざって時に不安だもの』
「……なるほど。だからやけにシンプルな課題ばっかりなんだな」
『ええ。さっきは大きな距離を移動できるだけの能力を見ていたけど、今回は逆に繊細な動作が求められることになるわ』
宙を舞ってから地面にたどり着くまでの間に通信で説明される、次の試験のミソ。確かに、前回とは正反対の要素を持っている。
心肺蘇生法による応急救護措置。心臓マッサージや人工呼吸といった緊急救命の分野か……なるほど、確かにただ動けりゃいいって話じゃないな。
なまじ超人的な力がある分、生身の人間よりも行動に繊細さが求められる。うっかりいつもの調子で心臓マッサージなんかしたら、心臓も骨もぺしゃんこになりかねない。
「この辺りが光点の場所のはず――おっ!」
空中から見下ろしてみると、視界全体がアスファルトに覆われ、地面が近づいて来ているのがわかる。次第に、人影がど真ん中にぽつんと横たわっているのも見えてきた。
ははん、あれが今回の試験で使うマネキンなんだな。見たところ、二人分が隣り合わせで倒れているようだけど……もしかして、四郷もここでやるのか?
「――あっ!」
どうやら、その予想はどんぴしゃりのようだ。俺よりもひと足速く、アスファルトに降り立つ蒼い機械少女の姿が伺える。
……ようし。相手に呑まれないためにも、ここは一発、強気な台詞でも吐いてやるか!
「よう! さっきは見事にしてやられたが、今度はそう簡単に――」
地面に降り立ち、二体のマネキン越しに彼女と相対した俺は、早速威勢のいい一言を――と、思ったのだが。
「……」
彼女は俺の存在にすら気づいていないのか、酷く固まった表情のまま、俯くようにマネキンを凝視し続けていた。おいおい、俺はマネキン以下なのか!?
……にしても、何にそんなに硬直してるんだろうか。無表情ばかり見ている俺にもわかるくらい、彼女の表情は明らかに普段とは違っていた。
そんなに衝撃的なデザインなのか? 俺は彼女に注目し過ぎていたせいで見落としていた、マネキンの出来栄えを確認し――
「おい、どうしたってんだ? たかがマネキンくらいで――」
――漏れなく彼女の仲間入りを果たす。いや……確かに、これは固まりますわ。
俺と四郷の足元で眠る、二つの人形。これには間違いなく、凄く身近なモデルがいる。
スラリと伸び、それでいて程よく肉の付いた扇情的な脚。流線を描く、滑らかなくびれ。それに追従するように、緩やかな曲線の形を成している、腰まで届くほどの茶色いストレートロング。
そして――地球の引力に全力で立ち向かい、その魂、サイズ、弾力性、圧倒的存在感を全力で誇示しつづけている……二つの超巨大山脈。
……それは、紛れもなく、久水梢だ。
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