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Secret Garden ~小さな箱庭~

作者:猫丸
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『忘れ去られた人々編』

「じゃあ、行ってくるよ」

 ドアノブを握りしめる。

「ヨナも一緒にいっちゃ……だめ?」

 背後から服を掴み弱々しく引っ張るのは、妹の方だろう。仕事に出かけようとする兄を引き留めようとした行為。本当は痛くて動くこともままならないはずなのに、毎日ヨナは自分の為に、みんなの為に休む暇なく頑張り続けるルシアを心配して起こした行動、それを知っているルシアは振り返りそっと包み込む込むように妹の手を握りしめ。

「今日はユッカルさんと狩りをすることになるだろうから、やめておいたほうがいいかな」

 緩んだ表情を浮かべ優しく諭すように囁き握っていた手を離し、ヨナの頭の上へとのせ撫でてやれば、静かに俯き「……うん」と力なく頷き返事をする。しっかりしているように見えて、まだ齢八の子供。出来る事ならば大好きな兄とずっと一緒に居たいと願うのは同然の事。叶うのならなもう自分の為に辛い思いをしないで欲しい。この願いを聞き届けてくれる神がいるとするならば、聞いて欲しい、自分と言う重みを無くして兄を幸せにして欲しい――と。

「帰りに図書館に寄ってヨナの好きそうな本を借りて来てあげるから……だからね?」

(頭の上から聞こえてくるのは困惑したような声。わがままな事を言いだしたから、お兄ちゃんは困った顔をしているのかな。ユッカルさんとの約束があるのに……ヨナがわがままな子だから)

 妹の方は知っている。自分のわがままな発言がどれだけ兄を困らせているのかを。自分の身勝手な行動でどれだけ兄を心配させているのかを、良く知っている。それは両親を失った時に厭と言う程思い知らされた。だから妹は自分の意思を兄に伝えない。本当の気持ちを伝えようとせず、

「ヨナ……良い子にして待ってるから……」

 薄っすらと雫が頬を伝う精一杯の笑顔で兄を送り出す。「いってらっしゃい」消え入るような小さな声は兄に届いているだろうか。健気に笑い頑張る妹の気持ちを兄は知らない。

 「行って来ます」

 満面の笑みを浮かべ家を出て行く兄。彼が精一杯の笑顔を作る妹に何もできない自分を戒め、さらに過酷で危険な事をしようとしている、兄の気持ちを妹は知らない。

 



 交わり交差すしすれ違う兄妹も気持ち。彼らは何時その過ちに気が付くだろうか。


 




                     †




 人々から忘れ去られた村から北へ二時間程歩いた所にある森林。青々と生い茂る木々にはどれも美味しそうに熟れた果実が実り、何時来ても甘い木の実で客人をもてなしてくれる、魅惑的な森だ。
此処に誘われるのは世界各国を放浪する旅人や実った果実や木の実を他国へ売る商人、と言った人だけではなく近隣の森に住む小動物達や遠くの森から山を越え川を渡りやって来た大型の草食動物達もが熟れた甘い果実の匂いに誘われてやって来る。

「フンッ。今日も間抜けな猪共が集まってきているな」

 それを狙う狩人にとって此処は絶好の狩り場と言え場所だ。
設置していた罠に剛毛な毛で覆われ、鋭く尖った二本の牙を生やした胴体の大きな動物が数頭集まっているようだ。それを嬉々として木の物陰から見つめているのは全身緑の巨漢の男。

「こんにちは。ユッカルさん」
「俺の後ろに立つな!」

 背後から声をかけたのがいけなかったのか、男は大きく飛び上がり明後日の方向へ身体を翻した。手には御伽噺に出て来る天使が持つような小さな弓と矢が一つずつ握りしめ、誰も居ない場所に向け矢を放つ。放たれた矢は何処へ飛んで行くのか、真っ直ぐではなくぐにゃりと方向を曲げ何故か放った主の元へと返って来て、本人の頭へぶすりと突き刺さった。

「んぎゃああああっ!!!」
「大丈夫ですか!?」

 痛みにもがき暴れまわる全身木の葉だらけの男に手を差し出したが

「大丈夫な訳あるか! 痛いわ!!」

 凄い剣幕で怒られてしまった。理由は分からないが怒られたという事にショックを受け、声をかけた青年、ルシアはしゅんと顔を俯せ「……ごめんなさい」とぼそり呟き男に謝罪した。それで気をよくした男は「分かればいいんだ、分かればな」と胸を膨らませえっへんと偉そうに咳き込んだ。

「と、ゆうより、誰かと思ったらルシアじゃねえーか!」

 話しかけた人物に今気づいたのか、とツッコミを入れたくもなるが彼は決してボケているわけではなく、至って大真面目に答えていると言うのが輪をかけて悪い。

「こんにちは。ユッカルさん」

そしてその事に全くもって気が付かず、当たり前であるかのように捉え平然と答えるルシアもまた悪い。いつどんなときでもニコニコ笑顔なのは彼の長所であり、短所でもある。

「ユッカルさんじゃない、俺様の事はユッカル師匠(せんせい)と呼べといつも脇の下が酸っぱくなるくらいに言っているだろう!」
「そうでしたっ、すみません。ユッカル先生(ししょう)!」
「先生じゃない! 師匠だ、馬鹿者!」

 鼻息を荒くさせ偉そうに言っているこの緑のカウボーイハットをかぶったこの男は、自称世界一の狩人であり、一応ルシアに狩りの仕方を教えた先生であり、剣術の師匠でもある。名前から解る通り、南の畑に居た怠け者の弟であり、西の草原の丘にいた働き者の兄ある、真ん中のお調子者だ。

「今日の獲物は……?」

 ルシアは木の陰に身を潜め隣にいる師匠に訊ねた。

「あれだ」

 師匠もルシアの隣へしゃがみ込み自分が仕掛けた罠に群がっている数頭の猪達を指さした。
むしゃむしゃと地面に置かれた果物や木の実を貪る猪達。その中心にいる体長百五十センチはありそうな母猪、その周りにいる体長三十センチ程の小さなうり坊は彼女の子供だろう。母猪は周りに敵がいないか確認し、食べ物に罠がないか確認し、安全確認をしてから子供達へ食べさせているようだ。……仲慎ましい親子をこれから殺さなければならないと思うと胸が締め付けられるように痛む。
 近隣の農家では猪が畑を荒らし丹精込めて育てた作物を食い荒らし、作物は全滅し商売が成り立たなくなったなど様々な被害情報をよく耳にするが、ルシア達が住む村で彼らが人間に何か害をもたらしたと言うことは一度もない。わざわざ人里に下りなくとも此処に沢山の食べ物があるからだ。人に害をもたらす者だから狩る近隣に住む狩人達と、なんの被害も受けていないのに猪を狩るルシア達の違い、それは他人や自分の生活の為に殺す善意か自分達が生きるために殺す悪意か。勿論ルシア達は後者だ。生きるためにはたんぱく質も必要、それを摂取するには他の生き物を殺し肉を食べるのが一番手っ取り早い。だから彼らは月に数回猪といった大型の獣を狩るのだ。

「行きますか……?」

 猪達が食べている餌の下には網が引かれている。繋がったスイッチとなる縄を斬れば猪達は網の中、捕獲成功というわけだ。縄を斬ろうと剣の柄を握りしめたルシアを師匠「待て」と止めた。どうして? きょとんとした顔で振り返ると師匠は見たこともないような神妙な面持ちで語り始めた。

「ルシア。お前こんな噂を知っているか?」
「噂……ですか? なんの?」
「……今この森には……出るらしいぞ」
「だから何がですか? ユッカル師匠」

 えらくもったいぶった言い方をする師匠に少々苛立ちを感じ始めたところで師匠はおもむろに語り始めた。その顔はどこか鬼気迫ったものを感じさせる。

「半透明の猪が出るそうなんだ! 嘘でも盲信でも見間違いでも幻でもないからな! 目撃例だって近隣の町村合わせて何十件もあるんだぞ!
 奴は怖いぞ、お前なんかが見たらちびること間違いなしだ。なんたって奴は半透明なだけじゃなくて、金色に輝く古代文字で書かれた帯のようなもので全身をグルグルに巻かれていて、人の言葉を喋るそうだぞ! 古代語だから何を言っているのかは分からないけどな。
 それに奴の吐く息は猛毒で少しでも吸っちまったら、身体がビリビリになって動けなくなってしまうんだからな! 神経毒だぞ! やばいだろ! この話を聞いただけでチキンなルシアくんはちびっちまっただろうな……まあ俺様レベルになればあんな奴くらい……」
「あの師匠……」

 どや顔で自信満々に語る師匠に申し訳なさそうに口を開いた。当然のりにのっていた師匠から厳しい視線を送られたがこればかりはしょうがない。だって……。

「師匠が話している間に猪達、餌を食べきって逃げてしまいましたよ……」
「なにぃぃぃいいい!?」

 阿呆がくだらない話をしている間に猪達は用意した果物や木の実を全て耐えらげ間食して何処か遠くへ逃げて行ったようで、罠のある場所には食べかすしか残されていなかった。
あぜんの師匠とそれを苦笑いしどうすればいいのか分からず見守る事しか出来ないルシア。

 この日、森には

「嘘だと言ってくれぇええええええええええええええ!!!」

 大馬鹿者の叫び声が木霊したと言う――。
 
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