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ラピス、母よりも強く愛して

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08アイちゃん

 6歳と言えば、思い当たる人物がもう一人。
 アキトが助けられなかった少女として、最後までトラウマになっていた「アイちゃん」がいた。
 2195年から飛ばされ、茫漠とした砂漠の中に現れたアイちゃん。それも束の間、またボソンの輝きを放つと、別の場所に移動して行った。

「……じょうぶ? ねえだいしょうぶ?」
 冷たいハンカチを額に当てられて目を覚まし、声をかけている相手を見た。
「あ? さっきのおにいちゃん」
「気が付いたみたいね、ここが何処だか分かる?」
 自分と同じ年頃の怖そうな少女に話しかけられ、周囲を見渡す。
「え? ここどこ? あっ! きんじょのこうえん? でもちょっとちがう?」
 キョロキョロと辺りを見回すが、公園の風景が少し違うので不安になる。
「あれっ? おにいちゃんも、ちいさくなっちゃった」
 アキトを見て、ついさっきミカンを貰って、ロボットと戦っていたはずの少年が、小さくなっているのにも気付いた。
「え? おれ、ちいさくなった?」
 頭に手を当て、身長を確かめるアキト。
「違うわ、まだ混乱してるのよ、貴方、お名前は」
「あたし、アイっていうの、あなたは?」
「私はラピス、こっちはアキトよ」
 頭の周りに?マークを浮かべ、何が起こっているか考えるアイちゃん。
「ねえ、さっきのロボットは?おにいちゃんがやっつけたの?」
「え?」
 話が見えなくなった所で、ラピスがコップを差し出した。
「落ち着いて、ジュースでもどうぞ」
 これから起こる出来事にパニックを起こさないように、まずブドウ糖と水分を補給させておく。これもアキトのミカンにちなんで、オレンジジュースだった。
「ありがと~!」

「貴方は、ここで倒れてたのよ、どこか怪我したの?」
 子供に話し掛けるように、ゆっくりと話し掛けるラピス。ユリカへの扱いに比べると雲泥の差である。
「う~ん? だいじょうぶみたい」
「じゃあ、頭は打ってない? 今は何年、何月?」
「えっと、2195ねん」
「ええっ?いま2185ねんだよ」
「そうよ、貴方は2195年から来たの?」
 2201年から来た少女のコピーは、平然と時間の観念を曲げていた。
「……そうみたい」
 頭が柔らかいのか、一見理解したように見えるアイちゃん。
 ピッピッピッ!
 ラピスが胸のペンダントでアイちゃんを調べる、きっと「年輪」でも見ているらしい。
「間違い無いわ、この子、2195年からジャンプして来たのよ」
「ええっ!」
 調べるまでもなかったが、アキトにも分からせるために、説明的なセリフを入れておく。
「そこで、何があったの?」
 ゆっくりと記憶を取り戻させるよう、突然パニックを起こされないように聞いていく。
「えっと「てき」がきたから、ママといっしょにシェルターにはいって…… ママはどこっ!」
 真っ青になって母親を探し始めるアイちゃん。
 本物はバッタに潰されて、潰れたトマトにされているか、チューリップが落ちてきて消し炭になっている。
「ちょっと待って、貴方のママは2195年にいるのよ、10年後の世界に」
 こんな6歳の子供は存在しないが、ラピスなので仕方ない。
「じゅうねん?」
 その後も、2185年の証拠を見せ続け、理解したくない現在の状況を、ゆっくりと幼い頭に擦り込んで行った。
「そんなの… うそ」
 このまま時間が進めば、10年後の世界で同じ戦争は起こらない。
 その時、自分達がどうするのか、どんな未来があるのか、末端のラピスは知らされていなかったが、取りあえずアイちゃんを送り込んで来たので、オモイカネ達が「製造」したか、正常に産まれたのだろうと納得する。
「私の家に来ない?」
 ラピスの誘いを断り、ふるふると首を振るアイちゃん。
「おうち、かえる」
「じゃあ貴方の家を探しましょうか、住所は?」
 ユリカに対する態度とは全く違い、目付きも話し方も、とても優しいラピス。
 以前の世界でアキトを苦しめていたユリカとは違い、何かと自分達の面倒を見てくれたイネスには、感謝の気持ちを込めて、望みを叶えてあげるつもりでいた。
「あっち」
「あるける?」
「うん」
 ベンチから起きたアイちゃんを支えながら、背中から砂を払ってやるアキト。
(あっ、やっぱりアキトって優しい(ポッ)でもその優しさは私の為だけに取っておいて)

 その光景を見て、また変な妄想を始めるラピス。
「歩ける?」
 アキトに引き起こされ、背中に付いた砂や芝を払って貰うラピス。
「ええ、でもまだ「足の間に何か挟まってる」みたい」
「まだ痛い?」
「少し、でもいいの、初めてがアキトとなんて嬉しい(ポッ)」
 こんな妄想をする6歳児はいないが、ラピスなので仕方がない。

 そして10年後とは景色の違う町並みを、目印を見失いながら歩いて行く一同。
「あれ? おみせがない?」
 数年後に建設される店は、まだ存在していなかったが、住所を知っているラピスは、迷いそうな時は正しい方向へ導いていた。
「こっち?」
「うん」
 もうすっかり「うるうる」して、泣き出す寸前のアイちゃん。
「泣かないで、貴方のママは、まだここにいないはずよ、おじいちゃんやお婆ちゃんの家は知ってる?」
「ううん」
「貴方が産まれるのは4年後、だから家が無くても怖がらないで」
 ユリカの場合は、2年遅れて産まれて来させたが、イネスの両親を10年以上前に産まれさせたり、10年前に出会わせ、十代前半の母親を火星に連れて来て、アイちゃんの受精卵を着床させるのは無理があった。
「あれ? このむこう」
「ごめんなさい、ここから先は無いのよ」
 そこは、以前の歴史でユリカが重機を暴走させ、アキトが父に叩かれた工事現場だった。

「おうち…… おうちがない~~」
 新たにやって来る移民のために作られる新興住宅地は、まだ整地すら終わっていなかった。
 とうとう泣き出したアイちゃんは、金網を掴みながら、そのままズルズルと膝を着き、しゃがみ込んでしまった。
「うえええ~~~~!うわああ~~~~~~ん!」
 泣き叫ぶアイちゃんを見るのは耐えられなかったが、「母親と一緒に死ぬ」「数万年前にジャンプして、ヒトが呼吸できる空気すら無い場所で異星人に出合ってしまい、恐怖の記憶を消された上で、二十年前の砂漠に放り出される」よりはましな選択がされたはずだった。
「泣かないで、今は無理でも、必ずママやパパに会わせてあげる」
「うえっ! うえええ~~~~~!」
 泣いているアイちゃんを抱き締め、優しく撫でているラピス。
 アキトから見ても、自分以外の誰かに、ここまでしている光景を見るのは初めてだった。
「大丈夫よ、何も心配しないで」
 ラピスがそう言って首を押さえると、アイちゃんはゆっくりと目を閉じて、動かなくなった。
「えっ?」
 まるでロシアのように、泣き叫んで抗議していると鎮静剤を打たれたのか、「スポック掴み」で気絶させられたようだが、どうして突然眠ったのかは、怖くて夜トイレに行けなくなるので聞けなかった。
「な、なぜ殺したし…」
「あんまり辛そうだったから、眠らせてあげたの、私の家に連れて行きましょう」
 母親のような優しい目でアイちゃんを見て、胸に抱いているラピス、その表情を見たので、アキトも夜トイレに行けるようになった。
「じゃあ、おれがおんぶするよ」
(はっ、まさかアイちゃんが寝ているのをいい事に、背中に当たる胸の感触を楽しんだり、お尻を触ってスカートや下着の中にまで手をいれて、あんな事やこんな事を…… だめっ! だめよアキト! 女の子を触りたいなら私を触って!)

 そしてまた、変な妄想モードに入るラピス。
 アイちゃんを背負っている間、スカートで手が隠れているのをいいことに、6歳児のプニプニのおしりの感触を堪能し、パンツの隙間に手を入れ、さらに奥へ、奥へと手を伸ばして行く。
「ふう、疲れたな、ちょっと休憩しようか?」
 誰もいない路地にアイちゃんを連れ込み、さらに奥を見て楽しみ、最後まで事に及ぼうとするアキト。そこでさすがのイネスも目を覚ました。
「おにいちゃん? 何してるのっ?」
「ほら、アイちゃん、もっと足を広げてくれないと見えないじゃないか」
「うええ~~~ん、おにいちゃんのエッチ~~~」
 媚妹BABYらしい…… 
(そんなの許さないわ、いくらイネスさんでも、アキトは私の。でも6歳児の肌がイイのね? 11歳とか31歳相当のママじゃダメなのね? いいわ、ここでお医者さんごっこしましょう。私とイネスさんの「構造」とか「部品の配置」を較べて見てっ!)
「お~い、ラピス、帰るぞ~」
「あっ、待ってアキト」
 三人はラピスの監視小屋に向かった。

 アイちゃんを背負って歩くアキト、自分と同じ大きさの子供でも、火星の重力下なので問題はなかった。
 本来、ルナリアンとか火星人は、脊髄を形成できても、1Gの3分の1しか無い火星育ちは、地球に行っても起き上がることすら出来ず、倒れて暮らすはずだが、「ナノマシン」でどうにかなっているので問題無い。
「でも、おばさんどうするかな? いぬやねこ、ひろってきたんじゃないんだから」
「大丈夫よ」
 すでに「計画通り!」なので、自信有りげに言うラピス。やがて家に着いてラピス(母)が言ったセリフも。
「了承」((C)秋子さん)
 だった。本来、記憶喪失の娘を拾って来た場合「まあ、大きなおでん種」と言うはずだが、アキトが「あんたらは食人族かっ!」とツッコむはずもないので、取り合えず「了承」していた。

 やがてラピスの家で目を覚ますアイちゃん。
「お帰りなさい、アイちゃん」
「ママッ? ママなの?」
 暗かったのか、記憶をいじられたのか、アイちゃんにはラピス(母)がママと同じように見えていた。
「ごめんなさい、まだママには会わせてあげられないの、貴方もボソンジャンプで、未来から逃げて来たのね」
「え? ぼそんじゃんぷ?」
「貴方には本当の事を教えてあげる、でもこれは秘密よ」
「うん」
 別に喋ったからといって、ユリカのように「殺す」わけではないが、変な子だと思われないよう、口止めはしておく。
「おばさんはね、2201年から来たの、アイちゃんの6年後から」
「ええっ?」
「その時11、2歳だったから、本当は叔母さん、アイちゃんと同じぐらいの歳なの」
 もう頭が混乱して、何が何やら分からなくなったアイちゃん。
「私はその頃、ある人と一緒にいたの。私はその人を支えて、その人も私を守ってくれた。でも結局その人は消えてしまったのよ。私を過去に送り届けて、そこで力尽きたの。きっとその人や、アイちゃんを助けてくれた人はね、私達を安全な場所に送ろうとしたと思うの。でも力が足りなかったのか、ひとりぼっちにしてしまった」
「そのひと、かみさま?」
「いいえ、そんな強い人じゃなかったわ、優しすぎていつも傷付いて、悲しいはずなのに笑ってくれたの」
「じゃあ、あのおにいちゃん「てんし」だったんだ」
 本能的に、自分を送り出したのが、アキトだったと知っているアイちゃん。
「そう、きっとそうだったのね、翼は無くても跳ぶ事はできたから」
 目の前の子供に教えられたような気がするラピス(母)、きっと自分も、小さいアキトやアイちゃんを助けられそうに無い時、争いの無い安全な場所をイメージして送り出すに違いない。
 それはあのゼロポイント、演算ユニットが最初に起動した、あの場所、あの時間だった。
(漠然と安全な場所をイメージした時、演算ユニットはあのゼロポイントに出現させる、あそこが空間も重力も一番安定しているから)

「じゃあこれも教えてあげる、貴方と私を助けてくれたのは同じ人なの、名前は「テンカワ・アキト」って言うのよ」
「さっきのおにいちゃん? あのおっきいおにいちゃんも?」
「ええ、貴方を背負ってここまで連れて来た男の子、あの子もテンカワ・アキト、10年後、貴方を助けた人よ。私はアキトを助ける為に、この時代に戻って来たの。それと私達を助けてくれた人の中にに「イネス・フレサンジュ」って言う人がいたわ、その人も助けてあげるの」
 ニッコリと笑って、アイちゃんを撫でるラピス(母)。
「おばさん、わたしもフレサンジュ」
「そう、貴方はイネス・フレサンジュ、お母さんの付けたあだ名がアイちゃん、うふっ、その節はお世話になりました」
 指を着いて頭を下げるラピス(母)、何度も見られる光景では無い。
「いえいえ、こちらこそ」
 大人の真似をして、同じように頭を下げるアイちゃん、物覚えはいい方らしい。
「うふふっ」
「あははっ」
 アイちゃんは、こちらに来て初めて笑顔を見せた。

「火星で戦争があったのは覚えてる?」
「うん」
「あなた自身はジャンプできたから、アキトと一緒に逃げられたの、でも火星産まれじゃない貴方のママは、ジャンプできなかったの」
「え?」
「辛い話だけどよく聞いてね、あの後火星では、ほとんどのヒトが死んでしまったの、多分、アイちゃんのパパやママも」
「う、うえぇ~~~~」
 一番聞きたくなかった話をされ、ただ泣くしかできないアイちゃん。
 そこで自分がイネスにして貰ったように、抱き締めて頭を撫で、背中をさすってあげる。
「アイちゃんは、パパやママと一緒に死んだ方が幸せだった?」
 しばらく考えていたが、子供らしい率直な答えを出す。
「こわい、しぬのこわい!」
「そうね、死ぬのは怖いわね、私達は送り出してくれた人のためにも、しっかり生きて、幸せにならないといけないのよ」
 自分に言い聞かせるように、優しく語りかけるラピス。
「結局、火星で生き残ったのは、アキトとアイちゃんだけだった。その後も戦争で沢山、沢山ヒトが死んだわ、でもそれは未来の話、これから変えていけるのよ。あと2,3年したらママにも会える、パパとママを安全な場所に逃がす事もできるのよ」
「ほんと!」
「ええ、私達が力を合わせれば、歴史を変えられるの、戦争が始まるまでは、まだ10年あるわ」
「うん」
「これから色々な事を教えてあげる、ボソンジャンプの事、戦い方、でも考え方によっては、たった10年しか無いの、頑張れる?」
「うん(炎)」
 両親を救い、未来の自分とアキトを救うため、アイちゃんの瞳に炎が宿った。こうしてまた、哀れな犠牲者が一人。
 
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