ラピス、母よりも強く愛して
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06アキトに憑依している悪魔
天河家
公園から帰ったアキトが昼寝しても、暗闇の中で片時も離れず、ずっと寝顔を見続けているラピス。
アキトの母はそんな光景を見て、恐ろしく思う事すらあった。
(あの子、本当に眠るのかしら?)
「ラピスちゃん、ちょっといいかしら」
昨日、行方不明になった子供達の事や、以前からの疑問をぶつけるべく、アキトが昼寝している間にラピスを呼び出してみる。
「昨日は何があったの? あの子達はどこに行ったの?」
近所の子供が消えれば、ユリカのように怯えても良いはずだが、ラピスだけは当然のように振舞っている。
アキトの母は、この事件にラピスが関わっているように思えて仕方が無かった。
「あの二人が、アキトから人形を取り上げて、代わりに私を差し出すように言いました。でもアキトったら「お前なんかにラピスは渡さないっ」って言ってくれたんです(///)」
その出来事を嬉々として話すラピス、それによって疑いは確信へと変わった。
「それから?」
大きな音を立てて生唾を飲んだが、ラピスには聞こえなかったのか、気にならないのか言葉を続けた。
「私が人形を返すように言うと、アレはアキトの人形を地面に叩き付けました。だから私はボソンジャンプで、二人を太陽の中に叩き込もうとしたんですけど、アキトが「だめだ」って言うので、火星の裏側に跳ばしたんです」
恐ろしい事を平然と話す目の前の5歳児、しかしラピスは今、間違い無く「ボソンジャンプ」と言った。
それはまだ、遺跡を調査している自分達にもよく分からない単語で、遺跡を知る者自体限られていた。
「あんな奴らなのに、アキトって優しいですね、やっぱり叔母様に似たのかしら?」
「どうしてあなたがその言葉を? ボソンジャンプって何なの? 火星の裏側って、どうやって?」
混乱して、まだ5歳の少女に、幾つも同時に質問してしまうアキトの母。
「叔母様達の見つけた、チューリップクリスタルを使って時間移動、つまり任意の場所に自由に転移する異星人の技術です。これは常人には不可能ですけど、アキト達は火星で産まれたので、遺跡の演算ユニットに遺伝情報を書き換えられ、ボソンジャンプが可能なA級ジャンパーになっています」
「何ですって?」
ラピスは自分達の調べている遺跡や、それ以上の事を平然と答えた。
「じゃあ、ラピスちゃん、あれを知ってる?」
アキトの母は、居間に飾ってあった、遺跡の碑文の写真を指差した。
「愚かなる地球人よ、この扉を開く時、お前達の歴史は終わる。相転移の力が世界を舐め尽くし、ボソンの輝きが瞬く時、あまたの命の灯が消える、ゆめゆめ過つ事なかれ」
ラピスは数年の研究の成果を、写真を見る事も無く読み上げた。
「どうしてそれを!?」
「2千年前、この石版を置いたのは私達です」
アキトの母は、真っ青になって震えていた。
ラピスが言う通り、その石版だけはカーボン測定でも、何故か2千年前の物で、地球の言葉と異星人の言葉で刻まれていて、関係者からは通称「ロゼッタストーン」と呼ばれていた。
「正確には私の分身達が置いて、重要な部分にヒトが入れないように封印してあります。爆破して入ろうとすれば、自動兵器が動き出して、調査隊は全滅するでしょう、アキトを悲しませないで下さい」
「あ、あなたは一体… 何歳なの?」
恐れながらも、2千年前の出来事を知っている化け物に問い掛けてみる母。
「私は製造されて5年ですが、記憶は他の私達と共有しています。オリジナルの私はアキトの願いを叶えるため、2201年から紀元前に戻って準備をして来ました。そう、2201年、オリジナルの私は未来から来ました」
「…………」
呆然として何も話せないアキトの母。
「そして、今の私は、ずっとアキトの側にいる為、アキトと同じ日に産まれたんです」
「あなたは、何者なの?」
「私達は、アキトを護る者」
アキトの母は、いつか見た受胎告知の夢を思い出していた。
(やっぱり…)
天使だとか、救世主だとか言われても、覚醒時には笑い話にしかならないが、目の前の化物を見ると、あの記憶も間違いやただの夢では無く、現実だと思い始めていた。
「これを見て下さい」
ラピスは何の映像機器も使わず、ある場所を映し出し、二人はその風景の中に入って行った。
「2198年、アキトの結婚式です」
「ええっ」
驚く暇も無く、成長したアキトと新婦が映し出されたが、ベールを取った花嫁の顔は、紛れも無く成長したミスマル・ユリカだった。
「これは、ユリカちゃん、そう、そうだったの」
何やら嬉しそうに結婚式を眺めるアキトの母。
「喜ばないで下さいっ」
強い口調で言われ、始めはラピスが嫉妬しているのかと思ったが、その思いはすぐにかき消された。
「今度は新婚旅行の出発日です」
それを見送る友人達の列に入り、出発を見送っている二人、そして飛び立ったシャトルはすぐに爆発し、粉々になって落ちて行った。
「ああっ! アキトの乗ったシャトルが!」
アキトの母は、余りにリアルな光景を見て、まるでその場にいるような錯覚を覚え、気分が悪くなった。
「大丈夫ですか? ここで二人は死んでいません、誘拐の偽装工作として、他の乗客は全員死亡しましたが」
そう言いながら、手をかざすだけで、過呼吸や貧血が収まり、アキトの母の体調が戻った。
「アキトは死んでないのっ? 大丈夫なのねっ!」
ここでアキトの母も、ラピスがこの事故を防ぐ為に、ユリカからアキトを引き離そうとしているのだと知った。
「無事です、でもここで、ほんの少しの変更で、歴史を変える方法が有ります、わかりますね?」
悪魔のささやきに勝てず、アキトの母は病んだ目のまま首を縦に動かした。
「そう、ユリカさんをアキトに近付けない、それだけで歴史は変わります」
以前のアキトが選んだ女で、アキトの願いの一つであっても、ラピスはあの苦痛と怨念の原因となったユリカを許す事はできなかった、
「ユリカさんは何も悪くないでしょう、この後も、ただ眠ったように遺跡に取り込まれ、アキトの夢だけ見ていれば良かったのだから」
「ユリカちゃんが遺跡に?」
「はい、遺跡の独占使用を計ったモノ達は、ユリカさんを演算ユニットに組み込み、人の意思を伝える為の道具にしました」
「そんな、それよりアキトは? アキトはどうなったの!」
涙を流し、自分の息子の行く末を確かめようとする母。
(それでいい、あなたはユリカの事など、何も考えなくてもいい)
アキトの母が、アキトの心配だけして、ユリカがどうなったかなど、全く心配していないのに満足する。
「この程度で驚いていては、この続きは見せられません、次になさいますか?」
拷問のようなアキトの実験シーン、それを見てしまえば、自分がそこにジャンプして、科学者達を全て殺してしまいたくなるが、そうすると二人の出会いも無くなり、今の自分も消滅してしまう、ラピス達は未来の座標をイメージ出来ないように調整されていた。そして、既にその未来は存在していない。
「いいえっ、見せて、アキトはどうなるの? 教えてっ」
しかし母親にも、この後の光景を見せるのは、余りにも過酷であった。
「映像はやめておきましょう」
自分のためにも、そのシーンを見るのは止め、元のテンカワ家に戻った。
「さらわれたアキトは、A級ジャンパーとして「実験体」にされ、五感を失いました。その後アキトと私は救出されましたが、火星の後継者に植え付けられナノマシンが暴走して、ずっと、ずっと苦しみ続けました」
そこでアキトの母は、目の前の少女が血の涙を流しているのに気付いた。
「ラピスちゃん?」
「アキトは、コックさんになりたかったのに味覚を失ってしまったっ! 優しいはずのアキトが沢山ヒトを殺しながら、敵とユリカさんを追い続けたっ! まだ確立されていない技術でユーチャリスやブラックサレナを何度もジャンプさせて、それで、それで最期にアキトは…… どこかに消えてしまったっ!!」
(ユーチャリス? ブラックサレナ?)
声を震わせ歯を鳴らし、血の涙を流して泣いている少女。
得体の知れない存在だったこの娘が、本当にアキトの事を心配してくれているのだと知って、嬉しく、また愛しくも思えた。
「いいの、いいのよ、これからゆっくり変えて行きましょう、アキトも貴方も、きっと幸せになれるように」
アキトの母はラピスを抱きしめ、そのシャツは血で染まったが、そんな事には構わず、強く抱き続けた。
「うっ、ううっ! うわああああああ!」
ラピスは、アキト以外のヒトに初めて温もりを感じ、堰を切ったように泣き始めた。
それは生まれ変わって、アキトと共に人として育った為か、全てを語った上で、同じ思いを抱く協力者を得た喜びによる物か、まるで普通の子供のように泣き続けた。
(きっと幸せに?)
アキトの母が言った言葉に既視感を覚えるラピス、それは過去に戻る時、自らがアキトの母となってアキトに語りかけた言葉だったが、その記憶はデータバンクにも存在していない。
しばらくして、ラピスも母も、落ち着きを取り戻した頃。
「取り乱してごめんなさい、叔母様」
ラピスを抱いたまま、泣いているアキトの母。
「いいのよ、でもアキトが、そんな事に」
普通なら、全て信じられない説明だったが、立て続けに証拠を見せられ、疑う余地は無くなっていた。
「未来の私は、IFS強化人間として製造されましたが、アキトに救い出され、初めてヒトの暖かさを知りました。それからの私は、五感を失ったアキトの目となり、耳となり、手足となって、ずっとユリカさんを追う手助けをしていました」
「そうだったの、ありがとう。アキトの為に色々してくれたのね、でも、そんな結末になるなら、遺跡なんか発掘しなければ良かったっ」
床を叩き、自分のして来た事を後悔するアキトの母。
「いいえ、ヒトが火星に来た時から、時計の針は動き始めました。叔母様がやらなくても、誰かが発掘して、同じ事が起こったでしょう。今も本当なら、月から木星に逃れたヒト達が、異星人の生産プラントを稼動させ、復讐のための兵器を作り続けていたはずです」
「木星?」
「ええ、月の独立戦争後、独立派は火星に逃れ、そこで核攻撃を受けました。その痕跡はご存知ですね?」
放射線、爆発跡、思い当たる物はいくらでもあったが、それらはテラフォーミングの一環として説明されていた。
「彼らは木連と称し、2195年、火星に侵攻するはずでした。そして、ジャンプで難を逃れたアキトとアイちゃん以外の火星居住者は、全て死ぬ予定でした」
「じゃあ私達もその時、死ぬはずだったの」
「いえ、叔母様と叔父様はその前に…… その時どうするかは、また相談しましょう。そして今は、別の私が木連を管理しているので、殺戮は行わせません。これも全て未来のアキトが願った事です」
「そう、何だかアキトらしいわね、ユートピアコロニーの人だけじゃなくて、全然知らない人まで助けたいなんて」
「ええ、全てはアキトの願いを叶えるためです」
強力な力を持つ魔女、子供の形をした化け物か悪魔を目の前にしていたが、アキトの母は優しい目でこう問い掛けた。
「じゃあ、貴方の願いは?」
「えっ?」
頬を赤らめ、うつむいてしまうラピスを見て、やっと子供らしく感じるアキトの母。その魔物は大きな魔法を自分のために使うなど考えてもいなかった。
「いつも言ってるみたいに、アキトのお嫁さん?」
「えっ? あっ、はい……」
その願いさえ叶うなら、他には何も要求しようとしない怪物。自分の願いは叶えられない魔法使い、その存在は母を喜ばせた。
「私にも、貴方の願いを叶えさせて、私たちにできることは何でも言ってね」
「はい」
計画では既に、アキトが8歳の時、歴史通り両親は始末される。ネルガルが手を下さずとも、ラピスが計画を実行する。元の優しいアキトの人格形成をするのに、両親は不要だった。
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