フルメタル・アクションヒーローズ
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第97話 花火と矢村と帰る場所
正義の味方。
それは「何が正しく、何が間違いなのか」を、一生の中で悩み続けることができる人間のこと。
それができず、途中で「正義とはこうだ」と決めてしまえば、それはたちまち「独善」へと変質してしまう。そして「正しさ」を自分で考えることもせず、善悪の判別を他者に委ねる者もまた、同義である。
――そう、伊葉さんに教えられた俺の脳裏には、その記憶が未だにはいずり回っている。まるで、脳髄までその意識に染めてしまおうとしているかのように。
そして、それが伊葉さんの話術の賜物なのか、俺自身が気に留めようとしているためなのかは、今でもわからない。
「……」
バーベキューを無事に終えても、部屋に戻ってシャワーを浴びても、その意識が頭から離れる気配はない。考えれば考えるほどドツボに嵌まってしまうものなのか、未だに脳の奥底までこびりついている。
シャワーを終えて寝間着に着替えた俺は、心身共にぼんやりした様子で、冷たさすら感じるほど綺麗に整えられた廊下を、ただ無心に歩いていた。一応は所長さんに呼ばれた部屋へと向かう途中なのだが、目を開いていても目の前が見えなくなるほど、今の俺は自ら視野を狭めているらしい。
――「誰かの命を助ける」。それが間違いだなんて疑ったことはなかったし、茂さんとの決闘に向かうまでの二週間、ずっと「救済の超機龍」の力をそのために使ってきた。
そのことを「悪」と罵る住民なんていなかったし、だからこそ今の松霧町では「救済の超機龍」が「謎の赤いヒーロー」として定着しているのだろう。それが「間違い」――少なくとも「正解」ではないだなんて、考えたこともなかった。
だけど、伊葉さんはそれを「正解」だとは言わなかった。救うか救わないか――それが「わからない」ことが正解なのだと、彼は言っていたのだ。
それこそ意味がわからない、と一蹴してしまうのは簡単だ。自分の思うままの正義を曲げても、味気なく、つまらないだけだというのも確かだろう。事実、同じ話題を茂さんに振ってみた時、彼はそう返していた。
しかし、伊葉さんは「『正義はこうである』と決めた人間は、独善の塊でしかない」とも言っていた。その理屈に基づくとするなら、茂さんも「独善」ということになってしまうのだろうか。
どちらとも言えない、灰色の解答。それを「否」と断じるには、俺は余りにも世の中を知らなさすぎる。
……もし、俺が人生の中で一度たりとも「人の命を救う」ことに疑問を抱かなければ、それは「正義の味方」としては、歪な存在になるのだろうか。
ふと、ヒーローとして名乗りを上げるために、見栄を張って「正義の味方」と自称していた二年前の自分を思い返し、俺は思わず足を止めてしまった。
「――あの日からずっと、俺は歪んでいた……?」
できることなら否定してしまいたい。そんなことはない、と叫びたい。しかし、心のどこかに納得してしまっている自分がいるのも、事実なのだ。
「……ちょっと、夜風にでも当たって行くかな」
――だが、それが真実なのだとしても、明日のコンペティションから逃げていい理由にはならない。例え間違いであったとしても、この競争にだけは、負けるわけにはいかないはずだ。
正しいこと、そうでないこと。それが何なのかを考えるのは、コンペティションが終わってからでも遅くはない。一生が終わるまで答えが出ないものというのなら、尚更だ。
俺は短く深呼吸を済ませ、再び歩き出す。向かう先は、ロビーの外。
少々寄り道になるが……あれこれ悩んだまま部屋に向かって、話が頭に入らないよりはよっぽどマシだろう。
黄金の輝きを天から放ち、闇に覆われた大地を美しい空間へと彩る、円形の恵み。
「満月」と呼ばれるその光に照らされた外界は、研究所の入口から漏れている光明を差し引いても比較的明るく、暗順応が完了するまでさほど時間は掛からなかった。
――だが、それにしても今夜は妙に明るいな。どうも、月の光と研究所の照明だけではないような……?
「どやっ、ここからが本番やけんな! 五本いっぺんにいくでぇーっ!」
「きゃあああっ!? そ、そんなに激しく出しちゃらめぇえっ!」
「……梢、怖がりすぎ……」
その時、静けさゆえに敏感になっていた俺の聴覚が、少女達の話し声を明確に捉えた。……捉えたんだけど、一体何の話をしてるんだ?
どこか聞き覚えのあるような、何かが弾ける音を拾いつつ、俺は声の主を追って、研究所の裏手へ足を運ぶ。
照明の漏れとは明らかに異質で、それでいて不規則な点滅を繰り返す光。それらは鮮やかな色を放ち、近づくに連れて俺の視神経を強く刺激していく。
次第に聞こえて来る声も音量を増し、やがて光の出所である曲がり角へとたどり着いた。そして、その瞬間――ようやく、俺はその実態を掴むことができた。
「あっ、龍太! なんや、龍太もやりに来たん?」
「ひゃああああああッ! りゅ、龍太様、助けて下さいましぃぃッ! ね、ねずみ、火のねずみがぁぁぁッ!」
「……梢、泣かないで。大丈夫、梢は強い子だから……」
「人事みたいに見てないで、鮎子も助けるざますぅぅぅぅッ!」
――どうやら、花火大会の真っ最中だったらしい。
五本いっぺんに噴き出す、色とりどりの鋭い炎。久水を追い回し、ねずみの如く地表を駆け巡る、炎の移動物体。そして、控え目でありながら「自分に気づいてほしい」とささやかに願うように、儚く火花を放つ小さな球体。
変色花火にねずみ花火に線香花火。おもちゃ花火の定番そのもの、といったところか。
大方、男の子のおもちゃを好んでいた矢村の私物なのだろう。中学時代、彼女のカバンから特撮ヒーローのソフビ人形が出てきた衝撃は、高二になった今でも記憶に新しい。
「悪い、邪魔しちまったかな?」
「ううん、気にせんでええよ。――ホントはこんなことしとれる身分やないんやろうし、明日のことを考えたら、そういう場合でもないんやろうけど……やっぱし、アタシは部屋ん中におるよりはこっちの方が、落ち着くけん。それにこの二人も、花火はほとんど初めてみたいやから、えぇ機会やないかって思うてな」
「たはは、実にお前らしい。こんなに用意してたんだったら、俺も誘ってくれりゃあ良かったのに」
「……ごめん。なんか龍太、思い詰めとる顔しとったけん。救芽井みたいに」
俺は彼女ならではの動機に口元を緩めると、山のように重ねられていたおもちゃ花火の中から、一本の変色花火をおもむろに手に取る。矢村はそれを見て気を利かしてくれたのか、先端のヒラヒラした紙の部分に、持っていたマッチで火を付けてくれた。
「ちょっ、あなた達ッ! ワタクシを差し置いて何を勝手にいい雰囲気――ひぎぃぃぃぃぃっ!?」
「……二発目発射。梢、ファイトー……」
――久水、なんか茂さんに似てきたな……。四郷も四郷で、「今回だけは譲ってあげる」みたいな謎の視線送ってるし。
そして紙が燃え尽き、細い筒へと火の手が伸びると――鮮やかな火花が、燻りから解き放たれるかのように噴き出して来る。隣で彼女も、俺と同じ種類の花火に点火しようとしていた。
「救芽井も?」
「うん。なんて言ったらええんかな……。ずっとあんたのこと見ながら、心配そうな顔しとったわ」
自分の手中で健気に輝く線香花火を、夢中で見つめる四郷。まばゆい火花を散らして暴れ回るねずみ花火に翻弄され、目に涙を貯めて逃げ惑う久水。そんな彼女達の一時を眺めながら、俺達は噴き出す炎に目を奪われたまま、言葉を交わす。
「心配……か。まぁ、そうだろうな。なにせ、明日のコンペティションに救芽井エレクトロニクスの未来が掛かってるかも知れないんだ」
「ちゃう、と思う。救芽井が心配しとったんは……多分、あんた自身のことやで」
「俺自身?」
「……むー、こっから先は自分で本人に聞きっ!」
何が気に入らなかったのか、彼女は可愛く頬を膨らませると、持っていた花火もろともそっぽを向いてしまう。あ、そっちにはねずみ花火が――
「え――きゃああ!?」
「うわっ!?」
――だが、気づいた時には遅かったらしい。彼女が変色花火を向けた先に置かれていた、まだ使われていないねずみ花火。知らず知らずのうちに、持っていた花火でそれを点火させてしまった矢村は、火を噴き出していきなり暴走する物体に仰天してしまった。
そして、気が動転したのか――彼女は、縋るように俺の胸に飛び込んでいた。
「あっ……!」
「え?」
彼女に抱き着かれたりしがみつかれたり、というのは最近では割とよくあることだったのだが――今回は、どこか様子がおかしい。
いつもなら力いっぱい締め付けかねない場面だというのに、我に返ったかと思えば、顔を真っ赤にして静かに離れてしまったのだ。
「ど、どうしたんだ?」
「あ、い、いや、えと、今のはこ、心の準備が……」
「そ、そう……」
なんにせよ、学校にファンクラブまで自然発生させる程の美少女に頻繁に抱き着かれては、こっちの動悸も穏やかではない。俺もこれといった言葉を掛けることが出来ず、お互いに若干気まずい空気が流れてしまう。
「……」
「……」
――まずい。さっきから矢村さんが全然喋らねぇ。四郷なんてメじゃないレベルだ。
一応俺も所長さんに呼び出しされてる身だし、いい加減引き上げなきゃいけないんだけど……こんな状況でおいとましたら、後味が悪いどころの騒ぎじゃない! なんとか会話の糸口を探さなくては……!
「あ……そういえば、さ。こんな風に一緒に花火したのって、中学以来じゃなかったか?」
「う、うん。龍太、去年は何かと急がしそうやったし……」
苦悶の末に捻り出した話題に、矢村も恥じらいを秘めたような声色で反応を示す。気がつけば、二人で小さな線香花火を眺めるようになっていた。
……去年、か。あの夏から兄貴の扱きが格段にキツくなったんだっけ。風呂の中で寝ちまうくらいくたびれる毎日だったし、確か矢村とは、連絡すら取れてなかったんだったな……。
中学の時までは、散々男友達みたいに一緒に遊んだってのに、今ではずいぶん状況が変わっちまってる。――寂しいよなぁ、結構。
「……実は、さ。俺もちょっと、ここ最近は悩み気味でさ」
「え?」
「今まで考えたこともなかったような次元の話とかされて、わけわかんないことになったり、明日のことでも色々心配だったり、頭から離れないくらい怖いモン見ちまったり……。ホント、去年の今頃はこんなことになるなんて、これっぽっちも想像つかなかったよ」
人の気も知らず、澄んだ輝きを放つ星を見上げながら、俺は愚痴るように思うままの言葉を放つ。隣でしゃがんでいる矢村は、そんな俺をただ真剣に見つめていた。
「考えたことのない、踏み込んだことのない世界。そんな未知の秘境に次から次へとブチ込まれてるような気分でさ。ホント、なんて言ったらいいのかな……地に足が着いた気がしない……って感じかな?」
さっきまで、あれだけ話題を探すことに必死だったのに、今では何も考えなくても、スラスラと言葉が流れて来る。余りにも自然に本音がこぼれるから、自分自身でも歯止めが効かない状態だ。
どんどん……気持ちが、こぼれちまう。矢村の前……だからなのか?
「そんなことばっかりだけど……こうしてここに来て、またお前と花火で遊んでると……昔に戻ったみたいな気がして、正直、安心してる自分がいるんだ。明日の事情とか考えてみたら、俺の方がよっぽど遊んでる場合じゃないんだけど……でも、必要なことだって気がするんだよ」
「龍太……」
「――なんていうか、その、安心するんだよ。やっぱり。着鎧甲冑とか『新人類の身体』とかコンペティションとか、いろんなことに囲まれてても……俺はやっぱり、松霧町の一煉寺龍太なんだ、って。何があっても、俺はここに帰ればいいんだ、って、そんな気分になれるっつーかさ……」
……もう、完全にコントロールが効いてない。俺は、何を言おうとしてるんだろう。しかも、止まる気配はまるでないけど……それが「ヤバい」と感じてはいない。
「だから、さ。ここにお前が居てくれて、良かったって思ってる。お前がここに居てくれたから、俺は俺でいられてるんじゃないかって、そんな感じ。つーわけで……まぁ、ありがとう」
――そして、口をついて出た言葉を自分自身で確かめた時、俺はようやく「全部の気持ちを吐き出せる」くらい、矢村のことを信じている自分に気づくことができた。
「……あ、あ、う……」
彼女はそれに対して、どう反応するべきか迷っているのか――これ以上はないというくらい顔を紅潮させて、視線を泳がせている。
俺はそんな彼女が可愛らしくてしょうがなかったのか――無意識のうちに頭を撫でていた。黒く艶やかなセミロングの髪が、月明かりの中でふわりと揺れる。
「ひゃん……!」
子猫のような高い声を上げて、気持ち良さそうに頬を染める彼女の姿は、さながら付き合い始めたばかりの恋人のようだった。俺が恋人のポジションに立つには、いささか力量不足ではあるが。
「さて。じゃあ用事の途中だったし、俺はそろそろ行くよ。花火、使わせてくれてありがとな」
俺は灯を失った花火を、用意されていたバケツの中に放り込むと、すっくと立ち上がって踵を返す。
いつまでもここにいたい、という気持ちもあるにはある。だが、俺にやらなきゃいけないこと、行かなきゃいけない場所があるのも事実だ。
「それと、後で救芽井にも会ってみる。教えてくれてサンキューな」
「う、うん……」
彼女が帰る場所なら、いつかそこへ帰ればいい。それまでは、戦おう。
その時、ねずみ花火に翻弄され尽くしてゼェゼェと息を荒げていた久水と、そんな彼女の頑張る姿を見て悦に浸っていた(?)四郷も立ち上がり、こちらへと視線を向ける。
「あっ、りゅ、龍太様……明日のコンペティション、はぁ、はぁ、が、頑張って下さいまし……ひぃ、ひぃ、ワ、ワタクシ、全身全霊を込めて、お、応援しますわぁ……」
「……簡単には負けない。でも……一煉寺さんも頑張って」
「おう。二人とも、ありがとう!」
――ここまでエールを送られたら、逃げ出す方が難しいよ、全く。俺は二人にグッと親指を立てて見せると、来た道を引き返していく。
向かう先は、所長さんの部屋。今なら、落ち着いて話が聞ける気がする……。
「それにしても……救芽井さんのこと、よろしくて? 敵に塩を送るようなものでは――」
「こ、今回だけやで! 今回だけ! それにアタシは、ライバルは正々堂々と叩き潰す主義やけんなっ!」
「……かっこいー。男らしー……」
「う、うわあぁあぁあん! ア、アタシは、女の子やもぉおぉおんっ!」
――なんか矢村の悲痛な叫びが聞こえたような……まぁ、多分気のせいだろう。
……気のせいだよね?
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