フルメタル・アクションヒーローズ
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第86話 四郷姉妹の光と陰
「新人類の身体」。
それは、人の脳髄を電動義肢体へと移植し、普通の人間を遥かに超える能力を得る――ことを目的としたプロジェクト。
対象者の脳だけを一時的に機械へ移し、本人の生身の身柄は安全地帯に保管できるため、中身の人間が直に纏う着鎧甲冑よりも、救助側の人命の保護という面においては優れているのだという。
「万が一、救助する側に立つ人間が腕でも吹っ飛ばされたりしたら、それどころじゃなくなっちゃうでしょ? 人を守る前にまず自分を、ってね」
どれだけ危険な現場に踏み込もうとも、脳さえ無事ならいくら傷付いても「代え」が利く。機械の身体である限りは。
それが、所長さんの主張だった。
そのテストパイロットに相当している四郷は、「新人類の身体」に脳を移植してから十ヶ月になるそうだ。彼女の生身の身体は、この研究所にしっかり保管してあるらしい。
――俺がちゃんと把握しているのは、せいぜいこのくらいだ。
あのグランドホールでの性能披露の後に招かれた、この小綺麗な地下会議室で行われているデータベースの発表は、小難しい話ばかりでほとんど要領を得なかった。顎に手を当てて「なるほど」って具合に頷いている救芽井を除けば、ちゃんと理解できてる奴もあんまりいないことだろう。
ゆえに、ホワイトボードに張り出された「新人類の身体」の機構の図解らしきデータや、身体能力を数値化したリストを見せられても、知識のない俺には「豚に真珠」に等しい講義だ。成績優秀と評判の矢村も、途中から付いていけなくなったのか、頻繁に頭を掻いている。
茂さんは多少は理解しているのか、いつになく真剣にホワイトボードを眺めている。久水は――元々あまり聞く気はないらしい。巨峰を寄せて上げるが如く、腕を組んで悠然と椅子の上に踏ん反り返っている。
……親友のことだから、わざわざこんな場で聞く必要はない、ってか。
だけど、四郷が「新人類の身体」になってるって話、彼女はどう見てるんだろうか。そもそもどうして、二人は友達になったんだろう?
「はい、じゃあ私のめんどくさい講義は以上になります。みんな、最後まで聞いてくれてありがとう!」
そんな他愛のない――こともない事情を考えているうちに、気がつけばこの会議室での講義は、お開きの時を迎えてしまっていた。
ホワイトボードの前に立ち、長々と喋り続けていた所長さんは、隣に立つ妹の肩に手を置き、締めくくりの言葉を口にする。「新人類の身体」としてのユニフォームなのか、冷たい雰囲気を漂わせる紺色のジャージに着替えていた四郷は、最後まで人形のように立ち尽くし、姉の話を聞くばかりだったようだ。
慌てて視線を久水から所長さんへと戻すと、彼女は困ったような笑みをこちらに向けていた。どうやら、ちゃんと聞けてなかったのはバレていたらしい……。
……しかし、いくら生身を傷付けないからって、脳みそをまるごと機械にブッ込むやり口を使うのは、どうにも腑に落ちない。
――「新人類の身体」は、その技術は、本当に人を守るために作られたんだろうか?
その疑念は晴れないまま、午前の発表会は終わりの時を迎えたのだった。
予定で言えば、午後は基本的には自由時間だったはず。
ロビーで一旦解散となった後、俺は見てるだけでイロイロとくたびれてしまった身体を癒そうと、自室へ引き返していた。
「ふうっ! ……『新人類の身体』、か……」
相変わらず機械の腕がうにょうにょとあちこちで動き回っているが、それに構っていられる心理的余裕もない。俺は真っすぐベッドへ身を投げて息を吹き出すと、あの光景を記憶の底から掘り返した。
……出来れば、忘れてしまいたい。それくらい自信を削いでしまうような瞬間ではあったが、目を離してはならない事実であるのも確かだった。
四郷――いや、「新人類の身体」は強い。単なる身体強化のテクノロジーとしても、レスキューシステムとしても。伊葉さんは直に戦う機会もあるかも、と言っていたが……あんなでかくてヤバい腕を、二本も引っ提げてる怪物にどうやって立ち迎えってんだか。
……いや、いくらなんでも「怪物」はないか。例えそう呼びたくなるような力は持ってても、あれは――彼女は、四郷鮎子。れっきとした、人間のはずなんだ。
だけど、それでも、あの力を本人が言っていたように「人が恐れる」可能性はすこぶる高い。そんな風になってしまうことを、彼女は望んだのか? あんな機械のような顔に、本当になりたかったのか?
――久水は、何を思って、彼女と友達になろうとしたんだ?
会議室でも不思議に思っていた事柄が、今になって再び脳裏に蘇ってきていた。それを自覚した瞬間、俺はガバッとベッドへ投げ出していた身を起こす。
……あのトラックの正面衝突を難無く食い止めた瞬間を目の当たりにしても、彼女はまるで動じていなかった。所長さんのように興奮してこそいなかったが、俺達のようにうろたえてもいなかったんだ。
見慣れた姿――だったんだろうか? あの、四郷の変わり果てたと言えば変わり果てた姿は。
「久水は……何を思った? 何を感じたら、あんなにも四郷と……」
あの凄絶な姿を思い起こし、俺は頬杖をつきながらそっと呟く。
普通なら――少なくとも俺なら、あんな姿を見せられたら多少はビビる。矢村もアレを見て以来、四郷とは若干距離を取ってしまったように見えた。元々、物静か過ぎるせいで近寄り難くもあったらしいが。
救芽井と茂さんはまだそうでもなかったが、彼女を見る目には、単純な知的好奇心の色が伺えた。久水が持っていたような、友愛の眼差しとは、どこか違っていたのだ。
そんな中、久水は四郷を大切な友人のように見つめ、彼女の凄さを力説していた。さながら、実の姉妹であるかのように。
――彼女にそうさせる何かが、あったのだろうか。それを知れば、俺も彼女を恐れる心を、その奥底から消し去れるのだろうか……?
「はぁいちょっと失礼するわよっ!」
――そんなことを考え始めた途端、シュッと開かれた自動ドアから、このしんみり空気をブチ壊す破壊神が現れなすった。
性能披露の時以上のハイテンション状態にあるご様子の所長さんは、俺にじっくり考える時間すら与えてくれないらしい。
……というか、最初に会った頃とはまるで別人じゃないか。キャラ崩壊も甚だしい……。
「……なんなんですか一体。つーか、ここってインターホンの類はないのッ!?」
「ふっふん、そんなものは必要ないわ! なにせ私は所長だもの! 一番偉いんだものっ!」
「所長だったらアポなしで個室無断突入オールオッケー!? プライバシーの権利はいずこッ!?」
俺の決死の反論も虚しく、所長さんはただ楽しげに笑うばかり。俺の反応そのものを見るのが楽しみなのだとしか思えない振る舞いだ。
「まぁまぁ、細かいことなんてどーでもいいじゃない。それともなぁに? お姉さんに見せられない何かがあるのかしら?」
「しゅ、宿泊先にまで持ち込むほど飢えちゃいねーよ!」
「あら、じゃあ自宅にはやっぱりああいうのがたくさんあるのね? ジャンルは何? 純愛? 凌辱? 盗撮? 痴漢?」
「全部だ全部ッ――って、何を言わしとんじゃァァァァァッ! そして用件は何だァァァァァッ!」
自分でもわかるくらいに顔を真っ赤にして、俺は自分の大切な何かを暴いてしまった所長さんに八つ当たりを敢行してしまう。一方、彼女は明らかに自分に原因があるというのに、涼しい顔で「まぁ熱くならずに」とぬかしていた。アンタマジで覚えてろッ!
「そんなに怒っちゃやーよ。……そうね。用件、って言うなら『お誘い』ってとこかしら?」
「ぜぇ、ぜぇ……お、お誘いだぁ?」
「そう! この近場の海、おっきくて綺麗だったでしょ? せっかく午後はずっと休みなんだから、たまにはあなたも永久貸し切りビーチでバカンスを満喫してきたら? あなた以外の救芽井エレクトロニクスのメンバーは、みんな私服に着替えて出掛けてるわよ?」
「……あーもう、ちょっとは休ませてくれよ。こっちは色々と思うところがあって、しばらくは横になりたいんだ。それに、俺は水着なんて持ってない」
「水着なら、こっちでバッチリイケてるのを用意してきてるから大丈夫! あ、そーだ! たった今仕入れた一煉寺君の新着情報、乙女の園に速報でお届けしなくっちゃ〜」
「わかった! 行く! 行きますからァッ! 四十秒で支度するからァァァァッ!」
俺はあらゆる方面から見ての身の危険を感じ、条件反射で所長さんを部屋の外まで突き飛ばす。そして自動ドアが彼女を部屋から締め出した瞬間、俺は着ていたユニフォームを迅速に脱ぎ捨て、赤いTシャツと黒いハーフパンツにサッと着替えてしまう。
あ、あぶねぇ……あの所長ッ! 救芽井達にこれ以上何を吹き込むつもりなんだッ!
着替えを済まし、出掛ける前に一言文句を付けてやろうと、俺は意気込んで自動ドアを開く――
「……あれっ?」
――が。
そのすぐ先に彼女の姿はなく、廊下に出て十メートルほど離れた場所にその後ろ姿が伺えた。
あんなところで何を――ん? あれは……何かを飲んでる?
艶やかな彼女の手に握られていたのは、茶色い瓶。そのラベルには、「興奮剤」という手書きの三文字だけが書かれていた。
ぐびぐびとその中身を飲み干していた彼女は、フゥッと一息つくと――
「……楽じゃないわね。さすがに」
――今までに聞いたことのないような、ドスの効いた低い声で、何かを呟いていた。
なんだ……? この、違和感は。
そう俺が感じた瞬間、彼女は――
「……さってとー! せっかくだし、お姉さんもスペシャルなナイスバディを披露しちゃうとしますかー!」
――再び、あのアホなテンションで聞こえよがしな叫びを上げて走り去ってしまった。
……曲がり角から姿が見えなくなる瞬間、こちらをチラリと見つめていたのは、気のせいだったのかそうでないのか。
それを確かめる方法は、俺にはない。
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