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フルメタル・アクションヒーローズ

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第79話 ノーヴィロイド

 
前書き
 あけましておめでとうございます! 今年も何卒よろしくお願い致します!(*^▽^*) 

 
 救芽井が用意してきたという、俺専用のユニフォーム。
 それは、特撮ヒーローのコスプレと見紛うような、確実に「人を選ぶ」デザインの代物だった。こんなものを着て、俺は他所様を訪問しなくちゃならんのか……。
 つか、何気に暑い! 暑苦しい! なんでこの炎天下に、黒グローブまで完備した長袖仕様なんだよ!?

 そんな嘆きを胸に秘め、部屋を出た俺は「お披露目」と称して、救芽井に廊下へと引きずり出されてしまった。
 救芽井、それお披露目とちゃう! 公開処刑や!

 そして――

「りゅ、龍太……? えっと、その……に、似合っとる、で?」
「あら、なかなか勇ましい出で立ちざますね。……ワタクシ、なんだか胸が熱くなってきてましてよ」
「……ぷぎゃー……」
「ず、ずるい! 貴様ばかりずるいぞ一煉寺龍太ッ! そんな素晴らしいユニフォームを、樋稟から直々に頂いてしまうとはッ!」

 ――というのが、周囲の反応だった。

 矢村には気を遣われ、久水兄妹には何故か大まじめに絶賛され、四郷には堪え難い一撃を貰ってしまいましたとさ。
 久水と茂さんのセンスがズレていたのには救われたが、その分四郷と矢村に現実を思い知らされたかのような心境だ。
 特に四郷……お前はもう少し、オブラートな表現方法を模索してくれたまえ。軽く死にたくなってしまったではないか。

 ――さて、そんな地獄のような午前を過ごした俺も、今は四郷研究所への出発に向けて、荷物を纏めているところだ。
 向こうからスポンサーとしての依頼があった、という付き合いもあるためか、久水兄妹も同行することになったらしい。
 妹の方はともかく……兄貴の方がいろいろな意味で心配だ……。

「さぁ龍太様、準備はできまして?」
「あ、ああ。そういや、研究所までは何を使って行くんだっけ? 救芽井ん家のリムジンならもう帰っちゃったし……」
「今回は、我が久水家が所有する専用バスで送迎させていただきますわ。既に表で待機していましてよ?」

 自室で出発の準備を整えていた俺は、久水の指差す方向の窓から、外の草原を見下ろす。
 そこには、セバスチャンさん率いる使用人達が、荷物にタグを付けたり、それらを車内まで運び込んだりと、一台の大型バスを囲むようにして慌ただしく働いている姿があった。

「ちょ、荷物くらい自分で運ぶけんっ! あ、あわわわ……」

 あ、なんか矢村がバスの前でオロオロしてる。こんな身の回りの世話なんて、されたことないだろうしなぁ……。
 でも、使用人のみんな、人数も多くないし大変だろうな……ちょっと手伝って来ようか。

 俺はしょっていたリュックを床に降ろすと、ドアに向かって駆け寄――

「お待ちなさい!」
「ぐほッ!?」

 ――ろうとして、久水に襟を掴まれて止められてしまった。反動で思わず首が締まってしまい、喉仏から息がゲホッと噴き出して来る。

「ゲホゴホ……な、なにすんのさ!?」
「龍太様、彼らには彼らの、あなたにはあなたの役目があるはずですわ。余計なことをして、体力を無駄に削るような真似は謹んでくださいまし」
「な、なにもそんな大袈裟な……」
「いいえ! あなたは四郷研究所の力を甘く見ているざます。お兄様に勝ったからといって、向こうでも同じ道理が通じるとは決して限りませんのよ!」

 ぐ、な、なんかいつになく真剣だなぁ……。まるで母さんから躾されてるみたいじゃないか。

 しかし、彼女の言うことももっともかも知れない。事実、俺は向こうの手の内なんて、まるでわかってない。
 対して、相手はこっちのことは散々知り尽くしているのだろう。なにせ、こっちは世界的な大企業なのだから。

 ……そうだよな。俺には俺の、セバスチャンさん達にはセバスチャンさん達の戦いがある。ここは、そっとしとく方がいいのかも知れない。

「――たはは、その通りだなぁ。いやぁすまん、ちょっと余計な気遣いだったかな」
「い、いえ、あなたは本来なら『それで』構わないざます。その気遣いがなければ、ワタクシは今頃……」
「ん?」
「し、しかし今回は大事な用事がある以上、自分のお体も大切にしなければなりませんのよ! ここは我が久水家の使用人達にお任せあれっ!」

 何か言いそびれてるようにも見えたけど……まぁ、いいか。あんまり人のコト詮索するのって良くないと思うし。
 久水は恥じらうように俺から視線を外すと、手ぶらのまま部屋を飛び出してしまった。あれ、そういえばあいつ、荷物はどうしてるんだ?

 ふと、そのことを疑問に感じてバスを見下ろしてみると……見覚えのないバッグが幾つも詰め込まれているのが見えた。肩掛けのモノだったりリュックサック状だったりと、まるで俺と救芽井と矢村の三人分を、集大成にしたかのような物量。
 俺以外の荷物は、既にバスに詰められてるみたいだし……まさか、アレ全部が久水兄妹の……!?

 ――や、やめよう、考えたら負けだ。でも、あんな大量の荷物を研究所に持ち込んでどうするんだか。遊びの旅行でもあんなには持って行かないぞ……。

「一煉寺龍太、急ぎたまえ! 既に貴様以外は準備万端だ!」

 午後の日光を頭頂に浴びて、今度はスーツをピシッと着こなした茂さんが、入れ替わりに部屋に入って来た。うおっまぶしっ。

「ああわかった、すぐに行くよ」

 俺はその神の輝きを手で覆いながら、降ろしたままだったリュックを、よいしょと背負い込む。
 茂さんはその様を見届けると、「ではワガハイは先に向かおう!」と猛ダッシュで立ち去って行った。ものすごく楽しみって感じのテンションだったな……。遠足にでも行く気でいるのか?

 ――ちなみに今後のスケジュールとしては、研究所まで久水家のバスで移動し、夕方には到着するらしい。そこで伊葉さんと合流して一泊した後、丸一日休息を挟んで、コンペティション本番に入るのだそうだ。
 なるべく最高のコンディションで、コンペティションに臨んで欲しい、というのが向こうの言い分らしい。なんともフェアな人達ではないか。コンディションだかコンペティションだかで頭が混乱しそうだけども。

 勝てるかもという期待と、負けるかもという不安。どちらも均等な大きさだ。
 だけど……もし昨日の決闘で俺が負けていたら、不安の方が確実に勝っていただろう。もっとも、その時は四郷研究所とぶつかるのは、俺じゃなくて茂さんになってたんだろうけど。……不安だな、それも。

 そんなえもいわれぬ心境のまま、俺は無駄に広い玄関から表に出る。
 茂さんの言った通り、既に俺以外は準備万端だったらしい。救芽井と矢村が、待ってましたと言わんばかりに俺の前へと駆け寄ってきた。

「龍太君、早く行きましょ! ほらほらっ!」
「もぉ、遅いで龍太っ! はよせんとっ!」
「お、おぉスマンスマン」

 二人とも笑顔だし、ちょっと遅れてきた俺の背中を押してくれてるってのは、わかるんだけど……俺以外の全員が黒いスーツ姿だから、威圧感しか感じねぇ……。
 使用人達の「プークスクス」って感じの反応に目を伏せながら、俺はそそくさと自分のリュックをバスに入れてもらった。どうやら、セバスチャンさん達の感性はまともだったらしい。哀しいほど。

「……ん?」

 その時、死にたくなるような恥ずかしさに苦心して、俯いていた俺の視界に、妙なモノが映り込んだ。
 草原の碧い茂みの中にある、手の平サイズの黄色い物体。プラスチック製のようなソレは、明らかに自然のものには見えなかった。

「なんだ……これ?」

 誰かが落としたのだろうか。そう勘繰った俺は、ひょいとその小さな物体を拾い上げてみた。

 薄っぺらいハートの形をしていて、その中央にはわっかが付いている。その裏側には、丸みを帯びた突起が出来ていた。

 この形状……まさかこれ、「おしゃぶり」か? あの、赤ちゃんが口に付けてるアレ。

 誰がこんなものを? つーか、なんでこんなところに?
 この家で、赤ちゃんって言えるくらいの小さな子供は見掛けなかったけどな……。一番小さいって言ったら四郷か矢村だけど、あの二人でも対象年齢外だろうし。

「……あ、あ、あぁあああああ〜ッ!」

 すると、矢村でも四郷でも、久水家の誰かでもなく、救芽井が悲鳴を上げた。
 彼女はまるでへそくりを見られたかのような表情で、俺に向かって猛ダッシュしてくる。その焦燥ぶりは、ただ事ではなかった。

「うわぅッ!?」
「こっ、これはねっ! し、親戚の子供が赤ちゃんだからねっ! あ、あやすために買ったんだからねっ! そ、そ、それがたまたま、ま、紛れ込んじゃっただけなんだからねっ!?」

 思わず俺が目をつぶってしまった瞬間に、彼女は素早く俺からおしゃぶりを奪い取る。そして、その直後に出て来た彼女の発言を俺が聞き取るよりも速く、自分の胸ポケットにソレを押し込んでしまった。
 もはや神業レベルのスピードである。よっぽど他人に触られたくなかったんだな……。

 しかし、救芽井の私物だったとは意外だ。親戚の話も、今度ゆっくり聞かせてもらおうかな?

「さ、さぁみんな、四郷研究所に出発よっ! 張り切って急ぎましょうっ!」

 よほど急いでいるのか、救芽井は周りの人達に向かって、必死にまくし立てている。そんな彼女を四郷・久水・矢村の三人がジト目で見据えていたのが気になったが、まぁ、それはひとまず置いておこう。

 俺達一行がバスに乗り込むと、運転手を勤めるセバスチャンさんを除く使用人――すなわちメイド部隊が、一列に並び、満面の笑みで手を振ってくれた。
 ……あの笑顔の意味が「あの格好、可笑しすぎー」とかだとは思いたくないな。ここは卑屈にならずに、素直に受け取っておくとしよう。

「では、行ってまいりますわ。皆さん、ワタクシが離れている間、屋敷の手入れ、お願いしますね。もし万が一、手抜かりがあれば……『ご褒美』を差し上げますわよ?」

 窓から身を乗り出して、久水はどこに隠し持っていたのか、乗馬用のムチを取り出してきた。ちょ、出発前に何を!? ご乱心めされたかお嬢様!

「ご安心下さい、梢様。私ども誠心誠意を以って、今以上に見目麗しい屋敷をご覧にいれますわ。……で、でも、『ご褒美は』……欲しい、です……」
「フォッフォッフォ……いけない娘ざますね……。『ご褒美』より、『お仕置き』が必要でして?」

 ――あぁダメだ。これ以上は聞かない方がいい。俺の第六感が……全力でそう叫んでいるッ!
 久水は嬉々としてムチを鳴らし、メイド達は全員、その音に頬を赤らめている。こんな常軌を逸した世界に留まっていたら、気が変になりそうだ……。
 救芽井じゃないが、確かにこれは先を急ぎたくなってくる。

「あっ、でも……ワタクシには、龍太様の『お仕置き』が必要ですわ……」
「ぐ、ぐわあぁー! 俺をそっちに引き込まないでくれぇえー!」

 恍惚たる表情で、こちらを見つめる久水。そのケモノのような眼差しに悲鳴を上げた瞬間、見兼ねたセバスチャンさんがバスを発進させてくれた。

「……えー、四郷研究所行き、発進します」

 俺達を乗せたバスが、妖しい快楽に染まるメイド部隊から逃げ出すかのように、久水家から離れていく。彼女達の姿が遠退いていくにつれ、異様な空気ゆえの息苦しさから解放されていくように感じた。
 そして、「行ってらっしゃいませぇえぇえ!」という黄色い歓声に背中を押されるように、バスは更に山奥の林に覆われた道へと突き進んで行く。

「さぁ、龍太様。このムチでワタクシに愛ゆえの痛みと快感を……」
「何を考えとるんやこいつっ! そのムチ、アタシが使ったるっ! 龍太、これでアタシを――」
「や、やめなさい二人共! 暴力反対よっ! あ、でも、りゅ、龍太君になら……」
「……これはひどい……」

 ――奇遇だね四郷。俺も同感だよ。超同感。セバスチャンさんも可哀相な目で俺を見てるし……。

 どうやら、久水家を出ても妖しい空気は止まないらしい。見兼ねた四郷がムチを奪って窓から放り出すまで、このような地獄は延々と続いていたのだった。
 
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