フルメタル・アクションヒーローズ
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第50話 「正義の味方」の軌跡
松霧町には、ヒーローがいた。
弱きを助け、強気をくじく。
その言葉通りの男になろうと、邁進する少年がいたのだ。
年老いた女性がいるなら、行き先までおぶり。
引ったくりを見つければ、何はさておき飛び出して行き。
強盗が出たなら、危険を省みず立ち向かう。
そんな、まるで漫画やアニメの中にしかいないようなヒーローが、何もない小さな町に実在していた。
さらに、彼の傍には優秀な頭脳を持つ恋人がいた。
彼女はヒーローとして正義を全うする少年に恋い焦がれ、ひたむきに彼に尽くしていた。
より凶悪な敵に立ち向かうための装備を、自らの能力を持って生み出して行ったのだ。
度重なる戦いに傷付けば、親身になって看病した。敵わないと知ってなお、困難に立ち向かおうとする恋人のため、機械の体まで作り出してしまうこともあった。
そんな彼女の気持ちは、ヒーローを目指す少年の想いを惹き付け、二人はますます固い絆で結ばれていった。
少女の作り出す機械の鎧を以って、悪を裁きつづける少年。
やがて彼は、自分が戦うべき敵の存在が、「外の世界にいるのだ」と悟ってしまう。
少年は恋人の制止を振り切り、世界中の戦場に旅立ったのだ。
己の欲望のため、人々に戦争を強制し、私腹を肥やす政治家や、資産家。
そういった種類の人間を、少年は次々に「退治」していった。
それが正義なのだと、誰よりも確信して。
血に染められた彼の拳に震える恋人を見ても、少年は止まらなかった。
戦場の渦中に飛び込んでは、銃を持つ人間を一人残らず叩き潰し、同じ年頃の兵士さえ手に掛けていく。
自分の行いに悲しむ恋人の涙さえ、この時の彼には「正義のヒーローへの感涙」としか映らなかった。
やがて彼は、武器を持たない人間にさえ手を上げるようになっていた。
自分を悪と罵る者。
自分を正義と認めない者。
その全ての存在を「悪」と断じる少年は、彼らを決して許さなかったのだ。
汚れなき正義の証だった、純白の鎧。それはもう、彼自身の「正義」故に真紅へと染め上げられていた。
多くの人々が彼の「正義」のために犠牲となり、数えきれないほどの血と涙が流された。
親を殺された者。妻子や、周囲の友人達まで皆殺しにされた者。血の池ができるまで、罪なき人々さえ命を奪われたのだ。
そして、残された者達は怒りと憎しみだけを背に少年に挑む。だが、その涙と怒りさえ、彼の「正義」は「悪」としか見なかった。
結果、復讐さえ許されないほどに人々は蹂躙され、反撃を企てた者達は次々に鴉の餌にされた……。
何を間違えたのか。どこから間違えたのか。
いつしか変わり果てていた恋人の姿に、少女は泣き叫ぶことしかできずにいた。
だが、少年は彼女の想いに気づくことなく、「正義」のために恐るべき提案をした。
更なる「巨悪」を倒すため、自分と同じ力で、共闘する相棒を欲したのだ。
しかも彼が指名したのは、少女にとっての唯一の肉親だった、彼女の妹。
幼さゆえ、何も知らずに少年をヒーローだと信じ込んでいた妹は、姉の気持ちに気づかないまま、彼の誘いに乗ってしまった。
もはや狂気の域に達していた、少年の「ヒーロー」への熱意は、恋人を恐怖により従わせる強制力と化していたのだ。
そして彼に逆らうことができないまま、少女は最愛の妹に、恐るべき力を授けてしまう。
その結果、何も恐れるものがなくなった少年は、恋人の妹を引き連れ、「粛正」を行ってしまった。
彼が標的としていた軍人のみならず、罪なき人々までが、ヒーローだったはずの少年に焼き払われる姿。
その光景を目の当たりにし、自分もそれと同じ存在だという現実を突き付けられた妹は――心を壊し、生きた人形となった。
天真爛漫だった妹の変わり果てた姿に、ますます苦しめられる少女。そんな姉妹をよそに、少年は自らの正義を為せる力に酔いしれていた。
――だが、その時は長くは続かなかった。
彼の行う「正義」を恐れた日本政府は、「凶悪なテロリスト」として、彼を排除せんと動きはじめたのだ。
「正義」を行ってきた自分を祝福するべきだ、と思っていた政府に攻撃され、少年はさすがに戸惑いを隠せなかった。
世界から見た少年の姿は、誰もが認める「悪鬼」だったのだ。
この事実に怒り、認めようとしない彼は、自分が「正義」であり、政府こそ「悪」だと信じて疑わなかった。
それゆえ、精神的に半死状態だった恋人の妹まで連れ出して、日本政府との全面戦争に打って出ようとしていた。
しかし、もはや少年に勝ち目はなかった。
機動隊の物量に押される上、戦意のない妹は、戦いに参加しようともしない。
どれだけ強くても、たった一人で勝てる戦争などありえないのだ。
敢え無く惨敗を喫した少年は、傷付いた体を引きずり、表舞台から姿を消してしまう。
その恋人と妹も、彼に付き従う形で世間から姿を消した。今の彼に抗う力など、ないのだから。
一方、日本政府としても、彼らが消えていったのは好都合だった。
「世界中の紛争に介入し、殺戮を重ねていた日本人」の存在を認めれば、国際社会に深刻な支障をきたしかねないからだ。
「正義」を行う少年らが姿を消すとともに、政府も彼らの存在は記録から抹消してしまった。今では、政府の要人ですら彼らのことは知られていない。
――そうして、松霧町から誕生した「ヒーロー志望」の少年が姿を消してから、十年の時が過ぎた。
悲劇の再来が迫ろうとしていることに、誰ひとりとして気づかないまま……。
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