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フルメタル・アクションヒーローズ

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第32話 ヒーローは遅れてやって来るもの?

「あああっ!」

 商店街のはずれにあるという、廃工場。弱々しい光を放ちながら、僅かに役目を果たしている電灯だけが、その廃屋の光景を映し出していた。

 ――救芽井が「呪詛の伝導者」に蹂躙される、光景を。

「くそっ、やっぱもう始まってる!」
「どしたらええん!? 救芽井、もうやられとるやん……!」

 酷く悲しみに震えた声で、矢村は目の前の現実に目を覆う。俺達は戦いの衝撃音を頼りに現場に辿り着けたわけだが、着いた頃には既に救芽井は劣勢に追い込まれていた。その上、彼女の周りには数体の「解放の先導者」がうごめいている。
 そして忘れもしない、あの黒い鎧。以前見たときはカッコイイと思えた「呪詛の伝導者」の姿も、今となっては凶悪な怪人としか俺の目には映らない。
 一方、「救済の先駆者」に着鎧している救芽井は、お得意の「対『解放の先導者』用格闘術」で果敢に攻め入っていたが、すぐさま切り返され反撃を受けている。まるで、彼女の戦い方全てが読まれているかのように。

「はっ、はぁっ……!」
「そろそろお疲れみたいだね。早いところ降参しないと、綺麗な身体に傷が付くよ?」

 彼女が一旦距離を取って隙を伺ってる間、その肩が激しく上下している様子を見れば、離れたところから見ていても息が上がっていることがわかる。だが、古我知さんもかなり動き回ってるはずなのに、どういうわけか彼の方は、ピクリとも無駄な動きを見せない。
 あんなにモヤシっ子みたいなナリなのに、古我知さんの方が救芽井より体力があるのか……? 女の子とは言え、「解放の先導者」を相手に無双バリに立ち回る救芽井が、体力負けだなんて……。

 ――いや、有り得る。

 「救済の先駆者」は人命救助が目的のレスキュースーツであり、「呪詛の伝導者」は戦闘が目的の、いわばコンバットスーツ。立つ土俵が、そもそも違うんだ。
 それなら、着鎧した時に生じる身体能力向上の度合いが変わっていても不思議じゃない。フェザー級ボクサーが、力士を相手に相撲のルールで試合をするようなもんなんだから。

「『解放の先導者』、行きなさい!」
「くっ……こんな機械人形ッ!」

 たまに周りの「解放の先導者」が襲うこともあったが、それは簡単にいなしてしまう。ところが、「呪詛の伝導者」が仕掛けてきた途端に、攻撃の流れが止まってしまっていた。

「ふふ、僕が出て来たら逃げるしかないのかな?」
「うっ――バ、バカなこと言わないで!」

 接近戦では爪や剣を使われ、距離を取れば銃で撃たれる。飛び道具や武器の一切を持たない「救済の先駆者」としては、カテゴリーエラーとしか言いようのない状況だ。
 距離があれば銃で撃たれても両腕でガードしていられるようだが、近い位置から銃口を向けられると大慌てで退散している。どうやら至近距離で撃たれたら、「救済の先駆者」といえどただでは済まないようだ。

「りゅ、龍太? アタシら助けに行けんの……?」

 震える細い指で俺の袖を捕まえ、矢村は今にも泣き出しそうな顔をする。俺だって、こんな状況で見てるだけなんて胃が痛いさ! けど――

「……ダメだ。俺が役に立てるなら、それは救芽井の着鎧が解けてからだ。それまで俺達は、何をするにせよ足を引っ張ることになっちまう」
「そんなっ……!」

 ――そう。俺が救芽井を救うには、まず「救済の先駆者」にならなくちゃいけない。けど、あいつの性格や前の別れ方からして、真正面から説得して「腕輪型着鎧装置」をくれる確率はゼロに等しい。だから今は時期を待つしか――

「きゃあああっ!?」

 ……!? なんだ!?
 俺は轟く悲鳴に反応して、俯きかけていた顔を上げて眼前の光景に目を見張る。

 「呪詛の伝導者」から黒い帯のようなものが飛び出し――瞬く間に救芽井に巻き付いてしまった。まるで、磁力か何かで引き付けてしまったかのように。
 彼女は両腕を封じられてしまい、豊かな胸だけが縛りから逃れるように浮き出ていた。

「な、なんだアレ!」
「救芽井、縛られとる……!?」

 俺と矢村が驚いている間に、古我知さんが身体を縛られ動けずにいる救芽井に近づいていく。ど、どうするつもりだ!?

「ソレは着鎧甲冑の強度を繊維に応用したゴム製だからね……簡単には外れないよ。これでわかっただろう? 技術はより強く、需要に応じたものが勝ち残り、需要に反するものは廃れていく。そしてどんな世の中であっても、兵器という概念は最高の需要となる」
「くぅっ……!」
「君達はそれを許さず、僕を阻んだ。しかし、現にこうして倒されている。どれほど君達の方に道理があるのだとしても、それでは何の意味も成せない」

 ……どういうことだ? あの人、動けなくなったところでとどめを刺しに行くのかと思えば――説得してる?

「僕は、そんなことがあってはならないと思う。君達一家が積み上げた力は、無に帰してはならないはずだ」

 まさか、この期に及んで話し合いで決着を付けるつもりなのか? ――彼の声色からは、威圧が感じられない。むしろ、手を差し延べているかのような。

「だからこそ、僕はこの『呪詛の伝導者』を作り上げた。世界が望む形で、君達の力を知らしめるために。それが着鎧甲冑の素晴らしさを世界中に伝える、一番の近道なのだから」

「――ふざけないでッ!」

 そこで響いてきたのは、一際大きい救芽井の叫び声。彼女は自らの声帯を潰すほどの声量で、反論の声を上げた。

「あなたのやってることは、ただの恩知らずよ! 人の夢を踏みにじり、全てを奪い、私達を排除しようとしている!」
「別に永遠に、というわけではないさ。僕が着鎧甲冑を世界に広める間、君達一家には大人しくしてもらいたい……というだけだ。それに――恩を忘れた覚えはない。僕は君のご両親に救われたが故、彼らのためにできることは何でもするつもりだ」

「それが――あれだと言うの!?」

 救芽井は縛り上げられた状態のまま、首の動きである方向を指す。
 ただの壁を指してるように見えるんだが……どういうこった?

 ここからじゃ、それがなんなのかはよくわからないし、何を喋ってるのかも聞こえないのだが……表情を見る限り、かなり深刻そうだ。

「お父様やお母様にあんなことをしておいて、よくも……!」
「まるで僕が殺してしまったかのような言い草だね……ただの冷凍保存だよ。メディックシステムの医療機能を改修し、人体をコールドスリープさせるカプセルに改造したってだけさ。あそこにいるご両親も、全てが片付けばじきに目覚める。彼らにとっての全てを忘れた上で、ね」
「なぜ、記憶を消すなんてっ……!」
「自分達が何をしていたか覚えていれば、悔いが残るだろう? 君達のような、科学者の集まりは特にね。このために電力確保用の強靭な発電機を用意して、かつ食費を『一日一個のカップ麺』まで絞りつくした僕の苦労も考えてもらいたいよ」

 ……何を話してるのかは知らないが、雰囲気でフィニッシュが近いような感じはしてる。
 情けは掛けていても、記憶を消すことにはためらいがないようだし――このままじゃあ、俺が出る前に救芽井が……!

「だから、もういいんだ。君達はなにもしなくていい。全て僕の手で――着鎧甲冑を形にするッ!」

 俺が「救済の先駆者」に着鎧するタイミングを見出だせないまま、ついに古我知さんが動きを見せた。
 彼は救芽井を縛る黒い帯を掴み上げると、彼女ごと思い切り投げ飛ばしてしまった!

「ああああっ!」

 悲痛な叫びと共に宙に投げ出された彼女は、成す術もなく壁にたたき付けられてしまう。

「……うおおおおおッ!」
「りゅ、龍太っ!?」

 俺は、もう限界だった。
 理屈じゃない。感情が、今の状況を見過ごすことを許さなかった。
 矢村の制止を聞き入れることもなく、俺は足にエンジンでも積んだかのような勢いで駆け出していた。

 ――そして彼女の身が、俯せに地に着いた頃には。
 「救済の先駆者」は、松霧町のスーパーヒロインは、ただの少女……救芽井樋稟の姿になっていた。
 着鎧が解けた今でも縛られている、彼女の目と鼻の先には「腕輪型着鎧装置」が転がっている。古我知さんは悠然と、それを拾い上げようとしていた。

「うっ……ぐ、ひうっ……!」
「あんなに気丈な君の泣き声なんて、滅多に聞けないね。でも、大丈夫。もうすぐ、全てを忘れられるからね」

 どうしようもない現実に心を締め付けられた救芽井は、地面に顔を押し付けてむせび泣く。そんな彼女を一瞥すると、古我知さんは拾った「腕輪型着鎧装置」をポケットに入れ――

「させるかァァァーッ!」

 文字通りのヘッドスライディングで。俺は古我知さんの手中にある「腕輪型着鎧装置」にダイブした。
 さすがに彼も救芽井のことで夢中になるあまり、俺の接近には気が付かなかったらしい。突然の事態を前に、状況が飲み込めずにいるようだった。
 俺は古我知さんの脇をすり抜けると、ゴロゴロベチャリ……という情けない効果音と共に転倒。それでも、奪い取った「腕輪型着鎧装置」だけはしっかりと握り締めていた。

「なっ……へ、変態君ッ!?」

 これ以上ないというくらい、救芽井は驚愕の表情で固まってしまう。こんな時でも変態扱い――安定の救芽井さんである。

「龍太〜! 大丈夫なん!? どっか痛くない!?」

 感情剥き出しの暴挙に走った俺を追って、矢村もこの場に追い付いてきた。無我夢中になったら、俺って矢村より速く走れるんだな……。

「や、矢村さんまで!? 二人とも、どうしてこんなところに!?」
「え? え〜っとぉ、それはやなぁ……りゅ、龍太。なんとか言ってや」
「ちょ、ここで俺に振るの? なんか古我知さんポカンとしてんだけど……」

 この雰囲気ぶち壊し上等な俺達の登場に、さすがの古我知さんも理解が付いていけてない様子。まぁ、当然の反応だよな。

 よし! ここは救芽井にも古我知さんにも、俺達が来た用件が一発で分かるように、ガツンと言ってやるか!

「……まー、要するにあれだ! 助太刀に来たってことでッ!」

 「腕輪型着鎧装置」を腕に巻き付け、俺は高らかに宣言する。ヒーローは遅れてやって来る……みたいなノリで。
 
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