問題児たちが異世界から来るそうですよ? ~無形物を統べるもの~
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正義の執行 ②
さてこの状況、正しいのはどちらだと考えるのか。
今この状況を見ている方々の多くは、ノーネームであると答えるのではないだろうか。なぜならば、レティシアは既にその罪を雪ぐだけの働きを見せている。その命だって何度危険にさらされたことだろうか。
間違いなく、彼女は彼女自身の手で奪った以上の命を救済している。
だがしかし、ユースティティアの主張もまた正しいものだ。もしかすると、こちらと答える人も少なからずいるかもしれないほどに。
なにせ、彼女は自身の犯した罪に対して何一つ償っていない。その罪以上の功績を残したというだけで、罪そのものへ向き合っていないのだ。彼女が自身へ禊と定めたものも自分の理と重なるもの。そんなものが果たして、禊となるのだろうか。答えは単純、コミュニティ“ノーネーム”への禊とはなっても、罪への禊とはなりえない。
間違いなく、彼女は彼女自身の罪を何一つ償っていない。
故にこそ、少年たちは反抗する。自らの同士を守るため、己の信じた正義のために。
故にこそ、女神は執行する。自らを縛る法によって、箱庭から破滅の可能性を摘み取るため。
さて、それでは―――
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剣の刃を向けて盾とした女神に対し、十六夜は一切の躊躇いなく拳を叩きつける。普通であれば拳から裂けていくはずの場面。しかし、十六夜の体は普通ではない。
「おや・・・」
「吹っ飛べ、クソ女神!」
その様子に首を傾げた女神を気にも留めず、剣との接点を軸にして足を叩きつける。こらえきれるものではなく、しかし部屋から叩きだされた時ほど飛ぶことはなかった。だからといって安全だったわけではなく、
「見よう見まね、空木倒!」
回りこんだ耀が木の葉天狗を具現し、こちらも蹴りを放つ。何かをする暇を与えず、確実に敵を削ぐ。当然の策・・・だが。
「なるほど、分かりました」
女神はそれを、なんでもないものとして切り捨てる。身に宿る不死のギフトは与えられた傷を修復し、元より保有する分析のギフトを持って何が行われたのかを理解した。対処法を検討し、剣を構えて十六夜へ向かう。
「罪状の特定、師匠殺し。これより執行します」
呟かれたのは、ヘラクレスの持つ罪状の一つ。そして放たれた剣の一撃は、防ぐために構えた十六夜の腕へ吸い込まれるように進み・・・薄皮を一枚割いて、止まった。
さすがに、本人の罪でないと絶対の能力は得ないらしい。しかしギフトを限定的に無効化するくらいのことはできるのだから、警戒しなければならない。そうしこうしている間に、ユースティティアは萎縮返しとばかりに十六夜を蹴り飛ばす。試してはみたものの通じないのならやる意味は無い。無力化するために肉弾戦を開始する。
知に足をついて急停止をかけた十六夜に接近、腹部を正確に打ち抜き、続けて放った頭部への攻撃は防がれた。そこで攻撃を止め、しゃがみ転がる。耀も何もせずにいるわけではない。隙をついて攻撃しようとしたものの、簡単に避けられた。
「おや、これは・・・」
「まあ、ただやられるままなわけねえだろ」
と、転がった際で腕に違和感を感じる。見ればそこにはワイヤーのようなものが刺さった針が。何かと思ってみていると、腕の中に違和感。刺さっていたものが広がった感覚で、遺物が固定されたのだと察する。瞬間、ワイヤー経由で引っ張られ振り回される。
「これは・・・また贅沢なワイヤーですね」
ワイヤーの素材は神珍鉄。十六夜の意志に従って伸縮するその素材は、持ち主の怪力もあって女神を難なく振り回したのち大木に叩きつけられる。
何かされる前にすぐさまそれに手を突っ込み、取り出した筒状の何かにワイヤーを固定するとスイッチをオン。ミニロケット的な物が発射され、女神を樹に固定した。当然それでは終わらず、神珍鉄もまた縮み締め付ける。薄着と女神のスタイルから煽情的にすらなったが、この場にそれを気にする者はいない。十六夜が固定したそれに対して、耀はすでに肉薄していた。
生命の目録。これまでギフトによって採取してきた生物から力を持つものを可能な限り選択。それだけではなく半透明の腕も具現し、全て重ねて殴りつける。当然一撃で樹は根元からへし折れ、吹き飛ぶ。だが転がったとしてもその身が樹に縛りつけられている以上動けない。これから行おうとしているのは、身動きの取れない相手に対するリンチだ。卑怯だとかそんなクソどうでもいいことは気にしない。そんなことを考えて勝てない相手であることは理解している。
だがここで、女神も動く。自身を通して衝撃を受けた樹はもろくなっており、身動きの取れない状態で与えた衝撃程度でも崩れる。ほんの一瞬緩くなった拘束を抜け出し、先に近づいてきた耀を剣の柄で殴り飛ばす。こちらも十分に脅威だ。しかし、この後向かってくる相手ほどではない。先に倒すべきは逆廻十六夜である。思いっきり本拠の瓦礫に押し潰されているのでもしかすると復帰は無いかもしれないが、まあそれならそれでよい。続けて近づいてきた十六夜の拳を避け、こちらも拳で対処する。効果の無い剣はしまい、十六夜の拳を肘で叩き落としてから膝を腹に打ち込む。当然、全力だ。ユースティティア程度の全力で壊れる程柔な体ではないため、ためらいはない。殺さず、可能なら考えを改めさせ、それができないのなら執行する間だけ大人しくしてもらえればいい。
されど、相手は人間の頂点レベルに存在する。その身に宿るギフトは驚異的なまでの身体能力。神霊であってもユースティティアの身体能力ではその体を壊すことが出来るほどのものではない。故にここから行われるのは泥臭い殴り合い・・・であるはずだった。
現実は、そうはならない。十六夜の攻撃は全て避けられ、ユースティティアの攻撃は全て狙った位置へと打ち込まれる。ユースティティアの主催者権限は未だ発動したままであり、行われるゲームの内容は『罪の特定、及び罰の執行』である。これによって十六夜の害意を特定、結果としてどこへ打ち込もうとしているのかが判明してしまう。
皮肉なものだ。新たな力を得ようと一輝から習ったものは武器、手段と言う逆廻十六夜にとって最も不要なものを与えてしまい、弱体化したが故のこの結果。一輝から何も習っておらず、武器を手に取るという愚もおかしていない十六夜であればこのような結果にはならなかった。そのころの彼の速度であれば、分かっていたとしても追いつくことはできない。否、頭で考えないが故に害意を特定したとしても場所は特定できなかっただろう。
結果として。身体能力から十六夜の体を撃ち抜く蛟劉のような手段ではなく。技術によってその肉体を突破する一輝のようなやり方でもなく。本来撃ち抜けないはずの力を用いて、劣り過ぎる技術に乗せて、ユースティティアは逆廻十六夜に勝利した。
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意識を取り戻し、瓦礫から抜け出した耀はまず額から流れる血を拭った。続けて顔を上げると、立っている人物が一人。十六夜ではなく、ユースティティアであった。慌てて立ち上がり、ギフトへと意識を向ける。もっとも使い慣れているグリフォンを取り出そうとしたところで、
「まだやりますか?正直、これ以上いくらやっても変わらないと思いますが」
と、断言される。意識を取り戻したらこの状況なのだから心のどこかでそう思っていた身としては、体が固まってしまう。それでも、何もしないわけにはいかない。時間を稼ぐことが出来れば飛鳥と黒ウサギが戻ってくる可能性もある。そこまでの時間稼ぎを行うことが出来れば、まだチャンスはある。相手が神霊だけに他のコミュニティが協力してくれるのかはわからないが、それでも何とかするしかない。これまでに使った中から手段を探る。
形状。杖、火力は足りないだろう。光翼馬、いざとなればこれで先に合流する。麒麟、威力は十分検討対象。火鼠、意味がない。マルコシアス、現状最有力。大鵬金翅鳥、対神の属性は有利だと判断。原初龍・金星降誕、有力ではある。後半はタイムリミットの存在が怖く合流して協力という目標は捨てることになる。
そこでふと、ある可能性が頭をよぎった。この状況を打開しうる最大の手段。その能力の大きさ故にタイムリミットが存在することは確定している。もしかするとそれ以上の対価が発生するかもしれない。試すだけの価値はあるだろう。ペンダントを握り、他に問題がないかを探る。
可能なのかどうか。今やろうとして問題がない以上、可能だ。もっと最悪の事態となる可能性。向こうが見て斬るのは私自身の罪ではないため軽減されるのは間違いない。自身が箱庭の敵となる可能性。それならそれで仲間が何とかすると信じる。
結論、やるだけの価値はある。返事をせず、準備は整った。あとはペンダントへ宣言を下すのみ。口を開き、息を吸って・・・
「なあ、そこの女神。そこで何をしてる?」
そこで。コミュニティのリーダーが帰還した。
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帰還した一輝は状況を見て、そしてその姿を見て理解した。そこにいるのが女神ユースティティアであり、この惨状は彼女の手によるものであり、倒れている十六夜と傷だらけの耀は向うの手によるものであると。
だがそれでも。問わなければならない。手を出してくる様子の無い女神を見ながら耀の前まで移動し、問いかける。
「初めまして、女神ユースティティア。一応ノーネームのリーダーってことになってる鬼道一輝だ」
「あらあらこれは。初めまして、絶対悪の魔王・アジ=ダカーハを打ち倒し英雄よ。私は正義の理を預かり、それを執行する者に名を貸す女神、ユースティティアでございます。お会いできて光栄ですわ」
私服姿の20も生きていない少年に、女神は最大限の敬意を表した。それだけ彼女は彼を尊敬しているのだ。
「それで、ここには何をしに?」
「箱庭を脅かす人類最終試練がついえた今、さらなる危機は避けねばなりません。貴方様へその相談をしに来たのと、裁きを受けていない魔王を裁きに」
特に普段と変わらない様子を見せる一輝へ、女神はただ事実を伝える。会ってみたかっただけという感情も存在するが、言わなかっただけだ。
「ふぅん、対象としてはレティシアってところか。裁定の内容は?」
「罪状は言うまでもないでしょう。それに対して与えるべき罰は“死”です」
ここまで言われても、彼の表情、感情に変化はない。当然だ。レティシアがどうなっていようとどうでもよく、それ以上に彼の意識を向ける対象があるのだから。
「ふぅん。それはお前のさじ加減で?」
「まさか。正義は真に公平な立場から下すべきもの。私の主催者権限は発動から罰の決定までの間、私の意識を99%停止させます。その状態で下した決定をさらに、天秤で測る。これで決定したものです」
その発言でようやく、彼の表情に変化が現れた。しかし、彼女はそれに気付かない。
「なるほど。つまりお前の行いにお前の意識は存在せず、お前のエゴは介入せず、ただ公平に行った結果だと」
「ええ。それが私の主催者権限、私に与えられた役割でございます。貴方に会ってみたかった、という我儘もないではありませんが」
「へぇ、そうか」
ここで彼は、彼女の存在を完璧に理解した。どのような理屈を持つ存在なのか、それを知る。
それ故に。誰もが正しいのだと判断しなけえればならない存在であるが故に。間違ったことは何があっても行わない存在であると知ったが故に。
感情は、たった三つを残してそぎ落とされた。
一つ。大切を害する何人をも許さぬ。ただし、大切を定義する感情は存在しない。
二つ。一族の血を滅ぼさない。途絶えさせることは世界の崩壊故に、世界から植え付けられた感情。
三つ。気に入らない存在を、何が何でも排除する。しかし、気に入る気に入らないを定義する感情は存在しない。
しかし―――感情が消失する前に、目の前の存在がこの上なく気に入らないと断定した。
今となっては、何故気に入らないのかも覚えていない。だがどうやら、気に入らないらしい。であれば、何をするのかは決まっている。
「ああ、反吐が出る」
瞳に感情は宿らない。当然だ。そんな感情は存在しない。
その体に一切の無駄はない。当然だ。無駄を発生させる感情は無いのだから。
手段に対するためらいはない。当然だ。恐怖も打算も存在しないのだから。
背後の存在への配慮は存在しない。当然だ。大切だとも気に入らないとも定義されていない彼女は、路傍の石ころと何も変わらない。
ここにあるのは。ただ目の前の女神を殺戮するだけの。機械だ。
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