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開戦前夜

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第一章

                   開戦前夜
 その頃日本は窮地にあった。まさに危急存亡の秋と言ってよかった。
 義和団事件以降露西亜は満州に居座りそこから朝鮮半島に進出していた、しかも大韓帝国の皇帝自ら露西亜についてしまっていた。
 露西亜大使館に逃げ込みそこで執務を行う有様だった、しかもだ。
 露西亜は朝鮮半島の権限を次々と譲り受けていた、このままではだった。
「日本にまで来るぞ」
「最早朝鮮半島は露西亜の勢力圏になろうとしている」
「あの半島を足掛かりに日本まで来る」
「日本は露西亜に征服されるぞ」
「このままでは破滅するぞ」
「日本は滅ぶ」
「そうなってしまうぞ」
 新聞でも論壇でも主戦論が殆どになっていた。それもかなりの覚悟を決めた。 
 だがそれでも誰もがこう思ってもいた。
「露西亜に勝てる筈がない」
「戦っても敗れる」
「国力差があり過ぎる」
「あの大国に日本が勝てるものか」
「敗北しか有り得ない」
「どうして勝てる」
 こう思っていた。それは確信と言ってもよかった。
 それは政治家達もだった、当時元老として日本の舵を取っていた彼等も露西亜と戦っても勝てるとは露程に思ってはいなかった。
 伊藤博文は井上馨と共にこう言っていた。
「露西亜に勝てるものか」
「英吉利と同盟なぞ結べない」 
 露西亜に脅威を感じていた英吉利から同盟の申し出があった。だがそれもだったのだ。
「あの超大国が我が国の様な小国と同盟を結ぶものか」
「対等の同盟なぞ有り得ない」
 まずそれも有り得ないと思っていたのだ。
「それでどうして露西亜に立ち向かえる」
「ここは露西亜と手を結ぶべきだ」
「それしかない」
 勝てないのなら手を結ぶしかない、彼等はこう考えていた。
 そして実際にその様に動いていた。もう一人の元老の中での実力者である山県有朋もだった。
 常に苦い顔でこう言っていた。
「勝てない」
 強硬派である筈の彼もこう見ていたのだ。
「日清戦争とは違う、強過ぎる」
「露西亜がですな」
「そうだ。君もわかっているだろう」
 目をかけている桂太郎に対しても厳しい顔で言う。
「露西亜はあまりにも強い」
「国力で日本の十倍です」
「しかもあの陸軍だ」
 露西亜は特にその巨大な陸軍が武器だった。それを考えるとだった。
「勝てる筈がない」
「それは誰がどう見てもですな」
「そうだ、戦争はするべきではない」
 山県にしろこう考えていた。
「やれば負ける。それでどうしてか」
「開戦に至れるものか」
「世論は開戦を言っている」
 料亭で共に話をしながら。山県は難しい顔で述べた。
「それは当然だ」
「はい、ここで何もしなければ」
「国が滅ぶ」
 山県もよくわかっていた。このまま座していては死を迎えるだけだということをだ。
 だから世論も主戦論が殆どなのだ、与謝野晶子にしても弟の身の安全は憂いていても全体としては主戦論だった。
 夏目漱石も誰もが戦争を支持していた、誰もがここで敗れるか何もしなければ日本が滅びることはわかっていた。
 元老である山県もそれはわかっていた、ここで何もしなければ滅びる、だが。
「負ける、戦えばな」
「はい、国力差があり過ぎます」
「それでどうして戦争が出来るのだ」
「露西亜の国力は清の比ではありませぬ」 
 桂も沈痛な顔である。 
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