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歌に生き愛に生き

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第四章

 その今にも消えそうな命の中で彼は弟子達に言うのdった。
「だから。私の祖国に」
「先生のお心をですね」
「埋めて欲しいのですね」
「頼む」
 泣いていた。ショパンは弟子達に心から頼んでいた。
「これが私の最後の願いだ」
「先生は祖国に戻られるのですね」
「そしてそこで眠られるのですか」
「そうして欲しい」
 その涙を流している顔でさらに言う。
「それが私の願いなのだ」
「わかりました」
 これが彼を敬愛する弟子達の返事だった。
「それなら」
「有り難う」 
 ショパンは彼等の微笑んでの返答にほっとした、満足した顔で礼を述べた。こうして彼はこの世を去り心はポーランドに戻った。
 ジョルジュはその話を聞き知人に静かにこう言った。
「これでよかったのよ」
「あの人が祖国に戻ったことが」
「ええ。彼は何よりも、誰よりも祖国を愛していたわ」
「そうでしたね」
「だからあれでよかったのよ」
「貴女は今でも」
「ええ」
 ジョルジュは微笑んで知人に答えた。
「今でもね」
「それでもですね」
「そうよ。彼も私を愛してくれたけれど」
 それでもだというのだ。
「彼はまずはね」
「ポーランドを愛していましたか」
「そう。私はそのことに気付いたから」
 だからだと。ジョルジュは寂しい微笑みで語っていく。
「別れることにしたのよ」
「そうでしたか」
「彼はもう静かに眠っているわ」
 ジョルジュは言っていく。
「私はその彼を忘れないわ」
「では今も」
「ピアノを弾いてくれるかしら」
 ジョルジュはその知人に願いも言った。
「そうして頂けるかしら」
「ピアノですね」
「ええ、曲は」
 ショパンがよくジョルジュに弾いてくれた曲だった。そしてその都度彼女が歌った曲、その曲をリクエストしたのである。
「お願いできるかしら」
「はい、それでは」
「有り難う。それじゃあね」
 ジョルジュは座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。知人も部屋の中にあったピアノの席に向かいそこに座る。
 そのうえで歌う準備に入る。知人は楽譜を開きながら己の傍に来たジョルジュに対して問うた。彼女は今も男装だ。
「貴女は歌がお好きですね」
「ええ、音楽がね」
 ジョルジュは正面を見ながら小さく頷いて答えた。
「好きよ。これに生きていると言っていい位に」
「そしてショパンさんも」
「そうね。生きていたわ」 
 彼もまたそうだったというのだ。
「そうだったわ」
「そうですね。ピアノに」
 ここでは音楽と歌は同じ意味だった。
「生きておられましたね」
「そして愛に生きていたわ」
 この言葉も出したジョルジュだった。
「それにもね」
「そうですね、本当に」
「彼は歌に生き愛に生きたわ」
「貴女と同じく」
「私も愛に生きた、けれど」
 愛、それを見ていた。ジョルジュは形としては見えないが無限の大きさがあるそれを見ながらその知人に述べた。
「私は彼を愛していたけれど」
「あの人は祖国を愛していた」
「愛していたその対象は違っていたわ」
 こう寂しい顔で言うジョルジュだった。そのうえでピアノの演奏に合わせて歌った、彼が自分に弾いてくれたその歌を。


歌に生き愛に生き   完


                    2012・9・27 
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