ハイスクールD×D 聖なる槍と霊滅の刃
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第二部 英雄派と月の姫君
英雄派
レオナルドを連れてきて一日経ったお昼頃。
一通りの仕事(と言ってもほぼないが)を済ました私は、保護して以来眠っているレオナルドの見舞いに行くことにした。
こういう時、何を持っていけばいいのかわからないので手ぶらで部屋を訪れる。
レオナルドは、まだ眠っていた。その寝顔を見ながら、ふと考える。
もしかして、私を連れ出した翌朝の曹操もこんな感じだったのだろうか。
と、レオナルドのまぶたが震える。しばらくすると、ゆるゆると瞼が薄く開く。
「……起きた?」
声をかけてやると、ぼんやりとした瞳が向けられる。うん、少なくとも意識は問題ないみたい。
しばしきょろきょろとあたりを見回していたが、やがてこちらに視線を固定する。
多分、周りが初めて見る景色だったからだろう。誰だって、目が覚めたら見たことのない景色だったら不安になる………と思う。私には、あんまりわからない感覚だけど。
目覚めた時と景色が違うっていう生活が長すぎたからかな。
「あ、え……あの、ここは…?」
「ここは私たち“英雄派”のアジトだよ」
“禍の団”の中でも、私たちは曹操が結成した派閥“英雄派”に属している。メンバーは基本的に人間だ。
人間のままでどこまでいけるかの挑戦だと、曹操は言った。それを証拠に神器持ちを積極的に勧誘している。
と、ここでまだレオナルドに名乗っていなかったことを思い出す。
「私は蔡文姫。よろしくね」
蔡文姫。それは、曹操が私に与えてくれた仮の名前だ。
英雄派の幹部は文字通り、英雄の子孫が多い。その中で私の、「季風四織」という名前は悪目立ちしてしまうから。
ふっとその時のことを思い出す。
◆◇◆◇
「呼び名?」
本を読んでいた私に、曹操が急に『君の呼び名を決めた』と声をかけてきたのだ。
今まで通り、四織と呼んでくれればいいと思うのだけど……呼べない理由でもあるのかな?
「どんなの?」
「ああ。蔡文姫……など、どうだろうか?」
「…私の、名前?」
蔡文姫。確か、三国志の英雄、曹操に関連した逸話のあった女性だと記憶している。
曹操に頼んで聞かせてもらった逸話の中に、そんな名前があった気がする。
「呼び名、必要?今まで通りの呼び方でもいいと思うけど…」
「ああ、君の名前は組織の中では浮くからな。それらしい名前を考えてみた」
ああ、確かに浮くかもしれない。曹操が集めている幹部クラスだという人材は、本当に神話や伝説の英雄の子孫だから。
私のような、普通の名前が紛れていると確かに違和感が出るかもしれない。
納得はしたけど、今までのように呼んでくれないことが少しさびしくもあるわけで……
……あぁ、いいことを思いついた。
「…そっか。じゃあ、みんなの前では、それでいいよ」
「…どういうことだ?」
怪訝そうな顔をする曹操。残念だけど、私の真意は伝わらなかったみたいだ。
まあ、私のわがままで本気で困らせるわけにはいかないけど……一応、主張はしておくべきだよね。
「二人きりの時は、今までのままがいいな…って」
「………善処しよう」
◆◇◆◇
そんなやり取りがあったことを、この名前を改めて名乗るたびに思い出してしまう。
あまり名乗ることはしないけれど。この名前は、曹操がくれた二つ目の、形なき至宝だ。
そんなことを考えていると、視界の隅でレオナルドが起き上がったのが見えた。
「動ける?」
問いかけると確かなうなずきが返ってくる。
さて、ならばどうしようか。とりあえず曹操に知らせたほうがいいのだろうか―――
「入るぞ」
図ったようなタイミングで曹操の声がした。同時に、部屋のドアを開けて曹操が入ってくる。
―――うん、ちゃんと寝たみたい。少しは疲れの取れた顔になってる。
「曹操。ちょうど、目が覚めたところ」
「そうか。ならば、メンバーに引き合わせなくてはな」
そういった曹操がふと瞬きをする。
私のほうも、紹介をしようと口を開く―――
「…あぁ、そうだ。俺は」
「この人は曹操。“英雄派”のリーダーで、すごく頼りになる人だよ」
あ、タイミングが悪かったみたい。曹操の台詞を遮る形になっちゃった。
ごめんと視線に謝意を込めると、「気にしなくてもいい」と視線で応えがあった。よかった、怒ってなくて。
「文姫。すまないが、レオナルドにほかの連中を紹介してやってくれ」
「ん、分かった。幹部だけでいい?」
「ああ、君に任せる。俺は少し実験が残っているから、そちらにいる」
「何かあったら呼ぶね」
「ああ」
そう言って曹操はレオナルドに「無理はするな」と言い残して部屋を出ていく。
戸惑ったような顔のレオナルドに、私は微笑みを向ける。うまく笑えた自信はないけど……
「とりあえず、ほかの人を紹介するから」
少し開けた場所。レオナルドを連れてきたそこでは、構成員があちこちで自主トレーニングをしているのが見える。一部の人には器具がついているからデータの測定でもしているのかもしれない、ごくろうさま。
そう思いながら目当ての人物を探す。たぶん、この辺にいるはずだけど……
あまり時間もかからず、目当ての人物が見つかる。やっぱりあの白髪は目立って探しやすい……まあ、予想外の巨漢は一緒だったけど、いいや。
ちょうど休憩でもしているのくごく気配のない二人に近寄る。
「ジーク」
「ん、文姫かい……その子が、新しい?」
「うん。この前連れてきた魔獣創造の、レオナルド」
「おいこら、俺は無視かぁ!?」
白髪で剣を携えた青年―――ジークとしゃべっていると、横から巨漢―――ヘラクレスが口をはさんでくる。声大きい。頭が痛くなってくる。
ジークはともかく、ヘラクレスとは基本的にそりが合わないけど、紹介はしないと。
「レオナルド。こっちの白髪のお兄さんはジーク。剣を振り回すのが大好きな人。こっちの大きい人はヘラクレス。遠くからでもよく目立つからすぐに分かるよ」
「「なんだその説明!?」」
ぞんざいな紹介に流石に憤慨したのか、ジークまで私にどなってきた。
と言っても、これ以上のわかりやすい表現が見つからなかったんだけど……うーん、難しい。
ジーク。正式にはジークフリート。私たち英雄派の幹部の一人で、英雄シグルドの末裔らしい。神器「龍の手」の所持者で、使用すると背中からドラゴンの上が生えてくる。腰に何本も帯剣していて、使用するほとんどが魔剣、一振りが光の剣らしい。かつては教会に所属していた魔剣使いとのことだけど、私は詳しい事情は知らない。ときどき、鍛錬で刃を交えるだけだし。
ヘラクレス。ギリシア神話のヘラクレスの魂を受け継ぐ巨漢で、神器「巨人の悪戯」を持つらしい。そりが合わないこともあり、鍛錬なども一緒にしないため私も神器の能力は知らない。興味もないし、あの大声は頭が痛くなってくる。あと意思疎通がたまにできない。
「とりあえず、曹操に言われてレオナルドに幹部だけでも紹介してるんだけど……ゲオルクは曹操と実験中?」
「いや、あそこでデータを取ってるはずだよ。ついでだし行って来ればいい」
ジークが指し示す方向を見ると、確かに見覚えのあるローブ姿が見えた。
……うん。あまり相性も良くない相手だし、なるべく早く片付けてしまおう。
考えながらジークに礼を言ってそちらへ足を運ぶ。途中で構成員の集団に行きあったが、大半が奇異と侮蔑のまなざしを向けてきた。
奇異のまなざしはおそらくレオナルドに向けてだろう。侮蔑は言うまでもなく、私だ。
出自がはっきりしているわけでもない、ほかの幹部陣程の強さを見せることもない。なのに曹操のそばによくいる私は、ほとんどの構成員たちからは「リーダー(曹操)のお気に入り」と言われている。特に実力もないのに、リーダーに気に入られているというだけでそばに置かれている穀潰しということらしい。まあ、確かにそうだと思う。曹操に頼まれて動いているだけだし、雑用といっても差し支えはないと思う。
例外は、昔冷やかし半分で指導を頼まれて教えてあげた構成員くらい。
と、考え事をしていたらいつの間にかついていたみたい。ゲオルクの鬱陶しそうな視線を感じる。
「実験の邪魔だったらごめん、ゲオルク。新しく曹操が連れてきた、レオナルド」
「ああ、例の魔獣創造か」
「レオナルド、この人はゲオルク。魔法を使えていろいろ便利な人だよ」
「……もっと言いようはないのか」
小難しいことを言ってもレオナルドが理解できるか怪しいから、簡単に説明してるんだけど……うーん、ジークやヘラクレスも怒ってたし、ダメなんだろうか?
ゲオルク。幹部の1人で、伝説の悪魔メフィスト・フェレスと契約したゲオルク・ファウスト博士の子孫。上位神滅具の一つ「絶霧」を所有しており、同時に様々な魔法を使いこなす上位の魔法使い。私の事は基本的に信用していない。
「とりあえず、実験の邪魔をする気はないからもう行くね」
ゲオルクの返答を聞かずにレオナルドを連れて歩く。
残念ながら、ゲオルクともあまり相性はよろしくない。私に対する値踏みするような視線と態度は、あの家を思い出すから――――
頭を振って一度、暗い記憶を追い払い進む。最後の一人、どこにいるのだろう?
しばらく探していると、目的の人物が何やら立ち話をしているのが見えた。
……あれ?曹操も一緒だ。
「曹操?ジャンヌも」
「あら、文姫じゃない。ってその子は?」
「ジャンヌ。彼が魔獣創造だ」
「名前はレオナルドだよ、曹操」
曹操の物言いに突っ込んで間を作り、レオナルドのほうにジャンヌが見えるようにする。
「この人はジャンヌ。剣でドラゴン作れるお姉さんだよ」
「……間違ってはないんだけど、もうちょっと言いようないかしら文姫?」
「ごめんなさい。レオナルドの覚えやすさを優先したら、これ以外にいいのが見つからなくて…」
ジャンヌ。ジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ女性で、あらゆる聖剣を作れる神器「聖剣創造」の所持者だ。曹操を除いたら唯一、私が禁手を見たことのある幹部だ。同性ということもあってかよく私に話しかけてくれるし、仲もいい。世間知らずの私に対しては「妹みたい」と言っていろいろ教えてくれる。
とりあえずこれで、幹部陣へのあいさつは済んだけど……そう思ってちらっと曹操のほうを見れば、分かったとでも言いたげな視線が返ってくる。
「さて、レオナルド。俺たちは君を歓迎しよう。少しばかり、実験もさせてもらうがいいだろうか」
レオナルドのほうを見ると、少し戸惑って私のほうを見上げていた。
私は少し膝を折って、目線を合わせる。このほうが安心するのだと、経験則で知っていた。
「大丈夫。あなたを傷つけるようなことはないから。私たちは、あなたを拒絶しない。
いざというときは、守ってあげるから。協力してくれると、うれしい」
うん、曹操ほどうまくは言えないけど……伝えるべきことは伝えた、はず。
そう思って少し微笑すると、レオナルドがコクリと頷いたので、曹操のほうに誘導する。
「さて、じゃあ俺はレオナルドと少々実験をしてみよう」
「ちょっと曹操、働きすぎはよくないわよ?」
実験をするなら曹操の手伝いでもしようかなーとぼんやり考えていた意識に、ジャンヌの言葉が滑り込んでくる。
あ、それに関しては同意。昨日は少し長めに休んだみたいだけど、それでも働きすぎ。
「いや、昨日は寝たから問題ないだろう」
「それに、その子もまだ本調子じゃないかもしれないでしょ。文姫が連れてきたのはついこの前だし」
……えーと、そもそも連れてきたのが二日前なんだけど…
そんなことは言えるはずもなく、二人のやり取りを見守る。
「曹操は働きすぎよ。文姫もそう思うでしょう」
「うん、それには同意。曹操は働きすぎ」
「だが…いや待て、そもそも文姫も二日前はレオナルドを連れ帰るので大変だっただろう」
食い下がる曹操が予想外の方面から反撃してきた。あの、極秘じゃなかったの?ジャンヌいるけど。
ジャンヌがため息をついてこちらを見る。
「……あなたたち、二人とも働きすぎよ。あいつらにはうまくいっておくから、一日くらい息抜きして来たら?」
「けど……あ、でも、確かに息抜きはしたいかも」
言いよどむとジャンヌが意味ありげに目配せしてくる。なんとなく、その思惑が分かった気がする。
ジャンヌいわく、曹操は私が絡むと結構折れる確率が高いなんだとか。なんでだろう?でも使えるものは使わないと、曹操は言いくるめられない。頭がいいから。
私とジャンヌの様子を見ていた曹操がため息をつく。
「しかし、俺が抜けると」
「数日くらいなら何とかなるわよ。その子の実験で手が離せないとでもいえば」
「―――そうだね。何より、曹操に倒れられるほうがこっちは痛手だし」
聞こえてきた声に振り向けば、歩み寄ってくるジークの姿が。あ、ジャンヌが知らせでもしたかな?
「ちょうどいいじゃないか、曹操。自分の目で見に行ってみたかったんだろう?三大勢力の和平締結の会談場所となった町、駒王町を。文姫を護衛にして行って来ればいいさ。曹操にも、ついでに文姫にも息抜きは必要そうだしね」
「…………確かにな。わかった、明日から文姫とともにちょっと出てくることにしよう」
これ以上の抗戦は無駄と悟ったか、曹操が苦笑して提案を受け入れる。ジャンヌがちらっとこっちを見た気がするけど、何だろう?
とりあえず、私も明日は出る準備をしないと……曹操に護衛がいるとは思えないけど、せっかくだし一緒に行こうと自分を納得させた。
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