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ソードフィッシュ

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第五章

 機体を反転させて撤退に入る、護衛のシーファイア隊もそれに続く。
 だがここで零戦隊の追撃を受けてさらにやられた、空母に辿り着いた時にはソードフィッシュ隊の数は三割にまで減っていた。
 シーファイア隊もかなり減っていた。艦長はかろうじて帰って来た彼等を見て唖然としてこう言ったのだった。
「これだけか」
「はい、生きて帰って来られたのは」
「俺達だけです」
「信じられん、ここまでやられるとは」
 艦長は呆然としたままこうも言う。
「有り得ない。だが」
「はい、事実です」
「日本軍の零戦はとんでもない強さです」
「俺達より遥かに」
「その様だな。これだけやられてはもう攻撃はできない」
 敵の機動部隊への攻撃は不可能になった、肝心のソードフィッシュがここまでやられては話にならなかった。
「それにシーファイアもかなりやられたしな」
「艦隊の護衛も困難になっています」
 シーファイア隊の隊長、頭から血を流している彼の言葉だ。
「今残っている数では」
「そうだな。今敵機動部隊の攻撃を受けてはひとたまりもない」
 艦長の脳裏にプリンス=オブ=ウェールズ達の悲劇が宿った。
 それですぐにこう言ったのだった。
「司令にお話する。ここは撤退だ」
「はい、そうですね」
「それしかありませんね」
「艦載機を搭載している空母の他は巡洋艦と駆逐艦しかない」
 それが彼等の機動部隊の現状だ。
「それでは敵の攻撃にはな」
「対応できません、とても」
「これでは」
「だからだ。ここは撤退だ」
 危機を避ける為にそうするというのだ。そうしてだった。
 イギリス海軍機動部隊は後方に退いた。彼等は日本軍の攻撃は受けずに何とかこれ以上のダメージは受けなかった。 
 だがソードフィッシュは為す術もなく日本軍に退けられた。機会をあらためて日本艦隊に水雷攻撃を仕掛けるチャンスもあった。だが。
 日本艦隊の対空攻撃に近寄れずそこに艦隊護衛の零戦が来てまたやられる、こうしたことの繰り返しだった。
 結果としてソードフィッシュ、そしてシーファイアは太平洋では通用しなかった。イギリス海軍上層部はこのことに頭を抱えることになった。
「まさか日本があそこまで強いとは」
「艦載機の性能が違い過ぎる」
 最早それは圧倒的だった。
「しかもパイロットの技量が段違いだ」
「あれだけの腕の人間が揃っているとは聞いていないぞ」
「ドイツ軍より上ではないのか」
 これは陸軍のパイロット達もだった。
「戦闘機乗りはひらひらと舞う」
「急降下爆撃は次々と当たる。
 急降下爆撃の命中率は二桁いけばいいところを日本軍のそれは八十七パーセントだった。驚異的な数字であることは言うまでもない。
「対空攻撃も強い」
「水雷攻撃は桁違いだ」 
 日本軍の酸素魚雷は一撃でイギリスの艦艇を吹き飛ばす程の威力だったのだ。
「ここまで強いとはな」
「完全に予想外だ」
「まさか極東の小国があそこまで強いとは」
「本当に予想外だ」
「正直侮っていたが」
「ここまで厄介だとはな」
 彼等は項垂れて日本の強さを認めた。彼等は大西洋だけでなく太平洋でも苦戦し多くの損害を出してしまった。
 戦後ソードフィッシュで太平洋で戦った老人が日本に訪れ記念館で零戦を見て苦い笑みを浮かべこんなことを言った。
「こんな強いとは思わなかったよ」
「?零戦がですか?」
「強かったんですか」
「うん、そうだよ」
 共にいる若い日本人とイギリス人達に話す。
「私は若い頃太平洋で零戦に追いかけられてね」
「確かパイロットでしたよね」
「爆撃機のね」
 こう若いイギリス人に話す。
「空母から出て戦ってたけれどね」
「そこで零戦と戦ったんですか」
「複葉機じゃどうにもならなかったよ」
「複葉機って。一次大戦の遺物だったんじゃ」
「イギリス海軍ではそれでいいと思っていたんだよ」
 その通りだった。要するに艦載機のことをわかっていなかったのだ。
「それで戦ったけれどね」
「駄目だったんですか」
「二枚羽根が一枚羽根に勝つことは無理だよ」
 これは航空機の常識である。
「だから零戦の日本軍には勝てなかったんだよ」
「そうだったんですか」
「私達は日本を侮っていてしかも艦載機についてわかっていなかった」 
 老人は若い日本人とイギリス人達に話した。
「戦争には勝ったかも知れないが戦場では完敗だったよ」
 若い頃に乗っていたソードフィッシュを思い浮かべる。強いと思っていたそれは太平洋では通用しなかった、それと共に零戦を代表する日本海軍の強さも思い出した。
 そのうえでこ若者達に言った。
「自分に奢るな、相手を侮るな」
「そういうことですか」
「結局のところは」
「うん、戦争でこの二つを犯すと命取りになる」
 老人は零戦を見ながら言っていく。
「私にとってはそのことを知った戦いだったよ」
 零戦は今は動かない、ただそこにあるだけだ。
 だがそれでも老人はあの時の零戦とソードフィッシュを思い出していた、二種類の航空機がその二つの象徴だった。


ソードフィッシュ   完


                   2012・10・26 
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