緋弾のアリア ~とある武偵の活動録~
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~make BUTEI killer truth of―one~
かつん…かつん…かつん。
ミュールを鳴らしてアルタ前まで戻ってきたアリアは、急に―かつ……ん。立ち止まった。
俺も、立ち止まる。
背後から見れば、アリアは顔を伏せ、肩を怒らせ、伸ばした手を震えるほどに強く、握りしめていた。
ぽた。
ぽた………ぽたた。
足元に、何粒かの水滴が落ちてはじけている。
…………聞くまでもない、アリアの涙だった。
「アリア……」
「泣いてなんかない」
怒ったように言うアリアは、顔を伏せたまま震えていた。 町を歩く人々は道の真ん中に立ち止まる俺たちを、
ニヤニヤと見ている。痴話喧嘩か何かだと思っているのだろう。
「おい……アリア」
少し背をかがめて顔を除きこむと……
ぽろ……ぽろ。ぽろ。
前髪に隠れた目から、うつむいた白い頬を伝って、雫がしたたる。
「な…………泣いてなんか……」
と言うアリアは歯を食いしばり、きつく閉じた目から涙を溢れさせ続けていた。
「ない…………わぁ……うわぁぁぁあああぁぁぁあああ!」
糸が切れたかのように、泣き始める。
俺から顔を逸らすように上を向き、ただ、子供のように泣く。 こっちの胸が振動してしまうほどの、大きな声で。
夕暮れの街は、明るいネオンサインに音楽を乗せて、流行の服や、最新の家電を宣伝している。
ちかちかするその光が、アリアの桃色の髪を弄ぶように照らし、追い討ちをかけるように、通り雨が降り始めた。
人々が、車が、俺たちの横を通りすぎていく。
ケータイを耳に当てた女が、キャハハ!マジ!?ウケルー!なんて大声で喋りながら、通りすぎていった。
……俺は、泣き続けるアリアにどうすることも出来なくて。ただ、ただ。時間だけが過ぎていった。
―東京が強風に見舞われた週明け、一般科目の授業に出た俺とキンジの間―アリアの席は空席だった。 アリアは学校を休んだらしい。
あの後―アルタ前で泣き止んだアリアが「一人にして」と言ってきたので、アリアとは結局あそこで別れたままだ。 あの日、アリアに連れられ、武偵殺しの被害者としてかなえさんの所についていき、いろんなことを…知ってしまった。
―推測するに……かなえさんは、『武偵殺し』の容疑者となっている。そして早くも二審まで、有罪判決を受けているのだ。おそらく、下級裁隔意制度―証拠が十分に揃っている事件について、高裁までに執り行い、裁判が停滞しないようにする新制度―を適用されたのだろう。
ましてその高裁での量刑、懲役864年。事実上の終身刑である。…また面会室での会話から考えると、かなえさんの容疑は『武偵殺し』以外にもあるようだ。
―『イ・ウー』という単語が出てきたが…俺にはそれがなんなのか分からない。人物のコードネームなのか、何かの組織名なのか。
アリアはその全てを冤罪と断じ、最高裁までに覆そうとしているのだろう。武偵として真犯人を見つける―というやり方で。
それに―『パートナー』のこともだ。
アリアの実家ことH家は、どうやらイギリスの貴族の一門。……で、よくは知らないがそのH家の人たちは、みんな優秀なパートナーと組むことでその能力を飛躍的に伸ばし、功績を成してきたらしい。
始業式の日。アリアが家に押し掛け、ドレイになれと言ってきたのは―そういうことだったのか。
ドレイなら誰でも良いだろう、と思っていたのだが……
『優秀なパートナー』を見つけることが、アリアの当初の目的で。これまたSランクと優秀だった俺(自分で言うのもどうかと思うが)が、ドレイ―パートナーに選ばれたワケか。
『パートナー』を『ドレイ』と言い換えていたのも、相手に求める能力のハードルを言葉の上だけでも下げて、
自分の心理的な負担を軽減させようとしてのことだったのかもな。
―とそんなことを考え、全く集中出来なかった授業を終えると……メールが来ていた。理子からだ。
『あっくん。授業が終わったら台場のクラブ・エステーラに来て。話があるの』
……理子の話は良かったためしがないが、今回はちょっと状況が特殊だ。たしか理子は先日のバスジャック・武偵殺しに関係した情報を調べていて…今日も専門科目の授業をフケていた。それに……アリアが休んだことも少し気になるしな。
―直感的な何かを感じた俺は、境界で台場まで移動する。そして、クラブ・エステーラに向かうと……何か、高級なカラオケボックスっぽい店だった。
店の駐輪場には、ショッキングピンクの改造ベスパが停められている。これは……理子のだな。これは一見すると50ccなのだが、武藤だっけ……に金を積んで車検ギリギリの改造をしたらしい。たしか時速150kmだったかな? ……仕事選べ。いくら車輌科でも、なぁ…。
現在時刻は夕方の6時。
やけに鮮明な夕焼け空は血みたく、千切れ雲が異様に速く動いている。……台風が迫っている影響だろう。風が強い。
クラブに入ると、仕事帰りのOLがケーキをつついていた。ちらちらと武偵高の女子もいる。…流行ってるのか?ここ。
「あっ、あっくん!」
奥から小走りに走ってきた理子は…またロリ服か。
しかもバニエで膨らましているらしく、スカートがデカイ。
「呼び出すのはいいんだが……何やってるんだ、こんなところで」
「くふっ。勝負服のお着付けしてたの」
「なんだよ勝負服って……」
「ちょっと遅かったからフラレるかなぁー、って思ってたけど。大丈夫だったね♪」
「ね♪ じゃない。っていうかそんな関係じゃないだろ、俺たちは」
「そっけないですねー?こっちからは理子ルートだよー?」
「ギャルゲーじゃないんだから…… あっ、ほら、腕放せ!」
なぜか俺と腕を絡ませた理子は、意気揚々と店の奥へと進みだす。 ……来るんじゃなかった、こんなとこ。
しかもそれを見た武偵高の女どもがヒソヒソと、
「彩斗、こんどは理子ちゃんと付き合ってるのかな?」
「えー、どうだろ?分かんない」
「アリアに続いて理子ちゃんって……彩斗ってチビ専なのかも?」
おいそこ、聞こえてるぞー。
二重三重に誤解するな。
理子に連れられ、入った部屋は…アールヌーボー調に装飾が施された、ちょっと高級感漂う2部屋だった。
ぽふんっ。とソファーに座った理子が、手でモンブランと紅茶を示し、ウィンクしてくる。
「理子が呼び出したから、おごったげる」
……らしい。そう言うと理子は、ミルクティーをんくんく飲み、その二重の眼でこっちを見上げてきた。
「あっくん、アリアとケンカした?」
「んー……まあな。ってか何でお前が知る必要がある」
「十分に関係あるよー?あっくんはアリアと仲良くしなきゃいけないしね」
仲良く……パートナーのことか?
いや、理子はそのことを知らないし……んー?
それに、と理子が続ける。
「そうじゃないと、理子が楽しくないもん」
モンブランにフォークを刺し、ニヤッと笑う。
本音だよ、っていう顔だ。
「はい、あーん」
切り分けたモンブランを乗せたフォークを、俺の前に突きだしてくる。
「……だれがするか」
俺が拒否の意を示すと、
「そっけないなぁー……―『武偵殺し』―」
何かのカードを切るように俺に告げる。
「何か分かったのか?」
「あーんしてくれたら教えてあげる」
女子からのあーんなんて、死ぬほど恥ずかしいんだが…
背に腹は変えられないしな。
理子にモンブランを一口もらった俺は、教えろ、とアイコンタクトを送る。
「くふ。あのね、警視庁の資料にあったんだけど……過去、『武偵殺し』にやられた人って、バイクとカージャックだけじゃないかもしれないんだって」
「もしかして……可能性事件、ってやつか?」
可能性事件。公には事故ってことになっているが、何者か……第三者の仕業で隠蔽工作をされ、分からなくなっている事件…だったか?
「そう。今回の場合、事故ってことになってるけど、実際は武偵殺しの隠蔽工作で分からなくなってるかもしれない。ってワケ」
さらに、
「そこにね、見つけちゃったんだ。たぶんそうじゃないかなぁって名前」
ポケットから、ぴらっ。と1枚の紙を出した。
「―! これって……」
『2008年12月24日 浦賀沖海難事故 死亡 遠山金一武偵 (19)』
遠山金一。キンジのお兄さんで、俺ともちょくちょく接点があった人だ。
「これって、キーくんのお兄さんでしょ?ねぇ、これ……シージャックだったんじゃない?」
…ちょっと、事態が複雑になってきたかな。
何か…良くない予感がする。
彼は豪華客船沈没事故で、逃げ遅れた乗客と乗務員を助けるために、最後まで残ったという。
だが、乗客たちの訴訟を恐れたイベント会社・一部の乗客たちは、事故後、金一さんを激しく非難した。
曰く、船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった、無能な武偵と。
金一さんは―海難事故なんかで死ぬようなやわな人じゃない。それだけは断言できる。それに…遠山家のHSSを持っていながら、死ぬなんてあり得ない。
「シージャック………か…………」
俺が真剣な顔をして考えていると…
「いい、いいよ彩斗。そういう―眼。理子ゾクッときちゃう」
急に雰囲気を変え―何かに快感を得ているような表情で、理子は俺に上半身を寄せてくる。
「Je t,aime a,croquer(好き。食べちゃいたい。)入試のとき、彩斗の眼に―一目惚れしちゃったんだぁ」
入試のとき―ESSになっていた俺は、同じくHSSになっていたキンジ以外の人間を、簡単に倒している。隠れていた教官も、全員。
そのときの事を言っているのか?
「彩斗っ」
「うわっ!?」
抱きつかれた。突然のことで俺はバランスを崩し、長椅子の上に押し倒されてしまう。
「ねぇ……分かってる?これってもう、イベントシーンなんだよ?」
だからギャルゲーか。じゃない…色々とヤバイっ!
ツーサイドサップのツインテが、俺の頭を覆うようにして包み込んでいる。
そして目の前には、ほんの5cmほどに迫った理子の童顔。アリアとはまた違う、バニラっぽい香り。
そして唇を触れるか触れないかの距離まで近づけると、かり。耳を噛んできた。……痛い。
「ねぇ、せっかく高っかい個室とったんだしぃ……ゲームみたいなこと、してもいいんだよ……?」
甘い囁きと共に、上半身を俺の体にすり寄せてきた。
…本当にヤバイ。なる―ESSに。しかも性的興奮で。キンジじゃないんだからっ!
「彩斗、この部屋のことは誰にもバレないよ?アリアは来ないしね。今夜7時のチャーター便でイギリスに帰っちゃうって。今頃は羽田空港かなぁ?きっと。だから……理子と、いいことしよっ?」
突然の誘惑に―気がついた時にはもう、なっていた。ESSに。
「…………!」
今、理子から聞いた話と、過去の話が―俺の脳内にフラッシュバックされる。
このままだと―取り返しのつかない恐ろしい事態になる!―ヤバイ……今すぐ動かないとだな。
「悪いな、理子―!」
俺の指が、理子の顔の前で指パッチンをする。
理子が瞬きをした、その刹那―俺は境界を開き、羽田空港へと向かう。
「あ、あれ? ……どこ?」
―俺の推理が正しければ……アリアはもう少しで、武偵殺しと会ってしまうハズだ。そうなると……アリアは死ぬぞ。相手は金一さんをも倒したヤツだ。
―勝てない、絶対に。
~Please to the next time!
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