大洗女子 第64回全国大会に出場せず
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第19話 キルゾーン
3月下旬、大洗女子生徒会は大洗町教委に補助金交付要綱に基づく次年度補助金を申請。
翌年度初日である4月1日付けで決定通知が来た。
角谷は首都圏のどこかの学生寮に移り住み、奨学金まみれの大学生活を始めた。むろん小山、河嶋も同じ寮に住んでいる。
まほと元ダージリンは、なぜか同じ便の飛行機でそれぞれの留学地に向かった。ファーストクラスの隣同士の席で。
安斎は、下士官待遇の候補生として兵士の生活を始めた。
美食家の彼女としては、食生活がつらかったが、それは仕方がない。
もっとも被災地住民を想定した炊き出しコンテストは、今から勝つ気満々だ。
なお、どこかの継続高校の隊長は、なおも高校生活を継続しているが、手癖の悪さやなんでも独り占めする性格とは無関係と思いたい。
そして、大洗女子戦車道授業は、「あれを取ったら超重戦車に踏みつぶされたり、横倒しやひっくり返るのが日常で、そのたびに実弾がラックから外れて崩れ落ちケガ人続出」と言う風評が立ちまくったせいか本年度も不人気だった。そのうえ各種特典もなくなったのも痛かった。
しかし、なぜか「戦車道は3単位」だけは昨年度と同じだった。
むろん、戦車道授業の財源が確保されたことにより予算はゼロベースとなったため、2013年度の予算も各方面の要求どおり、2011年以前と同じ通年型予算となった。
こうしてとりあえず2013年度は、なにごともなく新年度事業を始めることができた。
そしてなぜか戦車道履修生は、戦車に乗っているよりみんなでバレーボールをやっている時間の方が長いという面白いことになっている。そう、なぜか履修生は全員「新生バリボー部」に所属しなければならないのだ。
放課後もみんなでバレーボール、目指せインハイ優勝である。
何か知らないがみほはひたすら筋肉に固執し、体脂肪率一桁を全員の目標にしている。
いずれ全員、ダンベルをお手玉代わりに遊ぶようになってしまうだろう。
それだけではない。なぜか武部沙織が立ち上げた「ディベート同好会」にも加わることになっている。目標はディベート甲子園でディベートの黒森峰と言われるS学園を破って優勝することだ。
また全員トーイックで730点超えをめざすことになっており、戦車道の内申書の成績の3割がトーイックの点数(990点満点)に割り振られている。
……補助金の交付要件である戦車道全国高校生大会はどうなったのだろうかと、気にする者はまったくいなかった。
なお、バレーボール選手に限らず球技の選手が戦車道選手としても優秀なのではないかと去年の全国大会以後取りざたされるようになったため、連盟が高校女子のバレーボールチーム、バスケットボールチーム、サッカーチーム、ソフトボールチームなどの一流選手を無作為に抽出して、シミュレーターを使った初心者教習を実施した結果、幼少期から戦車道を学んでいたものと遜色ない成績を叩き出したので、本格的に球技と戦車道の適性についての研究が始まっているという。
2013年5月、島田愛里寿を擁する戦車道の名門、N女子大チームが黒森峰女学園チームと親善試合を行った。形式は高校女子に合わせてフラッグ戦である。
結果は恐ろしいことに、試合開始後10分目に3,000mかなたから飛んできた88mmの流れ弾がフラッグに命中、なんと撃破されてしまい、黒森峰の勝利となった。
フラッグ車長の島田愛里寿は相変わらずの無表情でコメント代わりに「おいらボコだぜ」フルコーラスを歌ってとんずらした。なぜか「ボコぐるみ」を着て。
奇怪な事件はさらに続く。
東都大学リーグと、関西大学リーグの交流戦で、島田愛里寿の乗車と同車種の2両、あわせて3両がいきなり超遠距離からありとあらゆる砲弾を浴びてあっさり撃破され、指揮官と参謀抜きになった東都大学リーグが惨敗した。
そして大学選抜対社会人実業団代表の殲滅戦が行われたが……
「大学選抜、大惨敗」
「昨年は飛び級で小学校からN女子大に入学した島田流継嗣、島田愛里寿率いる大学選抜が社会人実業団チームを壊滅状態にして勝利したが、今年は序盤から隊長車を集中的に狙われ、M24チャーフィーが放った一撃が致命傷となって倒されたことがきっかけとなって総崩れ。島田愛里寿の総指揮官続投も疑問視される。なお西住流家元の……」
ここは、角谷にとっては高校3年間を過ごしたなつかしの会長室。卒業後初めてここに来た角谷と同席するのは現会長の華、副会長の優香里、広報の武部沙織、戦車道隊長の西住みほ、ディベート同好会のリーダー冷泉麻子、新生バリボー部部長磯部典子だった。
「西住ちゃん。もうさんざんだね~」
角谷が「いられなくしちゃうよ~」のときの笑いを浮かべる。
「ふふふ、お代官様もお人の悪い」
みほまで調子に乗って犬歯丸出しでにやりと笑う。
「では、そろそろネタばらしをしましょうか」
華は楚々とした風情で焙じ茶を飲む、お茶請けは干し芋ではない。コスパが悪すぎる。
お菓子はいわゆる「山吹色のお菓子」だ。贈り物にしたら喜ばれるだろう。
もちろんそんなものを持ってくるのは角谷だ。
ここでタブレット端末に何かを打ち込んでいた沙織が、顔を上げて報告する。
「華。在京三大新聞、N経新聞、FS経グループ、B春にS潮、S学館、K談社、N○K、文科省、消費者庁、国民生活センター、それに日本戦車道連盟あてに同報メールを送る準備ができたよ。
あとはGOサインだけ」
「FAXでも送ってください、沙織さん。
現会長五十鈴華と前会長角谷杏が取材に応じる用意がありますって」
「わかったわ」
こうして秋山優香里と下北タンクディストリビューションの原野、そしてTasの実物が写った写真データ付きのメールが、元ダージリンやルクリリの証言付きで大マスコミにじゃんじゃん送られた。もちろん何も知らない西住家と何もかも知っている島田家にも。
趣旨はつまり、Tas重戦車は防楯ショットトラップの確率が極めて高いという事実を承知していながら、原野は悪意の第三者として島田家に売却したということである。
もちろん、彼らが男だから戦車のなんたるかに暗いと言うことは伏せておいて。
「角谷杏です。波石先生はいらっしゃいますか? あ、おつなぎいただけますか?」
角谷は角谷で、消費者行政、悪質商法に関しては日本最強といわれる千葉市の「東京ベイ法律事務所」の所長、波石弁護士に電話をかける。
東京の某病院に「入院中」の島田愛里寿には、とっくにメールで知らせてある。
「えーと、次はN大学法科大学院の小鳥遊教授に……」
さらに現在の民法のオーソリティで、過去にゲームデザイナーであったという異色の過去の持ち主に直通電話をかける角谷。
こうして、大洗女子に陰謀を仕掛けた者たちへの包囲網が、着々と構築されていった。
数日後、日本全国のマスコミが一大スキャンダルとして、島田家の悲劇を報じた。
島田宗家は、戦車代金の返却のみならず、高度技術による改造費、失墜した流派の信用、そして継嗣島田愛里寿が心身症で入院した責任を問うとして、損害賠償総額200億円を求める民事訴訟を提起した。
この金額は、なぜか次々と島田家にやってきた猛者たちが「絶対に勝てる金額」として算出したものであり、最強の布陣と言われる弁護士団がドリームチームを組んで戦闘を開始した。
大間崎ホールディングスはすべてのつてを頼って応戦しようとしたが、敵弁護団の布陣を聞いただけで「試合終了だ。もうあきらめろ」と言われる始末。
それだけではなかった。消費者庁の依頼で、かずさアカデミアパーク所在の製品評価技術基盤機構(NITE)がTasの1/10モックアップを作成し、同じくショットトラッパーの代表とされるポルシェ砲塔のティーガーⅡ、Ⅴ号パンターA型との比較試験を実施、7.62mmNATO弾を砲弾に見立てて狙撃銃で撃ったところ、「前方30度から撃たれた場合にはきわめて当該現象を起こしやすい形状である」という結果になったと発表した。
NITEはたびたび欠陥疑いのある製品テストに携わっており、ここの出した分析結果はきわめて信頼性が高いとされている。
そして、試合を通じて何度も「戦死」している戦車道選手は、第二次大戦のドイツ三桁エースに次ぐ実力の持ち主といっていい。こんなこれみよがしの弱点を見逃すわけがない。
そして大間崎ホールディングスでは、関係者を招集して緊急の取締役会が開かれた。
「戦車事業部をたたむ必要があると思われる」
大間崎ホールディングスの取締役会に呼ばれた下北タンクディストリビューション代表取締役CEOの蜂延靖盛は、いきなりの「死刑宣告」に仰天する。
もし裁判が長引いて、これまで彼らがやらかしてきた「営業外」のお仕事のあれやこれやが白日の下にさらされでもしたら、グループ全体がスキャンダルまみれで終了だ。
取締役たちは、それを恐れている。だからしっぽにすべての責任を押っつけて解体し、白旗掲げて債権者たちに現ナマか資産を渡して矛を収めてもらおうというのだ。
当然、白旗の代わりに200億円は値切ろうと思っている。
「島田家には要路を通じて、すでに話を持ち込んでいる。
そのときは君、頼むよ」
頼む、と言ってはいるが、親会社の役員たちにとっては手足の爪を切る程度のことでしかない。よりによって天下の島田家に大打撃を与えて家元継嗣を病院送りにしてしまったのだ。知らなかった、くわしくありませんでしたですむわけがない。営業所長の首ごときでおさまる問題ではない。
すでに蜂延も原野も辞表を出したが、当然握りつぶされた。
いまや下北タンクディストリビューションの株券は紙切れ、親会社の資産の1割が失われた上に信用まで壊滅状態だ。役員たちが怒鳴り出さないだけ大したものだ。
しかし、その時秘書室長が会長に何かを耳打ちする。みるみる会長の顔が青ざめる。
「島田家は、民法上のいかなる和解にも応じないと宣言した。
それだけではない。我が社の監督責任まで問うために追加の訴訟に出て、併合審理に持ち込むつもりだ……」
もはや対岸の火事ではない。彼らは相手を見誤っていたのだ。
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