大洗女子 第64回全国大会に出場せず
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第4話 戦車道連盟本部
「お母様にとって、お前はあいかわらず「敵」なんだ。それはおぼえておけ」
やはり母とは和解できない。
もはや歩く道が交わることはない。
わかっていたことであったが、姉から直接告げられたことで一縷の望みもないということをあらためてみほは思い知った。
「みほさん……」
大食漢(女だが)だと言うことが知れわたっているせいか、他の受講生の倍の食事を取ることを許可されている華が、2食目のレーションをまことに上品に召し上がったあと、それまで閉じていた口をようやく開いた。
だが、みほにも今後の大洗女子戦車道の未来像がいまだに描けずに苦悩していることを察して、思索にふけるみほをそのままそっとしておこうと、華は考えた。
そして何の因果か、考える時間は増えてしまった。望まない形で。
翌朝から野営地が大吹雪に見舞われた上、地上との連絡も絶たれてしまったのだ。
ここに華が参加していたために、通常の3倍の糧食に加えて、救急糧食100食分を持参したことが彼女たちを救った。
数日の間、吹雪が止むまで彼女らは雪洞の中で足をこまめに動かしながら耐え、晴天と同時に自力で下山することができたのだ。負傷者なしの快挙だった。
彼女らの健康状態に全く問題がなかったため、講習そのものはさらに期間を延長し、全カリキュラムを修了させることとなった。
このためみほと華の大洗帰還は、さらに数日遅れることになった。
表面上は平静を保ったまま課業と生徒会業務をそこそここなしていた優花里だったが、戦車道予算に対する生徒たちの反発が大きいことと、現状の歳入見積もりで生徒たちの部活動その他実習授業などを平常時に戻すとなれば、戦車道授業のコマ数を減らした上、全国大会はおろか対外戦をほぼ断念せざるを得ない上、授業も形だけのものになることが文字とおり激しい苦悩となって彼女をさいなんだ。
(どう考えてもダメ。お金が足りなすぎる。
砲弾がせいぜい3会戦分、燃料も全車満タンで3回分しか買えない。
授業の実技を3回に1回としても……)
彼女を戦車道、なかんずく大洗女子強豪校化に執着させる理由は、まさにみほだった。
彼女が大洗女子に転校してわずか数ヶ月、戦車のせの字も知らない生徒たちを戦えるように育て上げ、「腕と戦術」だけで強豪校相手にポンコツとロートル8両だけで渡り合い、黒森峰戦ではマウスやアニマルシリーズを含めて10両を撃破し、姉との一騎討ちも制した驍将、西住みほ。
(しかし、西住殿の戦車道をここで途絶えさせるわけには断じていかないのであります)
だが、大洗女子の伝説が去った後の現実は厳しかった。
これではとおりいっぺんの、お稽古事の戦車道授業しかできないであろう。
(ああ、資金。資金さえあればそれを財源にして……。
そうだ!)
優花里は自分のPCのドキュメントライブラリから、先に提出しようとした「無茶な」予算案を引っ張り出した。
(3両では戦力にならないであります。倍の6両にします。
購入費見積もりは、「タンクル」で検索した相場を。
これならもしパンターが買えなくても、シャーマン短砲身なら12両買えます。
西住殿の戦車道なら、数がそろえば十分全国連覇が狙える。
そうすれば大洗女子戦車道は盤石です。
需用費は最低20会戦分として……)
こうして戦車道費の見積もりは天井知らずとなり、無茶をとおりこして無謀と化した。
秋山優花里の暴走がここに始まった。
決裂に終わった学園予算会議のちょうど一週間後。
優花里は「出張するところがある」とだけ担当教師や執行部役員に伝えて、水戸駅から東京方面に向かった。
その日の昼過ぎ。
優花里が訪問したのは広壮な敷地に歴史のある建物群が立ち並ぶ、ここが東京都下であることを忘れさせるような場所だった。
しかしここは、大洗動乱の時水面下での交渉と策略が飛び交った場所、日本戦車道連盟総本部。その経理部出納課に、優花里は通されている。
「昨日メールでお約束をいただいた大洗女子学園生徒会副会長、秋山優花里であります」
「遠路お疲れ様です。そちらにおかけください。
いま担当主任が参りますので、しばらくおまちください」
窓口で応対した女性職員は、優花里を課内の簡易応接セットに案内した。
優花里は客側のソファーに、姿勢を正して座った。
よく見ると、事務職の職場であるのに、男性の姿がまったくない。
出納課長も年配の女性だ。
連盟理事長が男性なのは戦車道経歴と無関係で、政官財の大物との顔つなぎだというのは本当のようだ。連盟と各流派や各種団体は包括被包括の関係にはなく、連盟自体が戦車道と外部の窓口であると同時に内部の利害関係調整役であるというところだろうか。
あとは、拠出金の中立的運用も所掌している。ゆえに連盟は中立でなければならない。
そして他の芸事と違って、保有運用する資金が政治的利権にまでかかわるような戦車道では、理事長に各流派と無関係な人物を据えなければ本当に血の雨が降りかねない。
とくに西住流と島田流をそれぞれ頂点に、戦車道界が東西で分裂抗争しているかの様相を呈しているならなおさらだろう。そういう意味では男性の有力者を外部から招聘するというのは理にかなっている。つまり男性理事長は、妥協の産物と言うことだろう。
それ以外では、男性で戦車に関わる人間はこの世界にはいない。
大洗動乱が迅速に解決を見たのも、理事長が表に見せている顔とは違って実際は老獪な人物であり、監督省庁の文科省で絶大な権勢を握っていた学園艦教育局長を追い落とす準備におこたりなかったからでもあった。うがった見方をすれば。彼は無能を演じながら、自分と連盟が利益だけを得られるよう立ち回ったのかもしれない。
(もっとも女性ばかりの場所で全く問題を起こさない程度には、清廉な人物のようだ)
いま、鉄格子の中で未決囚となっている元局長は信じないだろうが。
秋山優花里は、別にその時の角谷のような政治的工作を企ててこの場に足を運んだわけではなかった。
彼女はまったく正直なことに、大洗女子が2012年度全国大会優勝校であると言うことだけを材料に、連盟からの援助を得ようとしてやって来たのである。
10分ほどして席に着いた関東方面団体助成担当の主任は、すでにメールで送られてきた見積もり一式をテーブルの上に広げ、優花里から一通りの説明を聞いたあと、難しい表情のまま思考を巡らしている。
「あの、何とかご考慮いただけないでしょうか」
優花里はおずおずとたずねた。
元々の性格は引っ込み思案で、戦車のこととなると人が変わったように積極的になるが、本来は対人交渉は大の苦手なのだ。
それでも彼女は大洗女子戦車道の未来のため、清水の舞台から飛び降りる覚悟でここに乗りこんできたのだった。
しかし、自分の提示した金額の莫大さに、彼女はいまさらながらおそれ多いという気持ちになっている。
(優花里、しっかりしろ。ここが正念場よ)
内心で自分を叱咤激励しなければ、足が震えてきそうだ。
それを見透かしたかのように、担当主任が口を開く。
「まず、1校でこれだけの助成を要求されたことはありません。
とくに戦車購入費まで支援してほしいとか、前代未聞です。
自ら資金を集めて試合に臨む他の高校に、納得できる説明はできません。
我々はすべての戦車道団体に対して公平である義務があります。
貴校の戦力増強だけに手を貸すことなど、不可能です」
理路整然と押してくる担当者の前に、優花里は折れそうになる。
しかしここで押し負けたら、西住みほを宣揚する途がたたれてしまう。
「……無理は承知でお願いしております。
しかし、昨年の全国大会で大洗女子があげた勝利はご存じでしょう。
我が校ながら、よくぞあれだけ貧弱な戦車隊で、四強のうち三校まで撃破できたものと思っています。
我が校は「戦車道は戦車の性能だけがすべてではない」と証明しました。
そのことには自負を持っています。
それを成し遂げた戦車道隊長、西住みほに今一度機会をください。
彼女の編み出した「腕と戦術」の戦車道を後世に伝えるために、ご助力をお願いいたします」
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