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シークレットガーデン~小さな箱庭~

作者:猫丸
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遺体のない葬儀編-5-

――場合によってはリアはヨナの首を刎ね殺す。

 ずっと目を背けてきた事実であり、闇病にかかった患者が行き着いた先の末路。
シレーナのプリンセシナに入っり闇病が如何に恐ろしい病なのかを知った時から。
医者に診てもらいヨナの身体を侵しているのは闇病と呼ばれる不治の病だと知った時から。
それよりもずっと前、ヨナが可笑しな咳をし始め苦しそうにし始めたあの頃から知っていた真実。

 だけどルシアはそれを信じられなかった。嘘であると自分に言い聞かせていた。
そんなことあるわけがない。たとえ現代の医療技術で治す事が出来なかったとしても、医術は日に日に進化しているのだ。今すぐが無理でも数年後には……医者が無理なら自分の手でどうにか出来るはず、そう人の手なんて借りなくても自分の力だけでヨナを助ける事が出来るはず。

 だからヨナが死ぬなんてあり得ない。そんなことあるはずがないんだ。と、ルシアは自分に言い聞かせ目の前にある真実から目を背け続けていた。

「……ルシア」

 その事を誰よりも傍で見ていたシレーナは知っている。
俯き唇を噛みしめ小動物のように震えるルシアに何か声をかけてあげたいが言葉が出て来ない。
ここまで出かかっている言葉が出て来ない。只静かに震える彼の背中を見つめている事しか出来なかった。

「それで? その妹さんってのは今何処にいるの? 一応断罪者の端くれとして、どのくらい病魔が進行しているのか診たいんだけど」

 それを知ってか知らずか、静かなゆっくりとした口調でリアは訊ねるヨナは今何処にいるのかと
彼の問いにすぐには答えられなかった。
だってヨナは……。

「あいつに攫われたんから」
「は……?」

 思ってもみなかった返答にリアはきょとんとした顔で固まり首を傾げる。
妹は何処にいるのかと尋ねて、攫われたと返されてはそう反応するしかない。もう一度訪ねる・

「誰に?」

 その問いにルシアは俯せた顔を上げキリッとした表情で

「般若の面で顔を隠した、紅い鎧を纏いし騎士だよ。あいつがヨナを攫ったんだ」

 恨みの込めた力強い口調で答えた。
名前も目的も謎の敵、般若の面の紅き鎧の騎士。奴から攫われたヨナを探し取り戻すのがルシアの旅の目的だ。
あいつだけは絶対に許せない。あいつだけは死んでも死にきれない。絶対に許さない。

「……まさかまたヤツと関われることになれるなんてな」

 ぼそりと誰にも聞こえない独り言を呟いた。
呟いた時の彼の表情はまるで若い娘の血を啜り嬉々として喜んでいる悪魔のような微笑みを浮かべていたという。



                      †



 それから暫くの間、リアからルシアへの闇病に関する尋問が行われた。
ルシアは自分が知りうる事は全てをリアに話した。
闇病を完治する為の唯一無二のの方法、精霊石を使い人の心が具現化された精神世界(プリンセシナ)に行き、持ち主の封印した忌まわしき過去の記憶を観て行くことで闇を知り、最下層にある心の深層世界(シークレットガーデン)で、己の犯した罪と向い合せる事で浄化し心を綺麗にすることで闇病が治るという事をリアに説明した。

 この話は政府も認識していない内容だとリアは言い

「いいかルシア。俺だったから別に悪用使用だなんて考えないけど、世界にはこの情報を使ってなんかあくどい事をしようと企む悪いヤツもいるんだ。
 あまり簡単にこの話を他人にするべきじゃない」

 最も信頼のおける者達だけでとどめている方が良いとアドバイスしてくれた。
ルシアはわかったと大きく頷づくと

 キュルルルー。

「あ……」

 彼の腹の虫が空腹を訴えるようの鳴った。
本屋の中にある掛け時計を見ればもう短針と長針が十二のところで重なりあっている。どうりで腹の虫も鳴くはずだ。

「あははっ。まあもうお昼だもんな、腹が減ってもおかしくはないって」

 そう口では言っているが大爆笑である。自然と顔が熱くなってゆく。
ひーひーと、笑いすぎて息苦しくなりハンカチで目から溢れてきた雫を拭きながら

「良かったらさ家においでよ。こう見えて料理の腕には自信あるんだぜ? 
 山育ちには一生食べられない海の幸をご馳走してやんよ」

 リアの言葉に甘えここは彼の家にご招待にあずかることに決めた。
これから来客の予定があるからと、リオンとレオは来ないそうだ。
美味し過ぎて頬っぺを落とさないように気負付けてね、と出入り口まで来たレオに見送られながらルシアはいざ昼食をありつきにリアの家を目指すのだった。





                       †

 本屋のある薄暗い裏通りを通って広い人が沢山いる表通りを通り二回ほど角を曲がり十分程度歩いたところに"リアの家"はあった。

「ん。どうしたそんなところで立ち止まったりして」

 平然と言い門を手動で押して開けている彼の姿を只呆然と眺める。
彼らの目の前にあるのは御伽噺などに出てくる西洋のお城を思わせるような、豪奢(ごうしゃ)な屋敷。
庭には白い百合の花が植えられ自由に伸ばされた蔦が複雑に絡み合い、ある意味幻想的な光景が広がっていた。

 あんな古びた本屋の店主の幼馴染で女性の恰好をするのが趣味だという変態……だと各々思っていたのだが、まさか実は海の国有数の貴族様のお一人でかなりのお金持ちのお坊ちゃまで、豪邸に一人で暮らしているそうだのだ。

 屋敷の中も流石としか言いようがない程の豪奢な造りだ。
床は大理石でひかれている絨毯(じゅうたん)は貴族様御用達の最高級のペルシャ絨毯ではないか。
何を思ったか御手洗と間違えて開けた風呂場には、マーライオンが二十匹も出迎えてくれた。
先代当主、すなわちリアの父が大の獅子(ライオン)好きで屋敷の中にはあちらこちらに獅子の置物が置かれているそうだ。

「獅子が見たいなら食堂にもいっぱいいるからよ、早く行こうぜ」

 屋敷の中にあるものは全て初めて見る者ばかりで、目移りしまくり中々先に進まないことを苛立ちを募らせ先を歩くリアの背を慌てて追いかける。
リアがいなければこんな広い屋敷、迷子になって一生出れなくなってしまうかもしれない。

 小さな獅子がドアノブの大きな扉を開くと、一人暮らしには広すぎる部屋に一人で食べるには大きすぎる長方形の長いテーブルと多すぎる背もたれ出来るフカフカの椅子とやっぱりいた多すぎる獅子たちが出迎えた。

 茶々っと作ってくるからよ、と食堂を出て厨房に向かうリアの背を見送る。
……なんというか居心地が悪い。
もじもじとし顔を見合わせたルシアとシレーナは苦笑い。
一般市民、しかもド田舎の一般人にはこんな豪華な場所は場違い感じてしまい凄く居心地が悪い。出来るならすぐにでもお家に帰りたいと、ちょっぴりホームシックになってしまう。

 などと色々俯せて考えていると

「お待たせ致しました。お客様」

 いつの間に着替えたのだろう。メイクを落とし、長い銀色のウィッグを外し、女性物の服装だったのが、男性用のウエイターようの黒い衣装へと変わり、シュッとした美形な青年がウエルカムドリンクを片手に部屋に入って来たのだ。

「もしかしてリアさん?」

 そう恐る恐る尋ねると

「キミ達の反応ってホントッ面白いよな。驚かしがいがあるっていうかさ」

 あははっと笑う声は良かったリアのものだ。それにしても良く化けたものだ。女性はメイクによって別人でも何にでも化けると聞いたことがあるがまさか男性でも同じことが出来たとは……狐に抓まれたような気持ちだ。

「ほらほらっ。冷める前に食べちゃってよ」

 そう言われて気が付いた。いつの間にやら白いテーブルクロスと燭台しかなかった、テーブルの上には海の幸をふんだんに使った贅沢な料理がのせきれないばかりに置かれていたのだ。
こんなに食べきれるだろうか……とちょっと不安になる。残すのは作り手に失礼だし、自分以外は女の子二人とても食べきれるとは思えない……自分が頑張らない限り。

 と、思っていたのだが

「美味しい!! 美味しいよ、リアさん」
「そう。それはよかった」

 あまりの美味しさに料理を取る手が止まらない。お腹が一杯だと感じたとしてもどんどん食べてしまう、いくらでも入ってしまう。
ランファ曰くこの腕前なら料亭でも通じる味だそうだ。料亭で出て来るような料理を食べたことが無い為よくわからなかったがこれほど美味しいのだ、多分いけてもおかしくはない。

「そう言えばさ」

 もごもごしながらランファは言った。

「なんで女の人の恰好してんの? 男の人の姿でも十分イケメンなのにー」

 口に入っていたものをごくんっと飲み込んだ。

「なんでって……」

 料理を作るだけでずっと美味しそう食べている姿をにやけや表情で見ていたリアは

「可愛いからだよ」

 にやけ顔を止めきっぱりと真顔で答えた。

「えっ? 男の人が好きなの……?」

 若干引き気味に聞くと

「ないないって。俺の恋愛対象は可愛い子だけだって」

 きっぱり否定しない辺り怪しい……。など色々楽しく会話しているとあっという間に空になった皿が増えてゆき、気づけばテーブルにのせきれないほどあった料理の数々は

「ご馳走様でした!!」

 全てルシアの胃袋の中へと収められていった。

「お粗末様でした」
 
 彼はおそらく根っからの料理人なのだろう。自分が食べるより、自分が作った料理を他人に食べてもらい、美味しいと喜び、美味しいそうに食べる人々の顔を見るのが心からの楽しみなのだ。



 
 

 
後書き

 
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