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衛宮士郎の新たなる道

作者:昼猫
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第10話 魅せられる英雄

 
前書き
 また分ければよかったと一万次超えてから後悔した結果、前回の文字数と比較しても三話分以上の文字数になってしまいました。 

 
 川神学園弓道部。
 そこは昔から常に団体・個人戦問わず上位に君臨して来た強豪弓道部の一つである。
 ただ二年前から事情が変わり、今年で三年生となり副部長も務める衛宮士郎と、今年で二年生となった椎名京の2人の指導や協力の影響と存在により、男女団体・個人戦問わず一位に陣取り、2人以外の個人戦でも最上位に食い込むことが多くなった黄金時代となっている。
 その川神学園弓道部に大きく貢献した現副部長――――衛宮士郎は、百代の諸事情により久々に、そして暫くの間最初から放課後は弓道部で汗を流せる事になった。
 とは言っても入部する前から超人である為、部活動程度では汗など流した事は無いが。
 その士郎は後輩たちへの指導がひと段落着いたので、今現在皆から少し離れた所で1人正座をして瞑想中である。

 「・・・・・・・・・・・・」

 それを遠巻きで見ている一部の女子弓道部員達がときめいていた。

 「はぁ~、いつ見ても瞑想中の衛宮先輩は凛々しいわぁ~」
 「いつもの厳しくも優しい衛宮先輩もいいんだけど、あの瞳を閉じている尊顔も良いわよね~」

 ただし小声で。
 弓道は他の武道の部活などとは違い、あまりワイワイガヤガヤやるものではないし、すると叱責されるのは承知済みだからだ。
 ただ一部からは士郎に叱責される事が密かな快感と認識されている様だが。

 「話は変わるけど、如何して衛宮先輩ったら“天下五弓”じゃないのかしら?」
 「ね?だって、椎名さんよりも凄いのに変な話よね~」
 「・・・・・・・・・」

 それを少し離れた所で偶々聞いていた弓道部部長の矢場弓子。
 彼女はその理由を知る1人だ。
 以前百代に説明するために京が、天下五弓の称号を蹴ったと言う話だが、事実は違う。
 当日、天下五弓の称号の一席を士郎に頂いてもらおうと自宅に赴いた時、たまたま雷画がいて、些細な事で大げんかに発展して暫くの間2人は距離を取る事になり、そのまま天下五弓の話は有耶無耶になったと言う訳だ。
 2人の中が漸く元通りになった後日には既に天下五弓の座が既に埋まっていたので、そのまま士郎には称号無しのままとなったのだ。本人も称号に興味関心を持っていなかった事も理由の一つだが。
 その代わり――――と言うのも大げさであまり大っぴらに言えないが、半年ほど前に弓道部員達が勝手に士郎にある称号を付けている。
 付けられた当人たる士郎は、自分はそんな大したもんじゃないと遠慮したそうだが、周囲がそんな事は無いと凄い勢いだ否定して来られたので渋々受け入れたらしい。
 その称号の名は――――。

 「!」
 「え!?」
 「衛宮先輩!?」

 突然目を見開き素早く立ち上がる士郎に、周囲は何事かと焦る。
 士郎が瞑想を終える時は基本的に射法八節と同じようにゆっくりと目を開いてゆっくりと立ち上がるので、この様な動きは異常であるからだ。
 だが本人は周囲の驚きに関心を示さず弓子に言う。

 「わるい矢場、この場任せていいか?」
 「いいけど、如何したの?」
 「少し――――いや、それなりに離れた地点で我が校の生徒が不審者たちに襲撃されている様だ」
 「「「「襲撃!?」」」

 近くで聞いていた部員の一部が激しく反応するが、弓子はあくまで冷静に聞いている。

 「それを助けるために屋上で弓での狙撃を行うのね?私には学園長に連絡をしてくれって?」
 「話が早くて助かる。じゃあ、任せたぞ」

 その場を発とうとするシロウだが、部員の1人が慌てながら聞く。

 「そ、それなりに離れた地点って、どれくらいなんですか?」
 「あー、何、たったの―――――約15キロ先だ」
 「「「「「「「「えぇええ!!?」」」」」」」」

 多くの部員達に驚きにも対応せず、一瞬でその場から屋根まで跳びあがり、一気にそのまま第一校舎の屋上まで跳躍して行った。
 それにも驚きながら見送る部員達。
 その中で誰よりも速く復帰した部員の1人が、どこまでも冷静で今も直携帯を片手に操作している弓子に詰め寄った。

 「衛宮先輩、15キロの狙撃をするって言ってましたけど、出来るモノ何ですか?」
 「超人クラスの人なら可能でしょう。それに狙撃に関するなら彼の右に出る者はいない。そうでしょう?」
 「あっ、はい・・・」
 「・・・・・・・・・学園長ですか?矢場です――――」

 鉄心への連絡が付いたので、説明する弓子。
 その部長から離れた1人も含め、先程驚きから復帰した者達が士郎が跳躍して行った方に目をやりながら言う。

 「天下五弓すらも比べものにならない偉大なる弓――――“神弓”」


 -Interlude-


 シーマがレオ達に学園の敷地内に入るように促し、校門前から走り去ったのを第二校舎から見ていた者達――――那須与一とジャンヌダルクの2人だった。

 「何だアイツ、急に走り出して・・・」
 『マスター、向かっている先は義経達が居る方向じゃないですか!?』
 「何だと!?って事は、野郎!遂に本性表しやがったって事か!」

 怒りに震える与一はソドムの弓を以て狙撃しようとしたのだが、

 「そういや、弓が無え!」

 ソドムの弓を使う時は預けている従者部隊の誰かから貰うのだが、今日に限って従者はいるが肝心のソドムの弓を預けている者じゃなかった。

 『マスター・・・』

 ジャンヌは少し呆れる。
 こうなれば姿を晒してでも自分が打って出るべきと考えた所に、隣の第一校舎屋上に士郎が着地したほぼ同時にジャンヌは士郎の視界から身を隠して実態となり、那須与一を自分と同じように隠れる様に抱き寄せた。

 「なんだよ、おっ!?」
 「少し静かに、隣の第一校舎屋上に衛宮士郎が来ました」

 ジャンヌと那須与一にとっては士郎も警戒対象だ。
 理由はシーマのマスターとしての嫌疑である。少し尾行して同じ家に在住していたから仕方ない事と言えた。
 ジャンヌは隠れながら如何するべきか迷っているが、与一はそれどころでは無かった。

 「ジャンヌ、ぁ・・て・・・ぅ」
 「何でしょうか?」
 「だから当たってるんだ!それに近ぇええ!」

 音量を押さえながら怒鳴ると言う器用なことして見せる与一。ついでに頬も染めて、ジャンヌの顔から逃れる様に顔も背けている。
 しかしそれも仕方なき事。
 別に狭い空間にいる状況でもないのに、何故か2人は今ほぼ抱きしめ合っているのだから。
 互いの顔はほぼ眼前にあるし、ジャンヌの双丘は当然の様に与一の胸にがっちり当たっている。
 与一は今まで女と一緒に登校するなんて恥ずかしいと言う理由で、義経や弁慶と共に登校するなどを断って来たが、本当の理由は無自覚な照れであり、男をやめた覚えはない。
 今回もそうだ。この状況で男として反応するなと言うのが無理らしからぬ事。まだまだ思春期も抜けてないのだから尚更だ。
 だが怒鳴られているジャンヌは理解できていない様子だ。
 ジャンヌは基本的に自分への評価が低い。
 客観的かつ控えめに言っても、ジャンヌは超美少女か絶世の美女の類である。加えて女性として魅力のあるプロポーション。特に母性の塊たる胸は比較的大きい方である。実に素晴らしい!!・・・んん゛、全く持ってけしからん程だ。
 これだけの女性としての魅力を持ち得ながら、未だにジャンヌは自覚が無い。
 この状況、男をやめていない者達が見れば実に妬ましく、ある意味では同情してしまうモノだ。
 そんなカオスな主従を置いて事態は動く。
 ジャンヌが一瞬目を離した間にいつの間にか、衛宮士郎の横には無かった筈の弓矢が数十本も策に立て掛けられてあった。

 「あんなに弓矢在りましたっけ?」
 「無かった筈だが・・・・・・てか、アイツも弓兵かよ。衛宮士郎なんて聞いた事ねぇぞ?」

 確かに士郎は武術(・・)の世界では無名――――は言い過ぎかもしれないが、あまり名の通っている程では無い。だが武道(・・)の世界――――特に現弓道界では知らぬ者がいないほどの有名人であり、単に与一の視野が狭かったか興味心が薄かったか、弓道界に対する関心の薄さのせいで知り得ていなかっただけである。
 しかし今はそんな事は如何でも良かった。重要なのは、衛宮士郎が見ている先、弓矢を絞っている先には――――。

 「――――まさか、アイツが狙撃しようとしてるのは、まさかッッ・・・・・・!」
 「止めなくて」

 最早迷っている場合では無いと、ジャンヌは言うと同時に隠れていた場所から飛び出して第一校舎の屋上まで跳んで行こうとするが、

 「邪魔をするな、サーヴァント、那須与一。状況をよく見ろ。お前の守るべき相手の危機なんだぞ」

 気配探知でサーヴァントの存在に気付いた時は正直驚いた士郎だったが、今の最優先は別にある。
 対して与一は士郎に大声で食って掛かる。

 「何言ってやがる!お前も“組織”の一員のくせに義経を狙」
 「マスター!義経達を見て下さい!彼女たちが危ないッ!」

 与一よりも幾分冷静だったジャンヌは、冷静な士郎の言葉に疑いながらも義経達の現状を見たのだ。
 その自分のサーヴァントによって士郎への抗議を遮られた与一は、渋々ながら直に義経に眼を向けると、今まさに虚無僧笠達の1人の凶刃が義経の眼を貫こうとしている最悪の光景だった。


 -Interlude-


 義経は今、自分の無力さと不甲斐なさに失望していた。
 傲慢な考えと指摘を受けるかもしれないが、疲労した程度で膝が折れかけて襲撃者たちの攻撃に防戦一方となっている現状と、クラウディオさんを守れずに傷を負わせてしまった事に。
 そこでシーマの事をふと思い出す義経。

 ――――きっと、あの人なら。
 ――――きっと、彼なら。
 ――――きっと、シーマ君なら。

 こんな逆境、容易に覆せるだろう。そもそもクラウディオさんに傷を負わせずに守れただろう。襲撃者たちをたった1人で無力化してこの場を抑えられただろう。
 そう思えるほど、義経の中でシーマは大きな存在になっていた。
 どれだけ弱ろうと不屈の精神で耐えていた義経は、そう考えていた。

 「ぐっ!クッ!――――え・・・・・・?」

 ――――直感が働いたのか、そこでふと横へと顔を向けると、目の前に自分を刺し殺そうとする凶刃が眼前に迫っていることに気付いた。
 一切の殺気も足音も聞こえなかったにも拘らず、直感により気付けた義経は流石と言えよう。
 しかし如何せん、気付くのが遅すぎた。
 これでは如何に源義経であろうと回避は間に合わない。
 絶体絶命の中、義経自身もこれは無理だと、まるで人ごとのように諦めていた。
 同時に、

 (あー、これが走馬灯と言う奴か)

 死が目前に迫っている事で、義経は走馬燈を追体験していた。
 全ての動きが全ての音が遅く見える、聞こえる。
 この超低速の世界で、義経は多くを後悔している。
 多くの人を魅せて活気づける武士道プランの筆頭としての役目。それを成せずに終わる事。
 小笠原諸島出発時にはバタバタと忙しく、里親である両親とちゃんと挨拶できなかった事。
 姉妹同然に育ってきた弁慶や清楚、それに与一を残して逝く事。
 他にも実に多くの事を後悔し、成し遂げられなかった事を無念に思っているが、何よりも無念に思っているのが剣士として自分など足元にも及ばないと知ったクラスメイト、シーマとの別れである。
 彼ともっと意見を交わすべきだった、彼ともっと接するべきだった、彼に剣術を師事すべきだった。
 シーマに対して実に多くの無念が膨れ上がっていた。
 だがそれでも今唯一つ叶うなら――――。

 (最後に一目、シーマ君に会いたか)

 その時異変は起きた。
 もうあと僅かで自分の瞳を刺し貫く筈だった凶刃が自分から離れて行ったのだ。
 否、離れて行ってるのではないし、勿論虚無僧笠のリーダー格が寸止めしたわけでもない。
 離れて行ってるのは義経の方だ。
 しかし義経自身の意思と力では無い。外部からのモノだ。
 その答えは彼女の斜め後ろに、たった今到着した存在――――シーマだった。
 シーマは何よりも優先して凶刃から義経を引き剥がす為、彼女の首袖を掴んで自分の後ろに引き寄せて庇い、ほぼ同時にある程度義経と凶刃を引き剥がせた所で霊体化させていた自分の剣でリーダー格の刀を切り上げる様に払ってから蹴りを入れる。
 それをリーダー格の虚無僧笠は空いていた片方の腕で防ぐが、衝撃を完全には抑える事に至らずに僅かに吹き飛ばされる。
 シーマはその隙に斬撃で義経を攻撃していた八聖衆の3人に対応・牽制し、振り返り即座に迷うことなく百代と戦った時の様に剣をブーメランのように弁慶と八聖衆の4人の間へと投擲して引き剥がす。
 これに4人は後方に下がってから虚無僧笠越しにシーマを睨み付ける。もう少しで義経を屠れる筈だった為に他の3人に指揮官の護衛の為の残り1人も同様だ。
 だがシーマはそれを圧を籠めて逆に睨み返す。

 「この外道共が・・・!」
 『「『「『「『「『「ヒッ!!?』」』」』」』」』」
 「「「「「「「「「ッッ・・・・・・!」」」」」」」」」

 クラウディオの結界が切られた事により、漸く身動きが取れるようになって立ち上がろうとしていた黒服の構成員達は全員シーマのプレッシャーに悲鳴を上げて戦意喪失し、八聖衆の面々と現場指揮官も有象無象の構成員達程ではないが全員怯む。

 「・・・・・・・・・・・・」

 唯一恐れず怯む事も無いのがリーダー格の虚無僧笠。
 クラウディオの再評価は正しく、矢張り尋常ならざる使い手の様だ。

 「ヨシツネはクラウディオ・ネエロを頼む。ベンケイは車内のモンシロを守ってくれ」
 「う、うん・・・」
 「分かった」

 先程まで死の直前に立たされていたので、未だに頭がちゃんと機能していないながらもシーマの指示に従う義経と、義経が助かった事に安堵しつつ同様に指示に従う弁慶。
 計4人を庇う様に立つシーマは、唯一怯まなかったリーダー格の虚無僧笠を睨み付ける。

 「よくもやってくれたな。覚悟は言いな、ド外道・・・!」
 「ふむ。背後のお荷物どもを庇いながら斬り合うと?」
 「・・・・・・」
 「ッ・・・!」

 醜態を見せた義経は何も言えずにシュンとするだけで、弁慶も悔しそうに唇をかむ。
 しかしその言葉にも怒りをみせるシーマ。

 「我が友人達を荷物と侮蔑するか、ド外道・・・!貴様には一片の慈悲も与えん――――と言いたい所だが、余は貴様らと違い寛容だ。唯一与えられる慈悲として忠告しておく。精々頭上に注意するのだな」
 「!」

  瞬間、音も無く矢の雨が降り注ぎ、源聖大和国の構成員が次々に射られて倒れていく。射貫き殺したのではない。気で尖端をコーティングして気絶させるだけに留めている。
 勿論この矢の雨を降らせているのは他でもない士郎だ。
 その矢の雨の被害を受けているのは有象無象の構成員達だけでは無い。八聖衆の面々もシーマの助言と勘でギリギリ気付いて防御したが、防ぎきること叶わず意識を刈り取られた。
 唯一防げたのは矢張りリーダー格の虚無僧笠。
 この男は直前で直に現場指揮官の近くまで下がって、自分と現場指揮官の2人分矢を切り払った。
 そして士郎の射撃は今も続いている。
 勿論狙いは今も全ての矢の雨を切り払い続けているリーダー格の虚無僧笠だ。この男は一切の無駄なく、合理的な剣捌きと体の動きで、士郎の狙撃を完璧に防ぎ続けている。

 「衛宮士郎か。気付かれる前に事を成し遂げたくはあったが仕方あるまい」

 撤退しようとする気配を感じたシーマが冷酷に言う。

 「逃がすとでも?」
 「当然逃げるとも。この状況で貴様とこの矢の雨だけなら防御に徹し続ければ、この場に留まり続ける事も叶おうが、防戦するだけの逗留など無価値であろう。加えてあと十秒(とお)も数えぬうちに殺戮執事と武神、川神院師範代なども集まるだろうからな」
 「ならば尚更逃がす気は無いが」
 「追うと言うなら構わぬぞ。追いつかれた時は最低1人は刺し違えてくれる」
 「む!」

 リーダー格の虚無僧笠が初めて殺気を見せる。
 その殺気は今も直、冷静に合理的に矢の雨を対処し続けている同一人物とは思えないほど狂気じみたものだった。
 だがシーマが緊張で顔のこわばりを見せて返答する前に、リーダー格の虚無僧笠は未だ怯んで立ち上がれていない現場指揮官を空いている腕で抱きかかえ、瞬時にその場を後にする。
 それを追いたいところだが、4人を守るために敢えて深追いせず士郎の狙撃に任せて留まる事を選んだシーマ。
 それから数秒後、気配で感じていた通りヒュームと百代、それに僅か遅れてルーが到着した。

 「クラウディオ!」
 「執事さん!」
 「これはいけないネ」

 3人共クラウディオに駆け寄ってから傷の具合を見て、或いはシーマや弁慶からの事情説明を聞いていた。

 「――――ならすぐ追跡しないと!」
 「モモヨ、お主は追うな」
 「何でだ!?」
 「スロースターターで戦闘狂気質抜けていないお主が追って行っても、最悪な結果にしかならん」
 「私には瞬間回復があるのを忘れてないか?」
 「その驕りで今まで何度悔しい羽目に陥った?膝を付いた?」
 「グッ!」
 「何より士郎からの指示だ。最早追っても無駄だと」
 「そういや、狙撃の轟音が聞こえなくなったな・・・・・・。まさか士郎の奴、撒かれたのか!?」
 「如何やらその様だな」

 百代は信じられないと言った顔だが、シーマ自身も同意見だ。
 2人が把握している士郎の狙撃範囲は知ってるだけでも30キロはあり、恐らくはそれ以上あると踏んでいる。
 その士郎からの狙撃を撒いたと言うのだから信じがたいと言うのも無理はない。
 だがこれにはシーマから百代への含みもある。
 荷物を抱えたまま逃走を図った上で士郎からの狙撃を撒くなど、通常の手段では考えられない――――つまり、魔術的な何かがあると言う事だ。

 ――――それにしてもと、士郎がいるであろう川神学園の屋上辺りを見る。

 (シロウは余よりも早くヨシツネ等の危機に気付けたのに、援護が遅かったのは如何いう事だ?そもそもどうやって気付けた?シロウは今日は弓道部だった筈であろうに・・・)

 良し伝手たちの危機にどのような手段を持って気付けたのかと言う疑念を持たれた士郎は、シーマの疑惑など気付きもせずに忌々しく思っていた。
 逃がさないとばかりに標的が逃走中もずっと狙撃していたのだが、突如として標的の姿が20人も増えたのだ。
 恐らくは分身かなにかだろうと考えながらもその上で、ならば全て撃墜すればいい話だろうと瞬時に撃墜したところ、全て霞のように霧散したのだ。
 つまり自分は何らかの方法で嵌められたのだと不甲斐なさに嘆くが、取りあえず今は死者が1人も出なかった事で良しとしたのだ。
 そうして弓を下げてから視線を与一たちに向ける。

 「それで、まだ何か用があるのか?」
 「あるに決まってんだろ!遂に尻尾を出しやがったな“組織”の尖兵めっ!どうせ今のも仲間をワザと逃がしたんだろ!?」
 (組織?)
 「何を訳の分からない事を言ってるか理解しかねるが、それは九鬼財閥としての総意と受け取ってもいいのか?」
 「先に仕掛けといて嘯いてんじゃねぇぞ!」

 与一だけがヒートアップ状態に陥っている場で、ジャンヌが止めに入る。

 「待ってくださいマスター!」
 「何だジャ・・・・・・ルーラー!」
 「此処は引きましょう。彼と九鬼財閥との間には私達が知らない何かがある様ですから」
 「何言ってんだ!今此処で始末つけとかねぇと、後々厄介な事になるに決まってるだろ!」

 士郎を置いて言い合う2人。
 そのやり取りに呆れて与一に皮肉る。

 「正気を失ったサーヴァントを諫めるマスターと言うのはよくある話だが、その逆とはな。まるで誰彼構わず噛みつく狂犬だな、那須与一」
 「組織の尖兵風情が“特異点”たる俺を見下すだと!?いいだろう、格の違いを見せてやるぜッ!」
 「マスター!」

 遂に我慢の限界に達したのか、ジャンヌの制止も聞かずに士郎に向かって殴りかかる与一。
 近接戦は専門外だが、弁慶からの理不尽なしごき等から相応に無手での戦闘も行える。
 だがしかし、

 「・・・・・・」
 「ガッ!?」
 「マスター!?」

 殴りかかって来た与一を無駄な動作無く余裕で躱した士郎は、その流れで背後に回り込み首に手刀を当てて意識を刈り取ってからジャンヌに引き渡した。

 「正直これ以上付きあいきれないから気絶させたが・・・・・・任せても大丈夫かルーラー――――オルレアンの乙女、ジャンヌダルク」
 「矢張り気付かれましたか」

 士郎から自分のマスターたる与一を引き取ったジャンヌは嘆息する。
 与一は先ほどジャンヌと口にしようとした直前で踏みとどまりルーラーと言って誤魔化そうとしたが、むしろそれが真名のヒントを与えてしまったのだ。
 それに“ルーラー”に“女”性で“ジャ”から始まる代表格と言えば、聖処女ジャンヌダルク辺りと容易に予想出来てしまうだろう。

 「そりゃあな。以後はもう少し話しといたほうが良いぞ」
 「そうします。では――――と、その前に」
 「ん?」
 「この世に現界した私は、貴方とマスターを除いて他の誰にも自己紹介をしてないので言うのは烏滸がましいかもしれませんが、今日は義経達を助けて下さってありがとうございました」

 ジャンヌの偽り無き感謝に、先程まで保っていた緊張を解く。

 「いいさ、俺が好きでやった事だしな。けど感謝は素直に受け取ろう。どういたしまして」

 未だ疑惑が晴れていないが、せめて目の前の少年に思う。
 ――――どうか、衛宮士郎()の善性が何時までも続きますように。

 シーマという偽名で装っているセイバーのマスターであろう(・・・)士郎に、ジャンヌは心から祈った。
 ――――もしかすれば、違う出会いがあれば未だに疑惑を持つ関係などとは逆に、もっと信頼し合える親密な関係を作れていたのかもしれない。


 -Interlude-


 ((((((;゚Д゚)))))))ガクガクブルブルガクガクブルブル

 あのまま真っすぐ衛宮邸に行った一子は今、剣道場にて正座の態勢で恐怖に打ち震えていた。
 勿論理由は義経に負けた報告だ。
 誰に?
 それも勿論一子の現在の師であるアルバと名乗るス・カ・サ・ハにだ。

 「――――なるほど。最初は押していたが途中から自分の戦法に慣れられてしまい、徐々に押されるまでに逆転されて最後には薙刀を弾かれてから剣先を突き付けられて負けたか・・・・・・」
 「はい・・・・・・」

 死刑判決を待つように頭を垂れ続ける一子。孤立無援状態である。
 本来であれば自分を励まして此処まで付いてきた京とクリも同席していた所なのだが、師匠の顔を見て初めましてじゃない事には気づきつつも、師匠の威圧感に怯え恐怖して見捨てられた格好となっている。
 そんな友人(戦友)に見捨てられた子犬に、現実――――と言うかスカサハが追い打ちをかける。

 「それで、本当の話はこれからするのか?」
 「は、はい?」
 「この状況で冗談が言えるとはなかなか度胸があると褒めたいところだが、私が聞きたいのは事実だ。で、如何なんだ?」
 「そ、そんな、アタシが師匠に冗談なんて――――」

 弁明しようとした所で一子は気付く。
 まだ一月ほどだが、今まで自分が口にした言葉を疑う様な事を師匠はしたことが無かった。
 だがそれは、一切偽らず嘘を言わなかった(・・・・・・・・・・・・・)からだ。
 しかし今は如何だ?恐ろしさのあまり、敗北した事以外は事実無根である。と言う事は、

 (まさか?まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか、まさか・・・!?)
 (すでに事情を知られている?)

 それは非常に不味い!今すぐ説明を間違えたと伝え

 「シーマから全て聞いている。最初はこそは互角で徐々に押していたのに、その途中で一瞬だけ大きな隙を作って敗北したと。――――どうせお前の事だ。勝利を目前に意識が昂ぶり過ぎて川神百代の勝利する姿を幻視し、隙を作ったと言った所か」
 「ど、如何してそんな事まで・・・!?」
 「如何してそんな事まで・・・・・・か。つまり、師である私に虚言を弄したと認めるんだな?」
 「あわわわわわわわわわわわ・・・!?」

 スカサハの軽い圧に怯え戸惑う一子。
 恐怖に振るえる豆柴姿に、スカサハは僅かに口角を釣り上げるように笑う。

 「まさかこの私に虚言を弄して騙くらかせると本気で思っていたとは実に愉快な話だ。何時の間にそこまでの度胸がついていたとは――――師として嬉しく思うぞ川神一子」
 「ひぃいいいいぃいいいいいぃいいいい!!?」

 最早我慢できぬと言わんばかりに、一子の瞳から本日二度目の涙の滂沱が発生した。
 しかしそんなものは予想の範疇のスカサハは、笑顔から一転して真剣な表情になる。

 「戦いの最中(さなか)に憧憬を幻視するなどと言う醜態を晒すとは、私もまだまだお前を甘やかしていたらしい」
 「ふ、ふぇええ?あ、甘やかす?」

 聞きづてならない言葉に滂沱の涙を止められたものの、本日最大の戸惑う様子を見せる一子。
 それはそうだ。一子はスカサハの弟子になってから一月あまり、甘やかされた事など一度たりとも無い(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 だと言うのにスカサハは一子を甘やかしたと言った。
 だが矢張りそれはあり得ないのだ。その日の稽古と鍛錬が終わる直後に何時も気絶する。
 そして藤村組の組員、或いは士郎に送ってもらう日々だった。
 にもかかわらずあの苦行の日々が甘やかされていたなんて到底認められる筈が無かった。
 それなのに、

 「常に限界以上を引き出す為、お前には限界以上+αの五乗位のレベルの稽古を続けている。僅かでもまた腕を上げたと思ったらそれを基準にまた増やしている稽古体制を敷いていたが、矢張り遠慮などするべきでは無かったのだな」

 ――――え、アレで、ソレで遠慮?

 「そう言う意味で言えば、今回の戦いでお前が勝てなかったのは私の甘さでもある。本当にすまなかったな」
 「えっ、あっ、いっ」
 「だが次はもうない、次は戦闘の最中に姉の憧憬などでない位に、その手の感情と感動を磨り潰すから安心すると言い」
 「は、はい?」

 今も直困惑を続ける一子に、アイアンクローで彼女の頭を掴み上げるスカサハ。

 「我が不肖なる弟子よ。最早私からお前に与えられる助言と言う名の慈悲は一つしかない」
 「え?え?え??」
 「死ぬな」
 「ひっああああああぁあああぁあああああああああああッッ!!?!?」

 今まで見た事も無いスカサハの貌に、過去最大級の悲鳴を上げる一子。
 最早絶体絶命と覚悟した時、扉が開かれ空気の読めない男が堂々と入って来た。

 「ハハハハ!レディ、アルバ並びにサムライガール、一子は此処ですかな?本日は一子のためにと、材料さえ揃えば30ミニッツであら不思議!ホールケーキ自動作成機を完成させたのです!これを量産化させれば売れること間違いなし!」

 随分と暇な――――融通の利く発明王である。
 エジソンは別にホールケーキ自動作成機になどに時間を費やしていなかったのだが、一子が英雄のクローンの筆頭武士に挑むと言う事を聞いて、急遽朝から先程まで作っていたのだ。
 だから量産化と言うのは一子に気を使わせないための嘘で、何が言いたいかと言うと、

 「このホールケーキを囲って皆で楽しく分け合えば、元気も出ると言うモノ!立ち止まってもいい、転んでもいい、そして諦めないで再び顔を上げればよいのだ!だからこれでも――――」

 勝利したならケーキを食べながら祝福し、敗北したならケーキを食べながら慰める――――そんなプランを朝から計画していた様だ。多くの挫折と復帰を繰り返してきたエジソンらしい考え方と言えるかもしれない。
 だが全てを言い切る前にエジソンは2人を発見してしまった(・・・・・・・・)

 「――――食べ・・・・・・」
 「トーマスさーん(ちょーみゃしゅしゃーん)・・・」
 「・・・・・・・・・」

 一子は泣きながらトーマスに助けを求め、スカサハはなにやら『今から不肖の弟子を鍛えるのだが、お前も私を愉しませてくれるのか』とあまりに恐ろしい微笑を浮かべながら言外に瞳で伝えて来た。
 これにエジソンは困惑顔を浮かべる。我が身を犠牲にしてでも庇うか、それとも――――。
 くわっと、音が出るのではないかと両目を全力で見開き、困惑顔から真剣な顔へと一転したエジソンは体全体を180℃回転させてから、

 「すまない、急な用事を思い出した。それと部屋を間違えてしまった様だ、失礼する!」

 逃亡を選択した。
 急な用事を思い出したと言う苦しい言い訳は兎も角、部屋を間違えたと言うなら有りえない話だ。
 衛宮邸の剣道場は本邸から離れおり、入り口は2つあり、一つは本邸と道場を繋ぐ屋根はあるが足元は廊下など無く、石畳にサンダルや靴を履いて移動するものだ。
 そして、もう一つがエジソンも使っていた完全に扉の外に本邸と繋ぐ屋根など無く、玄関口には靴入れ棚もある玄関と酷似している入り口だった。
 さらに剣道場は一つしかないので、部屋を間違えたと言うのは矢張りあり得ない事だ。
 そもそも今日一日を一子のためにと、犠牲にしていた男にしてはまず有りえないモノだったが、合理的な心情よりもスカサハへの恐怖が勝ったのだろう。
 そうして今度こそ救援の手が途絶えた一子は、今迄の修業が可愛く見える程の地獄(スパルタ)に突き落とされるのだった

 「あああああああああああああああぁあああああぁあああああっっっ!!!」

 その悲鳴を衛宮邸の入り口の門近くで聞いていた2人分の人影――――クリスと京は困っていた。

 「如何する京?」
 「私達に出来る事は祈る事しかないよ、クリス」
 「だけどこのままじゃ犬の奴、不味い事になるんじゃないか?」
 「士郎さんの家の人だから一線は超えないと思うけど、それともクリス1人で突撃してみる?多分巻き添え喰らうよ」
 「うぐっ・・・・・・・・・分かった、自重する」
 「――――それが賢明であろうな」
 「「!」」

 突如自分たち以外の声が上がったので振り向くと、そこには今正しく帰宅してきたシーマ達の姿があった。
 クリスはレオの護衛のリザに会うと即座に抱擁の挨拶を交わす。如何やら護衛に着いてから一度もクリスには会いに行ってなかった様だ。
 そのため、然的に残された京へと質問する。

 「主らはまっすぐ帰って来たのだな?」
 「ん?そうだけど・・・?」

 話し合いをする事に違和感はない。士郎を通じて普通にしゃべり合うくらいには仲を深めてる知り合いとなっているからだ。

 「ふむ、何も無ければよいのだ」
 「?確かにモモ先輩と高圧的な爺さんが同じ方向に突然消えて行ったけど・・・・・・何かあった?」
 「まあ、少々な。それより話題を戻すが・・・」

 今も直剣道場から怒号と悲鳴と轟音が聞こえて来る。

 「ワンコ・・・大丈夫?」
 「ふむ。アルバとて武の極地に至る者だ。幾ら一子の敗因が勝利を目前としてからの油断とは言え、早々滅多な事はするまい。それにもしもの場合は余が介入する故、信じて欲しいな」
 「ん、そこまで言うなら」
 「有り難い。――――そう言う事だからお主もいいかな?」
 「「?」」

 明後日の方向に向けて言い放つシーマに疑問符を浮かべる京とクリス。
 レオは何となく、リザは気配で感じ取っていたので気づけた。
 だが自分の言葉に応じる様子も無いので、スカサハが感じていた感想を使って揶揄おうと考えるシーマ。

 「半月前からちょくちょく覗き見盗み聞きに来てるそうだが、そこまでしてまで一子に好意を寄せてるのか?ミナモトタダカツ」
 「違ぇッッ!!」

 シーマに揶揄われてか、曲がり角に隠れていた源忠勝が否定と同時に姿を現した。

 「源殿?」
 「あ、来てたんだ」

 クリスは何故忠勝が此処に来ているのか分かっていない様だが、京はすぐに察しがつき、淡白な反応だ。
 クリスからのは兎も角、京からの視線には耐えきれない忠勝は自分から聞く。

 「違えからな・・・」
 「何が?」
 「だ、だから・・・」
 「あくまで幼馴染の腐れ縁として心配で来ただけで、異性としてのどうこうは無い――――って事?」
 「そ、そうだ。分かってりゃいいんだ」

 明らかに動揺している忠勝に、彼の視界外でリザがニヤついており、レオも微笑ましく笑顔だけを送っている。この主従良い性格をしている。
 そんなギャラリーをよそに、あくまでもスカサハの感覚を元に揶揄って引っ張り出したシーマはクリスとは別の意味で不思議そうにしていた。

 「そうなのか?余の私見で言えば、一子と忠勝(2人)は中々お似合いだと思うが?」
 「んな!な訳あるか!」
 「・・・・・・・・・」

 忠勝の反論に興味深そうに黙るシーマ。
 その視線にも耐えきれず、再び忠勝から聞く。

 「な、なんだ・・・?」
 「ふむ。これが俗に言う“ツンデレ”と言う奴か」
 「「「ぶはっ!」」」
 「?」
 「あ゛?」

 本人が認めることは決してないだろうが、源忠勝の性格はツンデレだ。
 だがそれを周囲は把握することはあっても、それを堂々と指摘するものは今まで皆無だった。シーマを除いて。
 シーマの堂々とした指摘に京とリザが同時に吹いた。
 堪え切れずにレオまで吹いた。
 解ってないのは相変わらずクリスだけだ。
 勿論指摘された本人は非常に機嫌を悪そうにドスの効いた声で尋ねる。

 「俺が、なんだって・・・!」

 語尾が疑問符ではなく、圧。よほどシーマの感想がお気に召さなかったことがよく分かる。
 だが百代よりも強いシーマが気圧される筈も無い。
 しかし機嫌を損ねてしまった事については反省しているようで、

 「む。たとえ事実でも口にしても良い事とその逆があると聞いていたが、口にしてはならぬ事であったとは・・・・・・余もまだまだだな。――――と言う事で、すまぬタダカツ。不快にさせてしまって」

 シーマは謝罪してくるが忠勝がそれを受け入れる気はない。何せ肝心の部分についての誤解への謝罪がまだなのだから、と言うのが本人談である。

 「それより――――」

 誤解を解こうとしたところで事態が急変する。

 「へぶぅうううぅうう・・・・・・・・・うっ!?ぴひゃっああああああああああ―――――」

 剣道場の格子窓が壊れると同時に一子が悲鳴を上げながら吹っ飛んできた。しかも二、三度庭でバウンドした――――が、すぐにロープらしき何かが彼女の胴に巻かれて回収されていった。しかも途中で気絶していたにもかかわらず無理やり起こされたのだ。あたかも『三途の川を泳ぎ切ったら休んでないで早く戻ってこい!』と言わんばかりに。

 「「「「「・・・・・・・・・」」」」」

 さすがに全員事態に飲み込めずに固まる。シーマを除いて。
 シーマはまだ誰も復帰していない中で溜息を吐いてから行動に移す。

 「流石にやりすぎだぞアルバめ。仕方がないから有言実行として止めてくる」

 そう言い残してスカサハとの武力衝突を開始するシーマだが、タイミングが悪かった。
 忠勝が誤解を解く直前に事が起きてしまったので、この事が有耶無耶になってしまった。
 そのため、残念ながら忠勝に対するシーマの誤解?は解けないままになってしまった。


 -Interlude-


 夜。
 九鬼財閥の会議室の一部屋でマープルが連絡を聞き終えた頃だった。

 「如何だったマープル?」
 「――――源聖大和国のアジトはもぬけの殻だとさ」
 「矢張り予想通りか」

 苦虫を噛み潰したような顔をするヒューム。

 「そっちは如何だったんだい?」
 「鷲見からの報告では、バックの時代錯誤の屑共の姿も何所にも見当たらないだとよ」
 「そっちも予想通りかい」

 嫌な方向性の期待通り過ぎて、マープルは溜息をつく。
 しかしヒュームの聞いていた報告はまだ終わりでは無い。

 「後もう一つ、鷲見が奴らの住処に到着した時に、マスターピースの構成員達と鉢合わせたみたいだ」
 「何だって?もう動き出してるのかい?」
 「らしいな。情報規制していた筈が何所から嗅ぎつけたのやら」

 今回の源聖大和国の襲撃は世間に一部公表を控えている。
 一部とは襲撃者側が組織で動いてきた事と、狙いが義経達武士道プランのクローン達だった事だ。
 これについて全てでは無いが、現政権を担う内閣府も了承している。
 テロ対策や関連する法案も勧めているが、日本は最早な危険な国と言うイメージを国外に植えつけたくないと言う狙い故だ。
 そう言った背景がある為、九鬼財閥と政府が連携して情報規制をしているにも拘らずこのザマなので、ヒュームとしても良い気がしないのは当然と言えるかもしれない。
 そのヒュームにマープルは重要なこと故遠慮なく聞く。

 「で?マスターピースは如何対応するとか聞いたのかい?」
 「ああ。マスターピースは逃亡した全員と源聖大和国の残党を、九鬼財閥(うち)と政府が公表するまで非公式ながらテロ組織並びにテロ支援組織のリストに加えると決定したらしいな。何か奴らの情報が入り次第教えてくれるとも――――な」
 「相変わらずマスターピース(あそこ)のトップは即決即断だね」
 「俺から言わせれば胡散臭い限りだがな」
 「アンタのそう言う所も相変わらずだね。――――と言う事で奴らについては今も鋭利捜索中だ。分かってくれたかい?」

 マープルとヒュームの視線の先には実体化状態のルーラー、ジャンヌダルクが立っていた。その横に与一もいるが、何やら様子がおかしい。
 だが2人はそれどころでは無かった。
 確かにこれからの事を考えて魔術師は探していたが、まさかクローン達の中のよりにもよって中二病が今も続いている与一に魔術回路が備わっていようとは夢にも思ってなかった上、英霊まで既に召喚していたなどと夢にも思わなかったからだ。
 正直嬉しいんだか嬉しくないんだかと、複雑な気分の2人だ。
 その2人の心情を知ってか知らずか、簡潔に応える。

 「はい。概ねは」

 しかし与一が黙ってはいなかった。

 「まだ衛宮士郎とシーマって奴らの処遇が残ってるじゃねぇか!アイツらをこのまま野放し」
 「マ・ス・タ・ー?」
 「ふひっ!?」
 「「?」」

 聖母の様な微笑みを向けて来るジャンヌに怯える与一。
 実はこの対談が行われる前、与一が目を覚ました後ジャンヌと話をしたのだが、何所までも自分の主張が正しいと言い、義経達の命の恩人たる士郎とシーマ(2人)に対する敵性意識を改めないばかりか奴らに操られてるんじゃないか洗脳処置を何時の間に施されているんじゃないかと疑う始末だったのだが――――これにジャンヌがキレた。
 自分勝手な妄想に憑りつかれたマスターに説教を始めたのだ。
 これにより与一の中で一番恐ろしいのが弁慶(姉御)よりもジャンヌが上となったのだ――――が、あれだけ怯えていたにも拘らずまだ反抗する気力が残っていたらしい。
 ただあの時はジャンヌの怒りに怯えていただけで、納得はしてなかった様だ。

 「話しましたよね?彼らの詳しい事情を把握するまでその話はしないと」
 「だ、だ、だからって、お、おおお俺は納得してねぇぞ?アイツ等は確実に怪しいんだからな!?」
 「でしたらマスター、その確実と言い切れる根拠はあるんですか?」
 「根拠?そんなの俺のシックスセンスで十分じゃねぇか」

 話が通じないとばかりに溜息を吐くジャンヌは、この場は仕方ないと強硬手段に出ると決めた。

 「マスター」

 与一と向かい合い、肩に手を乗せる。

 「あん・・・・・・・・・うっ・・・・・・・・・」

 直接与一に触れる事で、自分に送られてくる魔力のパスを使って僅かに逆流させることで体内の魔術回路をかき乱して意識を刈り取ったのだ。
 ジャンヌは倒れる与一を抱留めて、近くにある椅子に座らせて寝かせた。

 「良かったのかい?」
 「良くはありませんが仕方ありません。ですが如何してマスターは自分の直感が正しいと言い切れるのやら」

 ジャンヌが溜息を吐くとマープルも別の意味で溜息を吐く。

 「それはまあ、中二病を患ってるから余計だろうねぇ」
 「中二病・・・・・・ですか?聖杯から送られた知識には有りませんが、まさか精神を多大に歪める恐ろしい病気なのですか!?」
 「まあ、ある意味精神病かもねぇ」
 「どの様な症状なのでしょうか?差し支えなければ概要を詳しくお願いできますか?」
 「まあ、構わないが――――」

 ジャンヌに頼まれて中二病の事や特徴的な言動まで教えるマープル。
 全てを聞き終えたジャンヌの反応はと言うと、

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「まあ、そうなるだろうねぇ」
 「で、でしたらマスターは・・・」
 「源聖大和国のような組織がいたのも偶然だからね。確かにあの子達を狙っている組織はいたけど、あの子の脳内で認識している組織は紛い物以外のナニモノでもないよ」
 「・・・・・・・・・」
 「後これは私の勝手な考えだが、アンタが与一のサーヴァントとして召喚されたのは“不幸と幸運と奇縁”の重なり合いの結果だろうねぇ」

 これらを聞いた上で自分の中で色々と整理するジャンヌ。

 「・・・・・・分かりました。ミス、マープル。マスターの手綱の握り方は、私にお任せください」
 「いいとも。さっきのやり取りを見る以上、与一の件はアンタに任せた方が賢明みたいだからね。さて、次の問題は衛宮のボーイとシーマと言う偽名を語るセイバーのサーヴァントの件だが・・・・・・」
 「如何しました?」
 「2人のいる方は、この関東を根城にしている組織に匿われているみたいなもんだがね。そことはつい最近和解したばかりだが、同盟を結んだわけでは無いし、ましてや傘下でもないから、あれこれ言えないんだよ」
 「そうですか」

 ジャンヌのあっさりとした引き下がりにマープルはおやっと、意外そうな顔をした。

 「おやっ、意外だね?何か拘ってるように思えたが」
 「拘っていたのはマスターだけですから。それに彼らにはマスターの兄弟同然である義経と弁慶を助けてくれた恩があります。加えてその時の迷いのなさ、これはルーラーとしてでは無く、今この世界で一つの意思を持つ存在としての願いです」
 「そりゃ、裁定者として失格じゃないかい?」

 本気ではないが揶揄う様に言うマープル。

 「そうかもしれません。ですがそれでも、と思っています」
 「フフ、まあ、衛宮のボーイの人柄については大凡把握してるから、急がなくてもいいと思うがね」
 「断定は危険だがな」

 ヒュームが皮肉で〆る。
 全員が同じ意見ではもしもの場合に対応が遅れる為、1人位違う意見を持った方が良いだろう。
 そんな風に今後の事で話を進めようとした所、

 「次の話に進める前に一つ宜しいでしょうか?」
 「ん?」
 「この世界にはサーヴァント並みの身体能力を持つ一部の武術家がいると、認識している上でお聞きしたいのです」
 「ほう、何だい?」
 「別れ際に握手した時に気付いたのですが、彼――――衛宮士郎は本当にただの魔術使いなのでしょうか?」


 -Interlude-


 ほぼ同時刻。
 とある海上にて、洋式の船で1人の男が虚無僧笠の誰かに喚き散らしていた。

 「――――聞いてるのか!?雇われの用心棒風情が、如何して最初の契約通り奴らをあの場で殲滅しなかった!!」
 「・・・・・・・・・」

 黙っている虚無僧笠の男と喚き散らしている男は、義経達を襲撃したリーダー格の武士と、最初から最後まで居るだけで何の役にも立たなかった現場指揮官を任されていた源聖大和国の幹部の1人、蟻塚兼吉だ。
 兼吉は怒りを鎮めるどころかさらにヒートアップして怒鳴り続けるが、虚無僧笠の男は微動だにせずにどこ吹く風だ。
 明らかに自分の正しい主張に懲りる様子を見せない事にしびれを切らした兼吉は、自分とは対照的に冷めた様子で少し離れた場所で固まっていた仲間の幹部たちからも言うように促す。

 「お前達も如何してそんなに冷静でいられる!?コイツの無能ぶりのせいで、八聖衆を含めた大切な部下たちの多くが警察官(恥知らずの犬)共に捕えられたのだぞ!!」
 「確かに憤慨するべきところだが、そこまで熱くなっても仕方あるまい」
 「そうよ。此処は一度バック(あの方々)に今後についてお伺いを立てましょう?」
 「丁度この船は京都()に向かっているしな。船長、あとどれくらいで着く?」

 話しかけられた男は海上での冒険家と言った船長らしい服装で、立派な顎ひげを蓄えた壮年の船乗りだ。
 船長と呼ばれた男は操舵を操りながら何でもない様に告げる。

 「ん~?向かってる先は京都じゃねぇぜ?〇〇国さ」
 「は?」
 「何の冗談だ貴様!?」
 「貴様はあの方々に雇われた船乗りでしょうが!それとも私達を騙したの!?」

 船長の言葉に先程まで冷静だった幹部達が声を荒げる。
 だが罵声を受ける当人は堪えておらず、面倒くさそうに言う。

 「向かってるとこは確かに俺の意思だが、お前らの処分(・・)にはお前さん方の言う“あの方々”の依頼だぜ?」
 「何を・・・!」
 「察しの悪い奴らだ。つまりお前らは捨てられたんだよ」
 「「「「――――は・・・・・・・・・?」」」」

 ――――コイツは何を言っている?
 幹部全員がそんな顔をしていた。

 「お前らのバック(依頼主)は九鬼財閥とその周囲を決して甘く見て無かった。失敗したときの事を考慮に入れて、事前に別の拠点に移動してたんだよ。それでも自分達が見つかり拘束された場合に言い逃れが出来る様、組織内で自分達を知る者達――――つまりお前らの処分も含めてのモノが今回俺らが受けた依頼だったって事だ。――――つう事で、自分達の立場を理解してもらえたかな廃棄物の諸君?」

 まるで嘲笑うような説明に、4人とも信じられなかった。信じたくなかった。
 それはそうだろう。自分達にとって“あの方々”は親同然である。
 そんな親同然(飼い主)の機嫌を損ねた心当たりも無いのに、突如として捨てられたなど到底受け入れられなかった。

 「ふ、ふざけるな!」
 「そ、そうよ。出鱈目吐いてるんじゃないわよッ!」

 2人が腰に携えていた刀を抜き放ち、自分達を嘲笑うその口を塞ごうと船長に斬りかかる。
 だが、

 「おっと、危ねぇな」
 「「ッ!?」」

 船長は銃とサーベルで自分に斬りかかって来た2人の眼前に突き付けて、2人を制止させた。
 船長の動作には一切に淀みが無く、到底ただの船乗りとは思えない動きだ。

 「源聖大和国の構成員達は最低一般人よりは動けることは知ってるし、お前らも八聖衆程では無いが動ける事も知ってるが、所詮は八聖衆よりも下(その)程度だろう?」
 「クッ!」
 「オイオイ、そう睨むもんじゃねぇぜ?慈悲深い俺は、お先真っ暗な廃棄物諸君に自身の今後の処遇の選択肢をやろうってんだからよ!」
 「何を・・・・・・!」

 直も敵意を放ってくる2人に気怠げを見せる。

 「あ゛~面倒くせぇ。もう、1人位ならいいだろ。見せしめに蟻塚兼吉(それ)解体しろ(ばらしちまえ)
 「は?」

 それが白羽の矢を発たれた蟻塚兼吉が発した最後の言葉になった。

 「・・・・・・・・・」

 虚無僧笠の男が刀を抜き放ち、神速の刀捌きで横にいた蟻塚兼吉切り刻む。
 そうして何時の間にかそこ(・・)に蟻塚兼吉がいた筈だが、あるのは宙に浮いていた彼の(・・)目玉や脳、小腸大腸腎臓肝臓心臓などと言った重要な内臓器官のみとなっていた。
 船長の要望通り解体したのだが、不思議な事に重要内蔵器官以外の骨や血飛沫が無かった。
 恐らくは虚無僧笠の男の仕業なのだろうが、剣術だけで如何にかなるものだろうか。
 だが今はそんな推察を置き去りにして現実は動き出す。
 あまりの解体の速さ故、いっそ本当に宙で浮いていたように見えた幾つもの内臓器官は重力に従って落ちていくが、いつの間にか下に置いてあった防腐処理用のホルマリン液が詰まったクリアケースに見事すんなり入って行った。
 だが船長の手は塞がっていた筈だし、虚無僧笠の男もそんなものは所持していなかった筈だ。
 だがその疑問はさらなる疑問で解決した。
 いつの間にか在ったのは――――いや、いたのは横にいた紫色の長髪にピエロの様な奇抜な格好をした怪人も同じだった。
 その怪人が右手を軽く曲げると、クリアケースは全てひとりでに蓋が閉じて鍵まで締まった。
 如何やらそのクリアケースは怪人が用意したらしい。
 そこで漸くあまりの変化についていけなかった残りの幹部3人が悲鳴を上げた。
 当然だろう。先程まで自分達と同じように生きていた同胞の1人が、気が付いたら残った臓器の数々だけとなり、クリアケースに収まっているんだから。
 がだ船長はそんな3人の反応に顧みることなく用件を言う。

 「見てもらった通り、解体した。今は良質な臓器が闇ルートで高く売れるんだと。奴隷と違って売買されるまでの餌代も掛からないしな」

 便利な時代になったもんだと、愚痴るように呟く。そして直も続ける。

 「そこで選択肢を与えるぜ。これ以上の屈辱はごめんだと言うなら、今此処で解体して(殺して)やる。金にもなるしな。だがそれでも死にたくないって言うなら、俺の奴隷として今後生きていく道もある。――――まあ、それにも条件はあるんだが」
 「じょ、条件・・・?」

 受け入れがたい現実が続いて行く中、最早逆らう事が無駄だと理解していた(絶望していた)時に選択肢を与えられ、唯一生き残れる道に条件があると言うのだから気になるだろう。
 だがそれは一筋の希望では無く、さらなる非道であった。
 這いつくばり跪く3人に向けて油とライターが投げ渡された。

 「油とライター(それ)で顔を炙れ」
 「「「ッッ・・・・・・!?」」」
 「炙って人相を分からなくさせろ。あと俺には絶対服従な。それが死なない選択肢の最低条件だ」

 目を背けたくなる様な酷さに、さらなるどん底に突き落とされる3人。
 だが船長は考える暇も与えない。

 「早く決めろ。あと十秒過ぎたら問答無用で解体する」

 あまりの酷さに懇願する目を向ける3人だが、船長は関与する気は無くカウントを始める。

 「十、九、八七六五四」
 「「「ッ・・・・・・ぎゃあああああ!!」」」

 最早これまでと、理解した3人は直に油を自分の顔に塗ってライターで炙った。
 あまりの痛みに悶絶する3人。
 その結果を見届ける怪人が愉快そうに嗤う。

 「おやおや残念で御座いますねぇ!死を選択したのならば私が人切鋏(得物)で、見事!見事!芸術的に解体して差し上げましたのにねぇ!」
 「却下だ。お前のやり方じゃ解体ショーとか言って甲板を血で汚しかねねぇじゃねか。それに大切な臓器が売り物にならなくなる位に遠慮なく無差別に切るだろうが」
 「そんな事はしませんよ?だって、それじゃあ直に死んでしまうやも知れないじゃないですか」
 「つまり苦痛を最大限に与えたいってか?外見通り悪趣味な野郎だ」
 「褒め言葉として受け取っておきましょう!ですけど、貴方様には言われたくありませんよ?船長(“オリジン”のライダー)?」

 外道同士の会話が弾む。炎による苦痛に耐えながら悶える3人の悲鳴をBGMにしながら。
 それらもまるで興味なしと虚無僧笠の男は夜空を見上げている。
 それを遠慮なく“オリジン”のライダーが思い出したように話しかける。

 「そういやぁ、雑魚共は兎も角。如何して八聖衆は全員置いて来ちまったんだよ?あいつら全員さぞ良質な臓器か奴隷になったろうによ」
 「連れ帰ってくる約定を結んだ覚えはないな」
 「気が利かねぇな。予想以上に儲けたらお前さんにも分け前をやっても良かったんだぜ?“修羅”のセイバー()さんよ?」
 「別に要らぬ。欲しいなら現日の丸の治安維持組織の拘留場にでも運び込まれて居る頃であろうに。取りに行く行かないを止めた覚えも無い筈だが?」
 「チッ、誰が行くかっての。乗り込んだら最後、正義面したサーヴァントやそれに肩並べる壁越え(化け物共)に包囲されちまうだろうがよ」

 ホント食えねぇ野郎だと呟いた処で悲鳴のBGMが止まった。
 如何にして消えたかは知らないが、3人の顔から炎が消えた事により激痛が消えたらしい。
 勿論今も尋常では無い痛みに苦悶もしている様だが。
 しかし此処には外道ばかりで、彼らを労り慰める者等いはしない。

 「よし、全員人相分からなくなるほど焼けてんな?んじゃ“オリジン”のアサシン(・・・・)整形手術頼むぜ」

 “オリジン”のライダーは怪人――――キャスター(・・・・・)に向けて言うが、本人はきょろきょろと首を左右に振っていた。

 「お前の事だよ“オリジン”のアサシン(・・・・)
 「おやおやおや?私はキャスターなのですが、何故アサシン呼ばわりを?そんな私でもいいと言うならば、愉快かつ痛快に激痛的に整形手術いたしますとも!」
 「「「ビッ!?」」」
 「そいつらはもう俺の奴隷だぜ?ビビらせてるんじゃねぇよ。と言うか今の霊器(それ)気に入ってんのか知らねぇが、早く戻れよ(・・・)。契約違反じゃねか!」

 ライダーの抗議に、先程まで愉快そうに笑っていた顔が突然笑みを止めて、真面目そうで、いっそその表情の方が不気味だと思えるものになった。
 そこから自分の長髪をマントの様に振るった直後、そこにいたのは奇抜な滑降した悪魔では無く、奇人にして貴人の紳士然とした男性がそこにいた。
 “オリジン”のアサシンと呼ばれていたが、到底暗殺者には見えない。

 「これは失礼しました。つい余興が過ぎたと反省いたします」
 「反省はいいから、とっとと行動に移しやがれ。一々仰々しいんだよ」

 ライダーの態度に内心では呆れるも、表面的には畏まりましたと恭しくお辞儀をする。

 「ではお三方共、甲板上(此処)では何ですから屋内に入りましょう。そこで施術しますので」

 姿は勿論態度から口調まで変貌していることに戸惑う3人だが、断る――――否、断れる権利など恐らく自分達には存在しないのだろうと言う想像から、従った。

 「ご安心ください。ちゃんと麻酔もありますので、痛覚を我慢しながらの整形手術ではありませんよ?」
 「麻酔なんて有ったか?」
 「私の方でご用意させて頂きました。この流れは大凡予想通りでしたので」

 この2人の会話内容に思わずぎょっとする3人。
 特に“オリジン”のライダーの言葉には無視できずに、生きれる条件に入っていた絶対服従を思わず反故にしてしまうような怒りを無意識的に向けてしまった。
 これに対して“オリジン”のライダー怒りも無く冷徹な視線を向けるわけでもなく、3人が忘れかけているであろう真実を口にする。

 「オイオイ、今のお前らが激痛と屈辱の海に突き落としたのは俺じゃなく、お前らの飼い主だった奴ら(・・・・・・・・)が原因じゃねぇか?」

 そこでハッとした彼ら(・・)の怒りと憎しみの矛先が、自分達を廃棄した此処にはいない親同然に向かうのは仕方がないだろう。
 自分達3人が束になろうと此処にいる誰1人も殺せない事は明白であり、ならば今は手が届かずとも向かい合う事が叶いさえすれば殺せると確信できるのだから。
 その怒りと憎しみを瞳に灯しながら“オリジン”のアサシンに追従する3人に、“オリジン”のライダーが背中を押すように激励する。

 「お前らが憤怒と憎悪の焔を燃やし続ける(諦めない)限り復讐()は必ず叶うさ・・・!」

 口にした言葉は普通、或いはいい言葉なのだが、悪人面の上に不敵な笑みを浮かべているせいで、凶悪さが増して台無しだった。 
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