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ママライブ!

作者:ゆいろう
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最終話 奇跡


 ――七夕。

 それは、織姫と彦星が年に一度出会うことが許される特別な日。夜空を流れる天の川が、2人を繋ぐ再開の架け橋となっている。

 人々は短冊に願い事を書き記し、それを笹に飾りつける。願いは天の川を渡っていって、煌めく星のように輝きを放つ。



 ここ神田明神は、七夕祭りで賑わっていた。

 所狭しと立ち並ぶ屋台。行き交う老若男女。客寄せで声を張る店主。どこからともなく流れる音楽。

 仄かな甘さを漂わせる菓子、香ばしい食べ物の匂いは祭り特有のものだ。


 道を行く人の流れは、ある一方向に向かっていた。流れを辿っていくと、そこには大きな野外ステージが設けられていた。

 ステージの正面、観客の入るスペースには続々と人が集まってきている。

 座るための椅子はなく、訪れる人たちは立ち見を余儀なくされるのだが、それでも大勢の人で埋め尽くされていた。

 理由は単純明白。

 集まった人たちは、これから始まるステージを心待ちにしているから。



 様々な催しが行われる野外ステージ。その前は大勢の人で埋め尽くされていた。

 始まろうとしているのは音ノ木坂学院のアイドル――Lyraのステージ。彼女たちを見ようと観客たちは立ち尽くして待っている。


『皆さんお待たせしました。次の出演者は音ノ木坂学院アイドル研究同好会――Lyraです! Lyraのみなさん、どうぞ!』


 司会者の言葉に、観客たちからは地鳴りのような声が轟く。大きな歓声に迎えられて、Lyraは舞台上に姿を現した。

 歓声はよりいっそう大きくなる。

「……すごい」
「……人がいっぱい」
「……そうね」

 ステージに立ったLyraは客の多さに驚く。自分たちをこれ程待ってくれて、期待しているとは夢にも思わなかった。

 そんな思いを抱いてくれた人たちの為に、精一杯のパフォーマンスをしなくてはいけない。

 戸惑いを切り捨て、輝穂、飛鳥、瑞姫の3人は集中する。


「みなさんこんばんは! 音ノ木坂学院の“スクールアイドル”、Lyraです!」


 スクールアイドル。

 芸能事務所の社長に言われたその言葉を、輝穂は初めて使った。

「1曲目は私たちが最初に歌った、始まりの曲です。それではみなさん――」



「「「ミュージック、スタート!!」」」



 合図の後に流れ出すピアノのイントロ。始まりを告げるそれは、力強く、期待を膨らませるような音をしている。

 観客が息を呑んで見つめる中、曲にギターサウンドが加わって、音楽が加速する。それと同時にLyraの踊りも速く、強く、大きくなっていく。

 アップテンポな曲調に、観客たちは歓声を上げて盛り上がっていく。掛け声や手拍子が響き渡り、一人一人がLyraのステージを楽しもうとしている。



 それから曲は滞りなく進んでいき、最後のサビに突入した。

 Lyraの歌声とダンスは力強く、大きくなる。

 最後のフレーズを歌い終え、あとは曲の終わりまで踊り続けるのみ。

 ステップを踏み、手を大きく伸ばし、笑顔を振りまいて、彼女たちは踊りきった。


「ありがとうございました!」


 音楽が鳴り終わる。観客たちはステージ上のLyraに大きな拍手を送った。


「えー。ここで皆さんに一つ、お知らせがあります」


 輝穂が一歩前に出て、真剣な表情を浮かべて立つ。輝穂に続いて飛鳥、瑞姫が輝穂の横に並び、輝穂の手をとった。

 彼女たちから漂う雰囲気に客席は静寂に包まれ、固唾を飲んで言葉を待つ。



「「「私たちLyraは、この七夕祭りを最期に



――解散します!!」」」



 3人で出したひとつの答え。進路という岐路に立たされた彼女たちが選んだのは、Lyraの解散だった。

 突然の告白に、観客たちはどよめき立つ。

「このライブが、私たちにとって最後のライブです。みなさん、楽しんでいってください!!」

 戸惑いながらも、観客たちは盛り上がりを見せる。これがLyraのラストライブなら、その姿をしかと目に焼き付けようと。

「ありがとうございます! それでは次の曲――」





『ミュージック、スタート!!』



 ピアノの切なげなイントロが流れ出す。観客たちが息を呑んで見守る中、Lyraはゆっくりと踊りだした。

 それは音ノ木坂学院で行われたクリスマスイベントで披露した、冬を感じさせるラブソング。



 Lyraは歌う。歌詞の一つ一つに想いを込めて。見てくれている、全ての人に感謝して。



 Lyraは踊る。全身を目一杯使って。この想いが、見ている人に届くように。


 それは、彼女たちを見つめる観客たちが一瞬言葉を失うほどの存在感。一夜限りの奇跡。

 次の瞬間にはまるでそんな事が無かったかのように、観客たちは盛り上がる。これがLyraのラストライブなら、今この瞬間を精一杯楽しもうと。




 その後は終始盛り上がりを見せたまま、2曲目が終わった。

 観客たちがLyraに盛大な拍手を送る中、間髪入れずに次の曲、イントロが流れ出す。それに気付いた観客たちの声は一段と大きくなり、流れる音楽をかき消す程に膨れ上がる。

 それでもLyraは音を聴きとって、最初のフレーズを歌い出す。


 それは彼女たちが文化祭のライブで披露した、星を唄った曲。


 夜空には雲ひとつ無く、満天の星空の中に天の川が流れている。

 その中でも一際強い輝きを放っている星がある。



 わし座のアルタイル。はくちょう座のデネブ。そして、こと座のベガ。



 ステージ上で輝きを放つLyraは、まるで夜空の中で存在感を放つ夏の大三角のようで。

 そんな彼女たちが魅せるライブに、会場の熱気は最高潮に達していた。


 最後のサビ。


 力強さの中に繊細さを孕んだその歌声に、観客は酔いしれる。

 彼女たちは最後まで歌いきり、アウトロに合わせて華麗に舞う。



 そして曲が終わる。Lyraが動きを止めると同時に会場から耳をつんざくような歓声と拍手が沸き起こった。


「えー皆さん。次がいよいよ最後の曲です!」

 輝穂のMCを聞いて、客席から様々な声が飛び交う。

「今までありがとう!」と彼女たちに感謝する者。「辞めないでー!」と泣き叫ぶ者。人それぞれの想いが客席から溢れ出す。

 その想いをしかと受け止めて。

「最後は去年、この七夕祭りで歌った曲です! それでは――」










『ミュージック、スタート!!』



 最後の合図により、音楽がが流れ出す。祭りの雰囲気に似合っている、アップテンポなメロディ。

 客席はより一層盛り上がる。

 今日Lyraのライブを初めて見る者。何度も見たことのある音ノ木坂の生徒、色々とある。その中でも最も多いのは、1年前の七夕祭り。その1度だけ彼女たちのライブを見た人たちだろう。


 自分の知っている曲が流れて、盛り上がらない筈がない。


 観客たちは声を張り上げ、手を大きく突き上げ、目をよく凝らして、耳を澄まして。それぞれのやり方でライブを楽しもうとしている。

 曲がサビに入ろうとしている。そしてサビへと突入した瞬間。


 会場全体が揺れ動いたかのような歓声が沸き起こる。

 その声に負けないように、Lyraの3人は声を張り上げて歌う。Lyraと観客たちが一体となって盛り上げる。

 最初、アイドルを始めたばかりの頃。Lyraはこの光景を想像できただろうか。いや、できるはずがない。

 今目の前に広がるこの光景は、紛れもなく彼女たちの軌跡、その終着点であった。





 瑞姫は想う。

 音楽室でピアノを弾いて歌っていると、突然押しかけてきたクラスメイトの飛鳥と輝穂。いきなり現れておいてアイドルをやらないかなんて、普通ならありえない。

 でも彼女たちは、私の歌を褒めてくれた。


 初めてだった。


 自分の歌を、ピアノを、容姿までも余す事なく認めてくれたのは。その言葉に内側から沸き立つ勇気と、自信をもらった。


 この人たちに付いていこう。


 不思議と、そんな気持ちにさせられた。



 私の曲でみんなが盛り上がって、喜んでくれている。私たちの歌と踊りが、多くの人の心を奮わせている。

 こんな嬉しいことは、他にない。





 飛鳥は想う。

 始まりは輝穂の突拍子もない一言だった。またいつもの思いつきかと呆れた。


 アイドルをやろう!


 そんな言葉、普通なら出来やしない、馬鹿げていると突っぱねるだろう。

 しかし、そう言う輝穂の目はキラキラと輝いていて、本気なんだと感じた。

 飛鳥は知っている。

 そんな輝穂に付いていくと、その先には楽しい事が待っていると。

 だから飛鳥は何も言わずに輝穂と共に進むと決めた。瑞姫と出会い、Lyraが結成されると後は楽しい日々の連続だった。


 自分がLyraの一員で本当によかった。



 だってほら。今こんなにも輝かしく、楽しい瞬間が訪れているのだから。





 輝穂は想う。

 アイドル。それは人々に笑顔と勇気を与え、幸せにさせる素敵な存在。

 テレビで見たアイドルに心を動かされ、いつしか自分もそうなりたいと強く想った。

 思い立ったら即行動。まずは親友の飛鳥をアイドルになろうと誘った。その次に音楽室でピアノを弾いて歌う綺麗な女の子――瑞姫と出会った。

 彼女の曲を歌いたい。輝穂は迷わず瑞姫をアイドルに誘った。


 飛鳥と瑞姫。2人のかけがえのない仲間と共にアイドルをしていく。毎日が今までにない程に充実していた。

 昨日より今日。今日より明日。そう心掛けて過ごした毎日だった。


 だけど、Lyraは今日で最期。



 なら、今日という日を最高の1日にしよう。

 目の前でこんなにも大勢の人が、私たちを見届けてくれるのだから。





 Lyraは想う。





 今この瞬間は、最高だと。





 曲が終わる。



 沸き起こる拍手と歓声。ライブ後の余韻に浸っている彼女たちは、達成感と虚無感がごちゃ混ぜになっている。



 けどこれだけは、伝えなくてはいけない。




「「「ありがとうございました!!」」」




 拍手と歓声が大きくなる。



 深々としていたお辞儀から顔を上げ、Lyraがステージから去ろうとしたその時。




『アンコール! アンコール!』




 客席から、まさかのアンコールが響き渡った。






 *





 アンコールが会場にこだまする中、客席の一番後ろ、熱気から少し遠ざかった場所でその様子を見つめる人物がいた。


 七夕えみ。


 思い悩んだ表情で見つめる先には、ステージ上でアンコールを受けるLyraの姿。


 今日のライブを見て、えみには思うところがあった。

 それは以前、彼女たちに向けて言った言葉。



『これから私たちは――ライバルよ!!』



 彼女たち、Lyraなら私の良きライバルになれると思ってそう言った。その言葉に嘘偽りはない。あったのは純粋な期待だけ。

 事実、Lyraはえみの期待通りのパフォーマンスを見せ、人々の心を掴んでいった。



 そして今日のライブ。



 Lyraは見事なパフォーマンスを成し遂げた。客席と一体となったライブは圧巻の一言だ。それはプロであるえみでさえ、魅了され、圧倒されるものだった。


 その気持ちを認めた瞬間、えみは一つの結論に至る。




 Lyraは、七夕えみより一段上のステージに立っていると。




 そこにプロもアマも関係ない。彼女たちのパフォーマンスは、七夕えみのそれを超えて高みへと登りつめた。


 そんな中、突然告げられたLyraの解散。


 もともとLyraの実力は光るものがあった。彼女たちに負けないよう、えみはこれまで努力を惜しまなかった。そんな存在が自分より高みへと行き、そのままいなくなる。


 自分はこれまで通りのパフォーマンスをできるだろうか。


 その疑問にイエスと言えない自分がいる。



 引き際の美学というものも、Lyraは考えたのだろう。

 全盛期のまま終えるというのも、いいのかもしれない。



「……まったく。私の負けね」



 えみは一つの決心をする。晴れやかな笑みを浮かべて、えみはその場を立ち去った。






 *






「アンコールありがとうございます! みんなの声に応えて、最後に1曲歌います! 曲は今日最初に歌った、私たちの始まりの曲!」

 観客たちのアンコールに応えて、Lyraは再び舞台に立った。



 これが、Lyraとしてのラストステージ。










『ミュージック、スタート!!』





 会場に流れ出すのは始まりの歌。



 これから先、彼女たちはそれぞれ別々の道を歩んでいく事になるだろう。その時に新たなスタートが切れる為にも、この曲を歌うことは必然だったのかもしれない。



 透き通るような声で、力強く奏でられるハーモニー。一糸乱れぬ動きで完成されたダンス。


 例え離ればなれになったとしても、彼女たちはひとつの光であることに変わりない。



 アンコール曲が終わる。



 輝穂、飛鳥、瑞姫の3人はお互いに顔を見合わせる。



 言葉にせずとも、伝わっている。




「「「せーのっ!!」」」






 Lyraは言う。










「「「アイ、ラブ、ライブーーーッ!!」」」


 







 
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