ママライブ!
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第三話 舞台
早朝。小鳥のさえずりが聞こえる中、輝穂たちLyraの3人は神田明神の男坂を駆け上っていた。
「はぁ、はぁ、ゴール!!」
石段の最後まで登り切った輝穂は両手を膝に着いて息を乱している。遅れて瑞姫、飛鳥の順に石段の頂上まで登って来た。
「はぁ、はぁ、……輝穂、速すぎ」
「はぁ、はぁ、テルは、昔から体力だけは、あるから」
「この前振り付けが完成して一通り一緒に歌って踊ったけど、最後のほうはバテバテだったからね。まずはライブで笑顔で踊れる体力をつけないと」
輝穂の言ったように一曲歌いながら踊ってはみたが、3人が抱いた感想は思っていたより体力がいるということだった。
それで始めたのがここ神田明神男坂での階段ダッシュだ。ここ数日は学校に行く前の早朝に毎日行っている。
「それで朝練するのはわかるけど……」
「そのライブが明日なんだから、疲れを残したら本末転倒よ」
ついに、彼女たちの初ライブが明日に迫った。
曲も衣装も振り付けも自分たちで考えたものが完成し、ライブに向けての反復練習と体力強化にこうして取り組んでいる。
「たしかにそうだね。じゃあ明日は朝練なし!」
輝穂の言葉に飛鳥と瑞姫はホッと胸をなで下ろした。さっきの瑞姫の発言がなかったら明日も朝練があったと考えると恐ろしい。
「あ、もうこんな時間! 学校行かないと!」
飛鳥と瑞姫も時間を確認する。すると急いで行かないと学校に間に合わない時間だった。そして3人は急いで学校に向かうのであった。
昼休み、校庭に植えられた大きな木の陰で輝穂たちLyraの3人は昼食をとっていた。
するとそこに見覚えのある3人組がやって来た。
「あ、一花、二葉、三緒! やっほー」
一花、二葉、三緒と呼ばれた3人の少女は輝穂たちと同じクラス。通称は一二三トリオである。
「やっほー輝穂。掲示板見たよ、ライブやるんだって?」
「うん! 一花たちも見に来てね~」
一花と輝穂は親しげに話す。クラスでの輝穂は人気者で友達も多いのだ。
「それなんだけどね、私たちライブの手伝いをしたいと思うの」
「手伝い?」
続いて二葉が輝穂たちに手伝いをしようかと提案する。手伝いと言われてもさっぱりわからないといった様子の輝穂に三緒が答える。
「音響とか照明とか呼び込みとか、いろいろ必要でしょ?」
さすがは一二三トリオ、話す順番も名前の通りである。
「そうなの?」
それでもいまいちピンとこない輝穂が隣にいる飛鳥に尋ねた。飛鳥は困ったような顔を浮かべて答える。
「たしかに必要になるね。一花たちが手伝ってくれるってなると助かるかな」
「任せなさい! 私たちにアイドルは無理だけど、輝穂たちの手助けになるならできることはしたいんだ。Lyraのファン第1~3号ってことで」
謙遜するように一花は言うが、輝穂は一花が自分たちLyraのファンだと言ってくれたことが素直に嬉しかった。
「ほんと!? ありがとう一花、二葉、三緒!!」
「よし任された!」
「輝穂たちのためにひと肌脱ぎますか!」
すかさず二葉と三緒はそう言った。一二三トリオの言葉に、飛鳥は素直に喜んで、瑞姫は少し恥ずかしそうに答える。
「みんなありがとうっ!」
「あ、ありがとう」
「それじゃあ、ライブ頑張ってね!」
一花がそう言って、一二三トリオは去って行った。
放課後、生徒たちが帰宅しようとする校門付近で、輝穂、飛鳥、瑞姫のLyraの3人は新入生歓迎会の日に行うライブのビラ配りをしていた。
この日は新入生歓迎会の前日とあって他の部活も勧誘活動に勤しんでいる。
「明日ライブやります! よろしくお願いしまーす!」
輝穂に続くようにして飛鳥と瑞姫も声を張ってビラを配っていく。
「よろしくお願いしまーす!」
「よろしくお願いしまーす!」
3人が道行く生徒たちにビラを配っていくが、受け取る生徒もいれば迷惑そうに受け取らない生徒もいて反応は様々だ。
やがて帰る生徒がいなくなって、校門前にいるのは輝穂たちだけになった。
「そろそろ私たちも帰りましょう」
「そうだね」
瑞姫がそろそろ切りあげようと言って、飛鳥もそれに同意する。すでに太陽は傾いていて空は薄暗いオレンジに染まっていた。
「じゃあさ、ちょっと寄り道していかない?」
輝穂は唐突に、そう提案した。
学校を出て3人が向かった先は、今朝練習をしていた神田明神であった。
すでに周囲は暗くなっていて、人の気配はなく静かだ。
「輝穂、まさか今から練習するとか言わないわよね」
瑞姫がおそるおそる言うと、輝穂はぶーっとふくれっ面になる。
「もう瑞姫、そんなんじゃないよー! 明日ライブだから、神社でお参りしていこうと思って」
「それ、いいと思う!」
「でしょでしょ?」
「なんだそんなこと。じゃあお参りしていきましょ」
そうと決まると3人は境内まで歩いていき、賽銭を投げ入れる。
2回の拍手をして深く一礼。そして輝穂、瑞姫、飛鳥の順に願いを告げる。
「どうか、ライブが成功しますように」
「ライブで緊張しませんように」
「みんなが楽しんでくれますように」
それぞれの願いを言葉にする。輝穂の思い付きで始めたアイドル、初めての事ばかりで大変だったけどできることはやった。
あとは神頼みで成功を祈るのみ。3人ともそんな気持ちだった。
翌日の放課後、Lyraの3人はライブ直前にもかかわらず校門前でビラ配りをしていた。
「このあと4時から、講堂でライブやりまーす!」
「ライブやります! ぜひ見に来てください!」
「よろしくお願いしまーす!」
輝穂、飛鳥、瑞姫が声を張って呼びかける。それでも受け取る生徒もいれば受け取らずに帰っていく生徒もいる。
そんな結果に一喜一憂していると、見知った3人組がやって来た。
「やっほー輝穂、頑張ってるね」
一花がビラを配っていた輝穂に声をかけた。
「一花、二葉、三緒!」
「手伝うよ」
「いいの!?」
二葉が手伝うと言って、飛鳥は思わず聞き返した。するとそれに三緒が答えた。
「リハーサルとかしておきたいでしょ? 呼び込みは私がしておくから、行っておいで」
「あ、ありがとう」
瑞姫が照れくさそうにお礼を言う。そして輝穂たちは講堂へと向かった。
控え室でLyraの3人は、飛鳥のつくった衣装に着替えている。
「やっぱり飛鳥のつくった衣装は可愛いね!」
着替え終えた輝穂は鏡で自分の姿を確認した。
「そうね、曲にも合っている衣装だわ」
「ありがとう!」
「準備できた? そろそろ始まるよー」
一花が3人を呼びにきた。もうすぐライブの本番、3人は控え室を出て舞台に向かった。
舞台につくと輝穂たちは舞台の中央に並んで立つ。舞台は幕が下ろされていて、輝穂たちは幕の向こう側の様子が気になって仕方がなかった。
「いっぱい見に来てくれてるかな?」
輝穂は小さな声で言った。幕の向こうを気にして声は抑えているが、輝穂の言葉からは高揚した気持ちが伝わってきた。それに飛鳥が答える。
「どうだろう。でも楽しいライブにしようね!」
「うぅ~、緊張してきた」
緊張で震える瑞姫の手を、輝穂はギュッと握った。
「大丈夫だよ、いっぱい練習してきたんだから」
「輝穂……」
「それに私たちが一緒にいるから」
そう言って飛鳥は輝穂の空いた手を握った。
そして、開演を告げるブザーが鳴って、幕がゆっくりと上がっていく。
3人はお互いの繋がれた手により力を込めて、その瞬間を待った。
幕が完全に上がりきると、目に飛び込んできたのはガラガラに空いた客席。
それでも客席に座って見に来ている生徒はいるが、せいぜい4、5人程度だった。
「テル……」
「輝穂……」
思いもしなかったその光景に飛鳥と瑞姫は戸惑い、それぞれ手を繋いでいる輝穂に顔を向けた。
飛鳥と瑞姫は目を大きくして驚いた。
輝穂の顔には悲壮感がまったく感じられず、逆に強い決意を感じられる。
そして、輝穂は一歩前に出た。
「みなさんこんにちは、Lyraです! 今日は来てくれてありがとう!」
その力強い言葉と姿勢に、飛鳥と瑞姫の不安は自然と消え去って行った。
「精一杯歌って踊ります、どうぞ楽しんでいってください!」
音楽のイントロが流れ出して、彼女たちのステージが始まった。
アップテンポな曲調に合わせて3人は踊りだす。
見てくれている人はたしかに少ないが、それでも見に来てくれた人のため、彼女たちは精一杯のパフォーマンスを見せる。
最初の歌いだしは輝穂。思い付きでアイドルを始め、飛鳥と瑞姫を誘って今がある。
その力強い踊りと歌声は、見る人を引き付ける。
輝穂の次は飛鳥。彼女のつくった衣装が踊りとともにヒラヒラと舞う。
柔らかくなめらかな踊りと歌声は彼女たちに調和をもたらす。
Bメロに入って瑞姫が歌いだす。綺麗で伸びのある踊りと歌声には存在感があり、彼女のつくった曲に見事にハマっている。
曲はサビへと突入し3人の歌声が重なった。それぞれ個性的な歌声は、重なると見事なハーモニーを奏でていた。
踊りもよりいっそう激しさを増して、少ない観客たちからは感嘆の息が漏れる。
この瞬間、この空間はまちがいなく彼女たちLyraのステージだった。
やがて曲は最後のサビに突入し、彼女たちは最後の力を振り絞って身体を動かし、歌声を絞り出す。
3人はお互いに顔を見合わせて、最後の瞬間を計った。
最後の歌詞を歌い切って、あとは曲のアウトロに合わせて踊りきるのみ。
そして演奏が終わると同時に最後の決めポーズをとって、彼女たちのステージは終わった。
3人とも呼吸が乱れて肩を上下させている。けれど表情は晴れやかで笑顔を浮かべていた。
客席から、小さく手を叩く音が聞こえた。見てくれた人数は少ないけど、見ていた人全員が彼女たちに拍手を送っていた。
輝穂は飛鳥と瑞姫に目配せをして、笑顔を見せる。
3人は舞台の一番前まで歩いて行ってお互いの手をとった。
「「「ありがとうございました!!」」」
観客たちに頭を下げて見てくれた礼を言う。
彼女たちへの拍手は少しずつ大きくなって、いまだ鳴りやまない。
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