ママライブ!
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第一話 邂逅
「アイドル、アイドルやろうよ、飛鳥!」
昼休み。いつものように親友と昼食をとっていた琴宮飛鳥は、親友である織部輝穂の言葉に箸で掴んでいた卵焼きをポトリ落としてしまった。
輝穂のその場の思いつきのような言動にはいつも驚かされている飛鳥だが、今回の輝穂の発言はいつもより突拍子ないものだった。
「どうしてアイドルなの、テル?」
飛鳥は輝穂をテルと呼ぶ。2人には小さい頃から縁があり、いわゆる幼なじみだ。
「いいじゃんアイドル! 私たち、高校生活2年目になっても部活は何もやってないからさ、何か楽しいことやりたいなーって思ったんだ!」
「私としては、いつもテルに振り回されているだけで手一杯なんだけど……」
「いいじゃんやろうよー。お願い飛鳥、卵焼きあげるから!」
輝穂の箸によって目の前まで運ばれてきた卵焼きを、飛鳥は一瞬ほど躊躇ってそのままパクッと口にした。
咀嚼すると口の中に甘さが広がっていき、落ちてきそうなホッペを飛鳥は両手を支えるように添えた。そして、小さく息をつく。
「はぁ。嫌だと言ってもどうせ付き合わされるんだから、仕方ないわね」
「ありがと飛鳥、大好きー!!」
輝穂は飛鳥に抱き着いた。鼻腔をくすぐる仄かな甘い匂いと押し付けられる柔らかい感触に、飛鳥の頬は自然と緩み、その端正な顔が少しだらしなくなる。
十分に満足したところで輝穂をそっと離した。
「それで、どうやってアイドルになるの? まさか芸能事務所に殴り込みに行くなんて言わないよね。オーディションでも受けるの?」
「そんな事しないってばー。でも、うーん、どうしよっか?」
「何も考えてなかったのね……」
飛鳥は何だか頭が痛くなって額に手を当てた。輝穂は「えへへー」となぜか照れている。
「あっ、そうだ! 学校の部活でアイドルをするってのはどう!?」
「部活で、アイドル……?」
「うんっ! そしたら文化祭とかでライブとかできるかも! もうすぐ新入生歓迎会もあるから、まずはそこでライブしたいね!」
「……そうね、悪くないかも。テルにしては良いアイデアね」
「でしょでしょ?」
「たしか部活動の申請は生徒会を通してだったはずよ」
「じゃあ生徒会室に行こう!」
輝穂は残っていた弁当をものの一瞬で平らげて、立ち上がって飛鳥の手を取り歩き出そうとする。
「今行ってもたぶん誰もいないよ。たぶん放課後には誰かいると思うから」
放課後、生徒会室を訪ねた輝穂と飛鳥だったが……。
「新しい部の設立は5人から。同好会は3人からなんて聞いてないよ~」
「生徒手帳には確かにそう書いてあったわね。確認しておくべきだったわ」
輝穂がぶーぶーと文句を垂らし、飛鳥はあえてそれを無視して話を進める。
「でも新入生歓迎会の日の放課後に、講堂の使用許可をもらえたのはよかったわね」
「そうだね! これで歓迎会でライブができる!!」
「ともあれ最低でもあと1人必要になるのね。テル、誰か心当たりある?」
「う~ん、クラスの人で誰かやってくれないかな?」
「……テルの思いつきに付き合う物好きなんて、そういるとは思えないね」
「飛鳥ひどーい。でも、飛鳥は付き合ってくれてるよね?」
「そ、それは、なんて言うの? 私とテルの仲なんだし……」
飛鳥は照れた様子で、少しだけ頬が赤くなっている。
「そうだねー、私たち長い付き合いだもんねー。あぁ誰かやってくれないかなー?」
「あと1人集めることは今考えても仕方ないし、追々考えましょう。とりあえず最初は何をつくるかだよね。どうせ2人だけでもやるんでしょ?」
「もちろんっ! で、何をつくるの?」
「はぁ~。普通はアイドルなら衣装があって曲があってライブをするものでしょ? でも私たちには衣装も曲もないじゃない」
「そういえばそうだった!! どうしよう、曲も私たちで作ったオリジナル曲があるとちょー盛り上がると思うし、曲のイメージに合った可愛い衣装も欲しいし……」
「衣装は私が作るわ、裁縫得意だし。とは言っても当面は曲作りね。でも私、楽器とかやった事ないのよね。テルは?」
「わ、私も……」
2人は同時にため息をついた。すると輝穂が何か思いついて顔を上げた。
「そうだ、音楽室行ってみない!? 作曲できる子がいるかもしれないし、その子を勧誘すれば部員も足りるし、一石二鳥だよ! それじゃあレッツゴー!!」
輝穂は飛鳥の手を取って音楽室へと向かう。そんな中、輝穂に手を引かれている飛鳥が小さく呟いた。
「そんな上手いこと作曲できる人がいるわけ……」
鷲見瑞姫は、音楽室でピアノを弾きながら歌っていた。
放課後になると瑞姫は毎日音楽室に足を運んで、こうして自作の歌を歌っている。その姿は時に神々しく、見る者を魅了させる。
「ふぅ……」
曲を歌い終えて瑞姫は一息ついた。鞄から水筒を取り出して喉を潤す。
そこで瑞姫は、なんだか音楽室の外が騒がしいことに気が付いた。しかしグランドピアノの前に座った瑞姫の位置からは、外の様子が見えない。
「何かあったのかしら?」
すると、音楽室の扉が大きな音を立てて勢いよく開かれた。
「な、なに?」
慌てて扉のほうに視線を向ける瑞姫。そこにいたのは顔と名前は知っているクラスメイトの2人、織部輝穂と琴宮飛鳥。
「同じクラスの織部さんと琴宮さんよね?」
瑞姫の言葉に飛鳥は頷いて、輝穂は我慢できないといった様子で瑞姫の手をとった。
「すごいすごーい! 鷲見さんピアノ上手だね、歌もとっても上手だった!」
「あ、ありがとう……」
輝穂のまっすぐな賞賛の言葉に、瑞姫は気恥ずかしさがありながらも嬉しさが胸からこみ上げてくるような感覚でいた。
今まで趣味でしていた自分のピアノと歌は他人に聴かせたことがなく、聴かれた恥ずかしさはあるものの、誰かに褒められたのはこれが初めてだった。
「鷲見さん。今歌ってた曲、聞いたことない曲だったけど自分で作ったの?」
「え、ええ、そうよ」
飛鳥から出た疑問に、うろたえつつも正直に答える瑞姫。まだピアノ教室に通っていた頃は課題曲をこなすだけだった。
けど、教室を辞めたあとでも自宅でピアノは続けた。
いつしか既存の曲を弾くことに飽きた瑞姫が始めたのが、自作の曲づくりだった。
「鷲見さん! 私たちとアイドルやらない!?」
「ア、アイドル!? 私が!?」
「うん! 鷲見さん綺麗でかわいいし、一緒にアイドルやって鷲見さんの曲を一緒に歌って踊れたら素敵だと思うんだっ!!」
「私の曲を、一緒に……」
瑞姫は考える。今さっき輝穂と飛鳥に自分の曲を認められて嬉しかった。
輝穂の言うように一緒にアイドルをして自分の曲をもっと大勢の人に認めてもらえたら……。
「アイドルと言っても、部活でやるだけだよ。今は新入生歓迎会の日にライブをしようって考えていて、あとは文化祭とかでライブしたいなーって感じなの。べつに芸能界に進むとかじゃないから、そこは安心して。
……それで、私も鷲見さんの曲素敵だと思ったし、鷲見さんと一緒にアイドルできたら嬉しいな」
悩んでいる様子の瑞姫に、飛鳥が言った。飛鳥と輝穂は自分の曲を認めてくれた。その事実を瑞姫が再確認した時、胸の内のもやがスッと消えたような気がした。
「――やるわ、アイドル」
確かな決意を胸に、瑞姫は言った。その言葉を聞いて、輝穂がおもむろに瑞姫に飛びついた。
「ありがとう鷲見さんっ!!」
「ちょ、ちょっと。離れなさいよ……」
「鷲見さ~ん」
瑞姫が離れるようにと言うが、輝穂に離れる様子はなく瑞姫の身体に頬をすりよせる。
「な、なんなのよもう……」
「ごめんね鷲見さん。そうなったテルはしばらくそのままだと思うわ」
飛鳥の言葉に瑞姫は愕然とする。ただ、こういうスキンシップも悪くはないと思い始めていた。
「それでなんだけど鷲見さん。さっき言ったように今度の新入生歓迎会でライブをするんだけど、鷲見さんに曲をつくって欲しいの」
「うぇえ! い、いきなりね……まあいいわ。それならつくった曲がまだいくつかあるわ」
「ほんとっ!? 鷲見さん、弾いて弾いて!!」
「私も、鷲見さんの曲聴きたいなぁ」
「仕方ないわね。ほら織部さん、弾いてあげるから離れて」
そう言うとシュンとしながらも瑞姫から離れる輝穂。子犬みたいな表情だな、と瑞姫はついつい思ってしまう。
「それじゃあ何曲か弾くからどれがいいか決めてちょうだい。まだ歌詞はないから歌うことはできないけど」
そう前置きして、瑞姫はピアノの鍵盤に指をかけて演奏が始まる。
放課後の音楽室には夕陽が射し込んでいて、鮮やかな茜色に包まれながらピアノの音ひとつひとつが、彼女たちだけの空間にメロディーを紡いでいく。
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